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第十話 最強の大狼・弐

 この調子なら倒せないまでも、無力化程度は見込めるのではないか。

 そんな思いは、見積もりは、考えは甘いと。イヴェールの焦りと苦悶を孕んだ声に悟ることになる。


「今の内に逃げろ! くそっ、さすがはマーナガルム、飲み干そうとしてるのか!?」


 バカな、と目をこらすまでもなく。確かに水球が徐々に小さくなっているのがわかる。今はまだ全身を覆っているが、四肢を脱し全身が自由に為るのは時間の問題だろう。


「倒せんか?!」

「無理だ!」


 問いに間髪入れず答えられる。その間もイヴェールとその影は魔法を放ち続けている。

 だが、そのどれもが苦痛を与えはしても傷には至っていない。どころか、こちらの抵抗に怒りが強くなったらしく、瞳が爛々と魔性の輝きを放つに至っている。


「奴の目を見るなよ! 魔眼だ! どんな効果があるかわからん!」


 イヴェールの警告の声は、しかし遅すぎたようだった。


「う、あ、ああっ…………嗚呼あああアアアぁぁぁlalalalala――!」


 突如、ローザは尻餅を着き、喉よ裂けろと言わんばかりに悲鳴を上げながら、そのまま頭を抱え、身を丸めるように蹲ってしまう。


「ローザ!」

「ちっ、遅かったか!」


 ローザはキツく閉じた瞳からポロポロと大粒の涙を流しながら支離滅裂に何言かを繰り返し続けている。嗚咽と金切り声でイマイチ聞き取れないが、あれは、謝罪……か?

 効果の詳細はわからないが、完全に魔眼に魅いられ恐慌をきたしている。

 俺が何度呼び掛けても幼子が嫌々をするようにして埒が明かない。

 くそ、四の五の言っとれんな!


「イヴェール! これから我が正体を曝してやる! だから事後処理は任せたぞ!」

「応っ! 任された!」


 打てば響くように返される応えに、場違いに口角が上がる。

 そんな場合ではないとわかっているのに、護ると決めた相手がさっそくピンチに陥っているというのに、それでもやはり、この窮屈な身から一時的にでも真竜たる正体に戻れることが喜ばしい。

 わかっている。理解している。承知している。

 今はそんな場合ではない。

 俺は再び醜態を晒してそうとしている。

 恥知らずにも程がある。

 だが。

 だが!

 この歓喜は止められない!

 仕方ないのだと己を納得させていたが、欺瞞もいいところだ!

 俺がどれだけの時間を費やしたと思っている!

 俺がどれだけの生をこなしたと思っている!

 俺がどれだけの死にさらされたと思っている!

 俺がどれだけの苦痛を、責め苦を、地獄を味わったと思っている!

 すべてはこの為だ!

 憧れた! 魅了された! 禁忌にも手を出した!

 全てはこの存在に、竜という幻想の絶対強者へと至る為だ!

 さぁ刮目せよ、最強と嘯く幻日の大狼よ!

 己が矮小さを知るが良い。

 真の最強とは、絶対なる強者とは、誰/何なのかを教えてやろう。

 

 回帰は一瞬だ。

 小さな身体を維持する魔力が弾け、解放された魔力とマナが爆発するように飛び荒ぶ。

 森の木々を眼下に見下ろし、本来の大翼を広げる。それだけで小規模の豪風が木々の葉を吹き散らす。

 このまま一吼えしたい処だが、それはまた次回に取っておこう。

 なんかすんごいテンション上がってたけど、そういう場合じゃないからね。

 ――さて。選択する姿は地球はギリシャ神話最大の英雄。彼が神々より課せられた試練の最初の相手。

 矢を通さず、棍棒を折り、絞め殺す他無かったと言う【ネメアーの獅子】。

 他にも幾つかの選択肢はあったが、これを選んだのは他でもない。

 ネメアーの獅子はテュポーンとエキドナという竜に近い、あるいはそう説かれる存在の子供だからだ。……あとかっこいい。かっこいい! 獅子はかっこいい!

 重要なことなので念を押しつつ。

 いざ、変・身!



 魔力の高まりとかマナの奔流が以下略。

 見るが良い犬コロ風情。

 この強壮なる筋肉の鎧を。

 燃えるような鬣を。

 百獣の王。そう称されるに足る偉容。その中でも大英雄と死闘を演じ、終には討ち取られたものの、その勇姿は宙へと刻まれるに至った、その存在感を。

 嗚呼、竜の時とは趣の異なる力強さだ。

 翼猫のそれなど比較にすら値しない。

 確かに本来のチカラの大部分が変身維持に割かれてはいるものの、この姿そのものの強靭さは意気軒昂たるに剰り在る。

 

 ――グォルルルアアアア!


