第一話:新学期初日
俺の名前は、大藤皇太15歳。
この春、地元を離れたこの町に引っ越してきた。
そして俺は、双葉高校という公立高校に通うことになっている。
別にこの高校にどうしても入りたかったわけではない。
ただ、地元を離れたかったのだ。
新学期初日、まるでゲームかアニメの主人公のように俺は遅刻していた。
とりわけ急ぐわけでもなく、とぼとぼと通学路を歩いていく。
これがゲームやアニメだったら、同じく遅刻してきた美少女とばったり・・・、なんてことはないだろうな、もうすぐ昼だ。
などと馬鹿げた妄想をしていると、桜並木が見えてきた。
この桜並木を過ぎると学校の校門が待っている。
なんともまぁ盛大なお出迎えだ。
正門の前に着いた・・・。
閉まっている・・・。なんで!?
いや確かに妥当か、最近は不審者も多いからな、俺は考える間もなく大して高くない校門をよじ登り下駄箱へ向かう。
丁度校舎のところまで来ると、こらっ君!という声が聞こえたが俺は無視した。
「こらっ!そこの男子生徒!君!君だよ!無視するなぁ!!」
どうやら俺のことらしい。
歩くのを止め声のする方を向くと、窓から上半身を乗り出して手を振る女性がいた。
容姿からすると先生だろうか?
まずった・・・。いや、どちらにしても教室に行けば先生に見つかり怒られる。それにこれはゲームでいうところのイベントではないだろうか?
・・・・・・・・・・。
とりあえず言っておこう、俺はそのてのゲームはあまりやったことはない。
いやほんと。
誰に弁解してんだろ俺。
「早く来なさい!」
とぼとぼと歩いて行く。
「なんですか?」
俺はとりあえずしらをきっておいた。
「なんですかじゃないわよ、今授業中でしょ?っていうか今登校してきましたって感じね?」
「寝坊っす」
とりあえずしらをきっておく。
「寝坊って・・・。新学期初日だよ君?何年生?」
「1年です。因みに昨日入学しました。」
「昨日は入学式だから当たり前でしょ!?何昨日転校してきましたみたいな言い方してんのっ!!」
ツッコミは上々だな。もう一つ軽いボケをしておくか。
「あの、遅刻しちゃうんでこれで失礼します」
「大丈夫もう手遅れ」
今のは本業の人に言わせれば甘いんじゃないだろうか?
「これから、楽しい高校生活が始まるのに今からそんな行動しててどうするの?」
「楽しいんですか?」
冷めた言い方だった。
少しの沈黙、ざぁっという葉の揺れる音がいやに耳に残った。
「あ、当たり前でしょ!?とにかく遅刻なんて習慣がついちゃうと後々も大変だから、今後はしないように気をつけなさい!」
分かりました。と一言いい俺はその場を去った。女性も満足したのか何も言わず俺を見送った。
下駄箱で靴をはきかえ教室に向かった。因みに入学式にはちゃんと出たから自分の教室は把握している。
少し歩いたところで中庭に誰かいることに気がついた。無視しようとしたがまたも声をかけられた。今度は男だ。
「いよぅ、遅刻かい?大藤君」
この学校は窓越しに話すのが主流なのだろうか?
あれ?今この男俺の名前を言わなかったか?
「誰っすか?」
「はっはっは、君の担任の片瀬祐樹先生だ。昨日挨拶したんだがな、まぁよろしく」
と、その男は笑いながら言った。見たところまだ若い感じでフレンドリーだが、雰囲気が好きじゃない。
「じゃ、俺授業がありますんで」
と話を切り上げようとしたが、
「今さら何を言う少年よ、後・・十分もすれば授業終わるからちょいと話ししようや」
と、笑いながら止められた。
「立場上君の遅刻の理由を聞かなくてはならないんだが?」
「寝坊っす」
看破入れずに言った。
「そうか、じゃー明日からはちゃんと来れるよな?」
「努力します」
「・・・」
「・・・」
しばらくの沈黙。
「よし、携帯の番号教えろ。明日から毎日モーニングコール入れてやるから」
「なんでだよ!?」
「知ってるか?努力しますってのは、やりませんって意味なんだぞ?社会人の常識な?」
「知るかよ!!」
「最初が肝心なんだよ、癖ついちゃうと後々大変だぞ?遠慮するなよ」
誰が遠慮などするものか、第一初対面でこの馴れなれしさはなんだ?
