~加地愁斗(5)~
ある程度覚悟をしていた。だが、ひなたは何も語らなかった。
「認めるってことなのか?」
「そうよ」
「お前らは自分と他人の境界線があやふやなのか?」
「違う。そうじゃない。でも、私はもう自由になりたいの。ただ、世界がそれを許さないだけ。愁斗にだけはわかってほしいの」
それだけだった。意味が解らなかった。俺は眠れなかった。だから気が付いたら酒を飲んでいた。しかも、普段飲まない日本酒を飲んだ。
なんだ、この喉が焼けるような痛みは。こんなのがおいしいのか。気が付いたら俺は吐いていた。何度も吐いた。そして、翌日起きたら体が動かなかった。
「学校休むしかないな」
親父が俺を見てそう言った。昨日俺が吐いていたのを知っているはずだ。だが、何も言わない。
「お前が何を思っているのかわしは知らん。それはお前が語ろうとしないからだ。
だから俺はお前が語ってくるまで何も聞かん。知らんでいいと思っている。お前がどこで何をしようとも勝手だ。
だがな、お前のしりぬぐいはこの俺がやるんだ。俺がやれる範囲でならやんちゃをいくらしてもいい。その分別だけはつくように育てた」
お前に育てられた記憶なんかない。そう言いそうになった。だが、気持ち悪くてそんな声も出せなかった。
「まあ、水でも飲んで何度も小便でもすれば楽になるわ。後はこれだな」
そう言ってみたことないドリンク剤を出してきた。
「二日酔いにはこれだ。まあ、とりあえず寝とけ。学校なんて行っても行かなくても一緒じゃ。どうせ、お前の未来なんて決まってるんだからな。かっかっかっ」
絶対に家は継がない。俺はそう決めている。ドリンクは飲まなかった。意地でも親父の世話にならない。
とりあえず、目を閉じて横になった。昨日の夜の事を思い出す。ひなたが言っていることは到底理解できない。
納得もできない。
でも、受け入れるしかないのか。全てをアイツに、藤山政に持って行かれるのか。俺がどれだけあがいたとしても。
気が付いたら眠っていた。眠りの中であの日のことが出てきた。
ジャングルジムから降りて俺はひなたと一緒にいた。
ひなたとあかりはそっくりだ。一卵性双生児と言ってもここまで似るものなのだろうかと思うくらいだ。しかも、同じ服、同じ髪型をしている。
「だって、私たちは二人で一人だし、一人で二人なの」
意味がわからないことは子供の時からだ。だが、その意味不明な所が惹かれた理由なのかも知れない。
「よくわからないけれど、じゃあ、ひなたはあかりでもあるの?なら、アイツにあかりのマネをして話しかけたらだませるの?」
無邪気な俺の提案だった。
ひなたは「もちろん」と言ってジャングルジムに向かって走って行った。藤山はジャングルジムの上に登って座っている。
ひなたはゆっくり上がっていく。おいおい、いつもあかりは上に上がらないだろ。俺はひなたを見て笑っていた。
だが、二人が何か言い合って、そしてひなたが藤山を押した。バランスを崩してそのまま藤山はジャングルジムから落ちた。泣きながらひなたがやってきた。
「どうしよう、どうしよう。政ちゃんが死んじゃうよ」
「大丈夫。救急車。呼ぼう。公衆電話があそこにあるよね。あれで呼んでくる」
「私のせい?私のせいだよね」
「違う。俺のせいだ。俺が余計なことを言わなければよかったんだ。全て俺が被ってやる。だから、俺とお前は共犯だ」
「わかった。わかった」
「お前もわかったな」
俺は倒れている藤山にそう言った。
血だらけの藤山が聞こえていたとは思えない。ただ、あの日から俺はひなたを手に入れたのだ。それなのにあんなことを言われたのだ。
どうしろと言うんだ。
俺は色んなものを投げ捨ててまでひなたを手に入れたのに。納得なんてできるか。
「恋愛に納得もなにもないですよ。ただ、そこにあるのはエゴとエゴのぶつかり合いですよ」
テツさんの声が聞こえる。エゴとエゴのぶつかり合い。俺は藤山とぶつかるしかないのか。
「わかっているよ。かっこ悪いって」
俺はそう言って叫んだ。
はずだった。だが、ベッドからただ落ちただけだった。痛かった。
昼間だ。
最悪だ。学校は休みたくなかった。
まあ、中学の時と違って荒れ狂うやつを抑えるために学校に行く必要はない。変にこだわっていた皆勤賞も途切れてしまえばどうでもいいものだ。
それに、今はひなたには会いたくない。昨日散々カッコ悪いセリフを吐いたからだ。自分を否定したい。
そう思っていた。インタフォーンがなる。
ピンポーンという音はすべてを壊すように聞こえた。間の抜けた音だがだ。
昼間は家に誰もいない。こんな時間に誰がやってくるんだ。中学の時ならば誰かが心配してきただろう。
だが、今は谷津くらいしかいない。だが、あいつが見舞いに来るとは思えない。まあ、寝ていても仕方がない。俺は立ち上がって玄関まで歩いて行った。
「どちら様ですか?」
勢いよく開けたらそこには体格のいい男性、知った顔なのに変に目に力が合って、その癖青い顔をした藤山が立っていた。
