第八話 人里に於ける我が定位置
――夜が明けて。
明けてと言っても実は既に昼なのだが。
兵士の言う通りむさ苦しさを感じる待機所の仮眠室でぐっすり寝て、幾分疲れも取れたらしいローザと俺はある場所へと向けて街の中を進んでいた。
「苦しくありませんか、ディー様」
「問題ない。と言うかローザよ、いやさご主人よ。人前では我輩に敬語とか使わないようにな。我輩とオマエの関係は主人と従者のそれだ。そういう設定で通っているのだ。主人らしく振る舞わぬと要らぬ勘繰りをさせる元だぞ。
それと、問うくらいならそろそろ解放しれ」
「あう……。善処します……」
それはどっちについてだ?
ローザが起きてから、と言うかローザが寝台に横になってからというもの。俺は何故かローザにホールドされたまま自由を奪われていた。
色々あってからこっち、ようやく休めるとなって緊張の糸が切れたりなんなりで不安感もあるだろうし、とローザが俺をぬいぐるみか抱き枕かという扱いをするのは黙認したものの。まさか目覚めて以降もこの状態をキープされるとは思わなんだ。
て言うか昨夜は本当に疲れた。別に寝ている美少女に何かをしたとかそういう訳ではなく。
俺は今猫である。鳥類系の翼が生えた猫である。そんな俺を、俺より大きなローザが抱いて寝ていると、鳴るのだ。
ぽきぽき、ぽきぽきと。
軽くすかすかな鳥類の骨は関節部がことある毎に鳴るのである。そりゃあ普段はそんなことはないが、自身より大きく寝ている為に遠慮のない者に抱かれていれば寝返りとかの際に合唱が始まるのだ。
忠実に再現した悪影響がこんなところで出るとか誰が思うだろうか。大丈夫だと頭ではわかってはいても気が気でないったら。
まぁ要するに気疲れしたのである。そこにきてのこの状況。もうね、好きにしろよと。
抱かれるままにだらーんと脱力しつつ周囲に意識を向ける。
王都――イスルギ皇国なのだから皇都か? まぁ街中で現在は昼時とあって人通りが多い。が、それは別にどうでも良い。興味深いのは道行く者たちの人種だ。
猫耳や犬耳、ウサギ耳がある者や、腕や脚に鱗がある者。一方で頭部が完全に動物のそれである者なども居る。勿論、普通の人間もまた然り。
様々な人種を受け入れる、とは聞いてはいたが、ここまで節操ないともう単純に感心する。種族間のいざこざとかないのだろうか?
そんな事をぼんやり考えていると、ローザの脚が止まった。どうやら最初の目的地に着いたらしい。
それはとあるお店だ。看板には文字ではなく、簡易的な服の絵と糸と針が記されている。見た目通り世界観は中世程度のそれで、識字率は高くないのだと窺える。
ともあれ、服屋である。
と言うのも、ローザはドレス姿だが、帝国兵からの逃亡やなんやかやとあり所々汚れや傷みが散見される。昨日は夜ということもありあまり気にならなかったが、さすがに明るくなるとそうも言っていられない。
とは言え、着のみ着のまま逃げ出したお姫様のローザに金の当てなど無く、要するに買い換えたり新調したり等は難しい。てか無理だ。
しかし、そんなローザを哀れに思ったのか待機所を出る際に例の兵士から何かと入り用だろうと小さな袋を渡された。中を開けてみれば、そこには銅貨や銀貨が何枚か、決して少なくない量入っていた。よく見ると小金貨も二枚程入っていたらしい。
「あー、なんだ。情報提供料だ。正当な対価だから貰っとけ」
なんのことかと思ったら、昨夜語った嘘と真実半々のでっち上げ話のことらしい。
契約紋云々の話の後に詳細を語っていたのだが、朝一番に早馬でその裏付けを取るべく件の場所に向かったのだという。其処には確かに何か尋常ではない痕跡が発見されたとのこと。恐らくこれは俺がやらかした結晶化した地面のことだろう。これについても信憑性を上げるために話たし。
で、それの情報提供料だと言う。
流石に八百長臭と言うか、何か悪いことをしている気がしたらしいローザは固辞したが、「貰ってもらわねば国としての面子が保てない」と言われ最終的には受け取っていた。
そんなこともあり、お金の手に入ったローザはまず悪目立ちする服装を改めるべく服屋に赴いた訳である。
ちなみに、ローザは今ドレスの上にマントを羽織っている。これは件の兵士がそのままでは恥ずかしかろうとくれたものだ。厳つい面して気配りが細やかな男である。
ところでローザさんや。そろそろ俺を放さないか? さすがに俺を抱き抱えたままでは買い物もしにくかろうよ。え? 大丈夫? いや、俺が大丈ばにゃぁぁぁ……。
女性の買い物が長いと言うのは世界の違いや富の有る無しに関係しないのだなぁ、とそんなことを思い知らされる時間だった。
ともあれ装いを一新したローザである。
麻のシャツと厚手のショートパンツ。シャツの上には厚目の皮のベストを羽織っている。脚は膝上まであるソックスとショートブーツだ。ここに来るまでも思っていたが、中世的な世界観の割りに服飾はしっかりしていると言うか幅広いと言うか。
これと同じようなものを他にも数セット分購入したが、手持ちの金はそんなに減っていない。と言うのも、今まで着ていたドレスを買い取れないか交渉してみたもところ、流石王族の着るドレスと言うこともあり傷みがあってなお質が大幅に値が下がるようなものでもなかったようで、思っていたよりも良い値で引き取ってもらえたのだ。
