幕間 / ~藤山政(5)~
~幕間~
暗い。何も見えない。闇。それしかわからない。体を集中させようとしても殴られた後の痛みが強烈すぎて何も集中できない。いや、動こうとしても縛られている縄が体に食い込んで痛いだけ。
一体どうしてこうなったのか、考えてみる。だが、何もわからない。ただ、話したかっただけ。全てを。
「どうして?」
声を出してみるが、何も変わらない。無音。静寂。
静寂がまるで体を切り刻んでいくようだ。だが、その中で感じるものがある。どこからかするのだ。鉄の錆びた匂いが。
なぜ?なぜ?なぜ?
でも、誰もその答えを教えてくれない。静寂に身をゆだねるしかなかった。
~藤山政(5)~
タイムカプセルに入っていた手紙を読み続けた。
確かにはじめはショックだった。だが、読み進めていくうちにふとした思いが浮かんだ。
それは、普通に考えたらあり得ない話しだけれど、でも、そう考えるのがしっくりくるのだ。
きっかけは何だったのかわからなかったけれど、あかりとひなたは子供の時入れ替わりを何度もして楽しんでいたんだ。
お互いをわかっているからできること。それが子供の時だけじゃなく今も続いていたとしたら。
そう考えたら怖くなった。何度も同じことを繰り返すのは二人一役をしていたからなのか。
確かにあかりの両親なら気が付くことはないだろう。個人ではなく与えられた役割を求めているのだから。だとしたら死んだのはどっちなのか。
現状を考えるとひなたなのではと思ってしまう。ひなたは愁斗と付き合っていた。だが、別れたと言うのなら今生きているのはあかりなのではと思う。
でも、このタイムカプセルの手紙の意味がわからない。この手紙は僕だけで開けることが前提になっている。
つまりあかりは僕の目の前から消えるつもりでいたのだ。確かに僕はあかりに依存をしていた。
気が付いていた。でも、気が付かないふりをしてきていた。ただ、あかりが死んだと知り僕の世界は壊れた。
多分、あかりはいつか僕のために僕の前から消えようと、それこそ僕の知らない最果てに行こうとしていたんだ。
一人だけで。確かに僕は頼りないかもしれない。色んなものから逃げていた。
けれど、もう、失いたくない。目の前に居るのがあかりならば。ちゃんと、向かい合わないといけない。このままだと失ってしまう。
でも、本当にあかりなのだろうか。不安になる。机に座りながら交換日記を見る。ここには書いてあることと書いていないことがある。
そうだ、明日この日記にない、話していただけのことを聞いてみよう。何がいいだろう。僕は眼を閉じて思い出していた。
あかりとの思い出を。一つひとつ丁寧に。最果てのこと、母なる海のこと、コノハナサクヤビメのこと。
でも、それはパーツであって、メインじゃない。根幹となる部分がある。僕たちを繋げた出来事。僕たちがバラバラになった出来事。
そう、思い出したくないけれど、触れないといけない。この傷のこと。
僕は眼の下をゆっくりとなでる。触っただけでもわかる傷跡。少しだけ隆起している皮膚を触る。あの時、あかりが僕に言ったセリフ。あれがすべての始まりだ。
「ねえ、政ちゃん。私とあかりとどっちが好きなの?」
「なんでそんなこと聞くの。だってあかりがする質問じゃないよね」
そう、あの時あかりはひなたのマネをして僕にこう聞いてきた。私と私を選べというおかしな選択。
ただ、もっとおかしな状況だったのはあかりは絶対にジャングルジムの上に登ってこない。けれど、あの時上に登ってきたのだ。それがすべての始まりだ。
あの質問の意味を聞いてみよう。僕はこの時まだ気が付いていなかった。この出来事の本質を。いや、新田あかりが抱えている闇について。
月曜日。新しい週のはじまり。
少し前まであかりがいなくなり僕の世界は崩壊をした。けれど、崩壊の止めてくれたのはひなたであり、あかりだ。
