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変態のクラスメイト

 午前九時。ケルティック学院中央広場の右端に位置する、第一学舎にて。


「皆さん、まずはご入学おめでとうございます!」


 教室の中には段々畑のように敷き詰められた横長の机がいくつも並び、それを一列ずつ中央から埋めるようにして生徒たちが座っている。

 そう。俺を含む入学したての一年生の半分が集うこの教室で、入学後初の授業が行われようとしていた。


「本学院は今年で創立二十年を迎え……」


 いま前方の壇上で話しているのは、紺色の生地に肩から白いラインが入った修道着姿のオズグリフ・レトローチカ教官だ。この一年(オー)(オズグリフのオー)組の担任教官である。

 彼女はどうやらこの辺一帯で有名なシスターであると同時に、大変な美人であることから男性からの人気が非常に高いようだ。しかしその人気は男性だけに留まらず、面倒見がいいという性格から女性にさえ言い寄られることもしばしば……。

 ただ、彼女の胸部には、目を疑うほど豊満な"アレ"が付いている。そのせいで、一部の貧にゅ……失礼、小柄な胸を持つ女性には嫉妬の目で見られるそうだ。


「教官ー。その話なら入学試験の時に学院長から聞きましたって」


 前方の席に座っていた、水色の長い髪が特徴的な女生徒が軽めのノリで声を上げる。それに釣られるようにその女生徒の周囲からもちらほら笑い声が上がった。


 確かにこの学院の創立云々は試験の時に学院長が言っていたしな。二番煎じというものだろう。


「あ、あら、そうでしたね」

「早く治癒魔術の授業してくださいよー」


 オズグリフ教官はシスターとして有名だが、その理由として、とても優秀な治癒魔術の使い手であることが挙げられる。

 治癒魔術は教会に修道するシスターが最初に覚える初歩的な魔術で、その名の通り病気を治して傷を癒すことができる魔術である。

 教会にいる司教や大司教などのレベルにまで達すると、それよりもワンランクツーランク上のことを出来たりもするらしいが……実際に見たりしたわけじゃないので真実かどうかは定かではない。

 ちなみにこの治癒魔術のことは、ここに来る途中でジェシカから聞いたことである。


「――おいお前、少しばかり気が緩み過ぎなのではないか?」

「え……」


 と、低めの女性の声が突如教室に響いた。

 オズグリフに授業を早くするようにと促した女生徒は声を聞いて固まる。

 同時に教室の空気も固まり、張り付いた緊張感のようなものが室内を支配していく。


(うわちゃー……何やってんだあいつ)


 女生徒に指摘をした女生徒――エレカは、女生徒の数席後ろに当たる自席から立ち上がり、この場の空気をものともせずさらに言葉を重ねた。


「オズグリフ教官は私たちの入学を祝ってくれているだけなのだぞ? どこにそんな急かすような要素がある。

 それに、教官だって何時間も話される気はないだろう」

「な、なによあんた。いきなりしゃしゃり出てきて…………あっ」


 全く、何をやっているんだあいつは。

 まあ確かに、エレカの言っていることが間違っているわけでもなければ、女生徒の授業を早くしたいから一度聞いた話はやめてくれという気持ちもわかる。

 しかしなぁ……


「あんた、もしかして入学試験の時の……!」

「入学試験がどうした?」

「……っ!」


 女生徒は強くエレカを睨みつけた。その目には憎悪という感情のみが映し出されているような気がして、俺は一瞬悪寒を感じた。

 しかしそんな憎しみに溢れた目をしていた女生徒だが、その目をしたのは実際一瞬で、次の瞬間には何やら不気味な笑みを浮かべながらこう言った。


「ふふ……まあいいわ、今回はあなたの"強さ"に免じて許してあげる」

「そうか、引き下がってくれるならこれ以上無駄な言い争いをしなくて済む。ありがとう」


 女生徒は妙に引っかかる言い方をして、何故かニヤニヤしている。ついでにさっき一緒に笑っていた女生徒たちも三人ほどニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。

 しかしエレカは、それを特に気にした様子もなく席に座った。


(こりゃ……あいつも大変そうだ)


 とここで、凍り付いた教室の空気を溶かそうとオズグリフが提案した。


「……そうだ、みんなで自己紹介をしませんか?

