第三話 テンション上がって忘我するのはよくあること(言い訳)
転生して割りとすぐ、念願叶ってテンションが上がりに上がった俺は、このドラゴンボディがどれだけのポテンシャルを秘めているのかを知るためにそりゃもう色々やったのだ。
空気の壁をブチ破ってカッ飛んでみたり。
全力の咆哮で海を割ってみたり。
荒れ狂う嵐とは逆回転に飛翔して嵐を相殺してみたり。
火山口に突っ込んでマグマで温泉気分味わったり。
そんな風に好き勝手に戯れていた俺はふと、夜空に一際目映く輝きを放つ月に気が向いたのだ。
そう。それは本当に何となく以上の理由はなかったのだ。天に唾を吐けば云々。そういう結末になるんだろうと思いながらも、試してみたくなったのだ。
天を仰ぎ、顎を全開にし、力を溜める。
周囲のマナを取り込み続け、呼吸と共に精製されるのを感じる魔力を全力稼働させる。
圧縮集束されたマナが、魔力が、少しでも気を抜くと暴発すると感覚で理解しながら、それでもまだイケる、もっとイケると溜め込み続けた。
何れ程の時間をそうしていたのか、その内に痛みを感じるに至り、ようやくこれが限界だと判断してブレスを放った。
空へ! 宙へ! 天へ!
夜の黒を引き裂く極光は一切衰えることなく、グングンと伸び続け、月にかすった。
無駄と知りつつも内心では直撃を期待した全力の一撃は、月の端を削り割るように突き刺さり、
今に至ると。
今にして思えば、俺は心のどこかで一つしかない月に不満を持っていたのかもしれない。俺というファンタジー存在の居る世界で、なぜお前だけ代わり映えしないのかと。
そんな無意識の不満と澡状態のような興奮が、砕月なんてことをしでかしたのかもなぁ。
ともあれ、地上から月まで届く俺のブレスで薙ぎ払いとか、大惨事なんて生易しい言葉じゃ効かないことは想像に難くない。
視線を再び眼下へと向ける。
前回と今回のことを参考にして反省し、これからはもうちょっとしっかり意識して行動するようにしよう。
偉大なる先達の悪竜、邪竜と謳われる存在みたく在るのもちょっと心惹かれるものがないでもないが、積極的にそうなりたいわけではないのだ。
先達の在り方を否定するわけではなく、俺は俺らしく、俺という新たな竜として在りたいのだから。
そんな風に勝手に心機一転していると、そう言えばとローザの存在を失念していたことに気付く。
あれ? ちゃんと頭の上に居るよね? なんの反応もないから忘れちゃってたよ。
「……どうした、ローザよ」
「へ? あ、は、ハイ! なんでしょうか!?」
大丈夫か? 声が上擦ってるが……。
「ふむ。一応貴様に影響がないように障壁を張っておいた筈だが、どうかしたのか?」
「い、いえ! ご配慮頂き、有難う御座います……」
「そうか? ならば良い。さて……。これが我が力、その一端である。貴様が呼び起こした存在が何れ程のものか、多少は理解したか?」
どうよ、すごいだろう。
他のモンスターがどれくらい強いか知らんが、あの程度ならご覧の有り様よ。んー、前世の知識的にはゴブリンやオーガとか低級から中級くらいの強さだったはず。もっと強いのがいたとして、あれの十倍どころか百倍とかの強さと仮定してもまだ余裕。まぁ、捕らぬ狸の皮算用ちっくな感じがしないでもないが。それでも、なんとなくだが、光の巨人とか来ても何とか出来る確信があったりする。……何を言ってるのだろう?
「はい……。正直、恐ろしい力だと思います」
震える声で答えるローザに、ちょっとだけ興奮が冷める。
いや、別に気分を害したとかではないんだ。むしろドラゴンとは人間から恐れられるべきだとすら思っている俺的には、むしろこの反応は望むところだったりする。だってほら、出逢ってからこっち、なぜかローザは俺を見ても思ってたほど恐怖していないように感じたのだ。冷静というか、理性的というか……。そりゃあ子供のように恐ろしいからと泣き喚かれても困る。そういう反応をされるよりかは全然好ましい。けど、思ってたんと違う……という感想は拭えなかったし、そこにちょっとだけ不満もあった。
しかし、いざ実際に怖がられるとなんか、ねぇ。
なんて言うか、こう、カレーうどんだと思ったらカレーそばだったみたいな。旨いんだけど、ちゃうねん。今そばの舌じゃないねん。みたいな。うん、なんかこれ違くないか?
