第十話 旅先での宿探しは大事
ロビーに戻った俺たちは先の受付嬢から冒険者ギルドというものについての説明を受けていた。
「――駆け足でしたが、ここまでで何か質問は御座いますか?」
ざっと纏めるとこう言うことらしい。
ギルドに登録した冒険者はギルド側が受領したクエストを受注し、それを目的毎に達成していく。内容は多岐に渡るが犯罪行為となるようなものは存在しない。依頼者からの発注段階でギルドの職員が裏付けや幾等かの情報確認を行い正当であると保証するらしい。
仮にクエストが違法性のあるもので、それによってギルドや冒険者が法に抵触するような事態に陥った場合は、ギルド側が冒険者を擁護し、それで足りない場合は後ろ楯となる者達が助力してくれるらしい。加えて、もしそんな事になった場合。これはギルドへの敵対行為と断定され、全ギルドと冒険者へ通達され相手を完膚なきまでに潰すのだとか。度合いにも因るが、例えば以降その依頼者からの全以来の拒絶。例えそれが命に関わろうがなんだろうが一切受けない。また、それが例えば商人等であるのなら、その取引相手も対象とするとか。
高価な薬草や素材等は冒険者に依存している部分が大きく、これをされると商人等は取り返しのつかない打撃を受けることになる。
また、冒険者側が故意に違法行為を働いた場合は最低でも除籍処分。最悪の場合はギルドという存在を貶める敵対行為として見られ、これまた完膚なきまでに潰すらしい。どうでも良いが、受付嬢は潰す潰すと笑顔で口にし過ぎだ。こわい。
ここまでが注意事項。
要するに。
ギルドからの以来は合法だから安心してね。何かあったてもアフターケアはばっちりだよ!
もし悪いことをしたら覚悟しておいてね。全力で後悔させてあげる!
と、いうことだろう。うん、マイルド。
「冒険者が受注できる依頼ーークエストには幾つかの制限があります。
冒険者にはランクを割り振っており、F~Aそれぞれに相応の難度以外のクエストは受注できません。また、あまり有ることではありませんが、高ランクの方が余りに低い難度のクエストを受注することも出来ません。大体自身のランクの一つ下の難度までが限度です。また、その場合はランクの昇級に必要な評価が付与されません。達成できて当然だからです。一方で、失敗した場合は通常の三倍のマイナス評価となりますのでご注意ください。
ランク相応のクエストしか受注出来ない、とは言いましたが例外は勿論存在します。
例えば高ランクのパーティに参加している場合などです。パーティのランクは参加人員のランクによって変動し、その評価もパーティとしてのものとなります。
また、討伐依頼を受注した際、現場で目標以外の高難度標的と遭遇・戦闘になり勝利して生還した場合もきちんと評価が成されます。まぁ、こちらはあまりオススメできませんが……。と言うかそういう場合は安全を確保し速やかに逃げてください。生存が第一です。死んだら損ですよ」
損て。
そんな感じで受付嬢の説明は続く。
チラリとローザを窺うと真剣な表情できちんと耳を傾けている。手元に手帳とペンでもあればきっとメモとかしてたに違いない。惜しむらくはそんなものを所持しているわけが無いということか。
しかし話が長い。そりゃまぁ確かに、命に関わる事だし最初の段階できっちりやるに越したことはないのだろうけども。
それとなく周囲に意識を向けると、ロビーに居る何人かはこちらを観察しているようだった。これからの同業者でありライバルとなるからか、情報収集に余念がないようだ。そこはまぁ実はどうでも良いんだが、こちらを観察している者の中の何人かが「俺にもああいう時期があったなぁ」的な微笑ましいものを見る目をしているのが気になる。しかも良く良く意識して見れば装備や風格が周囲と較べて結構立派だ。あれらが高ランク冒険者だろうか?
