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第一話 ◯◯にドハマリしてごろにゃ~ん

 朝を告げる鐘が鳴るよりも早くローザは目を覚ました。

 俺? 俺は寝ずにずっと疲労快癒促進の魔法を使っていた。そう労力の要るもんでもないし、そもそも原理がわからんから魔力を込めて「りらーっくす、りらーっくす……」と念じていただけだが。

 ほら、攻撃とか破壊とかは想像しやすいけど、回復とか意味が解らないじゃない? 元に戻しているのか、自己治癒力を高めているのか……。

 やはりこの姿での能力低下は大きい。本来ならなんとなくで出来ることに、何故か否定的と言うかネガティブな思考がチラついて邪魔される。


「……おはよう、ございましゅ……」


 目を擦り頭をふらふらさせながら上体を起こしたローザ。いまいち舌の回らないままの挨拶に、俺はしっかりと返事をしながら翼と身体の毛繕いを始める。

 抱き枕状態だとローザの状態に合わせて毛があっちに流れたりこっちに流れたりで、ずっと気になっていたのだ。翼? もう諦めた。


「寝足りないのならもう少し寝ていても構わないのだぞ」

「いいえ……。城でも、使用人たち等は、もっと、はやかった……です、から……」


 目をしょぼしょぼさせて、頭どころか起こした上体までふらふらさせつつそんなことを言う。

 城の使用人たちがそうだったから、市勢の民たちもそうなのだろうとか思ってるんだろうなぁ。そしてもはや貴人ではない自分もそうするべきだと。

 その考え事態は立派だし結構なことだと思うが、そういうのはいきなり合わせるのではなく徐々に慣れていくものだろうに。

 たぶん押したら倒れて、そのまま二度寝の魔力に抗しきれないんじゃないか。

 とか思いながらも、とりあえずはローザの意思を尊重してやる。


「ーーっ!?」


 先ほどまでのうつらうつらとしていた様はどこへやら、ローザは声にならない悲鳴をあげながら飛び上がった。


「な、なななあ!」

「はっはっは。落ち着け。ただ冷水を背筋に落としただけだ。目が覚めたろう?」


 魔法でキンキンに冷えた水を小さじ程度作り、そのままローザの背にそっと垂らしたのだ。

 俺も人間だった頃にやられたよ。俺の場合は氷だったが。これがまた良く利くんだ。一発で目が覚めるからな。まぁ、俺の時は大抵その後に下手人と殴り合いになっていたが。

 ローザはニヤニヤしている俺に何かを言いたげにしているが、結局何を言うでもなく恨みがましい目付きで見つめてくるだけだった。いや、あれは睨んでいるのか?


「いきなり何かをしようとしても上手くはいかないさ。ちょっとずつ慣れていけば良い。まぁ今日はもう起きてしまったし、そのままだと風邪をひくぞ。て言うかだな、若い娘が何時までもそんな格好で居るんじゃあない……ああ、なんならせっかくだ。眠気覚ましにもなるだろうし、湯浴みでもしたらどうだ?」


 昨夜はそのまま眠ってしまったのだし悪くない提案だと自分の気遣いっぷりに内心で得意になる。運動もしたことだし、年頃の娘としては身嗜み的に看過できないだろうしな。

 一通り毛繕いに満足した俺は寝台から降り、昨夜のように机に飛び乗る。

 窓から見える街並みに未だ人の姿はない。当然だ。まだ陽が出るか出ないかのような時間なのだから。

 それでも早い者はもう動いているのかもしれないが、こうして見る限りでは居ないように思う。

 そんな風に異国情緒溢れる街並みを眺めているとふと疑問に思う。

 ーー湯は出るのか?

 当たり前のようにバスルームがあるから失念していたが、この中世みたいな時代背景の今時分に上下水道とかあるのか? てか湯沸かしとか可能なのか?

 今さら過ぎる考えに至り後ろに首を向けるも、既にローザはそこには居ない。耳をすまさずとも水音がすることから、どうやら杞憂だったようだ。疑問は尽きないが。まぁ、大方魔法でどうにかなっているのだろうと辺りをつけて考えを切る。俺の知っているような技術進捗が必ずしもどの世界にも当て嵌まるわけではないし、古代のオーパーツとかも存在するのだから、そういう不思議技術もあるのだろうさ。

 そんな風なことを考えながら何をするでもなく街並みを眺める作業に没頭する。



 この世界では俗に言う亜人と言う存在が当たり前のように結構な数存在するらしい。

 それはこの街を歩いた時にも彼らを見かけたし、この宿の店主もそうなのだから今さら疑う必要はない。

 この国は皇が人種差別をせず受け入れるだけの懐の広さと開明的な視野を持ち、またその気っ風を国民も大なり小なり有しているため亜人に対する偏見というものは殆ど無いらしい。

