002 アイドル結成となったわけだが
002アイドル結成となったわけだが。
身長は僕が168cmなので、二人は多分僕より少し低い165cmぐらい。
一人は僕と同じぐらいある。
見た目はヨーロッパ人みたいで手足は明らかに僕より長い。
決して僕が胴長短足だらかではないはずだ。
ないはずだ!
奴隷を買ったがまだ少し蓄えはあるので、辻吟遊詩人の時間を減らして、彼女達を鍛えた。
今更ながら、ただの一ファン、しかもそれほど信仰心の無いファンがアイドルを仕込むなどとはおこがましい。
しかし、やりたい。
自分がそうだった様に、多少何かできれば彼女達の糧になるだろう。
彼女達はもう愛玩奴隷としても歳がいっているわけだから、これから先の人生のプラスになるはずだ。
そうやって他人に恩を売る事で自分も気持ちよくなれる方向の自己満足プレイはこの世界では認知されていないらしい。
最初のうちは三人の視線が痛かった。
喜んでもいない。
何でこんなに大事にされているのか疑問と不安を抱いていた様だ。
すぐに自由民として解放しようかと思ったのだが、そうすると所有物でなくなるため納税の義務が発生し、また奴隷になる可能性があった。それはあかん。
できればアイドルとして誰かお金持ちの目に留まって、妾としてでも嫁いでくれるまでが僕の仕事だと思っている。
アイドルメンバーの卒業は悲しいし、恋愛報道で傷付く人もいるけれど、アイドルにだって人生がある。
ずっと他人に笑顔を振り撒き続けて、歳いってババアと言われる様になってから卒業して婚活始めて妥協した相手と結婚してしまうなんてのは悲しいじゃないか。
自分も幸せをもらったのだから、相手にも幸せになってほしい。
この三人だって、僕の好みで選んで来ている。彼女達が幸せになれば僕も幸せな気持ちになれる。
奴隷を養うというのは大変だったけれど、異世界に来てぼんやり生きていた僕は、扶養対象ができた事で生活にハリが出た。
辻吟遊詩人を頑張り、痩せているのはともかく顔色や髪の具合が悪い彼女達にいっぱい新鮮な野菜を食べさせて、適度な運動、趣味でやってたヨガやラジオ体操などをやらせた。
宿屋住まいなので特に家事は無いが、毎日食事と運動をさせているうちに、顔色や髪の具合は改善されていった。
三人ずっと一緒にいるため、僕が出稼ぎしている間に色々話をして仲良くなり、よく笑う事で表情も柔らかくなっていった。それは指示もしていない棚ボタだったけど、良い効果だった。
三人を買ってから二週間程経ち、僕はとうとうアイドル的なダンスのレッスンを始めた。
趣味でアイドルのダンスを何曲が覚えていたので、踊ってみせ、やらせたのだが、大失敗だった。
合わない。
全く合わないのだ。
ぎこちないダンスは別にいい。最初からうまくできるとは思っていない。
しかし、三人が全くバラバラなのには驚いた。
そういえば、海外の空手道場では、まず『押忍』を合わせるのが大変だと聞いた事がある。正拳突きもなかなか揃わないとか。
日本人ってやっぱり特殊なんだろうか。
簡単なステップで歌って踊ってもらおうと思ったが、それは後回しにして、歌に全振りした。
幸い、音痴はいなくて上手くいった。
ハモリはかなり難しい様だったが、食事と少しの運動以外はずっと練習しているのだ。メキメキと上達していった。
かくして、初舞台を迎えた。
□
「お? にーちゃん、今日は女連れかい?」
野菜売りのおっちゃんが声を掛けてくれた。
中央広場である。
ほぼ毎日市場が開かれているここで、僕もよく場所を借りて歌わせてもらって稼がせてもらっている。
貴族様相手の時とは比べるべくもないささやかな儲けではあるが、お年を召した方からの投げ銭は心に響く。
「はい。今日は彼女達に歌ってもらいます」
「首輪、奴隷かい? お前さん歌も変わっとるけど、奴隷に歌わせるというのも変わってるねぇ」
とは、小物屋のおばあちゃんである。
奴隷に対する忌避感は無いが、やはり女性の奴隷は愛玩奴隷というイメージがある。
歌が上手いなら奴隷にならずとも別の仕事があるものだ。
特に技能の無い女奴隷を育てるというのも、アイドル育成の醍醐味の様な気がする。
いや、おこがましい。
ちょいちょい挨拶をしながら、所定の場所に着く。
