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第十一話 肉食でも草は食う

『瑞の猫草亭』はギルドから程近い場所に在った。

 三階建ての店内は一階が食堂兼酒場であり、二階三階が宿泊部屋となっているようだ。

 ギルドで割と長居してしまったせいで既に夕方だ。そんな時間帯と言うこともあってか、聞いていた通り皮鎧等の装備を身に付けた冒険者風の客が多い。

 パッと見がゴロツキの溜まり場めいていながら気の良い奴等が多いのか、俺たちが入ってきた事に気づいた客の一人が「オヤジ、客だぜ客ー!」と酒杯を振り回しながら叫ぶ。そこに揶揄するような響きはなく、単に調理か何かで奥に居るだろう店主を呼んでくれただけという親切心が窺える。

 まぁ大声で言うもんだから一時的に客の視線がこちらーーローザに集まり、そのせいで後ずさるようにたじろいでしまっていたが。


「おーう。いらっしゃい。宿泊か? 飯か?」


 奥から野太い声と共にのっそりと現れたのは、二メートルを越える巨躯の虎男だ。左目に十字傷を付け、服から見える身体のあちこちに大小の傷痕が見え隠れしている。


「ぴっ!?」


 ローザが変な悲鳴を上げて固まった。

 

「うはははは! またオヤジが女の子ビビらせてるぜ!」

「ダメだろオヤジ! あんた客商売なんだからいい加減愛想ってものを覚えろっての!」

「バッカ、そんなの無理に決まってんだろ! オヤジだぞ!」

「違ぇねー!」


 そんな一幕すらも楽しくて仕方がないと、酔っぱらい達が笑い騒ぎ立てる。

 客の一体感と盛り上がりっぷりを見るに店主は女性受けが悪いようだ。それでも見渡せばちらほらと女性客も目に入る。


「……良い度胸だなテメェら。今笑った奴等全員料金三割増しだ」


 笑い声がピタリと止まり、次いで怒号とブーイングの嵐が巻き起こった。

 そんな酔っぱらい連中をとりあえず無視することにしたらしい店主は、がりがりと頭を掻きながら「別に取って食いやしねぇよ」と不貞腐れたように言い捨てた。

 怖がられ慣れているようだが、それでもショックなのはショックらしい。

 そんな店主の様子に、現在は猫の姿のせいか同情せずにいられない俺は、尻尾でペシペシとローザの脚を叩きながらローザに注意を促す。


「へ、あ、ごめんなさいっ。その、」

「あー、気にするな。こんな成りだからな、嬢ちゃんみたいな年の娘っ子にゃあまずびびられんだオレは。慣れてる慣れてる。

 で、宿泊か? 飯か?」

「えっと、宿泊です。冒険者ギルドのブルーノ様の紹介で……」

「へぇ……」


 草臥れたような様子だったのが、急に探るような鋭い目付きになった。周囲の喧騒も収まり、入店時のそれとはまた違った様子でこちらに視線が集まる。

 まるで探るような目付きだ。


「見ない顔だ。新人だな? かなり評価されているようだな。それにお前さん」


 そう言って俺にジロリと視線を向ける店主。その目には警戒と畏れのような色が見える。


「……こりゃ勘なんだが、その姿は擬態かなんかか? アンタはなんかこう、もっとやべぇ匂いがする」


 おお、スゴい。今まで誰もそこまで突っ込んでこなかったのにずけずけと確信に迫りよる。

 けど今の段階で勘繰られたり正体がバレるのはあまり良くない。


「冒険者への詮索はマナー違反じゃないのか?」

「ハッ! そりゃあ冒険者同士やギルド職員ならな。けどオレはもう冒険者じゃあねぇし、お前さんも自身が冒険者って訳でもねぇ。

 それにな、ここに泊まってる奴等の安全安心を守る義務がオレにはある。

 加えて先輩としての老婆心もな。その娘がお前さんを根拠に、あるいはお前さんに唆されて冒険者やるってんなら止めないとな。

 冒険者ってのは昔はともかく今じゃあ夢のねぇ商売だ。切った張ったの世界だ。今日酒飲んで馬鹿やってた奴が明日死んでるなんてのはザラだ。そんな世界に、あたら若い命をくべる必要が、覚悟が、本当にあるのかい?」

