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幕間劇:錯落


 ――帝都城、謁見の間。

 艶やかな大理石の壁。

 沈み混むような絨毯で覆われた床。

 色彩鮮やかなステンドグラスによって描かれた六柱の女神が、そこを見下ろしていた。


「報告を聞きましょう」


 玉座に座るのは唯一真正皇帝。その脇に控るのは腹心たる、地位に対して若年の宰相。

 宰相の言に答えるのは、青い燐光を放ちながら跪き臣下の礼をとる美丈夫だ。その姿はうっすらと透けており、それが魔法によって成された遠距離通信用の虚像だと解るだろう。

 跪いたまま美丈夫は現状までの報告を淀み無く続けていく。


「なるほど。さすがはロイヤル・ナイツ。こちらの被害も大きいですね。これで十二席全て揃っていたらと思うと、考えるだけで恐ろしい」


 本当にそう思っているのか怪しい微笑を浮かべながら、穏やかな声色で宰相は感想を溢す。

 今回の王都襲撃作戦では多くの被害が出た。中でもロイヤル・ナイツ対策に投入した五瑕将の内、現在目の前で報告を挙げている一人を除いた四人を失ったのは“想定内”とは言え、人材の損失と言う意味に於いては惜しい。

 失われたのは件の将四人だけでなく、その麾下の兵士やそれ以外の本作戦に参加した実に八割が失われている。だが、宰相にそれらを気にした様子は無い。それは、その横で玉座に座したまま耳を傾ける皇帝も同じだ。


「……で? 肝心の王家の者共は?」


 低く、厳かな声が響く。

 何もかもを見通すような、それでいて視るもの全てを射殺さんばかりの鋭い眼光で問いを投げる。

 冷静に、淡々と報告を行っていた美丈夫に初めて動揺の色が見えた。


「国王、王妃、二人の王子と一人の王女は確かに仕留めたと報告があり、自分もそれを確認しました。またそれらの遺体についても御指示の通り、自分が立ち会いのもと魔術師たちによって完全に焼却しております」

「国王と王妃には王国最強の第一席が侍っていたでしょうに……。よく為し遂げましたね。

 それで? 国王、王妃、二人の王子と王女についてはわかりました。ですが、足りませんね? あと一人、姫君がいたはず。“麗しの薔薇”が。そちらは?」

「……捜索部隊、及び追跡部隊からの報告が無いため別動隊に調べさせたところ、捜索隊の死体が王都の外れにて発見されました。これらはおそらく護衛の騎士によるものかと。また、その先の森で追跡部隊の櫟死体が発見されました」

「護衛にはロイヤル・ナイツが付いていたでしょうからね、姫を護りながらでも十把一絡げの兵士どもではどうにもならなかったのでしょう。それはよろしい。で? 回りくどい言は要りません。姫は、殺したのか否か」

「……姫の死体は発見されていません」


 瞬間。

 跪き頭を垂れていた美丈夫は、己の首に死神の鎌が触れる冷たい感触を得た。

 それは紛うこと無き明確な死の予感だ。

 皇帝の御座す帝都から己の今居る王都までどれだけの距離があるのか。また見えている姿は互いに虚像であり実体ではない。

 それでも。そんなものは一切考慮に値しないのだと理解せざるを得ない程の、強烈にして鮮烈にして現実的に過ぎる殺意を、皇帝と宰相から叩きつけられた。

 総毛立ち、冷や汗が流れる。

 カラカラに乾いた口中には唾の一滴すらも沸かない。

 頭を上げることが出来ない。もはや己の身体が震えないように身を強張らせるだけで精一杯であり、ほんの少しでも動いてしまえばそれを皮切りに己の命が摘まれるのだと予見してしまう。

 心臓の音が煩い。顎を強く閉じ、歯を噛み閉めていないとガチガチと不快音を鳴らしてしまう。

 永劫にも感じる時の中、ふいに嘘のように殺気が霧消した。どれ程の時間が経っていたのかは解らないが、しかし確かに殺気は消え失せていた。

 

「――必ず探し出し、殺せ」



 皇帝が最後にそう命じたのを合図に、遠距離通信術式が機能を停止する。

 それでも、美丈夫はその場から動くことが出来なかった。

 命じられた、動かなければ――っ!

 そう思っても身体が硬直したまま微動だにしない。歴戦の将たるその意思は死の幻覚に抗うことに成功した。

 だが、その肉体は死を錯覚してしまっていた。

 ――動けるようになるまで、半日という時間を要し、無駄にした……。 



「……やはり、運命は我々の敵のようですね」


 目蓋を降ろした宰相の口から零れたのは哀しげな声色で彩られた弱音。

 皇帝はそんな宰相に一瞥をくれた後、その視線を天へと向けた。

 歴代の皇帝たちは、その全てが敬虔な信徒であった。勿論、教会との癒着を疑われ要らぬ目を向けられぬように、人前では神をも恐れぬ強き皇帝として在ったが。

 それでも、そんな歴代の皇帝たちが己の身辺に於いて唯一在ることを佳しとしたのが、謁見の間の天井を彩る六女神のステンドグラスだ。

 神々に強者としての振る舞いを常に見せつけ、それでも女神たちの介入が無いことを己の、帝国の絶対強者としての正当性を示すものであるというのが表向きの名目だ。

 けれど、その本心は違う。

 強者として傲ることがないように己を律し、女神たちに常に見られているのだと意識することで気を引き締める。

 それこそが歴代の皇帝たちの、余人には知られざるステンドグラスの真意だ。

 そんなステンドグラスを映す現皇帝の瞳にあるのは怒りを、憤怒を、赫怒を焔のように燻らせながら、けれど氷のように冷たく研ぎ澄まされた揺るぎない理性の光。

 そこに焦燥は無く。

 そこに諦念は無く。

 そこに悲嘆は無く。

 唯、為すべきを成すのだという強烈無比な意志が在った。


「解っていたことだ。ともすれば、この世の全てが我らの敵だ。だが、我らは必ず勝利する」


 そうだろう? 天から離れた皇帝の瞳にそう問いかけられ、宰相は淡く微笑み臣下の礼を執る。


「薔薇を摘むのも肝要だが、それだけに専心すれば流血は避けられまい。薔薇が朽ちるのを期待しつつ、速やかに王国を完全なる属領へと落とすぞ。離れていたロイヤルナイツがまだ数席残っている。奴らが戻る前に終わらさねばならぬ。時の浪費は赦されぬ」

「心得ております。ひとまずはアレに薔薇姫を探させ、新たに“十翼”から二人を向かわせましょう。所詮は捨て駒の域を出ない五瑕将とは異なり、彼らなら“信用”出来ます」

「善きに計らえ。選別は任せる」

「御意に御座います」


 その会話を最後に皇帝は玉座を立ち、謁見の間を出る。

 礼をもって皇帝を見送った宰相も、暫しの時を置いて立ち去っていく。

 無人の間を見下ろす女神たちは何を思うのか……。




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