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第四話 神について

「ーーおお、そうだそうだ。うっかり忘れそうになっていた。ローザよ、圧縮術式とは何だ?」


 三つ購入したクッキーの内一つは俺のために購入したらしい。俺に食事は不要である旨は伝えているのだが、律儀なことである。

 なんてことを考えながらもしっかり貰い受け、パタパタと飛びながらどうにかこうにか両の前足で保持したクッキーを食べていた俺はふと思い出したことを訊いてみた。

 なんだか他にも聞きたいことが幾つかあった気がするが、忘れているということはそれほど重要ではないのだろう。たぶん。きっと。


「ええ、と。圧縮術式とはその名の通り、本来必要な詠唱や儀式等を特定の文言や挙動

、器物に封じることで、それらを省略して効果を及ぼす術式のことです」


 お茶を一口飲み、喉を潤した後にローザは顎に指を添え思い出すようにしながら説明を始めた。


「例えば……火を灯す詠唱を、指を鳴らすという挙動にしたり……とかでしょうか」

「ほう。便利そうだな」

「かもしれません。ですけれど、詠唱や儀式というのはそれが必要だから在るもので、それを全く違う“何か”に封じ、あるいは置き換えるというのはそれでけで膨大な手間と並外れた魔法への理解力と親和性が必要だと言われています。器物に封じる場合はまず適した素材、形など総ての条件が揃った物が必要となるそうです」

「ふむ。と、言うことはギルドカードのあれはそれらを備えたものということか……。何れ程の難儀か知らんが、それを全ての冒険者に配布しているとは。ギルドはえらく豪気だな」

「……そうですね。けれど冒険者は必要な存在ですから。騎士や兵士は国や王族、貴族、そして民の守護の為に一定数を常に手元に置いておく必要があります。しかし小さな町や村では猛獣や魔獣、モンスターや賊等の驚異が常に在ります。防衛に必要な一定数を残しつつそれら全てに対処するには、騎士は勿論、兵士の数ですら足りていないのが現状です。そこでそんな諸問題に対処するのが冒険者という存在です。

 かつては未開拓地の発見や古代文明の跡物の発見等まさしく冒険をする者たちの総称でしたが、それには常に危険がついて回り、自然と荒事に対する能力が不可欠になり、そんな者たちなら「これくらいはできるだろう」という民には難しく冒険者には易い事柄への対処を、報酬と引き換えに頼むようになったのが現在の冒険者です。そしてそれには必要なモノが多くなります。武器防具と言った装具類、薬草等の道具類、遠征などになると水や食料も相応に多くなり、そんな嵩張るモノを持ったまま動くことは問題があり、敵となる存在にはそんな状態でいることは体の良い獲物にしか成り得ません。

 そんな問題を多少でも改善できるようにと、イシス様よりもたらされたのが圧縮術式だとーー」

「ちょっとまて」


 すらすらと長口上でもって説明をするローザに黙って耳を傾けていた俺だが、いきなり俺の知識/記憶にヒットする単語が聞こえた。

 制止を促した俺に首を傾げるローザに問う。


「今、なんと? 誰からもたらされたって?」

「イシス様、ですが……」


 困惑気味に返すローザ。だが、構っちゃいられない。

 イシス。俺の知識のそれと同じ存在ならば、それは俺の前世群の舞台である地球における女神の名前だ。豊穣を司り、王権の神格化であると言われ、生と死を操る強大な魔力を備えた魔術の神。細かい部分をゴソッと省いて言えばそういう存在だ。

 たしかに偶然で同名だった言うだけかもしれんが、魔女の元祖とされることすらある存在が、説明から察するにそれまで存在しなかった術式をもたらした。

 この一致は偶然か? 本当に?


