第二話 ギルドカードを手にいれた。
最後の老婆心を見せた店主と真剣な面持ちでそれに返すローザ。その端で幼女に骨抜きにされる俺と言う朝の一幕から暫し。
俺たちは少し早いがギルドへと向かっていた。
昼頃に、とは言われていたが遅くともそれくらいという話だったし、例えまだ向こうの準備が終わっていなくとも掲示されているクエストの確認をしたり、現役の冒険者の様子を観察したり、出来ることは色々あるだろう。
俺は勿論のこと、お姫様だったローザにも初めてのこと尽くしだ。観察するだけでも良い勉強になる。
ギルド会館の扉を開けて中に入ると、既に何人もの人で賑わっていた。冒険者風の装備をした者が大半だが、身なりの良い者等も少なからず居るようだ。おそらくは依頼者なのだろう。
カウンターはどれも人が並んでいた。ローザはその中の一つ、昨日受け付けをしたカウンターの列に並ぶ。
「ふむ。朝から動かないと良い依頼は受けれそうにないな」
「ですね。常時クエストはともかく、個別クエストは早い者勝ちみたいですね」
掲示されていた依頼書の切れ端が所々に残るクエストボードを見ながらそんな話をする。
なんとなしに周囲を見れば、値踏みをするようにローザを観察している者が多々居るのが解る。中には好奇の視線もあるが、どちらかと言えばそれは身なりの良い者が多いようだ。小娘が居るには似つかわしくない場所、ということだろうか。
そんなことを考えている内にローザの順番が回ってきた。受付嬢は昨日と同じ女性で、ローザを見ると「あっ」という顔をした。
「お待ちしていました、ローザさん。ギルドカードの発行は出来ていますが、交付に伴い少しだけお手続きが御座いますので、そのまま少々お待ちください」
そう言って受付嬢は席を離れてどこかへと行き、ややをして戻ってきた。ギルマスを連れて。
どうでも良いが、昨日の恥態に対してまるで気にしていない様子だ。気にするに値しない事柄であるということか、それとも無かったことにしているのか。何れにしろ完璧な営業スマイルで出来るオンナを装うプロっぷりに戦慄を隠せない俺だ。
「おう。すまんが、少し時間を貰うぞ。ここで済ませても良いんだが、見ての通りこの時間は混んでるからな。他の者に迷惑にならないように場所を移そう。着いてきてくれ」
ギルマスはそう言うとカウンター脇の扉を指差す。すごいデジャヴュ。
扉をくぐりギルマスに着いていくと応接室のような一室に通された。
中央に机が一つ。挟んでソファが二つ。部屋の隅には壁に沿って棚が並んでいる。そんな無駄の無い簡素な部屋だった。
ギルマスがソファに座り、すすめられるままにローザも対面に座った。その際、流石に俺も解放される。そうです、ここまでずっと抱かれてました。なんだろうね。もうローザの腕の中が俺の定位置なのかしら。
「さて、まずはこれがお前さんのギルドカードだ」
そう言ってギルマスの胸ポケットから一枚のカードが机に置かれた。
大きさは二十一世紀の地球で主流だったパスカードよりやや大きいくらいだ。色は銀色なのだが、何故かCDの裏面のように見る角度で虹色に煌めく。見た感じは金属っぽい? 表面には文字が刻まれており、ローザの名前とランク、発行されたギルドが書かれているシンプルなもの。
そして、カードの下部にはビーズ程の小さな珠が十数個連なっている。なんぞこれ。
「これはギルド所属の正規冒険者であることを示すと同時に、各国で通用する身分証としても使える。また、カードに付いている宝珠は圧縮術式を定着させたものだ。冒険者証であると同時に身分証であり、魔法具でもあるというわけだな。
知っての通り、圧縮術式を定着させた器物は貴族でも簡単には手に入れることのできなアーティファクトだ。それこそコイツを売るだけで残りの人生は豪遊できるだろう。
