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4/12

~藤山政(2)~

 今日が通夜で明日が告別式。


 HRで担任の前原先生がそう言った。


 前原先生はやる気の感じられないおじいちゃんだ。


 もう見た目からしょぼしょぼな感じだ。もうすぐ定年らしい。


 教えているのは現国だが、これまた眠くなる授業なのだ。


 怒ることもなく淡々とそしてゆっくりと授業を続ける。誰かをあてることなくゆったりと自ら朗読する。


 その声が眠りを誘うのだ。だが、今日は淡々というか、そのゆっくりとしたその話し方が胸を無情にも突き刺してくれる。


 感情のない言葉がこれほど真実を伝えるのだとはじめて知った。


 その前原先生の話し方のせいかい、女子の何名かが泣き崩れている。


 泣きたいのは僕の方だ。


 僕の世界はあかりがいたからなんとか保つことができていたんだ。僕にとってはあかりしかいないのだ。


 僕の世界はもう終わったみたいなものだ。いや、いまだに現実をきちんと認識できないのだ。


 音がきこえるのにどこか遠くに感じるし、世界がまるで作り物に見える。


 あかりを失った世界は真っ暗で、無音で、シーンとした、静寂に包まれている。まるで、僕だけがこの世界から少しずれて違う所にいるみたいだ。


 そんな世界の中であかりの事を思い出していた。


 あかりも僕も携帯を持っている。けれど、文字が好きな二人は小学校のころから交換日記をしていたのだ。


「恥ずかしいから過去の日記は私にあずからせて」


 そう言われたのを思い出した。


 僕は色んな事を書き続けた。書き連ねた。海がない地域に住んでいるから、いつか海を見に行きたいと言っていた。海は僕たちにとって特別な場所だ。


「海というのは生命の誕生の場所なんだよ。だからこそ海は私たちがいつか帰る場所だよ」とあかりは言っていた。


 色んな話しをした。


 世界の最果てってどういう所だろうという事も話した。人が住めない場所なのかもしれない。砂漠なのか北極なのか。


 それとも、人が全くいない南国の真っ青の海と空の無人島なのかもしれない。


 人類が住む最南端の場所「ウシュアイア」というのもあかりが言って知った。


 人類が住む最南端の場所「ウシュアイア」そこから先は人類が居ない場所。


 そこが境界線なのかもしれない。よくわからなかった。


 その中であかりが言った言葉が忘れられない。


「世界の最果てってどこにでもあると思うの。


 だって、そこが私と政くんが思う世界があって、その世界の限界が最果てなの。だから、最果てがどこであっても、その場所は私たちにとっての最果てなんだと思うんだ。


 今の私たちには踏み込んだことのない場所はいっぱいあるもの。


 そこに一歩踏み込んだらそれは私たちの世界の外。最果てから踏み出したことなんだと思うんだ」


 そう言いながら僕らが思った場所は一つだった。


 いや、この町の人間だと踏み込まない場所がいくつかある。でも、僕たちが思ったのは一つの場所だった。


「ねえ、いつか世界が終わりそうって思ったら一緒に最果てに行こうよ」


 そう言って僕を見上げたあかりの表情に僕は何度目かの恋に落ちた。


 いつだってそうだ。不意に見せるあかりの表情に僕の心はどこかに連れて行かれる。いつだって僕は迷子で、あかりという存在が僕の居る場所を照らしてくれるんだ。


「いつか行こうね。最果てに」


 そう、僕らにとって見たことない場所。それは「海」だ。


 二人で笑い合っていた。二人でしか通じない話しがあった。たった一つの「最果て」というキーワードだけでも僕らは何時間も語り合える。


 でも、もうそのあかりはいない。僕の中だけで、僕だけで紡がれる物語がいっぱいできたんだ。


 いつまでも続くものだと思っていたのに不意に終わらされたのだ。


 まず、事故を恨んだ。


 交通事故と言ったから思いついたのは加地愁斗のことだった。愁斗は無免許でよく原付に乗っていた。


 その後ろにひなたを乗せていたのだ。


 それを見た時、むしょうに腹が立った。


 あかりと同じようにひなたはピュアだったのに、愁斗のせいで変な色に染まったのだ。いつもあかりが嘆いていた。あかりはひなたのことを心配もしていた。けれど、信頼もしていた。


