第七話 話を聞こうじゃないか。
事情はともかく、非常にテンパっている様子のキツネちゃん(仮称)の頭を上げさせてギルドの中に併設されている多目的テーブルへ行く。
あまり無駄遣いは好ましくはないが、キツネちゃんの様子がテンパりに加えて緊張と焦燥が伺え、まずは落ち着いて貰うためにもお茶と菓子を購入。勿論ローザとキツネちゃん二人分だ。俺のも、と言うローザに必要ないと説得してまずは一服。
優雅な所作でお茶を飲んでいるローザに、あたふたとより緊張を返すキツネちゃん。
「まずは飲んで落ち着け。そしたら話を聞いてやる」
テーブルの上で“おすわり”の格好で居る俺は、まったくカップに手を付けようとしないキツネちゃんにそう促す。
キツネちゃんはコクコクと頷いてから湯気を立てるカップを両手で持ち、ふーふーと息を吹き掛けて冷ましてから飲み始めた。
ところで、この世界――全てかどうかはともかく、この街で一般的に流通しているお茶は紅茶っぽい色味のやや苦味がありつつも後味の悪くないものだ。名称を訪ねたところお茶です、と答えられた。うん、まぁ。
見るからにお子さまなキツネちゃんにこのお茶は合うのかと気になったものの、特に問題なさそうである。はふぅ、と言った感じで一息ついていることから苦手とかではないのだろう。
こういう時代背景的にはアルコール度数がやたら低いワインや水が主流かと思っていたが、そうでもないようだ。
どうにも地球の常識と言うか知識を下敷きにモノを考えがちだが、処変わればとも言うし、ちょっと考え方を改めねば。
そんなことを考えながらお茶請けのお菓子をキツネちゃんの方へ押しやる。ちらちらと見る癖に手を着けないんだもの。何を遠慮しているのかしらんが、食べちゃダメなら出さないっての。
おそるおそる手を伸ばし、何も言われないのを確認したキツネちゃんは菓子をかじるとやっと顔を綻ばせた。ピンとしていた耳がへにゃって尻尾がゆるゆると動いてることからも、緊張は幾らか解れたようだ。
「それで、助けてくれというのはどういうことですか?」
一段落してからローザはそう切り出した。
対外的にはローザが主で俺が従であるのだから、ここはローザが仕切るべきだ。
そんなことをローザへとそれとなく伝えている俺は今回基本的に聞き役でいる心算だ。
問われたキツネちゃんはハッとして、食べかけのお菓子を見、ローザと俺を見、視線をさ迷わせたあと、名残惜しそうに食べかけの菓子を置く。
うん、聞くタイミングが悪かったね。
「……はぁ。食べてからでいいです」
パァと表情を明るくさせたキツネちゃんは置いたお菓子を小さな口で再びかじり出した。
ちょっと呆れ気味のローザを見る。心なしかトゲトゲしたものを感じるものの、その表情には仕方ないなぁという色が見え隠れしている。
気にはなったものの、本題に入っていない段階で横槍的に聞くことも憚られる。脱線良くない。
「改めて。助けてくれ、とはどういうことですか?」
菓子を食べ終え、お茶を一口。改めて問いを放つローザに、キツネちゃんは姿勢を正して口を開いた。
「えと、あたしはこの街の孤児院のステラって言います。えぇと、院長先生が病気で、その薬が無くて、だから採りに行ったんだけど、モンスターが強くて、……だから、助けてくださいっ!」
キツネちゃん――改めステラの話は要領を得なかったもの、要約するとこういうことらしい。
ステラはこの街の孤児院に住んでいる。その孤児院で子供達を世話している院長先生という人が病気である。その病気の薬を買いに行ったけれどどこもその薬を置いていない。その薬に必要な霊草は森の深部に植生しているらしく、それならと自ら採りに行ったものの、道中の猛獣やモンスターに阻まれたと。
ステラの肢体のあちこちに包帯やらが巻かれているのはそのせいかと納得する。無茶するなぁ。
「それならここで依頼を出せば良いのでは?」
「あう、そんなお金ないです……」
「……そう、ですよね」
考えれば当然か。孤児院に余分なお金がある訳はなく、依頼を出すとなるとそれなりに金額が嵩む。それは多分、薬を買う金額もより高くなるだろう。必要分以外の霊草は売却するにしても、そもそもの依頼発注手数料や冒険者への成功報酬すら用意できない状態では受注する者が出るかも怪しい。
ここまではわかる。
「けれど、どうしてわたくしなのです?」
そう。そこがわからない。
正式な依頼としてギルドに発注できないから、冒険者に個人的に依頼する。それを相手が受けるかどうかはともかく、そこまではわかるのだ。しかしその相手がなぜローザなのか。
お世辞にもローザは熟達の冒険者には見えない。どころか、見ようによってはギルドへ依頼に来た令嬢として映るだろう。
「違うです……」
「違う?」
「おねーさんじゃなくて、そっちのネコさんにお願いしたです」
んん? どういうこっちゃ。翼が生えた黒猫だぞ俺は。確かに形的には魔獣だが、そんなケモノにお願い?
