第七話 詐証は丸四つ
「止まれ!」
歩くこと一時間程。ようやく街が見えてきた所で、門番らしき兵士に止められた。
一キロの距離とは言え、それはあくまでも上空からの目測でしかない。加えて念のために街の裏側、森林地帯から街道側ま回り込む必要があったのだ。それでも一時間程度で着けたのはローザのがんばりと、それに触発された俺の脚力によるところが大きいだろう。
「旅人か? すまないが朝までは街門を開けることはできない」
ローザの姿を見て訝しげにしながらも、門番はそう忠告する。
うん、まぁ、だろうね。だと思った。とは言え、はいそうですかと引き下がるわけにはいかんのです。
「何をぅ!? キサマ見てわからないのか! 我が主人は着のみ着のままここまでようやく、ほうほうの体で逃げてきたのだぞ!」
「な、なんだ? 魔物!?」
「失敬な! 我輩は魔法も使えるハイブリット愛玩動物、翼猫である!」
「はいぶ……? いや、それよりも魔法が使える!? 魔獣か!?」
「いえ、このおかーーんんっ。この子はわたくしの使い魔です」
「使い魔……。ほぅ、お嬢さんは魔導士か。失礼、初めて見るタイプ故少々取り乱してしまった。
所で。今逃げてきた、言ったが野党ですか?」
「いいえ、巨大で恐ろしいモンスターです」
「巨大なモンスターですと!?」
目を剥く門番に事情を話す。もちろん、ここに来るまでの道すがらでっち上げたものだ。
ローザはとある商家の娘である。父親と一緒に後学のために行商に着いてきたアヴァロン王国で贔屓にしていた情報屋から、帝国に不穏な動きがある。どうやら王国に攻め込むらしいという話を聞く。
早々に王国から出るよう促された商人は本来の日程を切り上げて、馬車を飛ばして王国から出た。
そうして隣国である皇国の境界線をどうにか無事に通り抜け夜営をしていたところ、なんと数匹のオーガに率いられたゴブリンの部隊に囲まれてしまった。雇った護衛は必死に戦ってくれたがオーガには敵わず殺されてしまい、自分を庇った父もまた凶刃に倒れてしまった。
もうダメかと絶望感に襲われていると、空から山ほどもある見たことのない怪物が降り立ち、オーガとゴブリン供をブレスの一息で薙ぎ払ってしまった――
「怪物は再び空へと舞い上がって行きましたが、何時心変わりをしてわたくしに襲いかかるかと思うと恐ろしくて……。わたくしはここまで必死に逃げてきたのです……」
顔を俯けて目を伏せ、自分の身体を掻き抱くようにして話すローザの名演技っぷりに門番が沈痛な表情をしている。
若くても王族、これくらいの腹芸はお手のものということだろうか。それともアレか。女子は基本的に演技が上手いというコワイ話か。
「そうか……。それは大変だったな。……ちょっと、ここで待っていてくれ! 兵長に話をしてくる!」
門番はそう言うとこちらの返事も待たずに門の脇にある扉の中へと消えていった。
ククク、計画通り。きっと俺は今すんごい悪い顔をしているに違いない。猫だから表情とかわからんだろうがな。
「見事であったぞローザよ。思っていた以上の名演技だ。迫真とは正にという感じだったな」
「……ありがとうございます」
肉球ハンドで肩を叩きながら労を労う俺に、ローザは青褪めた力ない表情で呟くように返した。
あ、これやらかしたっぽい。
流石の俺でも今のローザの状態が良くないことはわかる。もしかしたら話の最中で帝国兵に追われていた時のことや、家族が殺された場面なんかを思い出したのかもしれない。
完全にフィクションにするよりも多少は本当のことを混ぜた方が良いかと思ったのが裏目に出たか。
フォローの言葉を投げようとしたところで扉が開き、先ほどの門番ともう一人、上司であろう厳つい兵士が現れた。
「お嬢さん、話はコイツから聞いた。大変だったな。規則であり、またこの街の門番として門を開けることは出来ないが、俺たちの使っている待機所を提供しよう。お嬢さんにはむさ苦しいかもしれんが、一晩の辛抱だ。我慢してほしい」
「いえ、願ってもないことです。お心遣い、ありがとうございます」
「うむ。それと、そこの猫はお嬢さんの使い魔だという話だが、証明は可能か?