「大丈夫、見た目は変わっても中身は昔のまんまだから。いつかわかるよ」


 そう言いながら、困った顔をしてあかりが笑っていたのが思い出される。


 あの表情ももう見ることができないんだ。そう、思っていたらHR中なのに扉が開いた。入ってきたのは愁斗だ。


 愁斗は黒板を一瞬見てから何も言わずに、無表情に椅子に座った。


 黒板には今日の、あかりの通夜の住所が書かれてあった。あの時遊んでいた公園の近くだ。


 そういえば、子供のころあのお寺の境内でもよく遊んでいた。入り口にある石に書かれていたはずだけれど、寺の名前など覚えていなかった。でも、この場所で通夜も告別式もできる寺は一つだけだ。


 古く少し黒っぽくなった木でできた門をくぐる。石畳が本堂まで伸びている。でも、このお寺は広い。


 だから遊び場になっていたのだ。かくれんぼをしたのもあの寺だ。広く隠れるところが多いからだ。



 境内の下に潜り込むと蜘蛛の巣がいっぱいあったのだ。だから覗き込んでやめたんだ。裏手に回ると小さな社があった。その下にあかりがしゃがみこんでいた。


「こっち来るの?」


 上目使いでそう言われたその表情がかわいかったのを覚えている。


 いつから僕はあかりを好きになっていたのだろう。入院前から意識していたはずだ。だが、記憶があやふやだ。


 あの当時の僕はあかりとひなたのどっちが好きだったのだろう。ただ、僕にはわかっていたはずだ。


 似ていた二人だけれど見間違えることなんてなかった。あかりとひなたは似ているけれど、やはり別人なんだ。


 でも、当時の僕の「想い」を全然覚えていない。


 ただ、今となってはわかる。あの時からすでにひなたは元気で、あかりはおとなしかったが、あかりは怒ると手が付けられなくなるのだ。


 ひなたはいつも勝手だけれど、お姉ちゃんなのか最後は絶対に折れるのだ。そういう意味ではものすごく似た二人なのだ。


 根っこの部分はそっくりなのだ。だが、そのそっくりなはずの二人をいびつに変えたのが愁斗だ。


 僕の席からは愁斗が良く見える。窓側で授業も聞かずに眠っている。僕はわかっている。教室の真ん中に近い場所に座っている僕は反対側、廊下側を見ることができないのだ。


 そう、そこにはあかりが座っていた席がある。今は誰も座っていない。あかりは学校を休まない子だった。


 ひなたはたまにずる休みなのか休んでいることはあるみたいだが、あかりはいつも教室にいた。


 だから、あかりのいない教室がこんなにも殺風景で、色彩をなくした世界だと知らなかった。




 気が付くと授業も終わり、学校も終わりを迎えていた。


 このまま僕は流れ作業であかりの通夜に出るのだ。嘘だと叫びたい。壮大なドッキリだと思いたい。


 でも、わかっている。


 これが現実なのだ。


 無気力に授業を受け、時間が過ぎることだけを望んでいた。


 授業の中身なんて頭に入らない。ただ、チャイムだけが僕を動かしてくれる。


 この教室にいたくない。


 僕はいないはずのあかりを探してしまうからだ。


 居ないことはわかっている。


 重い空気が僕の身体にねっとりと纏わりついてくる。


 このままどこかに連れて行ってくれたらいいのに。それこそ、ここではない世界の最果てに。


 だが、最果てに踏み出す勇気はない。



 逃げる場所なんてどこにもないのだ。僕は目を閉じて何かを振り切るようにカバンを持って教室を出た。


 どこかに逃げ出したかった。でも、どこにだって逃げ場なんてない。


 ただ、この学校に僕の居場所がないことだけはわかっている。そう思って歩いていたら声をかけられた。


「ひさしぶり。今から一緒に行こうよ」


 目の前にいるのは黒い髪がふわっとして、なんだか太陽のようなにおいのする女の子。


 そう、僕の好きだった女の子にそっくりな子。


 新田ひなただ。


 わかっているのに、一瞬あかりに見えてしまう。