 咆哮。

 低くどこまでも響き渡る雷鳴のようなそれに、森の中で息を潜めていたあらゆる命が萎縮し、王の来臨に頭を下げる様を幻視する。


 ――唯、一つを除いて。


 この場に於けるもう一つの強者。森の主として君臨する最強の大狼。

 マーナガルムは怯むこと無くこちらを一瞥し、大きく夜空へと遠吠えを上げた。

 簒奪を由とする偽りの王に臆するな。本物の主はここぞある。そう臣下へと激を飛ばしているように感じたのは、俺がこの状況に酔っているからだろうか。

 ――知ったことではないな。

 感傷めいた下らない思考を胸裡で吐き捨てる。

 合図なんてものはない。

 だが、行動は同時だ。

 大狼の爪牙が俺を、俺の爪牙が大狼を。

 それぞれがそれぞれを必殺せんと襲いかかる。

 筋肉の下に甲羅がある。そう言われるほどに頑丈な筋肉という鎧は、如何なマーナガルムの牙でも表皮を僅に傷つける以上の事を赦さない。

 一方で、俺が振るった爪も大狼のしなやかま身のこなしに毛皮を引っ掻けるだけに終わる。

 必殺である筈の一撃を防がれた/躱された。

 だからと言ってそこで止まるなんてことは有り得ない。

 時にぶつかり転がりながら、肉を刮ぎ落とさんと爪を振るい、骨ごと噛み砕くと言わんばかりにアギトを向ける。

 しかし何合かそうしていれば、嫌でも理解できる。

 奴の爪牙はどうしたって俺に致命傷を与えるに至らないように、俺の爪牙もまた奴へと致命傷を与えるには至らない。

 俺は硬く、奴は速い。

 俺の攻撃は遅く、奴の攻撃は弱い。

 このままでは埒が明かない。千日手も良いところだ。

 そう理解出来てしまったからこそ、俺も奴も跳び退り距離を開ける。

 参った。それが俺の正直な感想だ。獅子の――ライオンの動きが遅いということはないのだ。しかし牙の鋭さも爪の切れ味も、どれだけ上等だろうと遅いというマイナス一つで威を大きく損なってしまう。それが狩猟を生業とする野性動物の絶対法だ。

 反対に、攻撃能力が脆弱でも速いという点で他を圧倒できればそれだけで狩りは為る。勿論、攻撃能力の脆弱性はそのまま狩った獲物の生命持続時間に直結し、手痛い反撃を貰う要因になり得るが、それは今は置いておこう。

 そして、ライオンとは速さと攻撃能力の双方を非常に高い次元で備えた生物だ。瞬発力で虎やチーターには譲るが、奴等にはスタミナが無い。速さを持続できるという点で勝ることは、最終的には逃げる奴等に追い縋り食い殺すということなのだから。いや、一回も戦ったことないけれども。

 そんなライオンの中でも大英雄と三日三晩に渡り死闘を繰り広げ苦戦させたネメアーの獅子。俺のそれは模した形態でしかないが、だからこそ性能は水増しされている

 鎧う筋肉は強靭にして柔軟。刃を通さず矢は刺さらず、如何なる衝撃であっても拡散吸収してしまう。

 そして爪も牙も、そんな己の肉体をすら断つことが出来るほどの鋭さを持たせている。

 重い筋肉はしかしそれを無視して余りある程の馬力を叩き出す。

 そんな今の俺の攻撃が、一つも決定打にならない程、奴は――マーナガルムは速い。

 いや、速いだけではない。

 マーナガルムから目を離すこと無く、チラリと自分の前脚を見る。

 小さく細い、けれど確かに黄金の毛皮を汚している鉄錆びの臭いに顔をしかめる。

 そう、血が、流れている。脚だけではない。身体中、多くは無いが確かな瑕疵を感じる。今はまだ痛痒すら感じないが……。

 今すぐにどうこうなるような傷ではない。現に傷口自体は既に塞がっている。だが僅かでも確実に傷を付けることが出来るだけの攻撃性能をも、奴は持ち得ている。

 まさかこれほどとは思っていなかった。

 だが、反省の暇はない。それはこの窮地を脱してからでも事足りる。

 マーナガルムの総身から魔力の高まりを感じる。共に、呼応するように周囲のマナがざわめき昂っている。

 どうやら奴は決め手に出るようだ。

 一際大きく力強い遠吠え。それは夜天に座す月への糾弾だ。真に頂くは貴様ではないのだと訴えている。

 ああ、ほら。その証拠に奴の身体が光を帯びている。そのものが光へとなったかのよう七色の銀光を纏っている。

 

 マーナガルム。幻日の魔狼。


 その本領が今示されようとしている。

 瞬きの間に、俺の目に映る奴の姿が三つになっていた。

 存在感も、力強さも、その輝きも、何もかもが同質の存在が三つ、一切を損なうこと無くそこに居る。

お待たせして申し訳ないです。(え? 待ってない? ソンナー

隔日、遅くとも週刊くらいのペースで更新できるようにがんばります。

あと、プロローグの最初の方を変更しました。

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