「なんでお前がここに居るんだ」
腹が立った。
弱っている時に会いたくないヤツだ。何も知らないこいつがひなたをもかっさらっていくと言うのか。
「話しがある。ひなたとあかりについてだ」
だが、今までと違って諦めた感じの顔つきじゃない。
一体何が合ったと言うんだ。昨日走り去ったあの時は変わらないと思っていたのに。
「ちょっと待ってろ。流石に家に上げる気はない。着替えてくる」
俺はそう言って扉を閉めた。深呼吸をする。こいつをどうにかしたって何も変わらない。
それはわかっている。だが、納得はいかない。結局エゴとエゴのぶつかり合いか。
俺は2階に上がって携帯を取り出す。ひなたにラインを入れる。
「これからあの場所で藤山と話しをする。気になるなら来い」
あいつは知らない。今の状況を。黒に金色で英字が書かれているスウェットに着替える。
体を動かすにはこういうかっこが一番だ。藤山は体格だけはいい。殴り合いになったらいい勝負をしそうだ。
今まではひなたとのこともあったから何もしてこなかった。平和的に考えているが、何が起こるなんてわからない。準備は大事だろう。
もう一度水を飲み、顔を洗う。ひどい顔色だ。
だが、藤山の顔色だって似たようなものだ。屈伸をして肩を回す。準備はできた。携帯をズボンのポケットに入れる。玄関のドアを開ける。少し顔色がましになった藤山が立っていた。
「ちょっと歩こうか」
そう言って俺は先に歩き出した。こういうのは主導権を握らないと意味がない。だが、ケンカをするわけじゃない。
昨日と同じ道を歩く。ただ、それだけなのになんでこんなにも気分が違うのだろう。複雑な感じだ。
だが、俺はもう決めている。エゴとエゴのぶつかり合い。それ以外俺は納得できそうにないわ。
「どこに行くんだ」
「ああ、俺らの母校さ。お前も昨日来ていたんだろう。ちゃんと穴掘ったのなら埋めていけや。他人に迷惑かけんな」
まあ、実際穴を埋めたのは俺じゃないが。
「すまなかった。ちょっと昨日は色々あって」
「そりゃ、みんな色々あるだろうよ。その色々の中生きているんだ。お前だけ大変そうに言うな。言い訳だ」
言いながら自分に返ってくる。俺はならどうなんだ。
眠れなくて、酒に逃げて、学校まで休んで、そして見舞いになぜかきた藤山に当たっている。
いや、元々こいつとはぶつかり合わなきゃいけなかったんだ。ひなたがあんなことを言いだしたのだから。
「言い訳か。そうだな。僕は今まで色んなものから目を背けてきた。だから向き合おうって決めたんだ」
そうまっすぐに見つめる目は俺が知っている藤山政の目じゃなかった。
俺が知っている藤山政の目はいつも諦めていた目だ。何が合ったと言うんだ。昨日掘り返した中に何かあったのか。俺の知らない何かが。また、俺だけが除け者か。
「そうか。なら俺も向き合ってやるよ。まあ、場所は大事だろう。行く場所は俺らがいた小学校。その用具室だ。あそこなら邪魔が入らないだろう」
それにひなたも来るだろう。しかも急いで。そんなに知られたくないのか。あのことを。隠していたっていい事なんてない。
細い道を抜け、交通量のある道に出る。このまま坂道を下れば小学校が見えてくる。小学生が集団下校をしている。
その流れに沿って歩く。もちろん俺らが車道側を歩く。こんなでかい二人が見えない運転手はいないだろう。
俺も藤山も図体だけはデカい。
体格だけだといい勝負だ。校門をくぐり、中庭からぐるりと回り校舎奥に移動する。やはり職員室からこの場所は良く見える。
俺は武藤先生の顔を捜した。すぐに発見した。俺を見て武藤先生は立ち上がろうとしたので俺は手のひらをみせた。
別にケンカしにきたわけじゃない。話しあいだ。俺は用具室の扉を開ける。ここには使われなくなった大型のマットや、古いロープなどもある。
全体的に埃っぽいがスイッチを入れると換気はできる。それで十分だ。
俺は奥にある跳び箱に腰を掛けた。ここからだと出入り口から奥が見渡せる。いい場所だ。
「それで、話しってなんだ?」
丁度段差があり跳び箱の後ろには棚がある。持たれながら俺は話した。
「ひなたとあかりについてだ。今のひなたは本当にひなたなのか?ひょっとしてあかりがひなたのフリをしているんじゃないのか?」
びっくりした。そんなこと思ったことはない。
だが、こいつはあのあかりのフリをしたひなたとデートをしていたのだ。勘違いしても無理はない。
「それはないな。あれはどっからどうみてもひなただろう。だが、あの二人はちょっと変わっている。気が付いていないのか?」
そう切り出した途端扉が開いた。そこには猫の様な目をしたすこしウェーブのかかった髪をした女の子が立っていた。
ほら、どこから見てもこいつはひなただ。俺が見間違うわけがない。
「やっぱりあかり、来てくれたんだね」
だが、藤山には違って見えているみたいだ。




