第十二話 帰還。薔薇の真実・序
星涙草。
星の涙と銘打つそれに成る程と思うと共に、イヴェールが夜でないと見分けが付かないと言ったことにも合点がいった。
一面に広がる小さな光の絨毯が、そこにはあった。
それは、宙天の銀河が地に反射しているのではないかと思うほどの絶景だ。
「これ全てがそうなのか?」
「ああ。しかし摘むのはこの中でも一際強く、なおかつ白く輝く一つのみだ。それ以外は霊草ではなく呪草、毒草の類いだからな」
物騒な単語にどういうことだと問いを投げると、イヴェールは足元をためつすがめつしながら答えた。
「星涙草は太陽の光と魔力を取り込み、それをマナとして循環させる世界の器官の一種だ。とは言え、昼に吸って夜に吐く、なんていう単純な作業ではない」
台詞の合間合間で顔を近づけ、時に手を翳しながら話を続ける彼に倣い、俺も見分作業に参加するも、匂っても感じるのは青臭さだけで嗅ぎ分けはできない。ちょっと集中して魔力の濃淡を見比べようにも、そこかしこで魔力光が輝いていれば見分けがつく筈もない。と言うかそれが出来るならイヴェールがやっているわな。
どうやら単純に目視で見分けるより他にないようである。ふぅむ、眺める分には綺麗だが、じっくり見る分にはなんか鬱陶しいなぁ。
「地のマナと天のマナは別物だ。我々が使う分には通常どちらも大差がないが、世界にとっては大問題だ。地のマナが薄まり天のマナが地のマナを席巻すれば、ここは地ではなく天になる。下に落ち止まる力は反転し、上に浮き止まることを忘れる」
重力が消えるということだろうか?
いや、て言うかマナに属性とかあったの?
初めて知った事実に内心で驚愕する。
「星涙草は取り込んだマナを地のマナへと濾過し、然る後、地へと吐き出す。しかし濾過するにもやはり魔力が必要だから、先ずは必要十分までマナを取り込み己のものにし、そうしてから溜め込んだマナを魔力で濾過する。この最終行程を行うのは、群生している星涙草の中でも一つだけだ。見たらわかるように、こいつらは一つ一つが小さいからな。溜め込める量もたかが知れている。だからこいつら全てで共同作業をしているってわけだ。そして、それ以外の星涙草はマナを溜めるだけの貯水槽か濾過補助でしかない」
言われ、足元で光輝く草をよく見るとクローバー系のそれに良く似ていることに気付く。葉の付き方もそうだが、大きさもそっくりである。
「貯水槽の方は毒草だ。地のマナも天のマナも使う分には大差がないし、少量なら取り込んでも直ぐに体内で置き換わる。だが、少量以上の天のマナを取り込めば、体内の魔力経路が汚染される。その場合どうなるかはその時でないとわからんが、最悪の場合、猛獣や魔獣がそうなるようにモンスター化する」
「ん!? なんだ、モンスターって元は猛獣とか魔獣なのか!?」
「はぁ? そうに決まっているだろう」
驚愕のあまり叫んだ俺に、イヴェールは何を当たり前のことをみたいな顔で言う。いやいや、初耳だ。て言うかその口ぶり的にマナ汚染されるとモンスター化するってことだな? そしてそれは常識であると。
猛獣は猛獣、魔獣は魔獣、モンスターはモンスターっていう単なる分類だと思ってたわ。ほら、草食獣や肉食獣みたいな。
呆れた顔をしているイヴェールに続きを促す。己の無知をまた一つ知ったことでイヴェールから教えを乞うことを本格的に決めつつも、それは一先ず置いておく。
「まぁいいが。でだ。濾過補助の方は呪草だ。とは言っても本当に呪われるではなく、症状としてそう見えるだけだがな。摂取した者のにあるあらゆる者を、本人の魔力を使って全てマナへと濾過しようとする。その衰えようが呪いに似ているんだ」
「解除とか出来ないのか?」
「どうやってだ? 機能としてあるものを解除するってことは、人間でいうなら呼吸機能を解除するために腹を捌いて肺を取り出すのと同義だ。そしてそれをやるにしてこの小さな草体のどこを施術すれば良い? そして、人間に限らず備わっている機能を物理的に排除することは全体的な機能不全に繋がる。これにも同様のことが起きるだろう。ただ雑草になるなら良いが……」
「あー、呪いがどうなるかわからんか」
症状の方を訊いたつもりだったんだが、そっちは出来ないのが常識なのだろうか。口振りからなんとなく察して聞き返すことは止めておく。
にしても、なんて厄介な草っ葉だ。小さいくせに凄まじいな。
――ん? ちょっと待て。俺が今まで何となくで使ってきたマナやら魔力やらって、実は取り扱い要注意の劇物なのでは?
思い出す蛮行の数々……。
――うん。勉強しよう。絶対だ。
確かに俺は竜として暴れたりしたいが、別に人類虐殺とか世界滅亡とか望んでいないのだし。このままきちんと正しく理解しないままに扱っていると、その内うっかりドエライこと仕出かしそうだ。
内心で戦々恐々としながらも探索を続ける。
その後もイヴェールの講義をBGMにしながら目を皿のようにしながら探していると、程なくしてローザが件の霊草を見つけた。
あとはもって変えればクエストクリアだ。
今度はしっかり頼むぞイヴェール。
その後は順調に推移した。
行きであれ程滑らかで冗長だった口数がめっきり減ったイヴェールは、周囲の警戒と一行の陰行を完璧に行い、夜行性の如何なる生物にも一度としてエンカウントすることもなく帰還。
前回は都市内部に入るのに一悶着あったが、今回はギルドからのクエストでありギルド職員の同行もあったことで夜間であってもスムーズに入ることができた。
まぁ、俺という手負いのデカい獅子が一緒にいることには瞠目していたが、“千能のイヴェール”のネームバリューでゴリ押しした。何が凄いって、それで納得されたことが一番凄い。
本来ならば最後までしっかりと同行したかったが、ちょっとそうもいかない事情が発生している現在、仕方なくその後の処理全てをイヴェールに丸投げした。
「承ろう。しかし、後日改めて時間を取ってもらぞ。忘れるなよ」
「わかってるわかってる」
おざなりな返答をする俺へと大仰に頷いたイヴェールは、ローブを翻してギルド会館の中へと消えていった。
それを見送った俺たちは昨日と同じ宿屋『瑞の猫草亭』の一室へと帰還。
きちんとステラが手続きをしていてくれたことに内心で感謝しておく。
「さて。もういいだろう。話してもらおうか」
「かしこまりました」
森からの帰還中、普段と同じような口数の少なさで、けれど普段とは違い終始薄い微笑を湛えていたローザに詰問する。
その微笑みに変化はなく、育ちのよさを伺わせる所作で一礼してから話始めた。
「私は、ロザリンド・ヴィネ・アヴァロン。今は眠っているあの娘、ローゼリカ・ヴィネ・アヴァロンという薔薇の花を守る為に生まれた、薔薇の棘に御座います」




