終わりと始まりの世界
幼い頃、俺を助けてくれたのが祠に座る彼女だった。
時の流れを感じさせない、変わらぬ姿にどこか安心感を覚える。
「子供には時々見えるみたいね。今見えてるのは、死の世界をさ迷ってたからだろうな。」
どうせ安静にしている間は暇だろうと、彼女の話を聞かされる。
祠はそろそろ新しくしたいとか、移住するなら教えてほしかったとか。
あまりに普通の人間のように話すから、神様とやらになる前のことを聞いてしまっていた。
想定外の返答をされて、俺は彼女の身の上話を聞くことになる。
「私、異世界から来たみたいなんだ。」
若くして亡くなり、気づいた時には川の岸辺に立っていたらしい。
向こう岸の声につられて川を渡ろうとした。
だがその最中に大きな渦に飲み込まれてしまい、この森で目覚めたそうだ。
幽霊であると気づいたものの、誰にも姿は見えなし話は通じないしで当初は苦労したという。
「危険を知らせるために夢の中でお告げしたこともあったけど言葉が通じなくってね、ジェスチャー大変だったよ。」
「今は普通に会話できてますよね。」
「言霊ってやつのおかげだと思う。魂の共鳴というか...。とにかく必死になってたら、言葉の気持ちがなんとなくでもわかるようになっちゃった。」
「言葉の、気持ち?」
それってつまり嘘をついてもバレバレってことなんじゃと思ったら、その通り、と返される。
さっそく心の声に返事しなくていいのに。
「で。迷える魂を救ったり、上空から周辺を見回ったり、夢でお告げしたり、嘘つきを懲らしめたりしていくうちに、神様ってことになってた訳よ。」
乗り移ることもできると語って、ふわりと石ころを浮かせた。
ゴーストにそこまで万能な力があるだなんて思わなかったのだが。
彼女いわく、元いた世界とは霊魂の質が違うのだろうという話だった。
「でもさ、やっぱり同類ではあるんだよね。」
彼女の周囲に、黒い何かが漂った。
その異様な気配に青ざめる。
「少し気を抜くとこうなるんだ。バケモノの穢れにやられちゃったみたい。」
この世界に無理にとどまろうとした魂は穢れていくといわれている。
彼女も例外ではなかったようで、穢れの塊であるバケモノたちの影響もあって徐々に蝕まれているらしい。
「それ、なんとかできないのか。」
「ゴーストを自身が穢れみたいなものだから、たぶん無理。万に一つの可能性にかけてもいいけど、期待はしない方がいい。」
「でも…。」
「長い間ね、幽霊だったせいか生前の記憶がほとんど思い出せなくなっちゃったんだ。」
寂しそうに、笑う。
穢れをまとう気持ちはわからないが、なんだか痛そうに見えた。
「本当は元の世界で成仏したかったけど、この世界も嫌いじゃないからさ。」
頼むよ、と言われて手をかざす。
拒否したところで、他の奴に喧嘩でも売るつもりに違いない。
そう思ったのは、彼女の覚悟を悟ったからだった。
「俺に人生を語ったのは、このためか?…人が悪いぜ。」
「せいぜい、元の世界に戻ってることを祈っててよ。」
もしかしたら、の未来を願って。
俺は彼女に別れを告げた。
…遠い未来。
神様と呼ばれた存在のいなくなった祠の周辺にて。
神の代行者と呼ばれる男が、人々の助けとなっていた。
「また会えたなら、釣り合う男でいたいからな。」