そして何故か上機嫌な店員にあれこれ聞かれ、とりあえずギルドの門を叩く旨を話したところ、それならと上記のような活動的でしっかりとした生地の服装を選んでくれた。しかもローザの魅力を損なわないようにという気配りまで見せて。
まぁ、一般的な相場を知らない俺とローザだ。店員が最初に提示した金額のままロクに交渉もせず買い取りに了承したからそのサービスなのだろうと俺は思っている。
買い取り側が最低金額を提示、売り側が値を上げて交渉、そんな応酬の後に最終的に双方が合意して売買が成立するのが恐らくは通例だろう。そこをスキップしたことで店側は想定以上に安く買い叩けたに違いない。
そんな訳で、服の代金の幾らかは買い取り額から引かれ、残額を支払ったところ銀貨二枚と銅貨五枚のマイナスで済んだのである。未だ現在の貨幣価値を理解していない俺にはこれが安いのか高いのか解らないが、それでも俺よりかは理解しているだろうローザが了承したのだから問題ないのだろう。たぶん。
ちなみに、荷物になってしまう購入済みの他の服は宿を決めた後に運んでもらう手筈になっている。意外と良心的なサービスをしているのだなとちょっと感心した。
そんな訳で、やってきましたギルド会館。
派手さの無い二階建ての館。入り口には盾をバックに剣と杖が交差しその回りを蔦が囲んでいるシンボルが掲げられている。
ぎぃ、と。蝶番が軋むような音を立てながら扉が開く。館内は広く、ロビーの奥には衝立で区切られたカウンターが幾つか。他にも喫飯等を行うためのテーブルや椅子も多少はあるようだ。
館内にはギルドの職員以外にもまばらに人がおり、おそらくは冒険者なのだろうと推測される。
入ってきたローザ、そして抱えられた俺にそれらの目が向くが、ローザは怯んだ様子もなく一直線にカウンターに向かう。さすがに見られることには馴れているということだろうか。
「いっらしゃいませ。ご依頼でしたら隣の受け付けとなります」
カウンターに座っていた女性職員が見事な営業スマイルを浮かべながら定型分を口にする。
まぁね。それっぽい格好をしていても見た感じのお嬢様感は抜けきれないものな。勘違いされても仕方がない。
「いいえ、依頼ではなく登録をしたいのですが」
「え? ああ、そうですか。失礼いたしました。では、こちらの用紙に必要事項をご記入下さい。失礼ですが、代筆は必要ですか?」
「いいえ、大丈夫です」
そんな短いやりとりの後に紙とペンを渡される。この時はさすがに俺の拘束が解かれた。
俺は器用にローザの腕から降りつつ、カウンターへと飛び移る。ローザが「あ……」と小さく残念そうな声を溢していたが無視である。
冒険者ギルドへ登録することは服屋へ向かう道すがら話しておいたことだ。
後ろ楯の無い亡国のお姫様が身分を隠して生活するにはどうすれば良いか?
まだこの国にはアヴァロン王国が帝国に攻め滅ぼされたことは周知されていないようだが、それも時間の問題だろう。復讐を望まず、自由を希望したローザの存在が知られるとアヴァロン王家の血を欲した貴族だとか、帝国からアヴァロン王国を取り戻すという大義名分を手に入れたい野心家などに目を付けられ要らん問題になる。
なので身分を隠しつつ生活をする必要があるのだが、お姫様に職業経験があるわけもなく、俺という存在も事こういう問題には役立たずである。流石にあれもこれもを粉砕しまくって対処両法的に一時凌ぎでしかない安全を計り続ける事など出来やしない。て言うかそんなことしたら人類VS俺と言う怪獣映画みたいなことになる未来しか見えない。ゆくゆくはそう言う未来が在っても良いかなと思うが、流石に時期尚早だ。て言うかローザ死ぬよなコレ。
そんなこんなで出た案が、冒険者ギルドへ登録し冒険者になること。孤児でも貴族でも登録可能だと言う冒険者は、言わばにっちもさっちも行かなくなった者が最後に行き着く職の一つであるらしい。
そんな余計なことを回想しながら紙へと目を向ける。果てして俺は文字が読めるのだろうかと不安になったが、杞憂だったようでちゃんと意味を読み取れる。うん、意味を読み取れるだけで文字が読めているわけじゃないんだな。ま、問題はないだろう。時間はあるのだし、これもまた追々勉強していこう。
……気のせいか、なんもかんも後回しにしてないか。
ふと気になった事実から目を逸らしつつ、意識を紙に向ける。
名前から始まり、年齢、出身地、犯罪歴の有無、戦種などが問われているようだ。
ローザはそれらに、ローザとだけ記入し他の欄にも次々と記入していく。ローザは十四才であるらしい。
書き終わり、しばらくそのまま待っていると紙とペンを渡した後に何処かへ行っていた受付嬢が戻ってきた。
「お待たせしました。拝見させていただきますね。あ、未成年なんですね、それと、魔法使いですか……。結構です。では、奥へ移動します。あちらの扉から回って着いてきてくださいね」
そう言って示されたカウンター端の仕切り板のような扉。
俺は再びローザに拘束される前にパタパタと翼を動かし先んじて扉に向かう。
――が、扉の前で結局ローザに拘束された。ぬぅ、ノブの回せないこの肉球ハンドが、今は憎い……。
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