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第十話 最強の大狼・壱

 傍目には独演会に自己陶酔しているイヴェールと、そんな彼にいい加減うんざり顔のローザ。そうして無言を貫く俺というおかしな一行の脚は、後ろ向きに先導し続けたイヴェールが滑らかだった口と同時に脚を止めたことで、唐突に停止せざるを得なくなる。なお、俺は例によって例の如くであることは、言うまでもないろう。

 ともあれ。


「あー、すまん。うっかりとやらかした。森の主に気取られた。悪いが戦闘だ。言うまでもなく、この暫定パーティのリーダーは冒険者ランクの高い私だ。ローザ君、キミは、だから私が逃げろと言ったら全力で逃げなさい。そして使い魔君。キミの正体がどうあれ、尋常でないということだけは間違いがないだろう。だから、きちんと彼女を護ってあげてほしい」


 それまでの振る舞いが嘘だったかように、イヴェールは最初に感じた印象のそれを上回る程の姿勢で口早にそれだけを言う。

 その瞳には小さな反省の色と、それを覆い隠すほどの決死の覚悟の色があった。

 ごくり、とローザが唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。


「そう言えば聞いてなかったな。この森の主とは?」

「……魔獣たちの中でも上位に在る魔狼種。その中でも更に上位――いや、最強と言っても過言ではない一匹、」


 唐突に俺の知覚可能域に強烈な存在感が引っ掛かった。だけでなく、それは恐ろしい程の速度でこちらに接近している!

 隠す気も無いのか、逃げ隠れしても構わないと言う強者の気質故か。

 木々を押し分け大地を力強く、しかし軽やかに踏み駆ける音が徐々に、徐々に大きくなる。

 そして――


「――マーナガルム」


 飛び出すように姿を表したのは、白い毛並みの見事な大狼。

 身の丈は恐らく五メートルを優に超えている。人程度ならば頭からガブリと一かじりであろう。

 こちらを睨むようにしながら低く唸っているが、その瞳には知性の光が見える。けれど、一方で聞く耳を持たないほどの怒りが同時にありありと窺える。


「ちなみに具体的な強さは?」

「以前、力試しに挑んだAランクのパーティ三組が戻ってこなかった」


 緊張感が伝わる神妙な声音で言うイヴェールには悪いが、俺にはそのAランクのパーティがどれだけ強いのかがピンと来とらんのじゃが。

 そんなことを思いながらも口にはせず、マーナガルム――北欧神話に登場する狼の一族でも最強の個体と謳われるそれと同名の大狼を見つめる。

 うん。こりゃあかん。今のままじゃあ――この愛くるしさに全振りした翼猫のままじゃあ絶対に勝てない。

 弱気の虫が鳴いた訳ではなく、直感がそう警鐘し、それを事実として受け入れるざるをえないと確信してしまっているのだ。

 

「動くなよ。まだ、動くな。今はあちらさんもこっちの出方を窺ってる段階だ。動けばそれが合図になる。だから、私が機先を制して奴の気を引く。その隙に、ローザ、キミは出来るだけ早く逃げなさい」

「お前はその後どうする気だ?」

「決まってるだろ? 戦う――のは無謀すぎるからな。散々に翻弄してからこそっと逃げるさ」

「出来るのか?」

「ふっ。愚問だな。やるのさ。私はまだ極致に至っていない。どころか、キミの正体をキミ自身から聞いていない。死ねない理由が、沢山ある」

「…………」


 ……フラグやんけ。

 とかバカなことを思ってる場合じゃあない。

 確かに今のままではどうにも敗色濃厚で全滅フラグを叩き折れないが、それならば更なる返信を行えば良いのだ。

 とはいえ、スライドチェンジ(仮称)はなんか無理な感じが強いので一回元の姿に戻ってからになるが。

 ここで問題になるのは皇都から徒歩で一、二時間程度の距離にあるこの森では最悪、気取られかねないということだ。

 一人二人にバレるならともかく、大勢に露見するのは今はまだ宜しくない。

 竜としての俺ならば姿を存在という単位で丸ごと隠行することも可能だが、今の姿では無理だ。人間くらいの大きさならばともかく、それ以上の巨体は出来ないと感覚が告げている。

 ふと、ローザがやたらと大人しいことに気づく。それこそ身震いすらしてないとはどういう事だ? アルミラージにすら緊張していた彼女が目の前で明らかに殺気立っている大狼に恐怖しないわけがないのだが。


「ローザ?」

「はい、なんでしょうか?」


 あれ、すんごいフラットな声音なんじゃが。


「恐ろしくはないのか?」

「……わたくし、思ったのです。御身に較べれば、たとえそれが魔王でも恐ろしい筈がないのだと」


 それとこれは話が違うじゃろう、とローザを見れば瞳に力がない。ていうか表情が死んどる。

 あかん。この娘、恐怖が一周して諦めの境地の向こう側に行っとる。

 あれだ、朝の八時前には出社しなけりゃならんのに起きた時間が既に十二時回ってて、もう慌てふためくことすら出来なくなる感じ。しかもその日は大事な会議があったっていうね。


「おいおい悠長にしている場合か!? ――くっ、来るぞ!」


 イヴェール声が合図になったというわけではないだろうが、絶妙なタイミングでマーナガルムが空へと吼えた。

 

「きゃあっ!」

「うおお!」

「くっ!」


 三者三様に身構え倒れないように踏ん張る。

 爆発音にも等しい咆哮は、まさしく音の爆発と表現するに相違無い。伝播する衝撃波はそれだけでこちらの体勢を崩すに余りあった。

 その隙を見逃す訳もなく、マーナガルムは近くに居たイヴェール――ではなくローザを狙い颶風のような突撃を行う。


「させるか!」


 体勢が崩れ、咄嗟に避けることも出来ないローザの前に飛び出し、魔力で即席の壁を造る。

 だが、そんなものが最強の大狼の障害になる筈もなく、ガラスの砕けるような音と共に容易く突破される。


「『母のかいなに抱かれて眠れ』!」


 すわ噛み砕かれる、という正に間一髪でマーナガルムの体躯全てを包み込むようにな巨大な水球が顕れる。


「私を無視するとは、迂闊に過ぎるぞ!」


 何処から取り出したのか、見事な意匠の施された身の丈を越えるような長杖を構え気炎を吐くイヴェール。

 

「己の慢心を呪え、ここからは私の手番だ! 『光よ我を照らし、従順なる徒は後に続け』!」


 長杖の先端から垂れ下がる六条の水晶柱が輝きを放ち、次いでその光によって露になった影がぬっ、と立ち上がりイヴェールの横に立つ。


「『獅子よ「『獅子よ 吼え裁てろ』!」 吼え裁てろ』!」


 イヴェールの詠唱に一拍遅れ、イヴェールの影が同様の詠唱を行う。

 二連の赤熱する巨焔がマーナガルムを捕らえた水球に激突! 水球は一瞬で沸騰し蒸気が噴出する。噴出した蒸気は霧散せず、そのまま超高温の水球へと回帰する。

 水嵩を変えることなく自由を奪い、身を苛む現状に、捕らられたマーナガルムが俄にもがき苦しんだ。


とりあえず本日分はなんとか。

今後、ストーリーの本筋には影響しない範囲でちょくちょく改稿していくかもしれないことを先にお詫びします。

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