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変態の放課後

 同日夕方。


「終わったぁ~」


 昼休憩を挟み、午後から行われたミルクァス教官による水系魔術の授業も無事終えたところで、エリックがこの言葉とともに机の上で撃沈した。


「……お前、そんなんでこれから大丈夫かよ?」

「ああ……」


 いまにも死にそうな声である。本当に大丈夫なのだろうか……。

 あれから午後の授業でも、エリックはエレカに付き添われて指導を受けていた。その指導は横目で見ていた俺でも分かるほどハードなもので、エレカはエレカで喜々として教えているのだからこれまたタチが悪い。

 しかしそれを見ている限り、やはりエレカはこの学院に来る前から魔術に随分と詳しいようだ。

まあ、そうでもなけりゃ試験であんなこと出来ないよな……。


「あれ……そういや、彼女は?」


 突っ伏していたエリックが顔を上げて周囲を見渡す。

 教室内は既に俺とエリック以外人はおらず、森閑としていた。


「エレカか? 何か用事があるとか言って教室出てったぞ」

「あちゃー、聞きたいことあったんだけど。

 ま、明日も会えるんだしいっか」


 何だ、今日でエレカの魔術指導に音を上げるかと思ったが、案外真面目なところもあるんだな。


 エリックは起き上がってグッと背中を伸ばすと、いそいそ帰りの支度を始めた。


 ……俺も帰るか。今日の夜夕飯は俺が作らなくちゃいけないしな。


「なあエリック。この辺で夕飯の材料を調達できるところ知らないか?」

「ん? それなら、昼飯食ったとこで売ってるぞ」

「食堂でか?」


 俺とエリックは午前と午後の間にあった昼休憩で、この教室がある第一学舎の隣の学舎、第二学舎の一階に存在する食堂に赴いていた。

 中は結構な生徒の数が訪れており、上級生や同じ一年生などがごっちゃになって賑わっていたのを思い出す。


 確か昼飯を食べた時は食材なんかどこにもなかった気がするが……。


「ああ。あそこの食堂、一日の授業が終わると食材の取り扱いもしてくれるんだ」


 なんと、そうだったのか。それなら今後夕飯を作ろうと思った時も是非活用させてもらおう。

 そういえば、ここの食堂って生徒ならタダなんだよな。

 それにしては一人が頼める量とかも決まってなかったりするし、太っ腹というか何というか。

 となると、食材とかもタダなんだろう。


「そうか、ありがとう。ちなみにエリックはこの後どうするんだ?」


 どうせ何もないなら一緒に帰ろうと言おうとしたところで、エリクが口を開いた。


「俺か? 俺はこの後パーティメンバーの奴らと集まりがあるけど」

「パーティメンバー?」


 パーティと言えば、入学試験の時以来の単語だが……。何故ここでそれが出てくるんだ?


「あれ、知らないのか? この学院の恒例行事として、合宿ってのがあってさ。

 その時に一緒に行動するパーティメンバーを皆それぞれ決めるんだよ」

「はあ? そんなのあるのかよ」


 聞いてないぞそんなの。

 教官だって誰一人としてそんなこと言ってなかったし……。


 すると、エrックは若干呆れたように軽く笑いながら言葉を重ねた。


「お前、冒険者になりたいってのに冒険者の知識全然ないもんなぁ。

 はは、自分の行く学院のことくらい調べておくもんだぜ?」

「うっ……。で、でもさ。そのパーティ決めってまだ始まったばかりだろ?

 ほら、授業だって今日からなんだし」

「まあな。合宿は多分来週くらいからだろうけど、もう周りはそれ知ってて動いてるから決めてると思うぜ。

 試験の時、複数戦だったろ? あれがそのままパーティとして行動することになるのがほとんどなんだよな。実際俺もそうだし。

 後は……」


 エリックは俺の耳に顔を近づけ、ぼそっと言う。


「実力があるのに一人でいる奴とかは、すぐに他のパーティに吸われる。

 だからあの彼女、もしパーティに入れるつもりなら早めに誘わないとダメだぜ?」

「…………っ!」


 つまり、俺はエレカをどのパーティよりも先につなぎ止めないと、ボッチってことになるのか……?

 い、嫌だ! 何で異世界に来てまでボッチにならなくちゃいけないんだ!


 エリックは驚愕する俺の耳元から顔を話すと、肩をポンと叩いた。


「ま、お前イケメンなんだしなんとかなるんじゃね? それじゃ、俺もう行かなきゃ」


 言って、支度を終えたカバンを右肩に担ぐ。

 その様子に俺は慌てて口を開く。


「え、ちょっと、それならお前のところに入れ……」


 ぼっちになるくらいなら、エリックのところに無理にでも入れてもらうぞ!

