表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/30

第九話 最初の推理はだいたい間違い

 ――術徒都市とはあらゆる国家、種族の垣根を越えて、魔法を研鑽し究めんとする探求と求道の徒の寄り合い所帯であるらしい。

 魔法のためにはあらゆる事を行い、時として人道に悖る行いもするし、逆に善行を行うこともあるが、そこに善悪の別は無く研鑽の道程、あるいは結果でしかない。

 かつてはその勝手気儘で自分本意に過ぎる行いに神々の怒りを買い、崩壊の寸前まで追い込まれたものの、持ち前のキチガ――ひたむきさで持ち直し、多少の自浄作用を有する程度には改善したらしい。

 しかしその一方で、完全中立を謳いあらゆる勢力に属することはない。

 そこに御大層な理念だとかはなく、「研鑽に集中するため」という根っこに代わりはない。

 それを理解せずに武力で従えようとしたとある小国は報復で国毎沈められ、今では湖に成っているらしい。

 ――というようなことを、道すがらローザとイヴェールから聞いている現在。夜の森なう。


 諸々の手続きその他を終えるや否や、せっつくイヴェールに辟易しながら直で森に取って返すことになったのである。

 とは言え。準備不足と言うことはなく、必要であると思われる準備の全てはイヴェールが予め行っており共有もするということで、ローザの準備は心構えと覚悟以外に特に必要なかったりする。

 ステラは留守番である。

 臥せっている院長先生の為に自分も何かをしたい、という思いが強いのか、当初は一緒に来たがっていたが、何か起きた時に幼い彼女を確実に守れる保証もないので置いてきたのだ。

 と言っても無理矢理置いてきたという訳ではない。そこは未成年でも王族の一員だったローザ。他者を使うのが上手いというか、気遣いが出来ると言うべきなのか。俺たちが森に行っている間に幾つかの雑事を任せることで彼女にも役目を与え、尽力してもらっている。

 まずは瑞の猫草亭への連泊申請。忘れていた訳ではなく、ローザは受付嬢に勧められた三つの宿それぞれに一泊ずつし、より良い方を暫くの宿へと定める算段だったのである。無駄遣いのようにも感じられるが、暫くは皇都をホームベースにするつもりでいるのだから間違った選択ではないだろう。たぶん。

 次に、こちらは完全に忘れていたのだが。例の服屋に宿へと配達してもらうようにというお使いだ。まぁ、俺が忘れていただけでローザはきちんと覚えていたのだが。猫だから脳が小っちゃくてな。俺が物忘れ激しいとかそういう訳ではない。


「ディーさんとわたくしが必ず、星涙草ティアドロップを持って帰ります。約束です」


 同行を強く希望するステラに言い聞かせるローザはそう言って微笑んだのだった。

 最初こそ子供嫌いなのかと危惧したが、別にそういうわけでもないようでちょっと安心した。


 ――という様な経緯の下に、夜の森を歩け歩け大行進と相成っているわけである。

 ちなみに、件の星涙草は夜でないと見分けられないそうである。どういうことかと問うたが、


「着けば解る」


 と、ニヤリと笑うだけだった。

 本当、面食いだったり大根役者だったり、ギルド職員は漏れ無く最初の印象を砕かないといけないルールでもあるのか。初見時の職務に実直そうな印象は、イヴェールからは既に感じられなくなっている。


 

「さて、提案だ。私は君たちからの如何なる質問にも真摯に答えよう。だから私の問いにも答えてほしい」


 暫く歩き、昼間訪れた時よりも深い場所へと足を踏み入れてややもせずに、イヴェールがそう切り出した。


「猫君。キミはいったい何だ? 術徒都市の書庫には凡そあらゆる種族生物生命を網羅した目録が存在し私はその全てを記憶しているが……。キミのように翼を有し、魔法を、魔術を高度に操る小生物を知らない。翼を有した猫ならばキメラの一種と納得できただろう。魔力を操るのならば魔獣なのだから当然だと思えただろう。

 だが、キメラはそういう生物を含有しない限り魔力を操ることはなく、小型の魔獣には繊細な魔力の、術式の運用など出来ない。ましてや、見た目を幻術で覆い、構成術式も威力も魔力の圧縮率も何もかもを火球ファイアーボールに見立てた全てを相殺などと、そんな芸当が出来るわけがないし、する筈がない」


 迷いのないしっかりとした後ろ歩き、という無駄に器用なことをしながら言葉を投げる。淡々とした調子でありながら、そこには知識欲と探求心と好奇心を薪に燃え盛る熱量が見てとれる。

