第二話 お姫様による無知な竜への世界説明(簡易版)
時刻は夜。大小二つの月を頭上に頂き、星々の煌めきの下を飛行なう。
現在俺はローザを頭の上に乗せてをゆるゆると空を飛んでいた。
最初はベターに首とか背中かなと思ったのだが、体長の対比的に下手すると惨劇が即興されるのでこの位置となった。
それに目的地へと向かう道すがら知識の補完をするためにも、ローザから少しでも話を聞いておきたい。そうなると首とか背中だと俺の声はともかく彼女の声が聞こえない。風圧だとかは魔法(?)とか速度を緩めたりでどうにかしているが、なぜか距離的な問題はどうにもならなかったのだ。これはたぶん、俺が魔法的なものを何と無くでテキトーに使ってるからというのもあるのだろうが。
「――現在この大陸に存在る主要国は四つです。中央平原を押さえるグルンカステル帝国。その西方に位置していたアヴァロン王国。これは先ほど居た、滅亡ほやほやの国ですね」
ほやほやて。
「そして帝国より東方、海を挟んで存在する群島国家、ヴァリアント商連合国。次に帝国より南、イスルギ皇国。今わたくしたちが向かっているのがここです。何でも、帝国に勝るとも劣らない大国だとか。皇王がたいへん開明的なお方で、様々な種族を受け入れるとかなんとか」
だからこそまずはここなのです。と言ったあと、急に黙る。
おや? アヴァロン王国が滅んだのだから現存する国はあと一つあるのでは?
そう疑問に思い先を促すも、困惑するような雰囲気をローザから感じる。
「……もう一つは、帝国より北、未明の地に在るとされる魔国ですが、申し訳ありません。魔国については噂は諸説あるのですが、今現在をもってして何もわからないのです。魔人たちの国とも、魔物の国があるとも言われておりますが、北を目指して戻ってきた者が居ないのです。ただ、確かに魔物などの驚異は北から訪れる割合が高いそうです」
そりゃまたキナ臭い。一人だったらちょっくら飛んで行ってみるのだが、流石にローザを連れて行くのは憚られる。
――あの後、俺はローザに契約を持ちかけた。と言ってもよくある魔法的な、悪魔との契約とかそういう類いの話ではない。口頭での約束みたいなものだ。
目覚めたばかりで右も左もわからない俺と、突然の自由を手に入れたものの然して目標のないローザ。どちらもやることが無いわけだし、ここは一つどちらかがやりたいことを見つけるまでは一緒に居ようか。みたいな。
実際問題として俺はこの世界を任された身として何かやらねばならない気がするが、爆睡かましてた奴が今さら何をという感も拭えない。ほら、今まで何もしてないくせに「我が神だー」とか言って現れても困るでしょう? むしろふざけんなという話だ。そもそも実態はともかく、神とか言う柄でもない。あくまで竜ですので。いやまぁ確かに、前世――語弊はあるがこう強弁する――では竜とは神聖なものだったりするが、一方で神の敵対者でもあったりするわけで、そんな竜である俺はだからどちらでもないのだと言うそんな感じでひとつ。うんまぁ誤魔化しですな。
ローザに関しても、多少しんどい思いをするのは我慢しようかな、というくらいには気に入った。自由だと宣ったローザから垣間見えた人間性が俺の琴線を擽ったのである。
そんなわけで前世に倣って無知な俺を助けてくれるロザペディアとして雇ったのである。彼女を助けた対価は俺を起こしたことで相殺。ロザペディアとしての報酬は彼女の身の安全である。
俺ほど巨大な存在はまず知らないというのがローザの言だ。強いイコール大きいではないが、大きければ基本強いし、そうでなくても竜である。まず負けはしないだろうし、そうそう害されもしないだろう。
そんなわけで、現在俺はイスルギ皇国という語感的に郷愁を感じる国へと飛行中だ。
ここへ決めたのはローザの案である。
何でも様々な人種、種族が集まるイスルギ皇国ならば帝国に見つかる確率も少ないだろうし、冒険者ギルドというものもあるとか。
前世的にテンションが上がらないと言えば嘘になるだろう。ゲームやファンタジーものでは定番のあれだ。
流石にこの身でギルドに所属しようとは思わないが、ちょっと実物を見てみたいではないか。
気分的には完全に物見遊山な俺です。
――しかし、何と言うか今日まで寝こけていた俺がこんなことを思うのは無責任が過ぎるかもしれないが、変わったなぁこの世界。
俺が転生した当初は山と平地と海しかなったというのに、こうして空から見下ろすだけでも畑だとか小さな村や町だとか色々と知性体の生活感とでもいうべきものが散見される。
流石と言うべきか、むしろ当然だと誇るべきか、夜であろうともドラゴンアイは何の支障もなく昼間と大差ない視界を得ている。明暗を感じられないというわけではなく、暗くともきちんと見分けられると言えば良いのか。
ともあれ、そんな風にばっさばっさ翼を羽ばたかせていると、少し先に何かが見えた。
なんぞ? と胸裡で首を捻りつつも目を凝らしてみると、それが何者らかの行列だとわかった。こんな夜に? 明かりも灯さず?