 しかしながら各国どこでもそうであるわけではない。

 “亜人”と言うのは、この世界でいうところのヒト種とそれ以外を大雑把に区切り「オマエらはヒトならざるモノだ」と言う差別用語なのだそうだ。

 そんな背景があるからか、かつては国家間ではなく人種間での戦争もあったらしい。

 そしてその結果殆ど痛み分けという様相ながら、結果として勝者となったヒト種が大陸の覇者となり現在の勢力図を築くに至ったのだという。

 とは言うもののヒト種以外の種族の国が無いわけではない。国家と言える程の国力を有していなかったり、勢力として国とは認められていなかったりという事情はあるものの、ヒト種以外の纏まった勢力は点在するのだという。

 そんな中でも取り分け特殊なのが“森の民”や“妖精種”と呼ばれる存在、エルフ族だ。

 彼らはその存在を認知されていながらも、件の人種戦争に参加していないばかりか、どの勢力からも干渉されなかったと言う。

 長命種であるエルフたちは自然と共に在ることを善しとし、またそのマナへの親和性の高さから多種とは隔絶した魔法力を持つと言う。それこそ、自分達の拠点を現在もなお秘匿し続ける程に。

 ――ばーい、ロザペディア。

 

 どうしてこんなことを唐突に思い出しているのかと言うと、居るからだ。目の前に件のそれが。エルフが。


「おはようございますっ。昨夜はよくねむれましたか?」


 身嗜みを整え万全の状態で一階に降りてきた俺たちを見て、満面の笑みを浮かべたその幼女は舌っ足らずな調子で元気よくそう言った。


「えっ、あ、はい。おはようございます。お陰さまでよく眠れました」

「そうですか……よかった。またおとーさんがはっちゃけてたので宿泊客の皆さんにごめいわくでなかったか、ふあんだったんです」


 ふにゃっとした笑顔でほっと一安心を表す幼女に、思わずこちらも相好を崩して和んでしまう。

 目の前の幼女は成長したら傾国待ったなしだろうと思うほどに、見目が整った美しさと可愛らしさが同居していた。今のままでもその手の趣味の奴等が大金を叩くか犯罪に走るかしてまで手に入れようと躍起になるのではないかと危惧してしまうほどだ。

 上質な絹ですら見劣りしそうな銀色の髪は天の川を幻視させ、大きくぱっちりとした翠の瞳はどのような宝石でも敵わないだろうと思わせる。肌理が細かく触れば柔らかそうな白い肌は決して病的と言うことはありえず、健康的な白さと言う矛盾を成立させていた。

 そして何より。

 彼女の感情に会わせるようにぴこぴこと小さく動いている、横に尖った耳が特徴的だった。

 …………いや待て。ちょっと待て。おとーさん、て……お父さん? しかも言から察するに昨夜の面子の中にソレが居たと?

 ……ははは。冗談がきついぜ。

 だってあれだ。昨夜の騒動的に客連中はまず除外される。一人一人の顔を見たわけではないが、切欠となった店主の台詞通りのような奴しか居なかった。

 では消去法的に店主か? それこそまさか。そもそもあれは虎だったぞ。人型のでかい虎だ。あんなのからこれほどの芸術品も斯くやという存在が誕生するわけがない。ちょっとしたバイオハザードだろ。遺伝子のテロとかそういうアレだ。理不尽に過ぎる。

 俺と同じ考えに至ったのか、見上げればローザが愕然とした面持ちで硬直していた。パートナー間の以心伝心は問題ないようである。

 そんな現実逃避気味の俺たちに、問題の美幼女は可愛らしく首を傾げたあと俺に気づいたようで「ねこさんだー!」とか言いながら俺をローザから簒奪。俺の喉をゴロゴロ鳴らしたり肉球を弄んだりやりたい放題しだした。ーーあっ、ちょ、そこはヤメテ! 尻尾は握っちゃらめー……。


 なんやかんやありつつも。

 俺たちに再起動を促したのは目下の最有力容疑者その人だった。

 現在ローザは朝食に出されたオートミールを食べ、俺は出されたミルクを飲んでいる。これは牛ではなく、ヤギのミルクだな! くっ、さすが猫科猛獣、解っているな。がぶがぶゴクゴク。

 まぁ、ガワが猫なだけで厳密には猫でない俺は牛乳でも全然平気だし、それどころか飲食が必要ないっぽいんだが。それはまぁ言わぬが華と言うやつだ。飲食できないわけではな

いし、嗜好品として味や臭いを楽しむことはできるのだから。

 べ、別にミルクが美味しいから言い訳してるとかじゃあないんだからねっ! おかわり!


