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~新田ひなた~ /エピローグ

~新田ひなた~


 間に合った。きちんと話さないといけない。じゃないと、私はすべてを失ってしまう。もう失うのはイヤだ。


 愁斗からのラインで私はそのまま授業中だったけれど教室を飛び出した。


 走った。間に合ったのかはわからない。けれど、小学校について用具室の扉をあけて政ちゃんが私のことを「あかり」と言った時点で間に合ったことがわかった。


「私から話させて。だって、二人とも勘違いをしているから」


 政ちゃんも愁斗も私を見ている。そう、新田ひなたを。


「どういうこと?勘違いって」


「いや、俺は勘違いなんかしていない」


 二人ともにうまく伝えられるだろうか。でも、これは私が言わないといけないこと。あかりのしてしまったことは姉の私が解決しないといけない。違う。これは私たちがしてしまったことだから。


「まず、はじまりは政ちゃんの怪我よ。あの時政ちゃんの横に居たのは誰?」


 私はそう聞いた。これは外せない問題なの。


「「そんなもの決まっている」」


「あかりだ」


「ひなただ」


 そう、政ちゃんはあかりと思い、愁斗はひなただと思った。


「あれは、あかりよ。あの日はあかりがひなたのマネをしていたの。私たちは一人で二人で二人で一人なの。私たちの家庭環境は知っているよね」


 私は二人を見る。二人とも知っているはずだ。


「ああ、知ってるさ。俺らには何もできない。非力だからな。どれだけ背伸びをしたって俺らには親を変えることはできない。家を飛び出したっていいことなんてない」


「うん、知ってるよ。役割を与えられてそれに沿った行動をしなきゃいけないんだよね。だから辛いとよく聞いていた」


 私は自分の手首を見た。まだ跡が残っている。これが私を縛るもの。私は逃げることなんてできない。だからまだ見ぬ最果てにあこがれを持つのだ。


「私たち、あかりと私は話し合ったの。どうしたらいいのか。それで入れ替わりをすることを考えた。


 うまく行っていたはず。でも、あの日事故が起きた。あの日あかりはひなたを演じていた。


 そして、ひなたは愁斗と約束をしてしまった。それ以降、私はあかりとして、あかりはひなたとして外で生活をしていた。でも、それは嫌なことでもなんでもなかった」


 そう言った時愁斗はすごい顔をしていた。愁斗が言う。


「お前らおかしいわ。自分と他人の区別もついていないのかよ。それとも気が付かない俺らをバカにしていたのか?」


「違う。私たちには必要なことだったの。家ではお互いでいる。


 外では反転する。そうでもしないと壊れてしまいそうだったの。私だっておかしいのは気が付いているわ。でも、これはどうしようもないことなの」


「なら、今のひなたはどうなの?つらくないの?」


 政ちゃんがそう言ってきた。


「つらいわよ。ずっと演じ続けている。でも、もう本当の自分なんてわからない。


 だって、あかりを演じているのもひなたを演じているのも本当に自分でもあるし、別人でもある。


 私たちは毎日鏡を見るようにお互いを見てきた。そして、今日はこれからあなたを演じるのねと言って家を出ていた。それが普通だった。だから今の私は何をモデルにしていいのかすらわからないの」

 

