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変態の遅すぎた起床

 まどろみの中に微かな声が響く。

 それはとても聞き覚えがあって、いや聞き覚えがあるなんてものじゃなく、聞いていて心地の良い女の子の声。

 でもどこか焦っているようでもある。なぜ焦っているんだろう? そう考えると同時に、意識がずばっと覚醒する。


「――ヤくん! ――セツヤくんっ!!」

「……はっ!」


 飛び跳ねんばかりの動作で上体をたたき起こしてからまず見えたのは、医薬品や医療器具を整然と並べた大きな棚。

 次いで鼻をつく病院のような臭いが、ここをどこかの医療機関であると気付かせた。

 そして最後に、俺の横で今にも泣き出しそうな表情でこちらを見上げていたジェシカが目に入る。

 俺がいたのはケルティック学院内の医務室のようだった。


「よかった……目を覚ました……」


 傍らで目尻に雫を浮かべる少女は、その小さな手でそれを拭った。

 濡れたように淡く火照る頬は俺を変な気持へと誘う。


「ん、ああ……ジェシカ、どうして俺はここに……」


 しかしそんな誘いは僅かに残った自制心が、いつもの俺らしくなくせき止めた。

 横で涙を浮かべ顔を綻ばせていたジェシカは俺の言葉に小首をかしげる。


「覚えて……ないの?」

「ああ……」


 怪訝そうな顔のジェシカに、本当によくわからない俺はこくりと頷いた。

 ジェシカによれば、俺は中央広場の人気のない隅っこに、一人で倒れていたそうだ。倒れていた時刻は、昼休みがもう終わるかという頃合だったという。それを偶然見つけたジェシカはすぐさま医務室の担当教員であるベアトリクスに応援を頼み、一も二もなく俺を医務室へと運んだのだそうだ。

 確かに中央広場へ赴いた記憶はあった。だが、人気のない場所に行ったという記憶がない。

 まるでそこだけドーナツの穴のように抜け落ちてしまったかのように。

 そして同じくして、なぜ中央広場へ赴いたのか、その理由すらも落としてきてしまっているようだった。


「セツヤ、ようやく目を覚ましたか」


 がらっ、と医務室の扉を開けて姿を現したのは、どうしてか呆れ顔半分心配顔半分のエレカだった。


「エ、エレカ? どうしてここに」

「どうして、じゃないだろう。……イルムス教官が、午後の授業の資料をあとで教官室まで取りに来るように、とのことだ」

「……あ」


 外は既にオレンジが濃ゆい青に変化する夕方過ぎ。俺が倒れていたらしい中央広場は授業終わりの開放感に包まれた生徒たちが闊歩している。

 つまり俺は、午後の授業をすっぽかしていたということだった。


「私が何とかそれらしい理由を付けておいた、小言を言われるようなことはないだろう」

「そ、そうだったか。悪いな」

「それにしても、一体どうしたんだ、セツヤ」

「えっと……」


 今さきほど話に聞いただけで何かを覚えているわけではない俺は、助けを求めるようにジェシカに顔を向けてしまった。

 すると「私から説明するね」と俺の考えを汲み取り、エレカに説明してくれた。

 その間、俺はふと考える。

 俺がこうして医務室で午後の授業をすっぽかしたということは、倒れた俺をここへ運びずっとそばにいてくれたと思しきジェシカも、自らのクラスに割り当てられた授業をすっぽかしたということになるのだろうか。

 そう考えると、とても申し訳ないことをしたと今すぐにでも謝りたい衝動に駆られた。

 だがそんなことを考えあぐねているうち、ジェシカはエレカに対しての説明を終えたようだった。


「そんなことがあったのか」


 エレカは俺を再度見やる。しかし当の俺が何も覚えていないということもジェシカから聞いた彼女は、それ以上何も聞くことはなかった。


「ベアトリクス教官は今日はもう医務室に戻ってこないんだって。私たちは帰らなくちゃいけないけど……セツヤくんはとりあえず今晩安静にするように、ってベアトリクス教官が言ってたよ」

「……え」


 今日の夜、ずっとここで? 一人?


「倒れていた原因が分からないのであれば、その判断は正しいな」


 おい、お前一回同じようなこと言われた時、びっくりするくらいのわがままで医務室から飛び出しただろうが。

 待て待て、俺は毎晩ジェシカとあの寮で共に同じものを口にすることが日課だったんだぞ!

 それがこんなわけのわからないことで無しになってたまるか。


「いや、俺は寮に戻るよ。もう見ての通りピンピンしてるし」

「え、でも……」


 ジェシカは困惑気だ。真面目な彼女はベアトリクス教官にこのことがバレてしまうのを危惧しているのだろう。だが、それは大丈夫。その時は俺が全ての罪を背負おう。


「……ジェシカ。ひとつ提案なんだが」

「エレカちゃん?」


 声を上げたのは、さきほど自分を棚に上げたエレカだった。

 ジェシカの耳元に口を近づけ、何かを囁く。一体何を話しているのか、俺には全く聞こえなかった。

 そして話を聞き終えたジェシカは、う~ん、と未だ迷い顔ながら呟く。


「確かに()()()のことは考えてなかったけど……」

「どうだ、いい案じゃないか? ちょうど今日のメニューは滋養があるものだ」


 味見? 滋養? エレカがいる傍で聞こえてはいけないような単語が飛び交った気がするが、次第ジェシカは納得したように頷いた。


「……分かった。ただし、間違っても失敗しないように。何せセツヤくんは調子が悪いんだから」

「???」


 俺が頭の上に三つほどハテナマークを浮かべているうちに、どうやら俺が寮に戻る承諾がジェシカから出たようだった。

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