余計に訳がわからなくなるが、それはローザも一緒らしい。困惑した様子で俺を見てくるが、俺だってわからんよ。
そんな俺たちに答えるようにステラは言う。
「ネコさん、とっても大きくてえらい匂いがします。だから、きっとネコさんならって思ったです」
だからの意味がわからんが、それはひとまず置いておいてだ。
なんだ、獣人ってのは正体看破の特技でも持ってるのか? 宿屋の店主と言いこの娘と言い、どうしてこの完璧な変身によるラブリーな翼猫からそんな不相応なものを感じるんだ。あれか、野生の勘か。いやならなんでこれまで見た他の奴らはそういう素振りを見せんのだ。
「だから、ネコさんお願いします! お金はあんまりないけど、あたしに出来ることならなんでもするです! だから、だから院長先生を助けてください!」
俺の胸裡での疑問はさて置いて。
ステラはそう言って立ち上がり頭を下げた。肩とか震えてるし、これ、泣いてるのでは。
こりゃ断れんわなー、とか考え、了承する旨が口から出る寸前。後ろから唐突に声を掛けられた。
「横からすまんな。ちょっと良いかなお嬢さん方」
振り向くと、無精髭と刈り上げた短髪の男が。腰に剣を佩き小さな傷があちこちに見える軽鎧を着込んでいることから、十中八九冒険者だろう。
「俺はCランクの冒険者パーティ、『ルーフスラケルタ』のクレイマンだ。盗み聞きって訳じゃないんだが、話が聞こえてな」
それを盗み聞きというのではないか。
そんなことを思い胡乱げな表情で男――クレイマンを見る。
そんな俺とローザの表情など気にした風でもなく、クレイマンは空いている席に勝手に座る。
「新人の嬢ちゃんも、獣人の嬢ちゃんもわかってねぇようだから、ちょっと口を挟まして貰うぜ。
冒険者ギルドはギルドを介さない依頼を禁止しちゃいねぇが、推奨もしていない。そこには色んな理由があるんだが、一つには安全性に欠けるってのが含まれてる。ギルドを介した依頼はその難易度によってランクが振り分けられ、実力が伴わない奴は受けられねぇようになってる。無駄死にするだけだからな。だが、そこがわかってねぇ奴や依頼金をケチりたい馬鹿はそこら辺を蔑ろにしがちだ。
嬢ちゃんたちがそうだってわけじゃねぇんだが、今回の話は不味い。獣人の嬢ちゃんが言う霊草ってのは多分、星涙草のことだろう。あれは確かに森の最深部に生えてるって話は聞いたことがある。だがな、森の最深部は“森の主”のテリトリーで、奴はランクA相当の魔物だ。そうでなくとも深部付近はBランク相当の猛獣やモンスターの狩り場だ。嬢ちゃんランクは? Aってことはあるめぇ? Bでもないな? 良いとこC――いや、Dってとこだろう? 嬢ちゃんには荷が勝ち過ぎる。
で、だ。そっちの獣人の嬢ちゃんももしこの依頼を受けた嬢ちゃんが死んだ場合、最悪依頼を模した殺人としてしょっぴかれかねねぇ」
どうやらこの男はお人好しであるらしい。
声のトーンを落とし、真剣な表情で語るクレイマンからは本気でローザとステラの身を案じているということがわかる。表情もさることながら目が真剣なのだ。そこには何らかの策を弄しているような不信さは感じられない。
だが、正論ではどうしようもないこともあるのだ。
ステラを見れば泣きそうな顔で俯いてしまっている。
「ではどうしろと? 貴方がこの娘の依頼を受けてくれるので?」
「おいおい言っただろう? 俺はCランクのパーティメンバーだ。俺にだって荷が重い。かと言ってBランク以上の奴に取り次いでやろうにも、冒険者のランクが上がれば依頼金も報酬金もハネ上がる。それが払えるなら端からギルドに依頼してるって話だわな。
じゃあどうするかってぇと――お、来たみたいだな」
そう言ってクレイマンは片手を挙げながら椅子から立ち上がった。彼の視線を追うと、同じように片手を挙げている男。そしてその後ろには何故かギルマスの姿が。
「おう、ギルマスさんよ。どうせ暇してんだろ、お仕事だぜ」
「お前らボンクラ共とも一緒にするなよクレイマン。聞いたぞ、お前の押しが強すぎてディアナとフレンダはパーティを抜けたそうじゃないか」
「ばっ! おま、違ぇ! 部屋に誘うってのはそういうことだろうが! それでいざ致そうとするとひっぱたかれるわ罵倒されるわ――っ!」
「あーわかったわかった。とりあえず、そういうパーティ内のゴタゴタはギルド不介入だからな。手前らでどうにかしろな」
喚いているクレイマンに面倒くさそうに御座なりな言葉を投げ、ギルマスがこちらに来る。
先ほどのクレイマンとのやり取りで浮かべていた苦笑を引っ込め、難しそうな顔をしていた。
ステラは相変わらず俯いたままだが、ローザはギルマスの様子に目を細めた。
「話は聞いた。ここじゃあなんだ、場所を変えよう」
ギルマスの言葉に従いステラを伴って彼の後ろを着いていく。
冒険者になってまだ二日だというのに、ギルマスとの対面回数多すぎじゃないか。
俺はともかく、ローザの主観では今日までイベントが目白押し過ぎてそろそろストレスが溜まっていてもおかしくなのではないかと、そんな危惧を抱かずにおれない。折りを見て発散させないとな。
そんなことを考えている後ろでは、クレイマンがパーティメンバーだろう男に慰められながら男泣きしていた。
良い先輩冒険者。という評価を内心でしていた俺の中で、彼の評価が下がってしまうのは仕方がいないだろう。