だからこそ、コレには個人認証のための仕掛けが施される。このあとで施術するが、それによってこのカードは登録者以外の者には使えないようにロックが成され、かつ登録者以外が使用すると各ギルドに存在する魔宝珠にそれが解るようになっている。その場合ギルドから各街へ「コイツは信用が置けない奴だから気を付けろ」という報せが周る。ブラックリスト入りするってわけだな。その街の対応次第だが、大抵の街ではそいつは出入りに制限が掛かる事になる。
また、例え盗まれても再発行はしない。これだけ説明しても盗まれる間抜けに用は無いってことだ。盗んだ奴が悪いのは当然だが、そんな隙を見せる奴も同罪だ。だから気を付けろ」
なるほど。何処かで聞いたような代物だが、まずはこれを死守し所持し続けることが冒険者最初の、そして終生のクエストってところか。
しかし、圧縮術式ってなんだ? 訊きたいが、ローザには理解が及んでいるようなので後で改めて訊くことにしよう。
言葉を区切りここまでで質問が無いか問うギルマスにローザが続きを促す。
「次にランクだ。これによって受注クエストが変動するだけでなく、冒険者自身の実力と実積、信用を示すものでもある。昇格方法は幾つかあるが、基本的には実積などを鑑みてギルド側から昇格の意思の有無を問うことになるだろう。そしてその後に試験を受けてもらい合格すれば晴れてランクアップだ。
お前のスタートランクは、試験管からの意見を参考に考慮した結果Dランクスタートだ」
下から三番目のランクだ。これが幸先が良いのかどうなのかイマイチ判断が着かない。
「簡単に説明は受けたと思うが、改めて説明をしておこう。
基本的にDランクから討伐系クエストが解禁される。とは言っても猛獣やゴブリンのような低級のものだけだがな。
Cランクは指定依頼と護衛クエストの解禁だ。指定依頼ってのは依頼者からコイツに受けてほしいっていうご指名だ。つまり、冒険者として一人前と認められたということだ。とは言え戸口に立った段階だがな。護衛は言わなくてもわかるな?
Bランクは大型の討伐クエストが解禁され、貴族からの指定依頼なんかも入るようになる。ここまで来ると基本的に不自由は殆ど無くなるな。気難しい貴族共が認めるランクだ、と言えばより解り易いだろ?
で、Aランクだが。こいつはもう到達点みたいなもんだ。受けられないクエストは無いし実入りもデカいが、その分危険も相応だ。そんで余程のことがない限りギルドや依頼者からの指名を断る権利が無くなる。
これはフリーの戦力としてはでかすぎるがための枷みたいなもんだ。俺たち冒険者ギルドは基本的に国家という枠組みから外れた存在だ。徴兵に従う義理は無いし、戦争参加の強制もされない。だがそれだけに、相応に戦力を有すれば枷を嵌められる。力を持つ者の責任みたいなもんだから受け入れろ」
まぁ、気の早い話だが。そう言ってギルマスは話を締め括る。
……あれ、ランクの説明終わり? 店主の言ってたSランクってのは? 今はないランクなのか、口外できない事柄なのか。
気になるが今は脇に置いておこう。現段階ではまだまだ先の話だ。
質問の有無の確認に否と答え、次の話に移った。
ギルマスが懐から銀の針のようなものを取り出し机に置く。
「さて。これで最後だ。
この針で指先を刺し、血をカードに垂らしてくれ。そんなに深くなくて良いからな。一滴で十分だ。
これによって個別認証術式が起動し、このカードは本当の意味でお前の物になる」
ローザは針を手に取ると、恐る恐るという手つきで左手をちょんと刺した。見る見る内に血が指先に溜まり、それをカードに触れさせる。
するとカードから魔法陣が現れ、まるで綿に水が染み込むように血が融けていく。
暫くして魔法陣が消えると、既にカードには血の跡など微塵もなく変わらぬ煌めきを放っていた。
「ご苦労。これで正式に冒険者ギルドの一員となった。以降の活躍に期待する。
――まぁ、程ほどにな」
そう言って立ち上がったギルマスに促されギルドカードを受け取ってから応接室を後にした。




