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プロローグ

4/6 改稿しました。


 繕わずに言うと、この時彼は非常に調子に乗っていた。


「ふははは! 震えよ! 恐怖せよ! 我が名は――……えー、あー、そう! ディクレスト! 大罪(Sin)を呑み込むシンなるしんの竜! 破壊と創造の化身にして森羅万象あまねく総てを支配する絶対者! ディクレストである!」


 破壊と想像の英訳のもじり。非常に安直で残念な名前に加え、文末の意味被りでもって残念さを二重に晒しているが、それに気づく存在ものはいない。

 というか、


「ふぅ……。よし! 予行演習はこんなものか? いやぁ、知的生命体が誕生するのが今から待ち遠しいなぁ!」


 今現在、この世界には彼の他にまともな生命体は一つも存在しない。彼を“まとも”と評するかはともかくとして。


「しかし、フッフッフー。咄嗟の思い付きだけどこの名前は我ながらに良いなぁ。破壊と創造を内包したカッコいい名前じゃあないか! ディクレスト! これは憧れの先輩諸氏、ファブニールやヴリトラ、テュポーンやアジ・ダハーカ等々の雷名にも負けてはいないな! ……いや、まて。言い過ぎた。アジ・ダ・ハーカ先輩の名前にはさすがに負けるか……。響きから名前の意味である最強の邪悪感出てるもんなぁ。いや、いやしかし! 負けてはいても劣ってはいまい!」


 ふんす。と鼻息荒く断言する。言及するものが居ないのは幸か不幸か。

 四つ足の巨体。長大な尾と翼。黒い鱗殻。王冠めいた五対、十の角。金色の瞳は太陽を思わせる。

 もしここに識者が要れば彼をこう評しただろう。

 ――竜だ! と。

 

 此処は未だ文明が成り立つ前の世界。

 これから命が芽生えることが約束された世界。

 マナと彼が仮称した、魔法を成り立たせる素子を有する世界。

 彼が現在に至る迄の数々の一生はそれこそ京を越える。

 気の遠くなるような道程で、それでも彼は今日こんにちに至った。

 

 そんな彼は今、というか念願叶って竜になってから既に一ヶ月(秒数換算)。不眠不休でずっとこんな調子のテンションが上昇したまま降りてこない有り様だった。

 時に海を割り。

 時に嵐を散らし。

 時に雷を地上から狙撃し。

 時にマグマで一人我慢大会を開催し。

 時に月を割り砕き。

 

 万感の思いを訴えるように、万能感に酔いしれるように。

 未だまともな命が存在しないからと誰憚ること無く好き勝手放題に暴れまわった。

 そんな彼も、しかしいい加減疲労が貯まったのか。

 ゴキゴキ――どころではない轟音を関節から鳴り響かせて一息。


「ふぅ。さて、ここらでちょっと小休止としよう。まだまだ時間は在るし、これから色々やらなきゃいけないんだからな」


 そう独り言と言うにははっきりとし過ぎる言葉を言い終わるや、その翼を打ち鳴らし空を飛ぶ。

 音の壁を初速からブチ破って飛行すること暫し。彼は丁度良さげな山を視界に納めると着地した。

 そして、その山の中腹辺りへ力み過ぎないように注意しつつブレスを放射。己の巨躯がすっぽりと収まる即席の寝床を拵えて身を丸める。


「世界運営、か。数々の神話を参考にすれば、なんとかなるだろう。起きたら、がんばろう……」


 そんな楽観視が過ぎる言葉を最後に、彼は瞳を閉じて寝息を立て始めたのだった。


 彼が竜へと至るに当たって提示された、最後の条件。

 生まれたばかりの世界を運営すること。

 ――結論を先に言うならば、彼がそれを為すことは無かった。

 けれど、彼は務めを果たしたとも言える。

 彼は夢を見る。

 彼の夢を観る

 彼は多くを識る。

 彼から多くを知る。

 無垢な世界は、彼によって色を持ちカタチを調える。


 

 ――そして。




 ◆◇◆

 


 

 アミノナス大陸西部、アヴァロン王国。

 果ての海を背後に、左右に草原地帯と寂の森林を擁するその国は今、夜の闇を昼間のように染め上げるほどの炎と、煙る程の血の赤に溢れていた。


 帝国軍の強襲が行われた。

 国民の手引きがあった。


 未だ齢十四を迎えたばかりの幼い姫君――ローザに知らされたのはそれだけだった。

 両親――王陛下と王妃は言う。お前は早く逃げなさい。

 年の離れた兄達は戦場に、姉達は別のルートで既に逃げた後。

 ローザの護衛にはロイヤル・ナイツ第六席グリフレット卿と麾下の騎士たち四人が付いた。何が起きたのかを未だ正しく理解できていないローザを抱えるようにして、数有る緊急避難経路の一つである地下水路から脱出を試みる。