 あー、これあれだ。面倒臭い奴だ。しかもすこぶる級に。

 幾何度と生を繰り返す中に人であったことをどれだけだったか。それを俺はしっかりとは覚えていないが、それでも都度都度の印象深い人物はよく覚えている。その中でも己の恩師として唯一今でも敬意の念が一切薄れない人物がいた。その人は学者で、今のイヴェールのような熱量を滾らせていることが多々あったのだ。そして、そういう時の彼は非常に面倒くさかった。

 今のイヴェールには正論は一切通じないだろう。どころか、望む事柄以外の話など聞く耳持たないに違いない。

 内心の辟易とした気持ちを隠すこと無く大きくため息を吐く。

 別に己の正体を明かすことに忌避感はない。むしろ広く世に知らしめたいとすら思っている

程だ。

 けれど、それは為すべきをきちんと成してからだと決めている。

 今まで好き放題に爆睡かましてこの世界をほっぽっといて、再び好き放題に思うまま振る舞うのは厚顔無恥にも程がある。誰がそれを知らず咎めずとも、己が知り己の自尊心がそれを良しとすることを赦さない。

 故に、己の正体を明かしてしまうという最も簡単な解法は使えない。その必要があるのなら否やは無いが、別段どうしても必要という風には感じられないしなぁ。

 今もな大仰な身ぶり手振りと共に己の論拠を捲し立てるように語り続けているイヴェールに、ローザも俺へと気遣わしげな視線を送りつつもどうすれば良いのか困り顔だ。


「――然るに、君のその姿は擬態であり、真の姿は古の魔王が使役したという大地の王獣ベヘモスでないかと推理した!」


 聞き流していたら何時の間にやらイヴェールがなんか素っ頓狂なことを言い出していた。て言うかベヘモスとか、そんなのも居るのか。

 彼の独演会はなおも続く。


「確かに! ベヘモスは遥か昔に女神ブリギットの加護を受けた勇者により討ち倒されたと言われている。しかしだ、おかしいとは思わないか? 古の魔王は大地の王獣ベヘモス、大海の王蛇レヴィアタン、大空の王鳥ジズの三体を使役していたという。その中で、ベヘモスだけが討ち倒されたことになっている。レヴィアタンは今もなお果ての海の淵で眠りにつき、ジズは星々を喰らわんと延々と飛び回っていると言われ、その生存が仄めかされているにも関わらず、何故ベヘモスだけが明確に討ち倒されたと言われているのか?」


 ギラギラとした切れ長の目がローザを捉え、次いで俺を写す。こっち見んな。

 その異様さに思わずといった感じでローザがから小さく悲鳴が漏れ、半歩後ずさった。

 しかしこういう輩が他者を気にかけないというのは判で押したように共通しており、意に介した風もなく続きを語り出した。


「私はこう考えた。レヴィアタンが眠りに着いたように、ジズが星を食もうとしているように、ベヘモスもまた何らかのカタチで勇者や女神から受けた傷を癒そうとしているのではないかと! そしてその方法こそが正に、姿カタチを変えての企み事である! 伝承によれば古の魔王は神に匹敵するほどの知略と武力を持ち、世界の理を玩弄する程の魔法使いであったとも言われている。そんな魔王の使役する存在が魔法に長じていることに疑いがあろうか!」

「つまりなにか。そのレヴィアタンにしろジズにしろ、それぞれの現状は療養中のそれであると」

「その通り! 古の魔王が彼らを使役していたのは旧文明でも初期の頃だという。それから今日に至るまでなおも癒えきらぬと考えると永いと思うかもしれない。しかしだ、その傷は神々やその加護を得た勇者によってもたらされたものだ。そう考えれば永すぎるということもあるまい。あるいは、己が主である魔王の覚醒を待っているのかもしれない……」


 イヴェールは難しい顔でそう締め括ると、一息で表情を改めてニヤリとした勝ち誇るようなものにして言った。


「どうだね?」

「いやちげーし」


 即答。思わず素が出た。



「――ふっ。正答でもそう答えねばならぬ。それは理解しているとも。何せ今の段階で正体が白日の下に晒されれば、今度こそ討滅させられかねないだろうからな。

 だが! 安心してほしい! 私は世界の趨勢などどうでも良い! 我が心の全ては魔法の、魔術の、魔導の極致! そこへ至る為ならば魔王の足に口づけすることすら辞さない!」


 どえらいテンションでとんでもないことを言い切りよった。これには流石の俺も呆れる他ない。どんだけ自分本意で自分の興味に全力なんだ。いやまぁ俺もあんまり他人のことを言えないけど。