「ディー様」
迷走しだした思考に戸惑っていると、ローザがやや硬い、緊張している風な声音で俺の名前を呼んだ。
「なんだ?」
「御身にこのような事を言うのは差し出がましく、また身の程を弁えぬことと承知しています。承知した上で、一つだけお願いしたいことがあるのです」
「ほう? 良い。申してみよ」
「……どうか、そのお力を奮われる際には最大限のご配慮を戴きたいのです。御身のお力は容易く国を堕とすことが出来るものです。ともすれば、この大陸を地獄へと変ずることも可能でしょう。ですので――」
「良い。皆まで言うな。無論、我とて徒に力を誇示する心算はない」
ちょっとちょっとローザさんや。もしかして俺が力の限りに暴れまわる大怪獣か何かと思ってやしませんかね。
そりゃあさっきはちょっとテンション上がってハッスルしちゃったが、あんなんは俺でもちょっと予想外なんだからね。いやまぁ確かに。竜であるならあれくらい出来て当然だと言う思いはありますが。
言ったことは本心だ。確かにこの力を世に広く誇示したい思いが無いと言えば嘘になる。
なんだかんだ言っても、お歴々の偉大なる先達がしたようなことは一通りしてみたい気持ちがあるのも実は本心だ。
ヴリトラやテュポーン等のように神をぼこってみてり(居るかどうかはともかく)、ベオウルフやジークフリートのような英雄と死闘を繰り広げたい憧れのようなものもある。いや、決して破滅願望があるわけじゃあないのだ。結末はともかく、そういうなんて言うか、強大な敵役をやってみたい的な。そういう、ほら、子供がカッコいい敵役に憧憬するあれと同じような感じだ。……おや、一気にしょぼくなりませんかねこの言い方。
ともかく。そういう思いがあるにはあるが、それをいきなりやるのはダメだろう。
だってほら、俺ってばこの世界ほっぽって今の今まで寝てたんだから。その負債分は働いてるフリしないと。なんで、手始めに浦島太郎状態の俺を的確にガイドしてくれる――筈である――ローザと一緒にあちこち見て、俺が爆睡かましてたせいでこの世界に何かおかしな事が起きてないか確認して、何かあるなら解決したりしなかったりしないと。
そう。まずは良いドラゴンとして活動しつつ、程々に力を魅せつけ、名声とかを望む勇者を返り討ちにする。うん、完璧だ。このプランでいこう。
「だが知っておくことは必要であろう? 我が何れ程の力を有しているのか。全容はともかく、一端は理解できた筈だ。これが、我だ。真竜たるの力だ。貴様が呼び起こし、貴様が使役する力だ」
「わたくしが、使役?」
「そうだ。実態がどうであれ、貴様が我を呼び起こし、この地へと招いたのは覆らぬ真実だ。そして、その後に契約を行ったのもな。我は契約を反故する気はない。貴様に害を及ぼ存在や、貴様が願う時事に力を奮うことを厭わぬ。故に、忘れるな。貴様は最強の守護を得たが、同時に最強の剣をも手にしているのだと言うことを。そして、それは切り離せぬ不可逆のものであるということを」
はい。偉そうなこと言っておりますが、後半は自分に言い聞かせてたりします。マジで考えろよ俺。自重しろよ俺、と。
とは言え、言ってることはこれまた本心だ。俺はローザを気に入っている。もうこの短い間に見捨てることができない位には愛着ーーというと語弊があるが、好意を抱いている。性的な意味でなくね?
そんな彼女に理不尽に害を及ぼすものを滅ぼすことに躊躇は無いし、もし仮に、ローザが復讐を望むのならば力を貸すことに吝かでもない。
だが俺は俺であり、ローザではない。その時の勢いや思い付きなんかで後悔をするような選択をしてほしくは、余りない。
ローザが己の願いで発露された俺の行いに責任を感じないのであれば、俺の力を好きなように利用すれば良い。
命とは儚いものだ。吹けば飛ぶような脆いものだ。だからこそ尊いが、それはそれだ。死ぬ時は死ぬ。それが寿命か外的要因かは知らないが、どうあれ失うように出来ている。結果は変わらない。
ならば、そこに意味を見いだすのは感傷で、意味はない。
俺が永い繰り返しで得たこの答えを他者に強要する心算はさらさら無いが、しかし俺はそういう考えでもって行動する。
俺が俺の考えを他者に強要しないように、俺は俺で他者の考えを、気持ちを慮る気はない。全く無いとはい言わない。気紛れを起こす時もあるだろう。だが、基本的にはそんなスタンスだ。
なんでまぁ、ご利用は計画的に。用法要領を守って使いましょう。
そんな感じで。




