第五話 お姫様は情緒不安定(疑惑)
ややをして。
完全無反応状態に陥った俺に気付いたローザは慌てて俺を解放して介抱し、俺は今回最期の生に間一髪帰還できた。
ほんと、もう少しで濾過されるところだった。つうか彼処はやっぱりお役所仕事過ぎやしないか? 殆どオートメーションめいた感じで処理しよるだろ絶対。もうちょい情状酌量の余地とか、そういう余裕を持つべきだ。うっかり仮死もしとられん。
ともあれ。
「ごめんなさいごめんなさい――」
「良い。先に説明していなかった我――我輩の落ち度である」
うん。ほんと、驚かしてやろうとか思っちゃダメだね。そういうイタズラはやっぱりもっと余裕のある時に、安全を確保してからやるべきだな。
美少女の胸で窒息死とか、一部紳士の諸氏にはウェルカムな死因かもしれないが、俺はノーサンキューである。性欲無いし、この生終わったら消滅みたいなもんだし。
ぱたぱたと中空に浮きながら頭を下げて謝意を示し続けるローザを宥める。ホント、もういいってばさ。
「もうよいもうよい。このままでは拉致があかん。とりあえずだな、我輩は街等の人が多い場所では基本的にこの姿で居ることにする」
とにかくさっさと話を進めることにした。漫画なんかでテンプレの謝罪と許しの無限ループなんて不毛が過ぎる。
「我輩はオマエの使い魔として基本的には常に行動を共にするが、まぁオマエも年頃の娘だ。窮屈に感じる部分もあるだろう。なので折々にオマエ一人の時間を作るからそこは安心しろ」
「え?」
「ん? どうした。今の話に疑問があったか?」
「い、嫌です……。ずっと一緒に居てください! 窮屈になんて感じません! お願いします、独りにはしないで下さいっ!」
お、おおう。どしたんよローザさん。
突然表情を歪め、泣きそうな声色で叫ぶローザに内心でちょっと慌てる。
今の俺の話のどこにそこまで取り乱す内容があったよ? 一人にするなったって、ローザは見た感じ十四、五歳くらいだろう。そんな多感な時期に常に誰かが見張りみたいな居たら息が詰まるんじゃあないか? そりゃあ今の俺は愛くるしい翼猫モードだが、その正体が恐ろしい竜であることを彼女は知っている。その体躯は巨大で、その力は国を滅ぼして余りあるものだ。そんなものが常に傍に居るのはすんごい疲れると思うんだけど。俺ならゴメンだ。それがどれだけ頼りになるボディーガードでもーーって、ああ、そうか。
「安心しろローザよ。時おり離れはするが、オマエが呼べば直ぐに姿を現そう」
彼女が国を失い、家族を喪ってからまだ一日も経っていないのだ。一人になるのが不安なのだろう。もしかするとトラウマになっているのかもしれない。
俺が現れた時、彼女は既に一人だった。一国のお姫様が敵が攻めてきたからと一人で居るのは違和感がある。十中八九、逃げる途中まで随伴していた護衛は彼女を逃がすために已む無く犠牲になったのだと思う。
そして、もしかしたらその瞬間を目の当たりにしたのかもしれない。目の前で他者が殺されるのを目にするのは思っている以上に衝撃的だ。それが、自分にも及ぶ事態であるのならば尚更に。
「最初の契約を忘れるな。我は貴様を守護することを契約した。孤独に落とすことはしない
」
ローザを宥めすかしてどうにか落ち着いてもらったところで、今後の方針と途中だった説明を再開する。
「とりあえずだ。我輩がオマエの使い魔であることをどう確認するのか、それがわからない以上は考えるだけ時間の無駄だ。だが、使い魔であると言い張る以上はオマエにも魔法が使えて貰わないと困る事になるだろう。そうでなくても自衛の手段があるとないとでは話が違ってくるしな」
「仰りたいことはわかりますわ。けれど、わたくしに魔法は……」
「わかっておるとも。今まで使えなかったものが突然使える等と都合の良いことは考えていない。まぁ、なら何故我輩を召喚できたのかがわからんが……それは追々だ」
一朝一夕に都合よく話が進めば楽で良いのだが、そんな上手い話があるわけがないというのは常識で。仮に使えたとして今まで使えなかったのが突然使えるようになるとか、後々反動とかありそうで余計によろしくない。
ではどうするのか。
ところで話は変わるが、英雄や勇者が竜を倒してその遺骸や血や身体の一部から力を得るというのはよくある話だ。
例えばファフニールだ。この血を浴びたジークフリートは不死の身体を得ているし、その血を舐めたシグルスは全ての言語を理解する力を得ている。
例えばテーバイの竜の歯は地に蒔くことで植物のようにスパルトイという兵士を生み出す。
事程左様に、竜の肉体とはそれそのものがマジックアイテムだと言っても過言ではないだろう。
とは言えだ。ここでいきなりローザに俺の血を飲めとか浴びろとか、あるいは肉体の欠片を千切って渡したりとかはちょっとグロが過ぎる。野郎ならともかく、美少女お姫様にそれは流石の俺でもちょっと躊躇われる。
「ローザよ、我輩の翼から羽を適当に毟るのだ」
「え?」
「オマエが魔法を使えないのであれば、使えるものを中継してあたかもオマエが使っているように見せれば良いのである。つまりだな、我輩の羽を触媒にして我輩の魔法をオマエが使えば良いのだ」
かつてどれだったかの人生で読んだ小説にあった魔法は、その世界に存在する魔王や神から力を借りて使うというものだった。本当はもっと細々設定があったがここでは割愛。
その方式を今回は採用させてもらう。
どういう事かというと、俺の身体の一部――今回は羽を魔法の使いの杖のよろしくこんな魔法が使いたいと思う。それは羽を通して俺に入力され俺が演算、求められた解を今度は羽を通して出力することで、あたかも使用者が魔法を使っているように見えるという、そういう算段だ。
え? めかにずむ? 気合いだ。思い込みだ。俺がそうできると今決めた。
「と、言うわけで。さぁ、毟るのだ!」
「ええい、何をそんなに遠慮しておる! なに、畏れ多い? 我輩が良いと言っておる!」
「あたたたっ。そんなおっかなびっくりやられた方が痛いわ! グッといってサッとやるのだ!」
「ふぎっ!? ……にゃーーーーーっ!」
ダメ出しをしつつ何度目かのトライにて。ふっきれたのかなんなのか、ローザは俺の翼を市場の掴み取りコーナーのおばちゃんのような容赦ない手際でぶちぃと毟ってくれました。
ものには限度があると思うの。
とは言えガンガンいこうぜと指示したのは俺であるので、文句を言うのは憚られる。なんやかんやとダメ出しした自業自得と割り切ろう。
ヒリヒリする痛みに涙目になりながら、恐縮しきりのローザを宥めつつ次があればもうちょい穏便な方法を採ろうと心のメモに記入。