第五話 クエスト開始&実戦
なんやかんやありつつも。
薬草採取クエストの為に街門から外に出た俺たちは現在、森の中に居る。
注意深く周囲を見ながら、時折群生している植物をためつすがめつ。あまり深くまで行かないように注意いしながら歩いている。
そんなローザを俺はボケッと見守っていた。
いや、ちゃうねん。しゃーないねん。だって俺どんな薬草探してるのか知らんし、見た感じどれこれも同じようにしか見えんし。
……はい、現在進行形で恥の上塗りに余念のない俺です。
クッ、なんてことだ。まさか早速こんな醜態を晒すとは。
そんな風に心中で臍を噛むも出来ることがないという事実に変化はない。
鼻を使って探そう! とか思ったが、俺の鼻が仕入れた情報は青臭いという何の役にも立たない感想が一つだけ。
くそ、幾度と無く畜生道に落ちては多種多様な動物になり、その中には猫の経験もあったのだ。その時は人間以上に匂いを嗅ぎ別けられたというのに、今のなんちゃって翼猫状態ではちょっと鼻が良い程度の嗅覚しかない。やっぱり無理矢理変身しているせいで所々機能不全になってやがる。
ならばと犬科の何かに変身しようにも、用意したレパートリーの中に在る犬系の変身は一つだけ。しかもそれは戦闘用に吟味したものであり、下手にこんな森の浅い場所でやれば小動物は逃げ出し隠れ、勘の良い者は警戒して、面倒くさい事態になること受け合いだ。
そもそも、今の機能不全が別の姿では改善されるという保証がまるで無い。
どころか、変身状態からさらに変身できる気がしないのだ。元の姿に戻るのは容易だが、今の状態から別の何かへと変身できない気がする。
ここは大人しく森に住む猛獣とかを警戒する以外は無いか……。
無力感に苛まれながらも周囲に気を配っていると、複数の小動物の気配を感じた。
「ローザ! 何か来るぞ、注意しろ!」
屈んで植物の検分をしていたローザはサッと立ち上がると、緊張した面持ちで周囲を見やる。
がさり、と脇の茂みが揺れると小さな影が飛び出した。
大きな耳を持つその姿形はウサギのそれだ。しかしその毛色は黄色く、ウサギにしては一回りほど体躯が大きい。何よりも、額から突き出た螺旋状の角が特徴的であると同時にウサギではあり得ないと如実に語っている。
それはアルミラージという、地球に於いてはコスモグラフィアにて画かれる存在と酷く似通っていた。
「っ! アルミラージです! モンスターとしての脅威度はゴブリン以上、ですが角と肉は使えると聞いたことがあります!」
名前までその通りらしい。が、今はそれは置いておこう。
造形と名前が同じならば、その性質も同じものとして考えた方が良いだろう。すなわち、獰猛な肉食獣であると。
ローザに危害が及ぶ前に処理してしまおうと行動する寸前、思い止まりローザへと視線を流す。
緊張と警戒はそのままに、けれど震えることなく睨み付けるようにアルミラージを注視するローザ。例のブレスレットが巻かれた右手を胸元に、左手で右腕を掴んでいる。
「……周囲の警戒と防御は我輩が担おう。これが本当の初陣だ。ローザよ、あれはオマエが倒せ」
「はいっ!」
端からその覚悟があったのか、そう言われる予感があったのか。
彼女の心中はわからないが、しっかりとした声音で応じた。その事実に俺の方が動揺しそうになるが、ぐっと堪える。目の前のアルミラージを警戒したまま周囲にも気を配るのを忘れない。
まずはローザの遣り方に任せてみる。
「列を成し翔よ! 裂き荒べ疾きもの!」
ローザが右手を振るうのに合わせて、アルミラージが地面を蹴る。ウサギの跳躍よりも速く、角を突き刺さんと迫るが、その行為は愚かに過ぎた。
アルミラージのチャージがローザに届く寸前、完成された詠唱と共に紡ぎだされた見えざる風の刃がアルミラージを切り刻む。慣性すら殺した颶風はそれだけに止まらず、切り刻まれたアルミラージだった肉片をそこら中にぶち撒けた。
「あ~あ……」
先ほどまで僅かに、けれど確かにあった緊張感はどこへやら。
あんまりにもあんまりな惨状に、思わずそんな呟きが漏れてしまった。
ビシャアッ、と。青々とした茂みが一転してまっ赤に染め上げられている。
だけでなく。当然のように漂う血の臭い。
うん。考えが足りてなかった。今の魔法が何れ程の威力を想定したものなのかは知らないが、これまでの少ない事例から威力が水増しされていることは想定して然るべきだ。
加えて。始めての実戦で、その脅威度がどれくらいのものかは兎も角、ゴブリン以上の存在が相手だ。
高威力のものを選択したのか力んだだけなのかは解らないが、多少過剰な反応になるのは当然であったのだ。
「……」
つまりだ。
ーーすまん。俺が悪かった。だからそんな泣きそうな顔でこっちを見るな。
どんな事態に陥ってもこれはないんじゃないか。そんなちょっと派手めのスプラッタに泣きそうになっているローザを口八丁に宥めすかして、どうにか気を取り直させることに成功する。