 しかし、


「ほいじゃーな。頑張れよー!」


 俺が全て言い終わる前に、エリックはこちらに手を振りながら教室の入口まで走っていってしまった。


「――是非入れてくださいってー!!」


 俺の必死な叫びも虚しく去っていくエリック。

 そして、一人取り残された教室で、俺はどうしようもない寂寥感に襲われるのだった。





 それからジェシカに渾身の手料理を振舞ったその日の夜。俺は一人、ある場所へと足を運んでいた。

 中央広場をまっすぐ抜けた先の、一際大きな建物。横幅は三百~四百メートルほどあるのではないだろうか。

 真っ白で清潔感を覚えさせる外観のそれは、この学院の教官が普段仕事場として使用する教官室や、俺が初日に訪れた様々な事務手続きを行う事務室、そして学院長室など、学院を運営するに当たって重要な部屋が入った本学舎だ。


 しかし内部の構造は単純で、部屋の種類もそんなに多くない。


 学院長室は当然一つとして。教官室はオズグリフやレイト、そしてミルクァスのような魔術を教える教官がいる部屋と、サラのような技術教官と呼ばれる特殊な教官がいる部屋とで二つに分かれていて、事務室は三つほどでしか分かれていない。


 なのに何故大きな建物である必要があるのかと言うと、それは、一つ一つの部屋が大きいためである。


 この学院には総勢百名近い教官が在籍しており、数だけで言えば一学年分の生徒総数と同じである。よって、教官室もそれに応じて大きくなった。

 事務室に至っては、この学院が王都ダウナートという騎士がいる都市に顕在しているため、色々と国からの要求が多く厄介だからだという。


 そして俺はいま、この建物の一番奥に堂々と待ち構える学院長室前に来ていた。


「ここか……学院長室」


 非常に大きな造りのドアを見上げる。すれば、木で出来た大仰なドアのプレートには、本来はこちらの文字で記されているはずが『学院長室』と感じで変換され書かれているのが見える。……うん、この変換機能、やっぱ便利だわ。


 さて、俺が何故こんなところにいるかって?

 ……そりゃあお前、あの理不尽な部屋割りをどうにかしてもらうために決まってるだろ。

 折角仲良くなり始めたジェシカさんとお別れするのは少し残念だが、クラスは違えど同じ学院にいる以上、これから全く会わないということもないだろう。


「……どうぞ」


 俺が数回ドアをノックすると、扉の奥からはっきりとした女性の声が耳に届いた。


 どうぞって……まるで誰かが来るってことが分かってたような口ぶりだな。まさか、扉の外にいるのが俺だって気付いてるのか?


「どうしたのですか? 早くお入りなさい、セツヤ君」

「……」


 再度聞こえる女性の声。

 やっぱりこの学院長只者じゃないな……。

 俺はそっと扉を開けると、窺うように中へと入った。


 部屋の中は縦長の長方形になっており、部屋の最奥と入口の間にはレッドカーペットが敷かれている。

 左右には価値のよくわからない食器やら骨董品が飾られた棚が設置されており、壁には美術品かと思われる絵画が敷き詰められている。


 おいおい、こんな豪勢なところだったのかよ……


「アポ無しで来たのは悪いと思ってる」

「ふふ、構いませんよ」


 奥の机に座る背の小さな女性――王都立ケルティック学院長、ケリス・シュトロールは、微笑みながらこちらを見ている。

 その姿は背後の窓に浮かぶ満月と夜空に相まって、どこか妖艶な雰囲気を醸し出していた。

 ケリスは俺が来たことに別段驚いている様子もなかったし、その目が俺に用件を言うことを促していたような気がしたので、早速単刀直入に言うことにした。


「ここに来たのは、俺の部屋割りについて言いたいことが……」

「――それでしたら、変更は受け付けませんよ」


 話を切り出すと、俺が全て喋り切る前にケリスが割って入った。

 まるで、俺がそのセリフを発することが分かっていたかのように。


「……は?」


 あっさりと、まるで水が流れていっただけというように、俺の文句を受け流してみせた。


 え?