「そのイシスってのはどんな存在なんだ?」

「えっ、と……わたくしはあまり神学に詳しくないので、拙い説明になると思いますが……」

「構わない。教えてくれ」

「わかりました。女神イシス様はこの世界に六柱存在される女神の一柱であり、神秘と豊穣を司る純潔の女神だと言われております。また、豊穣とは作物などの自然だけではなく生命をも指しているとか……。申し訳ありません、わたくしが知るのはこれだけです」

「……他の五つは? 他の女神の名前と性質を簡潔で構わない、教えてくれ」


 急かすように問いかける俺に困惑するような様子を見せながらも、ローザはしっかりと答えくれた。


 神秘と豊穣を司る純潔神、イシス。

 知性を司り創造を運ぶ光の女神、アウローラ。

 清浄なる水の女神にして幼子の守護神、アナーヒター。

 運命を司り、故にこそ善を敷き悪を拒まない女神、ノルン。

 混沌を善しとして不和を好み争いを司る女神、ディスコルディア。

 他の五柱より以前から存在したとされる、火と実りと金属を司り、詩を愛する高貴なる女神、ブリギット。

 以上の六柱がこの大陸に於いて存在すると言う女神たちであるらしい。

 ーー偶然? これが?

 性質も名前も一致している地球の女神が六柱。それらの一致が偶然? 信じられるかそんなの。

 人が栄え文明が在り、だから神への信仰が生まれ類似性が生じるのは当然だ。そういう考え方もあるかもしれない。だが、地球とこの世界は違うんだぞ。

 魔法が在って、モンスターが居て、人間とは似て非なる種族まで存在する。

 地球との相違点が簡潔に挙げてこれだけあり、それでどうして地域も時代も異なる同名同質の女神たちが六柱だけ在るんだ?

 偶然の一致か? そうだとして、その確率は? 低いだろうそんなの。ならばそれは偶然ではない。作為的なものを感じる。くそっ、なんだこれ。気持ち悪い。

 なんとも言えないモヤモヤしたものを感じる。

 ーーああ、いや違う。そうじゃない。違うなこれは。苛ついているんだ、俺は。

 直感のように、虫の知らせのように、天恵のように。

 鮮烈に焼き付ける違和感。

 確信めいた予感。

 ーーそんなものは“どうでもいい”!

 俺以外の神が存在し認知され信仰を受けている事実に、苛ついている。

 なんてことだ! まさか何もせずにただ存在していただけの俺が、そう在るように言われただけの俺が! それでいながら何もかもを放って寝ていただけの俺が! まさか神としてのプライドを持っていた!? ハッ! なんて言う増上慢! なんという思い上がり! 恥知らずの愚図! 

 その存在の有無がどうあれ、いやもし実際に存在するのなら尚更に! 俺は俺の代わりを為していたのだろう彼女らに感謝すべきであり、こんな感情を抱くのはお門違いも甚だしい!

 それなのに、それなのにっ! くそっ、どうしても苛つく。気に入らない。嗚呼、アア、ああ、今すぐにでも元の姿に戻り何もかもを壊してやり直したい! 己の不明を棚に上げて、そんなことは解っていても気に入らない‼


「ごめんなさい」


 怒りのせいで姿を維持するための何かが解けそうになる寸前、ローザが俺を抱き締めながら小さく謝罪の言葉を口にした。


「なにがだ」

「わたくしが、なにか御身の怒りに触れてしまうことを口にしたことです」

「オマエは俺の問いに答えただけだろう」

「それでも、わたくしが口にしてしまったのなら、それは」


 抱き締めている腕が震えている。

 薄い胸から伝わる鼓動は早鐘を打ち。

 声は小さく消え入りそうで。

 俺が怒りに震えているとわかっていながら、その理由すら解せないだろうに。それでも、それを己の過失として謝り続けるローザ。

 ーー違う。違うんだオマエのせいじゃない。オマエに罪はない。謝罪の必要はない。謝罪しなければならないのは俺だ! 今の今までなにもしていない俺なのだ!

 何もかもに謝罪すべきは俺なのだ!

 沈静萎み消えていく怒りは、けれど今度は自分自身への怒りとして浮上する。

 けれどそれを悟らせていけない。それを表に出してはいけない。これ以上の恥の上塗りは避けねばならない。


「オマエの罪ではないよ、ローザ。すまんな、不安にさせた。恐がらせた。だがもう大丈夫だ。

 ーーさぁ腹ごなしも済んだろう? 時間は有限だ。明るい内にクエストをこなしてしまおう!」


 俺は努めて柔らかく明るい声音で強引に話題を変える。

 常のそれよりもやや弱い拘束からスルリと抜け出し、先導するように街門へと移動する。

 後ろから慌てて後を追っているだろうローザの足音が聞こえる。


「ーーそっちは居住区です!」


 ーーベタだなぁ。

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