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第三話 クエスト開始! ――の前に……

 そこそこの時間が経過していたためか、混雑は多少緩和して少し人が多いかなと思う程度になっていた。

 けれどそれは同時に、クエストがほぼ狩り尽くされたことを意味していた。

 クエストボードには数枚の依頼書が残るだけだ。それらもランクがC以上であり受注不可能なものばかり。他にも幾つかあるが、それらは常設クエストであり動物の肉の採取だとか薬草の採取だとかそういうのばかりだ。

 とは言え初日だ。まだまだ魔法初心者で戦闘に至っては素人と言う言葉すら不相応なローザに、戦闘主体のクエストを受注させる気はない。尤もローザにその気はないようだが。

 そんな風にボードを眺めていると、背後から声をかけられた。


「よう、お嬢ちゃん。ルーキーだろ? どうだい、俺たちのパーティに」

「お断りします」


 最後まで言わせることなく、ぺこり。と頭を下げてローザは踵を返した。

 これ以上ない程に拒絶の意思が込められている言動。

 あまりにも取り付く島が無さ過ぎて男は不自然に固まっていた。

 その後も何人かの男が声を掛けてきたが、全てをテンプレのように同じ態度で一蹴。思わず、うわぁ、と言いたくなるような死屍累々。


「すみません」


 しかしローザはそんな屍共に一切気を払うことなく受け付けカウンターへ向かった。

 声をかけられた受付嬢もその様子に苦笑が隠せないようだ。

 ちなみに今までとは違う受付嬢だ。


「はい、如何なさいました?」

「薬草の採取に行きたいのですが、どの種類を採ってくれば良いのか解らないので図鑑などがあれば見せてほしいのですが……」

「かしこまりました、少々お待ちください」


 席を離れた受付嬢が奥に見える本棚から一冊の分厚いハードカバーを持って戻ってきた。

 ちらっと見えた表紙に箔押されたタイトルは植物全図。まさかあれ一冊に全てが網羅されているのか?

 受付嬢は植物全図を開いて指差しながら説明を始めた。


「基本的にはこちらのペオンを採取することになると思います。使用するのは根の部分です。花や葉は観賞用以上の価値はないため、注意してください」


 全図と言うだけあり絵図も載っており受付嬢の説明もあって解りやすい。

 その後も幾つか質問をし、それらに丁寧に答えてもらったローザはお礼を言ってカウンターを後にした。

 やや早歩きのローザに苦笑しながら、声をかける。


「まずは昼食にしたらどうだ。そろそろ良い時間だろう」

「……そう、ですね」


 僅かに逡巡しつつも丁度昼の鐘が鳴った事もありローザは頷いた。

 大方勧誘が煩わしく、また教えてもらったことを忘れないようにと気が急いているのだろうが、こういうのは焦っても仕方がない。初日は失敗して当然くらいの心持ちで良いのだ。幸いにも常設クエストに受注手続きは要らず、失敗扱いと言うものが存在しない。成果が無ければ徒労に終わるだけだが、それも経験だ。


「ローザ、屋台の物を買い食いするっていうのも良いんじゃないか?」


 食堂等の飯処も多いが、それなりに屋台も出ており良い匂いが漂っている。

 お城暮らしのローザも興味があったのか、今度は即答してふらふらと匂いに釣られるように屋台の方へ足を向けた。

 団子やクルミの練り込まれた焼き菓子、小麦か何かに何かを入れて焼いた餅のようなもの、何かの植物の種を揚げたものや、何かの肉の串焼きなどが屋台商品の主流のようだ。

 何かという表現ばかりなのは、識字率があまり高くないのかどの屋台にもそれが何を示すかの絵図は掲げているものの名称表記が無いためである。

 ローザが焼き菓子の所で止まったのを幸いとオヤジに質問を投げてみる。


「オヤジ、これは何て言う食べ物だ?」

「うお、猫が喋った」


 そういう反応はいいから。


「使い魔ってやつかい? 始めて見たぜ。で、これか? これはクルミクッキーだよ」

「……まんまだな」

「そりゃそうだ。他にどう言えってンだ」


 あまりにもそのまま見た目通りの名称に思わず突っ込んでしまったが、確かに言われてみればその通り。変に凝った名前にされてもそれが何か想像できず身構えるだけだ。


「にしても、喋る魔物ってのは始めて見たぜ。どうだい、一個食うか?」

「む? 良いのか?」

「応よ。つってもやるのはこのでき損ないだが、形が小さいだけで味に変わりはなぇよ。それに、お前さんの口に合えば『魔物も虜』っつう宣伝にもならぁな」

「ふふん。我輩の舌を満足させることが出来るかな?」


 ほらよ、と言って挑戦的な笑みを浮かべるオヤジの差し出した小さなクッキーを口に入れる。

 俺の知ってるクッキーよりもぱさぱさ感が強い。しかし割りとたっぷり入ったクルミの固さが悪くないアクセントになっている。甘さは控えめでヘルシーな感じだ。菓子というよりも、シリアルのような軽食を想起させる。


「口の中の水分があれだが、悪くないな」

「そんなら茶を隣の屋台で買うのがオススメだな」


 言われ、横の屋台を見ると目の前の屋台のオヤジと顔立ちの似たオヤジがサムズアップしていた。


「弟なんだ」

「なるほどな」


 隣の茶と抱き合わせで売るのがこの屋台の経営戦略らしい。


「どうするローザ。俺としては軽食には悪くない出来だと思うぞ」

「では、二つ……いえ、三つください」

「はいよ、三つね。銅貨三枚だ」


 ローザが銅貨を支払うと間髪入れずに横の屋台のオヤジから声がかかった。

 それに苦笑しながらおすすめだというお茶を購入した。

 歩きながら食べている周囲の人々を見ながら自分も真似しようとして、クルミクッキーの入った袋とお茶の入った木杯を持ち、器用に俺を抱き抱えている自分の現在の様子に固まった。


「俺を離せばいいだろうに」


 呆れながら言う俺に、しかしローザはどうにかこのまま食べれないか試行錯誤し……

 結局は悔しそうに俺を解放したのだった。

 ……別に逃げはしないというのに。

 昼時とあって人通りも多く、そんな中を歩くのも嫌なのでローザの肩くらいの位置を飛びながら、俺はそっとため息を溢した。


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