 いやいや、変更を受け付けないって、そりゃおかしいでしょ。


「あの部屋割りになったのは、あなたが犯した私に対する失態が原因です。反省してください」

「し、失態?」

「……もしや、覚えていないとでも?」


 ケリスから、身も凍るような視線を浴びせられる。

 まるで、彼女の蒼い瞳から極低温の冷気が発せられているようだ……。


 い、いやしかし、俺がここでくじけてはいけない。


「覚えてるも何も、俺は失態なんて…………はっ」


 そう俺が反論しようと言いかけた、その時。

 ……思い出した。俺が犯した失態を。

 試験開始の直前、初見の彼女に対して俺が抱いた感想を。


 い、いやいやしかし待て落ち着け、それはおかしいぞ? 俺はあの時の言葉を一音たりとも口に出していないはずだ!


「俺はあの時の言葉、声に出してなんて……!」


 するとケリスは、先ほどと何ら変わらないトーンでこう言った。


「――私はまだ、その失態が"言葉"とは一言も言っていないはずですが?」

「……」


 瞬間、血の気が引いていく感覚。体から熱という熱が、全て床に落ちていくように。


 や、やらかしたあああああ!

 焦りで完全に墓穴掘ったあああああ!

 やばい、これは完全にやばい! 間違いなくあの学院長は怒っている!

 獣のように猛け狂い、或いは氷河期のように凍えた冷たい心で、この俺を抹殺しようとやってくる!

 コンプレックスを指摘された女性は、何をしでかすか分かったもんじゃないんだ……!


 しかし怯える俺に対し、ケリスは微笑みながら言った。


「……覚えているのなら構いません。

 既にあの言葉の罰として、あなたにはジェシカさんとルームメイトになってもらっているんですから」

「は……?」


 くすくすと微笑みながら、しかしそれでいてその目は決して笑っていないケリス。

 それはまるで、獲物を捉えた時の蛇のように。

 しかし、予想外の言葉を投げかけられたおかげで冷静になれた俺は、落ち着いた思考で考える。


 い……いやいやいやいや! それでこんな社会と世の男性に抹殺されそうな仕打ちに遭うのはなんか違うだろ!? それに……


「お、俺はともかくとして、ジェシカを巻き込むのはおかしいだろ!?」


 そうだ、俺の失態でジェシカを巻き込むのは甚だおかしい! きっと彼女だってこんな変態な男と同室で多大な迷惑を感じてっ……


「あの部屋は二人部屋ですが、人数の関係上彼女だけがあの部屋に住むことになっていました。

 彼女に無理を言ってしまったのは確かですが、既に今日の昼間、許可も得ています。

 なので、問題はありません」

「なぁっ……!?」


 ケリスは最初から何ら変わらない表情で、そして同じトーンで言ってみせた。

 その言葉に、俺の顔に驚愕が走る。


 ジェシカから既に許可を得ている……だとっ……!?


 そして、


「――諦めてください」


 にっこりと微笑みながら言うケリス。しかしてその目は決して笑っていない。見た者を凍りつかせるような冷徹な表情が、彼女の目の色から分かる。

 何も言わせないと、その表情が俺に訴えてきていた。


 で、でもここはまがりなりにも"学院"だろ? 公序良俗的なものは大丈夫なのかよ……


「それはそうと」


 と、ケリスが思い出したかのように唐突な話題転換をしてきた。


 おいおい、俺の話はまだ……と喉まで出かかったところで、口に出すのをやめた。これ以上言ってもまたあの目で強制的に伏せられるだけに感じる。


「既にご存知かとは思いますが、来週から合宿が予定されています」


 合宿……か。エリックから聞いたやつだな。

 俺は既に知っていることを首肯して示した。


「そこで一緒に動くことになるパーティはもうお決まりでしょうか?」

「いや、それはまだだが……」

「それなら、早めに確保しておいた方がいいですよ。

 パーティ登録の期限は今週末までなので。

 尤も、既にほとんどの生徒は決めているでしょうから難しいとは思いますが……」


 エリックもそんなこと言ってたな……だがそれだけ、いま揃っていないということが問題なのだろう。

 まずは明日にでもエレカに聞いてみるか。


 などと考えていると、


「試験の時に君の相方をしていた少女、中々見所がありますよ」


 不敵に笑ったケリスがそう言った。

 ……本当に心の中を覗かれてるみたいで気持ち悪いんですけど。


「そ……そうだな、まずはあいつに聞いてみるとする」

「ええ、それが無難かと。

 ちなみに合宿参加の際のパーティは三人以上でお願いしますね」

「分かった」


 ということは、エレカが加わったとしてあと一人集める必要があるってことか。


「あまりにも見つからないようでしたらご相談ください、あなたは入学試験成績優秀者の一人なのですから、多少の手配はしますよ」


 ……こいつの手を借りるとか、またどんな変なことを提案されるか分かったもんじゃないな。

 ケリスの言葉を背中に受けながら、俺は学院長室を出た。

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