そして、もう一つがこの手紙。タイムカプセルに入っていた僕への励ましの手紙だ。
甘えていちゃ、いけない。僕はそう自分を奮い立たせた。だからかっこ悪いかもしれないけれどまず自分の前髪を少し切った。
目の下の怪我を隠すために少し伸ばしていた髪だ。けれど、この傷も含めて僕だ。だったら堂々としてもいいじゃないか。
家をこっそり出る。どれだけ決意を新たにしてもあの母親と対峙はしたくない。朝から心が折れるからだ。ゆっくり扉を開けて家を出る。郵便受けを見ると日記帳が入っていた。
この流れを知っているのはあかりだ。僕はそっとカバンに入れて道を歩く。早く読みたい気持ちもある。けれど、やはり自分の思った仮説が正しかったのではと思った。
あかりは生きている。そう、思えただけで世界が違って見えた。
でも、依存はしてはダメだ。あかりに変わったところを見せないといけない。そうでないと本当にあかりは僕の前から、いや、この世界からいなくなってしまう。
それこそ、境界線を越えて最果ての向こう側に行ってしまう気がする。手を少し伸ばせば触れられる。
でも、その少しが絶望的に遠いのだ。それに気が付いてしまった。
学校に向かう。緩やかな日差しが心地よい。少し前までは音が無く、色もない世界に見えていた。けれど、それは僕だけの勝手な思い込みだ。
だって、僕がどんなにふさぎ込もうともこの世界は変わらず動いていく。
歩いていると後ろから声をかけられた。
「おはよう。何かいいことでもあった?」
振り向くとそこには猫の様な目をしたすこしウェーブのかかった髪をした女の子。鞄を肩にかけて歩くその姿は新田ひなたにしか見えない。
いや、髪が短くなっている。そして、もう一つ。口元に絆創膏を貼っている。
「その傷どうしたの?」
よく見ると口元だけじゃなく他にも怪我があった。派手なことをしているイメージはあったけど、怪我をしているのは見たことがなかった。
「ちょっとね。それより髪型どうしたの?イメチェン?傷が見えるから前髪長くしていたんだよね。しかも片方だけ」
そうだ。僕はそういうちょっと変わった髪型をしていた。
傷が目立たないようにするためだ。自分で鏡を見ながら切った。できるだけ自然になるようにはさみを縦にして切った。
「変かな?」
「ううん、いいと思うよ。何かあったの?」
そう言って笑った顔は一瞬あかりがする穏やかな笑顔だった。いや、まるで優しく見守る笑顔だ。僕はこの笑顔に甘えていたんだ。
「ちょっとね。それより、聞きたいことがあるんだ」
返事はいらない。僕は深呼吸をして向き合った。そう、彼女があかりなのか確認するために。
「この怪我をする前に、聞いてきたよね。『私とあかりとどっちが好きなの?』って。あれって、どういうこと?」
僕たちにとってこのセリフはとても重要なことだ。だって、僕はこの質問の後にあかりがわなわなと振るえて、抱き寄せた時に振り払われてジャングルジムから落ちたんだから。
その責任を愁斗が追うとあかりから聞いた。理由はわからない。どうしてそうなったのか。ただ、それから僕たちの関係はおかしくなったんだ。真相は僕にはわからない。けれど、ただ、わかるのはあの事故以降ひなたがおかしくなったんだ。
「何それ?覚えてないよ。私じゃないんじゃないの?」
そう言った顔は本当にどうでもいいという表情だった。
「君は一体誰なんだ?」
「何言ってるの。新田ひなたでしょ。まだ寝ぼけてるんじゃないの?先に行くね」
そう言ってひなたは歩き出した。僕は何を間違えたのだろう。それとも、目の前にいるのは本当にひなたなのか。
僕は平衡感覚をなくしたみたいクラクラした世界の中、なんとか学校にたどり着いた。
席に座る。
僕の斜め前には空席がある。そこはあかりの席だ。チャイムが鳴り1時間目がはじまる。おかしい。愁斗がいない。