そんな風に余所見をしていると内容が次に移っていた。
どうやらローザのランクに関することのようだ。
「――ローザさんのスタートランク、及びギルドカードの発行は明日以降となります。遅くともお昼頃には用意が出来ている筈なのでそれくらいの時間にこちらへいらしてください。
では、説明はこれで終了です。お時間を取らせてしまい申し訳有りません。お疲れ様でした。ランクとギルドカードはまだですが、あちらに掲示されている常時クエストであればこの後から直ぐに初めて貰って構いません。あちらのクエストはそれぞれ必要となる物品の納入をもって受注と達成の双方の処理を行いますのでお受注手続きも不要です。
では、良き冒険者ライフを。我々ギルドは貴女様の活躍に期待しています」
あ、話が終わった。
ローザは受付嬢に頭を下げてお礼を言うと、受付嬢が示した常時クエストが貼ってあるボードを無視してギルド会館を出ていく。
うん。俺としても初っぱなから活動するようだったら止める心算だったし、別段文句はない。
ところで、俺はずーっと抱き抱えられたまんまなんだが、何時になったら解放されるんです?
「……あ、あのっ。オススメの宿屋など教えていただけませんか?」
退館直後に踵を返しました。
そうだよね。ここは皇都。人が多く集まる街で、だから相応にと言うか宿屋も多く存在する。しかもそれらはピンキリだ。
懐事情に余裕がある訳でもなく、さりとて安宿なんかは少女が一人で(俺という一匹が付属しているが)泊まるには不安もある。
多くの選択肢から最適解を求めるには、俺もローザも経験不足だ。パッと見良さげだけど実は――なんてことになったら目も当てられない。低俗な官能小説でもあるまいが、もしも泊まった宿屋でローザがそんなことになったら、うっかり皇都消滅とかもあり得るしね。勿論犯人は俺だ。テロとか言うレベルではない魔王の所業大開催の予感。
そこへ行くとギルドで訊ねてみるっていうのは悪くない手段ではないだろうか。
この街に職場を構えている以上は職員もこの街の住人であり、しかもギルドは人の出入りが激しいことは見ての通りだ。そうなると実際の評判の他に噂レベルでの良し悪しなんかも熟知している可能性が高い。職員の嗜好が加味されるとしても、もたらされる解はきっと満足のいくものになる筈だ。
ーーと、そんなことを顔を真っ赤にして来た道を戻るローザに言ってみるのだが、フォローの甲斐なくローザは羞恥に染まった顔のまま可聴域ギリギリの消え入りそうな声でさっきの職員に声をかける。
出て行ったばかりのローザが直ぐに戻ってきたことに受付嬢は面食らったようだったが、クスッと小さく微笑んだ後に優しげな表情で応えてくれた。
「そうですね。ギルドの職員として答えることは贔屓になってしまうのでお応えできませんが、同じ女性としてのオススメは『瑞の猫草亭』と『夕凪亭』、あとは『碧紫亭』の三つね。
『瑞の猫草亭』は宿としての質はそこそこだけど、料理は美味しいし何より安全だわ。店主が虎の獣人で元冒険者というのもポイントが高いわね。夜は彼を慕う者が集まったりするからちょっと騒がしいけど、なにかあっても店主や彼を慕う客が全力で不届き者を袋叩きに潰してくれるわ。
『夕凪亭』は少し割り高だけど、宿としてのグレードは高いわ。なにより全室浴室付き! これは女の子にとっては嬉しいわよね! まぁ、けど、少し高いのよ、ホント。
で、『碧紫亭』! ここは私のイチオシよ! 商業区の端の方だからちょっと遠いし不便だけど、なんと店主はイケメン! ボーイは美少年! そしてお手伝いっぽい女の子は美少女でしかも歌が超上手いの! あと店主が本当にスゴいイケメン!」
話す内にテンションが上がったらしい受付嬢がカウンターから身を乗り出して力説する。そして大事なことだと言うようにイケメンを強調したところで、周囲から大量の舌打ちの音が聞こえた。
抱えられ自由が利かないまでも何となしに周囲を窺うとあからさまにそこらの野郎共の雰囲気が黒い。暗いのではない、黒い。
いやまぁ、うん。確かにこの受付嬢、物腰丁寧で大人の女性としては童顔で可愛らしいから、狙ってる奴等とか多いんだろう。今はちょっとテンション高くなって丁寧さがどっか逝ってるが。そんな彼女が面食いとあっちゃあ、そりゃあ君らはやるせないよなぁ……。俺から見ても顔面偏差値が赤点からギリ及第点レベルだもの。
受付嬢のテンションの高さに反比例して低くなる周囲のテンションはともかく。
ローザは突然はっちゃけだした受付嬢に困惑していた。お陰で先までの羞恥心は薄れた模様。
「でね、『碧紫亭』は料金も宿屋としては当たり障り無い普通の値段だし、部屋も可もなく不可もなくなんだけど、モーニングコールのサービスもやってるのよ! つまり! 保護欲を刺激される美少年の優しい声で、もしくは護ってもらいたくなるようなクールイケメンの美声で起こしてもらえるのよ! しかも料理はイケメンの手作り!」
ヒートアップが止まらない受付嬢にローザは困惑を通り越して若干泣きそうなんだが。……わかるぜその気持ち。さっきまでは年上のお姉さん風だったのが、今では見る影もない肉食獣のそれだもの。これはさすがの俺も引くわー。
て言うか他の職員さん方。あんたら同僚だろうが、止めろよ。仕事中に私情で盛り上がってるこの恥嬢を止めろよ。放っておいたらギルドの体裁も悪くなるんでないのかよ!?