 けれど、すぐに違うことがわかる。見た目はあかりとひなたはそっくりだ。


 だが、しぐさが違うのだ。


 カバンの持ち方だって違う。


 あかりは肩にかけているが、ひなたは手に持ってゆらしている。


 何を期待しているというんだ。


 あかりはもういないんだ。


 というか、僕はそもそもの疑問に気が付いた。気が付いたら口に出していた。


「なあ、どうして学校にいるんだ?」


「そりゃ、学生だからでしょ」


「そうじゃない。あかりがその、死んだのに、どうして学校に来ているんだ。準備とか色々あるだろう」


 言いながらつらくなった。


 あかりを死んだと口にするだけで胸がしめつけられそうだ。ひなたが言う。


「だって、家の中辛気臭いし、知らない人がいっぱいるから学校に来ちゃった。それに話したいこともあったしね。

 ねえ、ちょっと家に行かない?カバン置いていきたいんだよ。なんだったらあかりの部屋から何かもってきてあげようか。ふふ」

 

 その笑い方が蠱惑的に見えた。だが、気になっていることもある。


 昨日あかりが言っていたんだ。


「行きたい場所があるんだ。今度の週末一緒に行きたいんだ。いい?」


 結局場所は内緒と言われた。


 けれど、そういう時はいつもなぜか交換日記の中にあかりは行きたい場所を書いているのだ。


「なあ、あかりの部屋に僕との交換日記があるはずなんだ。それ、探して来てもらえないかな?」


 僕はダメ元でそう尋ねた。


 するとひなたは「いいよ」とさらっと言ってきた。けれど、こうも言ってきた。


「すぐに見つからなかったらゴメンね。一応これでも早く行かなきゃ怒られるんだよ。ってか、多分今から行っても怒られると思うけれど。だって、ただ座っているとか耐えられないしさ」


 そう言って僕と一緒に歩き出す。


 ふと思った。おかしい。


 いつもひなたの学校帰りは愁斗と一緒のはずだ。


 もう、何年もそうだ。ここでひなたと話していると愁斗が絡んでくる。そう思った。


 だが、周りを見るけれど愁斗がいない。


「なあ、愁斗はいいのか?彼氏だろう」


「いいの。別れたから。私、今フリーなんだ。自由だ」


 そう言って両手を広げて走り出す。


 意味が解らない。


 でも、いつだってひなたはそういう感じだ。あまり余った元気をどこかにぶつける。まるで立ち止まったら死んでしまうみたいに。追いかけているとすぐに家についた。


「まあ、ちょっと待っていて。すぐに取ってくるからさ」


 そんなにすぐに見つからないと思っていた。だが、ひなたは不思議とすぐに交換日記を持ってきた。


「これでしょう?」


 そう出されたのは青色の表紙のノートだ。


 当たり前だけれど「交換日記」とも「日記」とも書いてない。表紙には「雑記集」としか書かれていない。


「どうしてすぐにわかったんだ?」


「ああ、机の上にこれだけが乗っていたからそうかなってね。まあいいじゃん。とりあえずダッシュで寺に行くから」


 僕は日記を見たかったけれど、諦めてカバンの中に押し込んだ。


 ひなたを見ると胸がいたくなる。


 いや、ダメになる。当たり前だけれど、ひなたとあかりは二人ともそっくりなんだ。


 ただ、行動が違うだけ。


 しぐさが違うだけ。


 僕は手を伸ばしてひなたをつかみそうになった。だが、頭を振って自分の行動を止めた。


「何しているの?いかないの」


 不意に立ち止まってこっちを見たその表情があかりに見えた。


 そのしぐさ、立ち方。僕の中で何かが壊れ始めているのかもしれない。


 いや、もう壊れてしまったのかもしれない。


 僕はもう無理なのかもと思った。


 けれど、本当に壊れてしまうのはもう少しだけ先のことだ。



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