 そう言うと政ちゃんがこう言ってきた。


「自由に生きたらいいよ。自分だって不安いっぱいだよ。でも、それでも前に進むって決めたんだ。この手紙にも書いてあったしね」


 そう言って政ちゃんが手にしている手紙を見た。あれはたしかあかりが書いたものだ。


「それ、あかりが書いたものだね。あかりはあかりで思う所があったみたいだから。


 でも、私もその内容は知っている。政ちゃんはもっと世界を広げた方がいいって思っていたから。だって、私たちと違ってまだやり直しがきくからさ」


 私はもうわからない。これからどうやって生きて行けばいいか。


「はあ?お前だってやり直しがきくだろう。何言っているんだ。


 俺はもう降りる。だって、お前らおかしすぎるからな。


 ただ、お前らが嫌じゃなかったら俺も仲間に入れろや。お前ら見ていると心配になってくる」


 そう言って愁斗が立ち上がって歩いてくる。


「愁斗、ごめんね」


「いいよ。ただ、俺は見ていたようでお前らのこと見てなかったんだな。こいつの方がお前らの事わかっているみたいだしな」


「また、連絡する。今度は友達として」


「ああ、頼むわ」


 そう言って去って行った時の愁斗の顔はどことなく悲しげだった。愁斗が去って政ちゃんがぼそっとこう言った。


「ゲシュタルト崩壊だ」


「何?」


「だから、ゲシュタルト崩壊だよ。鏡に向かって『お前誰だ』と言いつづけたら自我が崩壊するという。


 そっくりな二人が顔を見て、お互いに入れ違いを確認してから家を出る。それは自分を否定しているのと変わらない。でも、大丈夫。ひなたはそのままで、自由に生きればいいんだ。僕がそばにいる」


「私に自由はない。この手を見て」


 そう言って制服の袖を上げる。赤く腫れている。水ぶくれになっている。こすれた後だ。


「それは?」


「昨日、両親にいったの。今までの事。そうしたら殴られた。そして、こう言われたの」



「2回も娘を失わさせるつもり」


「私は反省と言われて閉じ込められた。でも、家の外でも私はひなたで居続けないといけない。私はどうしたらいい?」


 私は気が付いたら泣いていた。政ちゃんが言う。


「いいじゃない。一人で二人を演じる必要はない」


「政ちゃんはどっちの私と一緒にいたい。決めて」


 私は最低な質問をした。


 私は政ちゃんの選択した方で生きると決めた。わかっている。政ちゃんはあかりに依存をしてきていた。だからあかりを望むはずだ。だが、政ちゃんの返事は違った。


「僕はどちらでもない、ただの新田ひなたでいてほしい」


「本当にいいの?今なら交換日記をしていたあかりとしてこれか一緒に居ることだってできるのに?」


「そこに意味はないよ。だって、目の前にいるのは作られた『ひなた』でも『あかり』でもない。『新田ひなた』なんだから」


 私はそのまま政ちゃんに抱きついた。


 喉が枯れるくらい叫んで泣いた。もうしばらくこんな風に自由に生きることを選んでこなかったから。


「一緒にいようね」


 政ちゃんの優しい声に私は安堵した。


~エピローグ~


 夜になっていた。泣き崩れてそのまま眠ってしまっていた。目を開けるとそこには政ちゃんがわらっているのがわかる。やさしい笑顔だ。


 でも、これは束の間の安堵。私はまた家に帰ったら作られた、親が望む「新田ひなた」を演じないといけない。


 スイッチを入れる。思い出すの。毎日家で見ていたあかりを。あかりがいなくなっても、鏡を見ればそこにあかりはいる。


 自由なあかりを思い出す。それで十分。後は家に帰るだけ。


「じゃあ、帰ろうか」


 政ちゃんの声に甘えて私は手をつなぐ。少しだけでいい。私を残らせて。政ちゃんは言ってくれたけれど、やはり変えることなんてできない。


 家に帰るには公園を突っ切るのが早い。誘蛾灯がじじじと光って、その上に虫が誘われて集まっている。気が付いたら私は手を振りほどいて走っていた。


 あかりならこうするはず。このテンションを維持して家に帰ろう。


 そう思っていた。すると政ちゃんがこう言ってきた。


「無理しなくていいんだよ。これから世界を変えに行こう」


 そう言いだした。


 政ちゃんと私の家は向かい同士。だけれど、政ちゃんは自分の家じゃなく私の家の前に立っている。


「一人じゃ無理でも二人で立ち向かおう。僕はやっぱりありのままの『新田ひなた』を取り戻したい」


 そう言った顔が強い表情をしていた。


「はい」


 私はようやく思い出せた。私という存在を。どれだけ辛くても戦おうって。


 私は力強く扉を開けた。


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