「それにしても。お前らも大概失礼な奴だよな。リリィが俺の娘で悪いか」

「悪くは無いが理不尽過ぎる。一種の暴力だ」

「良い度胸だ」


 思わず間髪入れずに口をついた俺の元から皿が没収される。ぬあーなにをするだー!


「躾のなってねぇ駄猫にはやらん。反省してろ」


 そう言って、奪取するために飛びかかった俺を華麗に躱してヤギのミルクが残る皿を扉の付いた箱の中へと隠してしまった。

 重厚そうな鉄製の扉はさすがの俺でも猫ボディのままでは如何ともしがたい。色々試してみるも爪で扉をひっかく以上のことはできない始末。ぐぬぬ。


「はっはー! テメェが何れ程の怪物でも、そいつはそう簡単には開けられねぇよ」


 勝ち誇るように笑う店主を睨み付けつつ、先ほど以心伝心を成した相棒に視線を送る。

 あ、苦笑しながら首を降りよった。ぬぅ、俺が悪いとでも言う心算か。その通りだが。


「あー! おとーさんがねこさんいじめてるぅ!」


 テーブルを拭いていた天使ーーリリィが悪逆な親父を避難する。いいぞ、もっと言ってやれ!

 俺はリリィの加勢をすべくパタパタと彼女の頭に飛び移る。ぬお、なんだこのキューティクル!


「きゃっ、もう。おーもーいー」


 思わず見た目に削ぐ和ぬ上質な髪質に魅了されていると、ひょいと抱き降ろされてしまった。そしてそのまま耳の付け根から尻尾にかけて撫でられる。撫でられる。ふあー……。

 親父が虎であることが関係しているのか、この幼女猫の扱いが超上手いんだが。これゲームとかなら状態異常:魅了とかになってるぞ確実に。おおぅ、羽の付け根のそこはっ、そこはぁぁあああーー



 食事を終え出されたコーヒーを飲んでいたローザに、店主が唐突に語りだした。


「ーーギルマスの、ブルーノの腕見たろ?」


 洗った食器を布巾で拭いながら独り言のような調子で言う。


「あいつは現役時代は稀少なSランク冒険者でな。幾つもの難しいクエストをこなしていた腕利きだった。ワイバーンの群れに単身突っ込んで行き、バジリスクを殴り殺し、山岳の巨人たちとステゴロで三日三晩ケンカする、そういう猛者だった。そんなアイツでも片腕を失って、生死の境をさ迷うのが冒険者だ。

 そうでなくとも実力が伴わなければさっさとおっ死ぬし、中途半端な実力だとランクも上がらず危険の割に大した実入りもなく腐っていく。それが冒険者だ。

 それでも、気は変わらねぇのか?」


 俺はリリィに弄ばれながらも、耳だけはきちんと店主の言葉を聞いていた。

 途中でなにやらおかしなことを言っていたのはともかく。

 危険の多い職種なのだろう。けれどそれは最初から解りきっていたことだ。いや、真に理解していたかは定かではないが、そうでなくともローザには命の危機が付きまとう。

 帝国がまだ狙っているかもしれない。

 身元がバレれば良いように使われるかもしれない。

 そうでなくとも見目は良いのだ。奴隷にされたり、そういう悲惨な未来は悲観としてではなく現実として有り得るものだ。

 今更なのだ。命の危機云々は。


「変わりません。死ぬならそれまで。わたくしは死にたくない。けれどただそう思うだけでは、状況に流されるだけでは不本意な死から逃れ得ない。ならば、わたくしは動きます。抗います。強くなります。そう決めました」


 ローザは迷い無い口調でそう断言した。

 それがローザの意思だ。死にたくない。それを元にした拙い決意表明。

 だがそれで良い。

 オーライ、任せろ。俺が共にいればローザは強くなれるさ。

 恩もある。起こしてくれた恩がな。

 引け目もある。今までこの世界をほっぽって寝こけていた引け目が。

 だからまぁ、まずはお前の為に動くさ。どんな結末になるが解らんが、最後までお前に付き合うとそう決めている。


「杞憂と言うものだな。我輩が共に居るのだ。万事恙無いとも」

「……あー俺はお前の得体の知れなさが一番信用ならんのだが……。なんだかなぁ、とりあえずリリィに腹を見せて身悶えしながら言う台詞じゃねぇわな」


 だってこの娘テクニシャン過ぎて! これ俺が女の子なら即堕ち案件だぞ! いやマジで!


昼頃か夕方にもう一回投稿します。

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