もっとよく見てみるとどうやらそれらは人型をしているが人ではないとわかる。
ふむ?
「ローザよ」
「はい、なんでしょうかディー様」
ディーというのは俺の仮の名前だ。ローザに名前を訊かれた際に咄嗟に最初の俺の名前を言いそうになったが、慌ててそれを止めた。確かにこの意識は自我は俺だが、それはあくまで最初の人間だった時の俺の名前であり、竜と成ったからには相応しい名前を名乗るべきだと考えたのだ。
――眠りにつく前に最高にカッコいい名前を考えた筈なのだが……。
本当に巨体に対して脳ミソが仕事しない。当初は偉大なる先達たちの尊名を拝借しようかとも考えたが、それは違うだろうと思い直した。でははてさてなんて名付けたっけか、と考えるもまったく思い出せない。力強く、強大で、名前を耳にするだけでそうだとわかる。そんな素敵ネームを自らに付けた筈なのに。
これがもう本っ当に何も思い出せない。己のガッカリ具合に内心で落ち込みつつ、ずっと黙っていてもしかたないので、とりあえず、と言うことでディーと名乗ったのである。安直だが、ドラゴンのスペルの頭文字だ。自分でも内心ないわーとか思いました。
なんてネーミング遍歴は置いといて。
「緑色の肌をした人種というのは存在するか?」
「緑色、ですか? いいえ、ヒューマンを始めとした人種にそんな毒々しい色合いの者はおりません。魔物であれば幾らか思い付きますが……まさか!」
「ふむ。察しが良いな。この先の街道を凡そ百に満たぬ程度の緑色が行進している」
「大きさは如何程でしょうか?」
「貴様の身長を基準に考え、三分の一から半分程度の矮軀と、倍はあるデブだな。デブが矮軀を率いているように見える」
「恐らく、小さいほうがゴブリン。大きいほうはオーガかと……。なんてこと、奴等の住み処は沼地や山岳部のはず。なぜこんな平原に……」
ゴブリンにオーガねぇ。またお約束なモンスターだこと。しかし、小鬼に大鬼と言うには、俺が地獄でお世話になったあんチクショウどもとはエライ違いだな。類似点は人型であることと、角くらいか。その角にしたって、なんだあの申し訳程度のは。装飾品か。総合した感想としては、恐怖感が足りなさすぎ。地獄に言ってちゃんとした本物を見て出直せ。
そんなことを思いながら視線を巡らせば、このまま行進するとちょうど真下にある小さな村に行き着くことが見て取れた。
「騎士団は、冒険者たちは何をしているの? こんな時のための戦力でしょう」
頭上で悪態を吐くローザにちょっと意外性を感じた。民など知らんというタイプかと思いきや、彼女は彼女でちゃんと民の心配をしているのだろうか?