愁斗はあんなナリだが、実は学校は休まない。授業はサボることがあっても学校はいつも皆勤なのだ。
一体どうしたんだ。そういえば、愁斗は誰と一緒に居ることが多かっただろう。思い出す。
そういえば、かまきりみたいな顔をした、名前は谷津というのがいつも近くにいたはずだ。おかしなものだ。
あれだけ忌み嫌っていたのに、不思議と一番知っているのだ。教室を見渡す。窓際で突っ伏しているのが谷津だとわかった。そういえば愁斗も同じようによく突っ伏していたな。立ち上がり、谷津に近づく。
「ちょっといいかな?」
机の前まで行って声をかける。
「な、何っスか?」
やはり寝ているわけではない。寝ているフリをしているだけだ。
「愁斗知らないか?今日来てないだろう?」
「知らないっス。ってか、お前、愁斗と仲悪かったんじゃないっスか?」
なんだか無理やりスをつけている。なんだろう。面白くてつい笑ってしまいそうになった。
「仲悪いとかそういうんじゃないんだ。まあ、ちょっとしたすれ違いというかな。知らないならいい」
僕はそう言って教室を出た。後知ってそうなのはひなただ。だが、ひなたに愁斗の事を聞くのはどうだろう。
悩んだ末にひなたに聞くのは違うと思った。それに、愁斗に会って何を聞くと言うんだ。
わかっている。ひなたとあかりの事だ。多分、この違和感を話し合えるのは愁斗しかいない。
だが、あの日から僕たちは避け合っていた。この傷を愁斗のせいにするということを決めた日から。
「ウソがばれる。俺らはもう一緒にいないほうがいい」
その思いはわかる。
だからと言ってあんな感じになる必要はなかっただろう。それにひなただってだ。
「お前は何も知らない。けれど、それでいいだろう」
それ以降いがみ合っている。そして、自分に言い聞かせる。この傷は愁斗のせいだと。それで納得をしてきたのだ。だが、本当にそれでいいのか。
ポケットにずっと入れている手紙を握りしめた。チャイムが鳴る。席に戻りカバンから教科書を取り出そうとしたとき日記帳が目に入った。
そっと開く。今までと同じように書かれてある。でも、そこに書かれてあることはどうでもいい日常じゃなかった。
「私が自由になることを世界は許してくれない。世界の最果てに行きたいよ」
それだけが書かれてあった。どういうことだ。あかりなのかひなたなのかわからない。何が起きているんだ。
「藤山、大丈夫か?」
教卓にいる先生にそう言われた。すでに呼吸がうまくできない。
「保健室に行けるかい?保健委員は?」
保健委員の杉原くんが僕に寄り添ってくれた。そのまま僕は保健室のベッドに横になった。目を閉じる。そのまま僕は吸い込まれるように気を失った。
暗闇の中。声を聞こえる。優しい声がする。何かが僕に触れる。目の下の傷を撫でてくる。ここに触れてくるのはあかりくらいだ。あかりはこの傷を良く撫でてくれた。
「痛くない?」
「痛くないよ」
見た目はひどいけれど、痛みはない。ただ、怪我をした時の痛みを、その後のことを思い出すとつらい。色んなものを失ったからだ。
「無理しないで」
優しい声がする。この声はあかりの声だ。もう少しだけでいい。手を伸ばして捕まえようとする。体がガクンとなって目が醒めた。
「大丈夫?」
そこには白衣を着た気のきつそうな女性がいた。多分この人が保健室の先生なのだろう。
「無理なら帰りな。ここは救急的な場所だからね。教室に戻れそうにない生徒は家に帰す。帰れなさそうなら病院に連れて行く。病院につれていくまでじゃないと判断したけど、帰りたいなら、そのまま帰っていいよ。ひどい顔色しているしね」
僕は言われるまま鞄を持って校門を出た。ただ、僕はよせばいいのに向かった先は家ではなく、愁斗の家だった。
逃げることはもうできない。もう、あかりを失いたくない。その思いだけが僕を奮い立たせていた。それが良いことなのかどうかも知らずに。