「落ち着け馬鹿者」
そんな俺の心の叫びが届いたのか。速射砲のように捲し立てていた受付嬢を、後ろからやって来た男性が黙らせた。物理で。要は殴って。良い音したぞ今の。ゴッ、って鳴ったぞ。ゴッて。
中年と言った年齢だろうか。鍛練を欠かさないでいるようで、贅肉の付いただらしなさはなく、ガッチリとした筋肉の鎧に覆われている事が服の上からでもわかる。加えて短く刈り上げた頭髪と額から顎にまで走っている刃傷痕がインパクトバツグンだ。そんな見た目の厳つさが目立つ一方で、空っぽの中身がフラフラしている右の袖が際立っている。
――て言うかローザローザ! キツイ! 抱き締める腕に力を入れるんじゃあない! 俺がオマエにホールドされっぱなしなの忘れてないか!?
強張ったローザの腕の中でジタバタしている俺には気付いていないのか敢えてスルーしているのか……。男性は痛みに頭を押さえる受付嬢を放置してローザに頭を下げた。
「申し訳ないなお嬢さん。コイツは仕事中はしっかりしているんだが、私情が少しでも絡むとご覧の有り様でな」
「い、いえ。だいじょうぶです……」
やや上擦った声で応えるローザに内心で首をひねるものの、男性の見た目が見た目だけにローザくらいの女の子なら緊張も警戒もするのは仕方ないかのかなと思い直す。
「おっと、挨拶をしておこうか。俺はここのギルドマスターを務めるブルーノと言う。『爆砕拳のブルーノ』と言えばそれなりなんだが……まぁ、お嬢さんみたいな若い娘は知らんか」
まさかのギルマスエンカウント! だからどうしたってわけでもないが。
しかしそうか。今の言から察するに結構名の売れた元冒険者が引退後にギルマスになったのか。顔の傷や隻腕なのもそこら辺に関係があるのかな。そして、だからこそ今でも自己鍛練に余念が無いということか。
「……わたくしはローザと言います。先ほど登録を済ませたばかりの新人です。よろしくお願いします」
俺を抱くローザの腕が一瞬更に強張ったものの、直ぐに落ち着きを取り戻したようで無難に挨拶を返している。
そんなローザの様子にまるで慣れているかのようにやや厳めしい目付きを柔らかくしながら、「よろしく頼む」と頷く姿には大人の余裕と貫禄が感じられた。
「しかし、イヴェールーー君と模擬戦をした職員なんだが、奴から話を聞いて急いで降りてきて正解だったな。アイツが他者を誉めるなんて中々ないからな」
例の職員は魔法のエキスパートとかそういうのだったらしい。そしてそんな相手に誉められていたと言うことは、ローザが使う仮称・疑似魔法は普通のちゃんとした魔法と比較しても違和感が無いか少ないと言うことなのだろう。早々すぐにどうこうなるとは思わないが、それでもローザは立場的にあまり目立つのも良くないだろうし、そういう意味では一安心なのかな。
そんな風に考えている間に痛みから復帰した受付嬢がギルマスの腹にパンチした……と思ったら拳を抱えて涙目になった。当たり前だわ。そんな細腕で鎧みたいな腹筋殴ったら、そりゃあ殴った方が痛いよ。
「それにしても、その猫は不思議だな」
「え?」
俺の中で株の暴落が止まらない受付嬢に呆れていると、そんな風なことを言われた。
「一見すれば翼の生えた猫にしか見えない。だがイヴェールの話では速度や強弱をランダムに変更しながら放った火球の全てをまったく同じように迎撃していたと聞く。魔法が得手ではない俺でも、それがどれだけの技巧かは解る心算だ。一見しただけでは判別のつかないように調整された魔法を全て迎撃相殺する……魔獣の中でも相当に高位なのだろうな。
それでいながら、俺はその猫のような魔獣を一切知らない。これでも元は高ランク冒険者の俺が、だ。それに、そこまで魔法に長けた魔獣ならば相応に濃い魔力を感じるはずなのに、こうして相対して尚何も感じられない……」
一難去ってまた一難。ローザのことに安心したら俺の方に疑惑? 興味? の視線が!