 騎士四人が四方を固め、中央のグリフレットがローザを抱き抱えて走る。

 そこかしこで火の手が上がり、あちらこちらから悲鳴が聞こえる。

 それでも騎士達は決して足を止めることなく脚を動かす。その胸中は如何ばかりか。

 やっと状況を理解した、理解せざるを得なかったローザは涙を流しはするものの喚くようなことはせず、ただ顔を俯けていた。


 グリフレットはその気丈さに忸怩たるものを感じながらも、今はただ姫殿下を安全な場所まで逃がさねばならぬと、歯を食い縛って脚を駈る。

 後少しで地下水路の出口だというところで、しかし騎士達は脚を止めざるを得なくなってしまった。

 複雑に分岐する地下水路の、緊急避難経路としての出口は巧妙に隠されておりそうと知らなければ見つけることは難しい。

 だと言うのに出口には煌々と灯りが点っていた。語るまでもない。

 敵だ。

 引き返すことは出来ない。この出口が敵に知れている以上、挟撃される可能性は拭いきれないのだから。そうなれば姫殿下を逃がすことが出来なくなってしまう。

 敵の数はわからない。それでも、グリフレットと騎士たちは敵を打ち破り強硬突破する覚悟を決めた。



 ローザの手を引いて競歩よりもやや早い程度の速度でグリフレットは脚を動かす。

 三十余人程の帝国兵を打ち破ったものの、その代償は余りに大きかった。麾下の騎士四人は既に亡く、グリフレット本人も左腕を失い、全身を夥しい血で濡らしている。

 血が止まらない。体温が引いていく。もはや気力だけで動いているような状態だ。それでもグリフレットに立ち止まるという選択肢は無い。

 王命を果たす。姫殿下に無事お逃げいただく。

 もはやお守り続けることは叶わないだろう。それでも、森の奥深くまで行けばきっと……。

 だがその思いが叶うことはない。

 敵との戦い。負傷者と幼い少女の足の速さ。

 それらは後続の帝国兵が追い付くには十分に過ぎる要因だった。

 グリフレットはローザへ一人で逃げるように言うと、奇跡的に無事な右手に劍を持ち帝国兵の足止めをすべく最期の戦いに身を投じた。



 暗い森の中。張り裂けそうな胸に手を当てながら幼い少女がひた走る。

 人が死んだ。

 騎士たちが死に、グリフレット卿が死に、きっと父と母も、兄達も死んでしまったのだろう。

 次は自分が死ぬのだろうか。

 幼い少女の脳裏に暗い死の幻想がじわじわと侵していく。

 嫌だ! 死にたくない! 死にたくないっ!!

 目の前で一人、また一人と倒れていく騎士たちの姿に自分がダブる。

 国の中で大切に育てられたローザにとって今しがた直視してしまった死はあまりにも鮮烈に過ぎた。

 死の恐怖が拭えない。走っても走っても死の恐怖が追いかけてくる。

 城の中で大切に、大事に育てられた幼い姫の脚では十分に逃げられるはずがない。

 それを証明するように遂にローザは帝国兵に追い付かれてしまう。


「ご機嫌よう姫君! 末期の運動はもう十分でしょう? ご安心下さい。我々が直ぐに貴女様をご両親の、ご兄姉の下へとお送りしましょう!」

「嗚呼、可哀想な姫君よ! どこへ逃げても無駄なのです! 何せ我々を招いたのは他ならぬ王国民! 貴女が何処へ逃げようと、愚かな王国民は貴女を助けることは決してありえないのです!」


 帝国兵たちの声が近づいてくる。既に彼らはローザを視界に捉えている違いない。それなのに、追い立て詰るように絶望へと至る言葉を紡いでいく。


(嫌だ、イヤだ、いやだ! 死にたくない死にたくない! わたくしはまだ、死にたくないっ! 

 嗚呼、誰でも良い。何でも良い。助けてください。どうかお願いします、助けて――)


 足が縺れ倒れ伏す。一度止まった脚はもう動かない。

 それでも死にたくないと必死に願うローザへ応えるように。


「な、なんだ――!?」


 突如。なんの前触れもなく唐突に中空に光が集まり、見上げるほどに巨大な魔方陣が描かれた。

 見たことが無いほど巨大な魔方陣が、理解不能で複雑精緻な紋を刻む。

 そして、極光が夜を灼く。

 咄嗟に目を瞑ったローザが恐る恐る目を開くと、そこには何時の間にか先ほどの魔方陣よりも巨大な壁がそそり立っていた。


「あ、ああっ――!」

「ば、バケモノ!!」


 つい先ほどまで口々に下卑た台詞を吐いていた帝国兵が弱々しく、何より恐怖に彩られた声を上げている。

 疑問に思ったのと同時、壁が動いた。

 そして。

 空から大小様々な岩が降り注ぎ、帝国兵たちを残らず押し潰していく。

 訳がわからず空を見上げたローザの目に映ったソレは。


 ――夜の闇よりもなお黒い体色。星よりも強く煌めく金色の瞳。

 それはお伽噺に出てくるどんな存在よりも恐ろしく、何より力強く神々しい。


 ローザの目にソレは光明として映った。

 死の恐怖など既に無い。

 だって、ほら――。

 こうして神様が居るのだから。

 なんの確証も無く根拠も無くローザは確信する。

 雄々しく神々しいこの存在が、わたくしを救ってくれたのだ――!



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