「これしか道がないとしても、そう問うのか?」

「はン。んなもんは錯覚だ。選択肢ってのは見えてねぇだけでそこらにゴロゴロ在る。もっと安全な職に付く道だってあるさ」


 うーん。言ってることは至極真っ当だし、本心からローザのことを心配してくれてるってのはわかる。こりゃ慕われるわけだわ。

 俺はローザを見上げてどうだ? と目で問う。


「ご忠告は有り難く頂戴します。けれど、余計なお節介です。わたくしはわたくしの自由の為にこの道が最良であると確信しています。そして、この方が、わたくしの命を救ってくれたこの方が『そうあれ』と仰るのなら、わたくしに否やは無いのです。

 ……他の宿を探します。お騒がせしました」


 淡々と言いたいことだけを言うローザ。けれどそこには彼からの問いに対する明確な答えは無く、また唆されていても構わないと取れる内容が含まれていた。

 それは俺という胡散臭い存在の安全を保証できるものではない。

 だからローザはこの宿に泊まることを諦め踵を返した。

 俺がちゃんと自分のことを安全ですよと言う根拠を提示できれば良いのかもしれないが、そんなこと出来ないしなあ。ローザには悪いことしたなぁ。最悪、気合い魔法(仮称)でログハウス的な物でも森に造るか。


「……待ちな。確かに余計なお節介だったな。覚悟がねぇわけでもないようだ。有るとも言い難い感じだが。それこそ余計だわな。

 良いぜ、泊まっていきな。サービスで一泊分はタダにしてやる」


 ローザが扉に手をかけたところで、店主がそう呼び止めた。

 困惑げに振り返るローザと俺が見たのは、本気でバツの悪そうな表情でそっぽを向いて頭を掻く店主。


「……良いのですか?」

「おう。そもそも俺が口出しすることでもないしな。ただ、もしソイツが何か仕出かすようならその時は覚悟しとけ」

「……その心配は杞憂です。が、わかりました」


 台帳に名前を書くように言われ記入する。とりあえずは一泊だけお願いし、部屋の鍵を受け取った。


「三階の奥の部屋だ。それと宿泊料には夕飯と朝飯のも含んでる。朝飯は明けの鐘が三つ鳴るまでだ。夕飯は、ここではしゃぐ馬鹿達が居なくなるまでだ」


「馬鹿って言う奴が馬鹿なんだよバーカ!」

「そうだそうだー! 日に日に年寄り臭くなってるぞお!」

「つーかそんな可愛い新人が本当に辞めてたらどうすんだー!」

「本当だぜクソオヤジ! 責任取れるのかー!」


「うるせぇぞ馬鹿ども! 大体テメェらみたいなブ男の見本市にメスが靡くわけねぇだろうがっ!」


 店主の一括に、戻ってきた喧騒が再び静まり……


「上等だクソがぁ! 言って良いことと悪いことの区別も付かねぇのかぁぁあああっ!」


 爆発した。血の叫びだった。血涙を流さんばかりの勢いで殴りかかったその男は、店主の情け容赦の無い顔面パンチで鼻血を流しながら宙を舞う。

 一人が蛮勇を奮ったことで場のボルテージが高まる。

 そして始まる乱闘騒ぎ。

 えー……。さっきまでのシリアスっぽい感じどこ逝ったのよ。

 とか呆れつつ、実はちょっとワクワクしてる俺。けれどローザには刺激が強いかもだし、酔っ払い共が勢いで手を出してくるやもしれない。

 ぽっかーん、としてるローザを促しさっさと部屋へと向かうことにする。

 晩飯は抜きだなこりゃ。近所迷惑甚だしい怒号と破壊音と殴打音を背後に、若干後ろ髪を引かれながら(猫だけど)そんなことを思った。

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