「番号忘れちゃったんで明日にしてください」
とりあえずこいつから逃げたい。
「う〜ん、まぁ一回寝坊したからってモーニングコールってのもかわいそうだわな」
単なる嫌がらせだろ。
「じゃ、明日遅刻したら番号教えてもらうから」
わかりました。と俺は教室に向かう。
「あ、因みに学校に携帯持ってくると校則違反だからメモって来いよぉ〜」
俺は、振り向きはせず手をひらひらさせて合図した。
つーか、遅刻決定かよ。
ちょうどチャイムがなり授業が終わったところのようだ。
ガラっとドアを開け、年配の女性が出てきた。
俺をちらりと見たが、何も言わず去って行った。
俺も気にはせず教室に入る。
がやがやしていた教室が一瞬静まり返ったが、気にもせず自分の席に着く。
鞄に入れておいた教科書を机の中に入れ席を立つ。
その時には周りもさっきの騒がしさを取り戻していた。
とりあえずトイレにでも行って時間を潰そうかとドアに手をかけると、勝手にドアが開き片瀬が現れた。
「いよぅ、どこ行くんだ?授業始まるぞ?俺の楽しい授業が始まるぞ?」
と、肩を掴み教室の中に戻された。
次はこいつの授業かよ。
「トイレです」
「遅刻、サボりのコンボは許さんぞ?」
と、笑いながら・・・いや、殺気がこもった笑顔を俺に向け両肩を掴まれた。
「本鈴までには戻りますぅ」
俺は力任せに手をどけトイレへ向かった。
片瀬は、力任せに手をどけられた事に少し驚いていた。
(ちょっと強く掴んだのに・・・)
用をたし終えると授業の予鈴がなった。
トイレと教室の距離を考えると、取り立て急がなくても本鈴までには間に合う。
教室に戻ると大半の生徒は席につき授業の支度をしていた。
俺の席はなんと窓側の一番後ろの席だ。一歩間違えれば一番前の席になっていたが、この時ほど自分の名字に有難味を持った事はないだろう。
席に着き教科書を出そうとするが次の授業がなんだか分からない。
俺は、前に座る女子の背中を指で10cm位なでた。
ひゃうっという声と共に小柄な体がびくんと動く、・・・ん、面白いな以外と。
ちょっと引きながら俺の方を振り向く、顔がびっくりしている。当り前か。
「次の授業って何?」
「れ、歴史です。あ、あの、普通に呼んでください・・」
「ん、わかったありがと」
そう言うと女子は、ズズズと椅子を引き再び前を向く。心なしか前より距離があるように思える。
(普通に呼べって・・・、俺あんたの名前知らないんだけど・・・)
片瀬って歴史の教師だったんだ。
似合わない・・・。
本鈴が鳴って授業が始まってもあまり聞くつもりもなく、俺は空を眺めていた。
・・・・・・・・・・・。
あ、今の雲、たい焼きに見えた。
昼は食堂でパンを買い屋上で食べた。屋上とは、以外にも人がいないもんだという事を今日初めて知った。
というよりか誰もいなかった。
おかげで昼はのびのび過ごすことができた。明日からここへ来よう。
午後の授業も難なく過ごし放課後になった。
俺は遅刻の一件で片瀬に呼ばれ、職委員室に向かっていた。
「失礼します」
ガラッとドアを開け中に入ると片瀬の姿を探した。
見当たらない、あのクソ教師が、呼んでおいていないなんて失礼なやつだ。
呼び出した本人がいないのならしょうがない、帰るか。
失礼しましたと、職委員室を出ると俺は下駄箱へ向かった。
靴をはきかえ校舎を出る。
しばらく歩きふと今朝女性と話をした場所を見ると、数人の男子が群がっているのが見えた。何をやっているのか興味はあったが、片瀬から逃げたい気持ちが勝っていたためその場は帰ることにした。
体育館横まで差し掛かると、煙草をふかしている男が目に入った。片瀬だ。
片瀬はにこやかに手を振り俺を呼んだ。見つかった、最悪だ。
とぼとぼと歩いて行く。
「いよぅ、お帰りですか?」
相も変わらず笑いながら話しかけてくる。
「こんなところで何やってるんですか?」
「ん?ここ体育教員室でさ、俺卓球の顧問やらされてんだよ。ったくめんどくさい」
教師の言葉とは思えん。
「そうですか、頑張ってください、じゃ俺はこれで」
と、行こうとすると腕を掴まれた。
「ちょい待ちなさいよ、つれないな〜〜どうせ今から帰ったってやる事ないだろ少年」
本当に失礼な男だな、こいつは。
「ほっといてください」
力任せに腕を引っ張り片瀬の呪縛から解き放たれる。
「お前さ、なかなか力あるよな。」
「なんですかいきなり、気色悪い」
とりあえずけなしておいてみる。
「さらっと傷つくこと言うなよ、俺さ自慢じゃないがそこそこ力がある方だと思ってるんだよね、んで、昼も今も結構な力でお前を掴んだつもりなんだけど、さらっと解かれちゃったからさ、内心ちょっと傷ついちゃってるの」
知るかそんな事。つーかまさか、そんなこと言いたいが為に俺を職委員室まで呼んだんじゃないだろうな?