 ……なるほど。俺や恩師が熱論を交わしていた時の周囲の感情はこれだったのか。他人の振りみて云々ってのは至言だな。

 見ればローザも軽蔑の眼差しを送っている。て言うかローザのこんな顔初めて見たぞ。


「だいたいなぁ、我輩がそのベヘモスだとして、こんな姿でいる理由はなんだ。お前は回復を図るためだと言ったが、それとこの姿とどう結びつける気だ」

「ふふん。そこは私も特に熟慮を必要とした部分だ。だが、伝承や伝説、教会不出の古文書などを読み解きその全てを記憶に刻んだ私には易い問題だったとも言っておこう」


 そこで言葉を区切り、もったいつけるように、こちらを見渡しながら溜める。なんか段々イラついてくるんじゃが。


「……私が辿り着いた解答は二つだ。

 一つ、古文書に曰く古の魔王は童姿であるという。なればこそ、今をもって封印されているだろう魔王の依り代を探している。

 二つ、伝承に曰く魔王はかつての複数の国々を使役していた王獣たちと己とで一度に攻め堕としたという。その方法こそが教会の禁忌の一つ【地脈食い】だ。

 つまり、キミの――ベヘモスの今のその姿は他者を欺き油断させ魔王の依り代に相応しい者を探すと共に、かつての【地脈食い】を行うべく各国へと侵入するための合理的な変装擬態だ! くっ、猫と言えば犬とその人気を二分する優秀な人の友。まさかその友が、こともあろうに人類の不倶戴天の天敵であるとどうして思おうものか!」

 

 さすがは魔王の腹心、恐ろしい神算鬼謀だ。とか言って戦いているこいつをどうするのが正解なのか、俺にはちょっとわかんないや……。

 やれやれとため息を吐く俺だが、実は何も呆れているだけではないのだ。

 確かに、妄想とか暴論とかそういう風に聞こえるが、彼はこれらをきちんとした根拠を下敷きに展開している。生憎と俺にその真贋、詳細はわからないが、わざわざ虚言を弄しているとも考えられない。必要がないからだ。それを知っているかどうかは解らずとも、調べれば自ずとバレる嘘を用いる必要が何処にあるというのか。

 加えて、その知識量と秘蔵文献すら閲覧できるのだろう伝、ないしは腕前。未だ無知である事から脱却しきれていない俺にとって、これはチャンスなのではないか。

 さらに、此処に至るまでの現在進行形で披露されてる魔法使いの有能さ。

 夜の森だ。明るい昼間であってもアルミラージのような獰猛な気質のものが襲ってくるような場所が、夜であれば安全であるなどという事はあり得ない。

 しかし俺たちは――性格にはローザと俺は戦闘行為に及んでいない。

 何故か? 襲われていないから? 否。そうじゃない。答えは今もまた眼前で繰り広げられている。

 後ろ歩きで未だに身ぶり手振りを交えながらあーだこーだ言うイヴェールの後背を突くように、高い樹木の枝からぬぅと大蛇が現れたのだ。ギラギラと眼光怪しく毒々しい色彩の大蛇は今にも襲いかからんとしていた。

 しかし、襲いかかろうとした寸前で、大蛇の、人程度は丸呑みしそうな体躯がキレイに三枚におろされてしまった。

 俺は何もしていない。ローザはそもそもまだ、その域には達していない。ドサドサと大蛇の骸が地に落ちた音でようやくそれに気づいた程度だ。

 イヴェールの態度は変わらない。後ろ歩きに俺たちを見据えながら講習会か何かのように舌を繰っている。

 最初こそ何事かと思ったが、注視すれば辛うじてわかる。

 イヴェールの周囲には三つの魔法が三重円に常時展開されている。

 外周は探知機、内周は迎撃、中心は誘因。

 どのような魔法なのかまではわからないものの、何度と無く観察することで、そう見て取れた。

 奇行怪論に目を瞑りその技術力に着目すればその凄まじさが解る。

 なにせ、どういうわけだか道中の襲撃の全てがそうすることが絶対の法であるかのように、イヴェールの背後からの襲撃に終始しているのだ。俺が気を張っており、ローザも警戒しているとは言え、まるでローザの存在に気づいていないかのようにイヴェールばかりが狙われている。

 そして襲撃者の体躯の大小は全てバラバラだ。

 しかしそれら全てをまったく同じように切り刻んでいる。

 “千能のイヴェール”。万能には至らず、けれど多くをなしうる者。

 最初にイヴェールは真摯に答えることを対価に、俺について言及していた。

 どうするかと考えたものだが、これは千載一遇ではないだろうか? 俺の正体と言う無料と大差ない駄賃で、千金を越えるものが手に入る。

 ――多くの知識と、時間が。

書き溜めてたテキストがクラッシュしたため、もしかしたら更新が一時不定期になるかもしれません。

予めご了承下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