くっそ、あの野郎。そんな姑息な罠みたいなこと仕掛けてやがったのか!? 汚い! なんて汚いんだ!
て言うか相殺とかそんな難しいかぁ? 相殺するように放ったらそうなるのは当然なんじゃあないのか!?
なんとなくでそれっぽく使っている魔法(?)ときちんと普及している魔法の差異をしっかり認識することの大切さをしっかりと噛み締めつつ、どうギルマスの興味をどう逸らすか考える。
しかしそこでふと思い付く。いや、むしろこれはチャンスではないかと。ここで俺がスゴいと思わせとけば、ローザが多少普通から外れたことをしてもその事実が霞むのではないかと。
ーー魔法の才能が多少はある少女が召喚し使役している特殊な使い魔。
少女が優秀でもそれは才能があるからだし、明らかに逸脱した場合は特殊な使い魔の仕業。そもそも使い魔は魔獣であり、人間の尺度では計れないだろうとか。どんな魔獣が居るのかとかその脅威度とか知らんが、俺の知る伝説の類いでも魔獣とかって呼ばれてる存在は基本的に出鱈目なのが多い。人間として見たら異常でも、魔獣なら納得みたいな事になるだろう。たぶん。
「ふふん。貴様がどれだけの実力者かは知らんが所詮は人間。我輩の真威を見抜くなど早々出来るものか。と言うかだな。そんなバシバシ気配を振り撒くのは獣としては失格である。野生の獣は気配を殺す術に長けているものなのさ。
――今は飼い猫なのだがな、我輩!」
ローザの腕にぶらーんと抱かれたままドヤ顔をかます俺。キャットフェイスだけど。
けど、よくよく考えたら冒険者への詮索はギルド職員でも違反なんじゃあなかったのか!? それをギルマスが率先して犯すのか。いやまて、もしかして冒険者ローザ本人ではなくその使い魔の魔獣に対してだから問題ないとか言う詭弁か? それとも詮索するような明言はさけているからセーフとか言う心算か!? おのれ、なんと汚い。大人汚い!
「その通りだな。すまない、不快にさせたな。
お詫びと言っては何だが、宿屋なら『瑞の猫草亭』にすると良い。店主のヴートにブルーノの紹介だと言えば、例え満室でも一割引で宿泊可能だ。あそこは常に一部屋か二部屋予備室を空けているからな」
ギルマスはそれ以上特に追求や疑わしげな視線を向けてくることなく、男臭い笑みで謝罪しながらそう提案してくれた。俺の中で下降していたギルマスの評価が緩いU字軌道を描く。
明日から本格的に冒険者ライフが始まるとして、準備などに色々入り用だろう。そう考えると少しでも出費を減らせるのは有り難い。
想定外のイベントもあったが、聞きたいことも聞けた。ローザはギルマスに軽く頭を下げてお礼を言いながら今度こそギルドを後にする。
……ギルマスの横で何か喚いていた受け付け嬢はスルーである。