いつもはリクエストを受けながら店先を転々としているが、今日はまず広場中央辺りの空きスペースへ。
女奴隷三人は緊張していた。
対策はある。目隠しだ。
実は辻吟遊詩人の時に連れ出して試しに歌わせようとしたのだが、恥ずかしがってだめだった。その対策に目隠し。
市場、広場では今回初だが、一人一人なら既に通りで経験済みである。
目隠しをした三人は、お互い手をぎゅっと握って並んで立っている。
「大丈夫? いくよ」
「「「はい」」」
という元気な返事。
声が揃っている。練習の成果は確かに出ている。
目隠しをした三人の女性が手を繋いで並んで立っていてる。市場が開かれている広場の中央ジャンクション。
もはや奇異とも言える光景に、多くの人達が足を止めた。
この場所には特別なお客さんがいる。
おっさんやおばさん、若い人達は、その辺の通りでもいる。
だが、この場所は他の場所より圧倒的にお年を召した方が多い。
あまり娯楽の無いこの世界では、日当たりが良く賑やかな場所を散歩するのも娯楽なのである。
そう、そんなお年寄りの方々のために。
「では、聴いて下さい。『エスレラム川』!」
僕は前奏を弾き始めた。
「「「uh…… uh……」」」
美しいハーモニーが広場に響き渡る。
□
この都市の名前は『エスレラム』という。
日本語舌の僕には微妙に辛い発音だけれど。
都市の中を大きな川が3本流れている。細かい支流もいくつか。
井戸もあるし、川が通っているだけあって水量も豊富だ。多くの人はこの川を生活用水にしている。
しかし、この3本の川のどれも『エスレラム川』という名前ではない。
都市のすぐ北に廃村がある。
およそ40年近く前。都市エスレラムが出来る前は、あの廃村こそがこの辺り唯一の村だった。
森の開拓など様々な理由で街道ができ、村の住人がこちら側に街をつくり始め、そこが旅の中継地点となりお金や支援や移住者が転がり込み統治する貴族様が居を構えて現在の都市エスレラムになった。
城郭の安心感もあって、北の村の住人は全てここに移り住み、村は廃村となった。
エスレラムを通る大きな三本の川は元々流れが早く危険で、濁っていて利用できなかった。
都市をつくり、治水工事が行われた事で現在人が利用できる安全な川になった。
廃村には、小さな川が流れている。
この小さな川が、元々の住人たちの生活の要だった。
水量は小さいものの、流れも穏やかで、澄んだ綺麗な水質である。
このささやかな川の名が『エスレラム』
代々土地で暮らして来た人々が、感謝の気持ちを込めて、川に名前を与えていた。
それが時代の流れの中で、いつのまにかこの城郭都市の名前になった。
あるいは、元々の住人達が、北の村を懐かしく思って付けたのかもしれない。
その話をお年寄りから聞いていた僕は、楽器がギターだけで、歌手が三人しか居ない現状、ある曲を思い出した。
『渋◯川』である。
アイドルが歌うフォークソングみたいな歌だけれど、一応アイドルだし……
自分が弾けるというのも大事な点。
ハモリも綺麗で、曲の感じも哀愁があって良い。
原曲は二人で、こっちは三人。
音を増やしたりしてアレンジした。
翻訳した歌詞を少し変えて、タイトルも『エスレラム川』となった。
□
静まり返った広場に、三人の女性が奏でる柔らかなメロディが響き渡り、そして、消えていった。
友、恋、そして生活。
エスレラム川と共に流れた穏やかな日々。
少し危うい部分もあったが、三人はなんとか最後まで歌いきってくれた。
お年寄りの方々がボロボロと泣き、辺りは混乱。
亡くなってしまったのであろう伴侶や友人の名前を呟きながら泣いているお年寄りの姿にはさすがに心が痛んでしまった。ごめんよ。
でもデトックスだからね。涙はストレス物質を流し出してくれるからね。許してね。
名前の由来を知らない若者達も、特にご婦人方はうっとりとしている。
柔らかい恋のシーンが響いたのだろう。
「そういや、ばあちゃんがそんな事言ってたなぁ」
という声も聞こえてくる。
場は混沌にまみれているが、大成功と言っていいだろう。
かくして、異世界のアイドル活動は哀愁漂うフォークソングによってスタートした。
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