翼の生えた猫など見たことがないが、それでも一応は魔物だからな。使い魔として魔導士の支配下にあり安全であると確認が取れない限り門の中に入れることができないのだが……」
おう、やっぱりきたか……。
そう思うも対処法を何も考えてなかった訳ではない。
何をもってして証明とするのかわからないまま下手なことをするのは下策。
「証明、と言われましても……。すみません、どう証明すれば良いのでしょうか?」
「ん? どういうことだ? 召喚術師ならこの程度のことは承知している筈だろう?」
眉を寄せて訝しむ兵士。
ローザはそんな兵士に困惑した風に口を開く。
「それが、この子はつい先ほど何故か召喚出来てしまったもので……。わたくし自身は魔法の才能は無いものだと思っていたのですが……」
「魔法の才が無いなど! ご主人は我輩を喚び出した! これ以上に才を証明するものが在るだろうか!」
ずっと黙ってるのもアレなので適当なことを喚いてみる。ほら、よいしょしとけば従順さのアピールになって最悪どうにかなるかなって言う狡い考えだったり。
そんな俺のチャーミングさを丸っと無視して兵士は何やら考え込んでいる様子。
流石に話の出来が良すぎた? もちろん悪い方に。
「……確かに、少例ではあるが危機的状況に際し魔法の才が目覚めるものは居ると聞く。しかし、召喚術となると、俺も聞いたことがないな……」
考え込むように呟く兵士に俺が内心で危惧を抱いていると、ちらっとローザに目を向けた兵士は大きくため息を吐いて首を振った。
「いかんな。疑り深いのは俺の悪い癖だ。きっとお嬢さんの窮地に女神が救いの手を差し伸べたのだろう。
わかった、では街に使い魔を連れる際の手続きについて説明しよう。疲れているかもしれないが、これは各国で共通となる必要な手続きだ。今後も必用になることだろうし、悪いが疎かには出来ない。しっかりと聞いてくれ」
何かを納得したらしい兵士はそう言って使い魔証明の手続きについて説明を始めた。
「お嬢さんはその猫を召喚したのだったな。魔導士が連れる使い魔には幾つか種類があり、召喚したもの、この場合は召喚獣だな。これを使い魔であると証明するには術者と召喚獣双方に刻まれた契約紋を見せてくれれば良い」
「契約紋……ですか?」
「ああ。召喚獣も術者側も互いが契約を了承した証として身体の何処かに刻まれるものだ。そうだな、身体に魔力を流して見ると良い。それでわかる筈だ」
ローザが俺の方をちらりと見る。わかってる大丈夫なんとかするわい。
契約紋っていう位だから紋章みたいな感じか? 俺の身体の方は適当に背中とかで良いとして、ローザの方は……そうだ! あのブレスットを通せば即席でちゃちゃっといけるだろ。カタチは……凝ったのは無理だ。時間があるときにしっかり考えるとして、今はコレでええじゃろ!
例によって例の如く、原理とかその他諸々を一切無視した気合いと根性で強引にでっちあげの紋章を刻む。俺のは背中、翼の付け根辺りに。ローザのはブレスレットを付けている右手首の下側に。
ぽぅ、と小さな光がそれぞれに点り、契約紋(偽)が姿を見せる。
「ほう、こりゃまた……」
「まぁ……」
ローザの右手首に淡い光で刻まれたそれは、まるでと言うか真にと言うか。
――大きな丸の上に小さな丸が三つポンポンポン、と。
どう見ても肉球スタンプである。
……なんや。猫なんやからええじゃろがい!
ローザの手首のそれを確認した後、俺の背中のものも確認している兵士にばれないように胸裡で言い訳のように叫ぶ。
俺自身、安直が過ぎるとは思うけども。いいんだよこれくらい判りやすい方が。
なんだか微笑ましい雰囲気になりつつも注意事項などを説明しているローザと兵士を視界に、俺の胸裡では言い訳が止まらない。