変態の考え
「ジェシカ!」
食堂を出て行く彼女の背を負いながら、俺は名前を叫んだ。
「セツヤくん……別に私一人でも、」
「いいや、俺も行く」
俺はジェシカの言葉を途中で遮った。あまりにも彼女が思いつめた表情をしていたから。いたたまれなくなって、言葉をすべて聞きたくなくなったのだ。
「で、でも……」
「――ジェシカ。どうしてそんな顔をするんだ?」
「っ!」
ジェシカは俺の言葉に驚きで目を見開く。まさか、自分がそこまで心配されるような顔をしていると思っていなかったのだろう。
やはり、彼女にはラントとミルに感情移入する"何か"がある。それはおそらく、俺たちと出会ってから生まれたものじゃなくて、出会う前……ジェシカの故郷の中で生まれた"何か"であるのだろう。
それから「セツヤくんになら、いいかな」とぼそりと呟いて、
「……私ね、ここに来る前までは、故郷で孤児院のお手伝いをさせてもらっていたの」
そう言って、ジェシカは話を始めた。
「孤児院?」
「うん。いろんな理由で両親をなくしちゃって、身寄りのない小さな子供たちを保護する施設。私はそこの院長さんに昔から良くしてもらっていたから、恩返しにと思ってお手伝いをさせてもらっていたの」
「へぇ、そんなことが」
こうして、ジェシカから彼女の故郷について話を聞くのはもしかしたら初めてかも知れない。いつも一緒に部屋にいるときはこういった話をしたこともないし、する流れになったこともない。……だからまあ、俺が別の世界からやってきたということも伝えていないのだけれど。
「でね、その孤児院に、ちょうどラントくんとミルちゃんと同い年で、幼馴染だって子たちがいたの。その子たちは私によく懐いてくれてて、私が孤児院に行くといつも一番に迎えてくれたんだ」
ジェシカの表情は昔を懐かしむように、柔和で優しげな笑みに包まれていた。
しかし、
「……でも、ある日、孤児院が何者かに放火されたの。ちょうどその時は夜中で、孤児院のみんなや院長さんは寝ていたから、放火されてもしばらくは気付かなかった。それに孤児院は街から少し離れた所にあったから、街の人たちも気付かなくて。……だから、院長さんが異変に気付いて目を覚ました時にはもう、孤児院は足を踏み入れることもできないくらいに燃えてたの」
「……っ」
ジェシカは辛そうな顔をしながら自分の過去を話す。予想以上に、重い話だ。現場を見ていなくて、聞いているだけの俺でさえも胸が苦しくなる。
「それでも、院長さんの迅速な判断と誘導、それから異変に気づいた街の人たちのおかげでなんとか建物の中から抜け出すことは出来た。……」
「……ジェシカ?」
急に、ジェシカは黙りこくってしまった。でも、何かをこらえるように、こぼしてしまわないように、ぐっと顔を上げて、言う。
「助かったのは院長さんと子供たちを含めた二十九人。……孤児院にいた元の人数は、三十一人」
「まさか……」
俺がひとつの答えにたどり着くと同時に、ジェシカもまた、頷いた。
ここまで聞けば、誰だってわかってしまうかもしれない。ジェシカがラントとミルに感情を傾けてしまう理由も。すべて。
「助からなかったのは、私に一番懐いてくれてた幼馴染の子たち二人。院長さんの誘導で逃げる途中に、女の子のほうが足をくじいちゃって。それを助けようとした男の子が孤児院の中に戻って行って……」
ジェシカはその時のことを思い出しているのだろう、大きな二つの瞳に膜を張った。ぽつりぽつりと、雫が頬を伝う。
「あの時、私が傍にいてあげられたら、二人を助け出せたかもしれない。私の治癒魔術で、くじいた足を治せたかもしれない。でも私は……孤児院でそんな大変なことが起こっているのに……家で……」
ジェシカの嗚咽する声が聞こえる。俺は何も返せない。返したくても、言葉が出てこない。
ジェシカは、孤児院で失った二人と、ラントとミルを重ねてしまっているのだ。
逆らえなかったのだ。過去に起きた出来事が大きすぎて、たとえ重ねてしまうことが二人を否定することになってしまっても。
だからせめてもの償いとして、ラントとミルに力を貸したい。力になりたい。そういうことだろう。
ジェシカ本人の口から聞いたわけではないけれど、今の彼女の心くらいは読むことができる気がして。
俺は、スッと腕を伸ばした。
「セツヤ……くん……」
ジェシカの瞳から、ひときわ大きな雫が落ちた。俺を見上げるその顔はまるで子供みたいで、ともすればラントやミルよりも子供っぽく見えてしまった。
「偉そうに言えるクチじゃないけど……」
そう前置きしてから、俺は言う。
「ジェシカがそうやって罪悪感に囚われるのは、その子たちも本心じゃないと思うんだ」
「罪悪……感……」
ジェシカは俺の言葉の一部を反芻する。
「やっぱり、人と人とを重ねるのはよくない。だってそれは、お互いを否定してしまうってことだから。……って、俺は思う」
「そ、それは……」
ジェシカの表情が歪む。
やはり分かっていたのだ。孤児院の幼馴染と、ラントとミルを重ねてしまうことがよくないことだと。
でも、ここで叱りつけるほど俺は自分が人間として出来ていると思っていないし、未熟であることも認めている。
だから、せめて力を貸そうと思う。
「もしジェシカがそれを分かった上で、なお、ラントとミルの力になりたいって言うなら……俺も付き合う」
どう? と視線だけで問いてみる。ジェシカは泣きはらした顔で少し考えると……結論を出した。
「……やっぱり私は、ラントくんとミルちゃんの力になりたい。二人をほうっておけないから。あのままだと多分……二人は、必ずどこかで別れちゃう」
「それでこそ、俺たちの仲間だ」
ジェシカの答えを聞いたあと、俺はニッと笑ってみせた。
やっぱり彼女は強い。そして底なしに優しいんだ。それを、改めて感じた。
エレカや他の人たちとは全くベクトルの違う強さを、ジェシカは備えている。




