イカサマ・ネット麻雀
最近になって私はネット麻雀をやり始めた。学生の頃はよく勝負を楽しんでいたものだが社会人になってからはそんな機会もなく、偶々見かけたネット麻雀の書き込みに興味が沸いてやり始め、ズルズルと続けている。賭け麻雀の話を聞いたのは半年程とある麻雀サイトに通い続け、常連メンバーの一人になった辺りの事だった。
『ネットで賭けマージャン?』
麻雀をやりながらのチャットでそれを聞いた時、私は思わずそう驚きの声を上げた。
『本当ですか? だって、ネット環境だと“通し”し放題じゃないですか。そんなリスクの大きい事をする奴がいるんですか?』
“通し”というのは麻雀における不正行為の一つで、仲間内でお互いの当り牌などの情報を交換し合う事を言う。当然、勝負が有利になるのは言うまでもないわけだが、ネットだとこれが容易にできてしまう。だから私は、ネットで賭け麻雀を行う者などいないと思っていたのだ。
『それがいるから言っているんですよ。正直者なのか馬鹿なのか、それとも金持ちなのかは知りませんがね』
私はこの話を聞いた時、思わず学生時代の武勇伝……と言うか、悪行を自慢してしまった。
『へぇ、そいつはちょっとそそられますね。何を隠そう、私は学生時代にはさんざんイカサマをやったものなのですよ』
今にして思えば、“金が欲しかった”と言うよりは、色々と工夫する面白みとスリルの楽しさの方が大きかったのかもしれないが、とにかく私はかつてはイカサマをよくやっていたのだ。そして、その私の言葉を聞くと、チャットで話をしていたその連中はこう私を唆して来たのだった。
『ほぉ。なら、どうです? あなたもイカサマに参加してみませんか?』
は? と私は思う。
『それはどういう意味ですか?』
『そのままの意味ですよ。あなたも言っていたじゃないですか。ネットでは“通し”し放題。賭け麻雀に乗って来る人間がいるなら、簡単にイカサマは成功します』
私はその提案に戸惑った。
『いや、しかし、若い頃ならまだしも、この歳になって……』
ところがそう言うと、こう言って来る。
『なぁに、賭け麻雀と言っても大した額じゃありませんよ。怪しまれないくらいの勝ち方にすればバレやしませんし。一度くらい良いじゃありませんか……』
先に悪行自慢をしていた事もあって、私はその誘いを断り切れなかった。
――。
いざ始めてみると、なるほど確かにそのイカサマ麻雀はおとなしかった。多く勝っても一万や二万程度で、少ない時は数千円なんてこともあった。だからだろう。イカサマをやられた人達はまったく私達を疑わなかった。
そして、正直に認めるなら、私はそのイカサマ麻雀を楽しんでいた。工夫する楽しさこそないが、スリルや背徳感は味わえる。大人になってからは退屈な日常しか経験してこなかった私は、その刺激に魅了されてしまっていたのかもしれない。
だが問題もあった。その内に私はその少ない額のギャンブルでは物足りなくなって来てしまったのだ。更なる刺激を得たいと思った。そして、
『どうですか? いいカモがいるんですよ。いっちょ大きな額で“賭け”をやりませんか? もちろん、サマで……』
そんな折、イカサマ仲間からそんな誘いが来たのだった。私は嫌がる素振りを見せながらも、その誘惑に抗いきれなかった。
そのネットの賭け麻雀は今までの十倍以上のレートだった。勝てば数十万円の収入になるだろう。しかも、そんな大きな額の賭けであるにもかかわらず、その“カモ”は、恐ろしく呑気に麻雀を打っていたのだ。
『いやはや、また振り込んでしまいましたか』
そんな事を言って、負け続けている。しかも止めようとしない。既に負けはかなりの額になっているはずだ。
……よっぽど生活に余裕があるのか、感覚が麻痺しているのか。