「我の目に見える範囲に他の集団は見えぬな。こういう場合、騎士団や冒険者が対処に当たるのが相場なのか?」
「っ、はい。その為に各領地の領主は私設騎士団をもっており、民は安全を保証してもらうために高い税を払っているのです。冒険者にしても、その全てではありませんが魔物退治は彼らの職務の内と聞き及んでいます」
そこら辺は俺の記憶と大差ないのか。
俺としてはどうするかもう決めているが、ここは一つローザにどうしたいか聞いてみよう。
「それで、貴様はどうしたい?」
「っ!?」
息を飲む気配。訊かれたのが意外かな?
「正直なところを申してみよ。どうしたいのだ? 見捨てるか、駆除するか」
ちょっと今自分で自分にビックリ。普通に違和感なく、害虫を駆除するのと同じ感覚でアレらの駆除を口に出来た。虫はともかく、そうでない生き物に自然と駆除という手段を選択肢に入れることができるとは。
もちろん、内心の驚愕を表すような愚は犯さない。
「……ここは、既に皇国領内です。皇国の問題に、既に滅んだとは言え他国の者が口出しするのはお門違いなのかもしれません。それにわたくし自信にどうこうする力があるわけでもありません。ですが、見捨てたくは、ありません」
不思議な少女だ。
最初に出逢った当初の冷徹な面を見せた彼女も、今こうして己の無力を噛み締め、それでもと顔も知れない誰かを思いやる彼女も、同じローザという少女だ。どちらも偽らざる本当の彼女であるとわかる。根拠など無い。勘だ。フィーリングだ。もしかしたらそう信じたいだけなのかもしれない。だがそれでも良い。
「だから――」
「くははははははは! 良い! 好いぞ、ローザよ! 我が契約者よ! 貴様は面白い! 気に入った、実にな! 貴様の思いに応えよう! 我が頭上にて刮目せよ! あの程度の木っ端、一息に滅ぼし尽くして見せよう! そして思い知るがよい。貴様が起こした真竜が何れ程のものかをなぁ!」
翼を大きく打ち鳴らし、空から地上へと墜ちるように急降下する。ローザを吹き飛ばしてしまわぬように障壁の展開を強くするのも忘れない。
数秒も用さず醜い大小の駄肉の群れの鼻先に降り立つ。
突如として小さな山ほどもある存在が現れたせいか、俄に騒がしく何事かを叫び出し、統率が目に見えて崩れる。
何を言ってるかはさっぱりわからないが、焦燥や恐怖は見て取れる。その無様が心地よく、同時に非常に不快だ。
逃げ惑うようなゴブリン共がいる一方で、オーガは手にした粗末な棒――武器のつもりか?――を振り上げている。
それらを眼下に、顎を開く。
口腔にマナが集束し、無色の魔力が赤熱するのを感覚で理解する。まだだ、この程度では温い。
赤く、紅く、赫く――。
その威容を見てようやく目前にするモノがどうしようもない明らかな驚異であると理解したらしい。ゴブリンだけでなく、オーガ共も手にした物を放り出して我先にと逃げ出した。
だが、遅い。あまりにも遅すぎる。
内心でその無様をせせら笑いながら、ソレを解放する。
極光が目を灼く。夜という黒を明るいという言葉ではなまだ足りないと燃えるように蹂躙する。
それは星のように一瞬の輝きだ。だがその熱は、かつて味わった地獄のように激烈だ。
昼間の太陽よりも眩く染め上げた夜の静寂を、まるで今は自分のだけのものだと言わんばかりに黒が再び塗り替えていく。
そうして全てが元に戻ってーー否。眼前。それ以外が元に戻る。
醜い群れは既に其処には無く。すり鉢状に弧を描いて抉れ、急激に熱せられたことで表面を結晶化した地面が、その事実のみをもって先と今では異なると訴えている。
うむ。
ぱないの!
ついテンションが上がってドラゴンブレスをかましてみたが、なんぞこれすげー。地面がキラキラ輝いて超綺麗っ。とかって言ってる場合じゃないなこれ。
いやしかし、無意識にとは言えピンポイント直射でよかった。何処ぞの太古の巨人兵器みたく薙ぎ払うようにブレスってたら、何れ程の被害になっていたか考えるのも恐ろしい。
ふと、そう言えばと夜空を見上げる。あー、今の今まで忘れてたけど、たしかあの双子月って俺のせいなんだよなぁ……。




