変態と編入生の模擬戦見学
「――――すごいっ!」
訓練場内に男の子の声が広がった。観客席から立ち上がり、歓喜の表情で俺たちを見下ろすラグナは惜しみない拍手を贈ってきている。
「ふぅ……。どうやら、喜んでくれたみたいだ」
額に汗を浮かばせてトリスがいった。
ケリスの提案で編入生のラグナに俺たちとトリスたちの模擬戦を見せていた。
それはサラの「そこまで!」という鋭い声とともに今しがた終わりを迎え、戦っていた俺たち全員は息を乱している。
と、いうのに、トリスの顔を見てもあまり汗を掻いているようには思えなかった。
後輩に見せるための模擬戦とはいえお世辞にもゆるい戦闘ではなかったはずなのに、彼の肩は俺と違って大きく上下に揺れていたりなどしない。
「本当にすごかったですっ! やっぱり入試優秀者のみなさんはレベルが高いんですね!」
観客席から駆け下りてきたラグナが興奮したように言う。
そのあまりの勢いに若干押される気がしないでもないが、彼の瞳を見るに純粋な心の声なのだろう。そう考えると、なぜだかいいことをした後のような気になった。
「ふふん、そうでしょう? ちなみに私はこの三人の合宿を個人的に担当したのよ」
俺・エレカ・アレンを指差して胸を張るサラ。相変わらず自慢したがり屋である。
「そうなんですか? さすが『雷帝の」
「ちょっ、ちょっ、ストップ!」
血相を変えたサラの必死なせきとめに、ラグナは口を塞がれる。塞がれたあとの顔には『何するんですか!』の文字がおおきく書かれていた。
それからサラはラグナの耳に口を寄せ何かを吹き込んだ。ラグナは何を吹き込まれたか知らないが、とりあえずしぶしぶといった感じでおとなしくなった。
「サラ教官。それで、俺たちの仕事はこれで終わりなんですか?」
ころあいを見計らったのか、トリスがいう。
「……まったくだ。クリスメイス教官、騒がしいのは外でやってください」
トリスに続くようにしてまあまあ冷たい言葉を投げたのは、メガネをかけているトリスのパーティメンバー、オダルパーフェイドだ。
相変わらず神経質そうなところは隠すつもりもなさそうに顔に出ている。
「そ、そんなに言わなくても……うう、分かったわよ、分かりました! 今日のあなたたちの仕事はこれで終わりです、お疲れ様でした!」
半ばやけになってむきーっと言うサラが少し可愛いと思ってしまった自分を恥じたい。
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「……あれが、"やつら"に力を貸しているっていう上級生か」
陽が完全に落ちたころ、学院内中央広場にて。
ベンチに腰をかけている少年の姿があった。
少年は幼いながらにも、周りとの上下関係や交友関係などを把握するのが得意だった。
ケルティック学院に来るまえも、故郷である都市で大人たちや子供同士の関係を要領よく把握し、うまいことやってのけていた。
だから、やることはあの時と変わらない。
標的だって変わらない。
少年の"一位の座"は故郷にいたある少年によって奪い取られた。
それまで誰もかなわないくらいだったのに。
少年は、そのある少年を追い詰めた。特技の人間関係把握の能力をたくみにつかって、バレないように。
でも、精神的にも、物理的にも追い詰められたある少年はどうしたか。
彼の唯一の味方だった"ある少女"を必死に守った。
ある少年をおびき出すために連れ去ったある少女の身を、一番に考えた。
それが、少年にはひどく憎たらしく思えた。
自分が一番身の危険に晒されているというのに、目の前のある少年は、病を患った力のないある少女をまるで自分の体のように考えている。
薄っぺらい友情、愛だ。
少年は顔を歪ませる。そんな欺瞞に満ちた感情なんて消えてなくなればいい。
人々は上から塗ったような感情を前に押し出して、人目につかないところでその塗装を剥がして内なる感情を吐き出す。
少年は時々、自分の能力を憎んだ。でも、それによって得られる快感の方が強かった。
自分と同い年くらいの子供や、おおきな権力を持っているはずの大人たちが、みな少年の思ったように動き回る。
人という存在は、こうも人に頼っているのか。
少年は、そうして踊る人間たちを見ているのが、たまらなく滑稽で愉快だった。
だからこそ、少年の思いに反しようとしていたある少年が気に食わなかった。
ある少女を見捨て、自らを少年に差し出せばどちらにもメリットが働く条件なはずなのに。
そのことを、目の前のある少年だって気付いているはずなのに。
やろうと思えば、少年を圧倒することだって可能なのに。
少年が人質にとったある少女に手を出そうとしたとき、ある少年は目の色を変えた。
しかしある少年は、"手加減"をした。
完全に叩きのめすことはなかった。
少年は舐められたのだ。
「ラント・アルグリス……」
少年は憎き相手の名を呼ぶ。
今度はしくじらない。
いまでは、やつを凌ぐほどのちからを手に入れた。
奪われた"都市一位の座"を、復讐とともに奪い返す時が来た。