そう思うと私は罪悪感が少し楽になるのを感じた。そして、“どうせならもっと勝ってやれ”とそう思ったのだ。その時の私はただただ金を欲しがっていただけかもしれない。だがしかし突如としてその事故は起こったのだった。
『ロン!』
それは中盤辺りだった。私がイーワンを捨てたその瞬間、例のカモが私の捨てたハイに対してそう宣言したのだ。
『やった! 大きなのが出ましたよぉ!』
などとカモは言う。
私はそれを受けても大して気にしていなかった。“少し勝ちが減ったな”程度に思っていたのだ。しかし、それからオープンされたカモの手牌を見て驚愕した。
「国士無双十三面待ちぃ?」
私は思わずパソコン画面の前でそう叫んでいた。そのまま固まる。麻雀を知らない人の為に一応説明しておくが、簡単に言ってしまえば“国士無双十三面待ち”とは、クリティカルヒットなのだ。一度でも出れば大勝ちはほぼ確定。
「そんな……」
と、私は漏らすように言う。
私の持ち点はマイナスになり、それで勝負は終わりだった。勝ちが吹き飛んだどころか、私一人の大負け……。
それで私は、数十万円も負けてしまった。それはこれまでここのイカサマで稼いだ額よりもはるかに大きな“負け”だった。
――。
しばらくはショックを受けていたが、落ち着いてくると、私はそれを邪な考えを持った自分への罰だと思うようにした。いい歳をして、イカサマギャンブルなどやるものではない。
そんな頃、私は偶然にも学生時代のイカサマ仲間に会った。懐かしさから気の緩んだ私は、思わずその話をしてしまった。
「いやいや、馬鹿な事をしたもんだよ」
と、そう言い終える。すると、それを聞くなりその友人は、
「まったくだ。やられたな、お前」
と、そんな事を言って来るのだった。私はその言葉を不思議に思う。
「“やられた”ってなんだよ? 俺の自業自得だろう?」
ところが、友人は首を横に振るのだ。
「いや、お前は嵌められたんだ。冷静になってよく考えてみろよ。わざと程よく勝たせて、気を良くさせた後で大きくむしり取る…… 典型的なイカサマの手段じゃないか。お前はイカサマで相手を騙しているつもりで実は騙されていたんだよ」
「なんだって?」
それから少し考えるとこう反論する。
「いや、おかしいだろう? あの麻雀はコンピューターで制御されているんだぞ? どうやって国士無双なんて仕込むんだよ?」
「バカ。むしろだからこそ、だろ? その麻雀サイトってのは何処が経営しているんだ?」
「そこまでは知らないが……」
「なら調べてみろよ。多分、管理者権限かなんかで役をいじれる機能を付けてあるんだと思うぜ? もし企業経営じゃなかったらその可能性が大だな」
私はそれを聞くとまた考えた。それからこう問いかける。
「ちょっと待ってくれ。やっぱり変だぞ。もし仮にお前の言う通りだとしたら、どうしてそんな持って回った手段を執るんだ? わざわざイカサマの話なんか持ちかけて誰かを騙さなくても、普通にそのままイカサマをやれば良いじゃないか」
ところが友人はその私の疑問にもあっさりと答えるのだった。
「簡単だよ。イカサマをバレないようにする為だ。より安全策を執ったんだな」
「なに?」
「本当はどうだか分からないが、お前はイカサマをやっているつもりになっていたんだろう? そんな立場の人間が、“イカサマにやられた”って誰かに訴えられるか? 普通は黙っているだろう?
まぁ、そもそも、ギャンブルは犯罪だけどな」
それを聞いて私は思い出した。私は自分が負けたのが罰だとすら思っていたのだ。訴えるどころか、イカサマだと疑ってすらいなかった。私の態度から私の心中を察したのか、友人はこう言った。
「とにかくだ。もう、その連中には関わらない方が良い。もしかしたら、そいつらはお前をいいカモだと思っているのかもしれないぞ?」
私は「ああ」とそう頷き、
“やれやれ、世の中は本当に油断できない
と、心の中でため息まじりにそう呟いた。