「あー、そうだな。ちょっとここは一旦小休止がてら、俺が使っている魔法について説明しよう」
群れで行動していたのか、おこぼれに預かろうとしていたのか。なんであれ最初の一匹の他に居た、隠れていた気配が泡を食ったように逃げ出すのを感知しつつ。俺はローザへ場所を移すことを提案し、やや開けた木漏れ日が心地よい場所で俺の魔法もどきについて説明を開始した。
「きちんと検証したわけではないから憶測も含むが、俺の魔法は言うなれば意思の投射だ。
頭の中で、こうなれ、こうなるだろう。そう思ったことをマナを媒介に魔力で強引に実現させているのだ」
例えば、先のモンスターの小規模軍隊を屠ったブレス。
あれは竜なのだからブレスぐらいいけるだろう。という考えの元、ブレスと言ったら火炎放射だ。という思いを魔力に乗せ、世界を満たすマナへと干渉。斯くあれかしと定められたマナはそれを成すに十分な魔力を受け取ったことでそのように作用した。あの威力なんかも太陽や地獄を想像したからあれほどの威力をもたらしたのだろう。
そんな風なことを若干噛み砕きながらも説明する。
「でだな。オマエの使う魔法も、俺を媒介にして使っている以上そういう風になっている。の、かもしれない。オマエの中で魔法とは今までに教わり習ったものがそれだろう? だからガワの部分はそういう風にできている筈だ。効果や威力がおかしい以外は、オマエの知っているものと同じように使えているだろう?」
ローザの知り及んでいる魔法は、おそらく詠唱とそれによって紡がれる魔法反応だ。
詠唱毎に効果が定められており、それを成すに十分な条件が整っていれば解としてそれが顕れる。
だが、ローザが現在実際に使っている魔法はそうではない。発動タイミングや効果の選択などの任意の部分はローザ依存だが、それ以外の魔力やその他のリソースなんかは俺依存だ。
その結果、本来なら1+1で2を求めれば良い部分に、余計な記号やら数字やらの因子が混入しているのだろう。
先のアルミラージ戦で言えば、あの魔法はおそらくはカマイタチを発生させるか圧縮した空気をぶつけるかの、そういう魔法だった筈だ。
だが、そこに初の実戦である緊張とか、アルミラージの攻撃に直面した恐怖などから来る過剰反応が混入した。そしてその過剰で余分なファクターが攻撃的な意思として授受され、ああいう結果になった。
「ーーのではないかと思う。そうだな、ものは試しだ。今まで教えてもらった魔法の発動手順なんかを無視して、火が灯るようにだけ思考してみろ」
俺の拙い想像を愕然とした面持ちで、それでもきちんと聞いていた様子のローザにひとまずそんな指示を出してみる。魔法現象の顕現を俺に依存している以上、ローザも俺と同じようなことができる筈だ。
そんな考えからの提案だったのだが、思いの外ローザは手間取っている風だ。しきり首を傾げてはうんうん唸っている。
しばらくはそのまま眺めていたのだが、どうにも進展が見られない。
「どうしたんだ?」
「それが、その……。火が灯ることだけを考えるのが難しくて……」
どういうことだ? と今度は俺が首を捻る番になった。
が、二人揃って――一人と一匹で揃って首を捻っていても仕方がない。
俺は周囲を見て丁度良い枝が落ちていないか探し、ちょっと先の方にあった良い感じの小枝をくわえてローザの前に落とす。
「この枝の先に火が点いているのを想像してみろ」
おそらくは。火が単独でそこに在る。というその様子を想像なり思考なりするのが難しいのだろうと思い、想像し易いように小道具を用意した上で改めて指示を出す。
これなら見たこともあるだろうし、想像はし易いだろう。
「……、!」
「お、点いたなーーってまてまてまて! 火が強い火が強い! これ着火じゃなくて炎上だ!」
小枝の先に、ボッ、と火が点いたと思ったら瞬く間に小枝は油の染み込んだ薪のように燃え上がった。
ここは森の中だ。自然溢れる場所であるからには雑草類なんかが生い茂っている訳で。
「火事になるぞ、消せ消せ!」
「は、ははははいぃぃ!」
「ばっか、オマエ風で煽ったらーー!」
テンパったローザは風で吹きけそうとし。
ちょっと強い焚き火のような様相の炎は、結果勢いを増した。
山火事とか洒落にならん!
俺は慌てて水を作り出し、轟々と燃え盛る炎にぶっかける。バケツ一杯ほどの水に抗しきれるようなデタラメさはなかったようで、無事に鎮火できた。よかった、ローザが普通の火を想像してくれて。
そんなズレた感想を抱きつつ、ローザへと振り返れば申し訳なさそうに消沈していた。
「えー、まぁ、なんだ。うおっほん! このように、想像力に影響されること大であるのが、オマエが使う魔法である。ので、これからはそこんところを注意して魔法は使うと良い
ゾ!」
やけくそ気味に、強引に話を締めてみた。
横書きらしく適度に行間を空けろと言われたものの、どこで空けても違和感ががが。
やっぱ空けた方が良いのかなぁ。