「というわけで俺と腕相撲勝負しよう」
たぶん今日見た中で一番の笑顔だと思う。
「さようなら、また明日」
俺は待ってるであろう桜並木を目指した。
こらっ、と、またも腕を掴まれた。
「なんですか?」
「付き合えよ」
「桜並木が俺を待ってるんですよ」
「待ってないし、待ってたとしても大丈夫、やつらは逃げない」
確かに逃げない。何か手はないかと考えているうちに俺は、体育教委員室に連れ込まれた。
「よっしゃ、んじゃー一回勝負な」
「因みに、俺が勝ったら携帯の番号教えろ」
にこにこと話を進めていく。ふざけんな、そこまでして俺の番号知りたいのかこいつは。変態か?まさかそっちの気があるんじゃないだろうな?
「お前が勝ったら俺ができる範囲で、お前の願いをかなえてやろう」
何でもと言わないところがしっかりしてる、というよりかちゃっかりしている。
しかたない、番号はいずればれるだろうからまぁいいか、早く終わらせて帰ろう。
ぐっと構える片瀬、意外と腕が太い・・・・。
俺もそれに合わせ手を組む。何か妙に緊迫した空気になる。
「んじゃ、レディー・・・ゴッ!!」
片瀬の合図と同時に力を入れる。う、動かない。
片瀬が力を強め始めると、ぐぐぐっと俺の手が押される。
「おらぁ、どうしたへなちょこ」
ずいぶん余裕ではないか片瀬教諭。
しかし、俺も負けない、少し動いたところで押し戻す。なんかこのにやけ顔に負けたくない、という闘争心に火がついたようだ。
「お前の事情は聞いてるぜ」
随分余裕のようで、勝手にしゃべり始めた。
「あ、そう」
ぐぐぐっと少し片瀬を押す。
「おぉ・・・、俺はお前に気を使うつもりはないぜ」
少し傾いた腕を垂直に押し戻す。
「別に、気を使ってくれなんて言ってないだろうがぁ」
ぐぐぐっと傾ける。二人とも少し手が震えてきた。
そんなやり取りを数分繰り返したところで数人の生徒が入ってきたが、少しでも気を抜けば、もっていかれそうで気にはできなかった。
「不良クンになんかなったって楽しかないぜぇ」
「別にそんなもんになる気はないですよぉ」
押しては戻し、押されては戻しの繰返しをしている内に、ギャラリーが増えていることに気がついた。先生がんばれとか、男子頑張れとか声援が聞こえてくるが気にする暇もない、うざったらしさはあったが・・・。
「そうかい、なら・・素直に楽しい高校生活を楽しもうぜ・・・」
その言葉になぜか抑えられない怒りが込み上げてきた。いや、抑えようとしなかっただけなのかもしれない。
「素直になんかぁ、楽しめるかぁぁあ!!」
ずどんっ、という音とともに長かった戦いが終わりを告げた。
片瀬は一瞬なにが起きたのか分からないという顔をしていた。が、自分の意志とは反する腕の方向を見て驚いていた。
俺は、鞄をとり、野次馬を押しのけ走ってその場を去った。
勝ったにもかかわらず素直に喜べない、何故か嫌な気分で気持はいっぱいだった。
(知ったような事言いやがって・・・迷惑なんだよ)
夕日が切ない気持を煽るようだった。
どっか、気晴らしにでも行こうかと思ったが、気分が乗らない。
このまま帰るか。
こうして新学期初日は幕を閉じた。放課後の出来事がなければそれなりだったのにな。