 せめてまずはクラスメイトのことくらいは知っておかなければなりませんし!」


 手のひらを胸の前で合わせ、つとめて明るく言うオズグリフ。担任教官として一刻も早くこの空気感を何とかしたいのだろう。


 しかし自己紹介か。確かにこの凍り付いた空気を溶かすには何か話題が必要だからな。

 何を言ったものか……。


 そしてオズグリフは、教室の中で一番手前に座っていた人物を指名した。


「それじゃあ順番に……君からお願いできますか?」


 言われて立ち上がる男生徒。その少し灰掛かった白髪が彼の大人しい雰囲気の中で存在感を増幅させているようにも見える。

 すぐに、男生徒の席である教室の一番右奥に視線が集中する。


 ……よく考えたらこの教室五十人位いるんだよな。そんな数の人間に見られたらさすがに緊張するな……。


 しかしトップバッターの男生徒は怯んだ様子もなく、非常に落ち着いたトーンで自己紹介を始めた。


「アレン・コンカーシュです。イザキリア村出身で寮に住んでいます。

 趣味は読書とか……後は武器の手入れとかかな。ちなみに得物はダガーです。よろしく」


 短い自己紹介ではあったが、最初にしては十分すぎるほどではないだろうか。

 終わってからすぐ、教室内に拍手が鳴り響いた。


 ……何か暗そうなやつだなー。顔は優男って感じだけど、いま言ってた趣味からしても明らかインドアだよね、あいつ。まあ俺も人のこと言えないけどさ。


「ありがとう、アレン君。それじゃあ次はあなた」


 そうして次々と生徒の自己紹介が順番に続いていく。俺の席はかなり後ろの方なので番が来るのはしばらく後だろう。


 しかしこの席、アニメとかでよく主人公が配置されやすい席だよな。他は窓際とかか。この教室の窓はかなり上の方にあるから窓際も何もないけど。

 それにここは大学の講義室みたいに段々畑みたいになっている。ほとんど最後尾の俺の席からは生徒と教室全体が一望できるってわけだ。わはは、何だかこの教室を支配した気分になれるというものよのぉ……。


 俺がそんなしょうもない支配欲に浸っていると、ちょんちょんと腕をつつかれた。


「おい、さっきすげーこと言ってたあの金髪の子、お前の知り合いか?」

「ん?」


 そう言って耳打ちしてきたのは、俺の左隣の席に座る男生徒だ。

 明るめな茶色の髪が乱雑に切り揃えられ、頬にあるソバカスが特徴的である。


「だから。さっきの金髪の子、お前の知り合いかって」

「金髪……? ああ、エレカのことか?」

「エレカって……名前呼び!? もしかして、彼女とか?」

「は? 全然そんなんじゃないけど」

「んだよ、つまんねーなー」


 何なんだこいつは。いきなり慣れ慣れしすぎるぞ。まだお互い名前も知らないってのに……

 それに、何で俺とエレカが知り合いだって勘付いたんだ?


 するとソバカスの男生徒は思い出したように言った。


「ああ、そういや自己紹介がまだだったな。俺はエリック・フレイバー。よろしく」

「え? あ、ああ、俺はセツヤだ。よろしく……」


 ――って、釣られて自己紹介してしまった。この後やるってのに。

 エレカとは少々ベクトルが異なるが、どっちにしろペースを乱してきやがるな……。


 そしてエリックは、俺の顔をまじまじと見て意外そうに呟いた。


「お前、見た目の割には乱暴な言葉使いなのな。

 もうちょっと丁寧な言葉使いかと思ったんだが」

「なんじゃそりゃ」

「だってお前、女子によく言われるだろ。『カワイイ』って」


 言われて思い出す。そうだった、いまの俺は『チートレベルのイケメン』だった。それもカワイイ方の部類に入るヤツ。恩恵が未だ最初だけだったからすっかり忘れてたぜ。

 まあここは気取ったりせず、下手に出るとするか。


「言われたことないな」

「えー、嘘つくなよなー」


 と笑いながら肩をバンバンと叩いてくるエリック。ちょっと痛いんだけど。

 ……それにしてもこの男、随分と距離の詰め方が強引だな。まだ俺とお前が互いの存在を確認し合ってから五分も経ってないぞ。


「んで、結局どうなんだよ」

「何が」

「さっきの子」

「その話まだ続いてたのかよ」


 エリックの視線が教えろとうるさいので少し考えてみることにした。


 エレカとの関係か……

 街で偶然声をかけて、そのまま成り行きで学院まで案内されて、なんやかんやで一緒にパーティ組んで入学試験受けて……

 思い返せば俺たち、結構行き当たりばったりなことしてるんだな。


「……うーん、まあ、成り行きってヤツ?」

「はぁ? どういう意味だよそれ」

「ああ、ごめんごめん。

 でも、街で偶然声を掛けて、そのまま成り行きでここまで来た……としか言えないな」

「なんだそれ……ようはナンパみたいなもんじゃんか。

 あーあ、やっぱり顔がいい奴は何しても上手くいくんだろーなー」


 エリックは俺を妬ましそうな目で見る。いや、そんな目されても。

 そうこうしているうちに、俺の番が間近に迫っていた。


「では次……えっと、そこの黒髪の君!」


 生徒の名簿らしき資料を持ったオズグリフが、壇上から俺のいる方を指差す。

 一応周囲を確認してみるが、どうやら俺が指名されているようだ。

 ……そうか、黒髪って地味に俺しかいないのか。まあ日本じゃ黒髪が当たり前だったから、これはこれで新鮮だ。

 俺はすくっと立ち上がり、頭の中で用意していた自己紹介を始めた。


「えーっと、安城刹也です。アンジョウって言いにくいと思うからセツヤで構いません。

 趣味は……そうだな、趣味ってわけじゃないけど料理にはそれなりに自信があります。後、得物は……」


 そう言って腰をまさぐると、手に硬い金属製の物が当たった。

 女神から渡された、革よりも少し固めの素材で作られた茶色の鞘に入った柄の青い片手剣。意外と重量感もあって、少し持ってみたが俺の腕の力にちょうどしっくりとくる剣。

 ……そうか、それじゃあこれが当分俺の得物になるわけか。


「得物は剣です。よろしくお願いします」


 そう言って一応、頭を下げる。

 どうだ、最初の自己紹介にしちゃ自分では結構上手くいった方だと思うが……。


「ありがとう、座っていいですよ」


 その言葉と同時に、拍手が起こる。

 良かった。問題は無かったみたいだ。

 そして顔を上げると、俺に注がれるいくつもの視線に気が付いた。

 それは男と女どちらかのものではなく、どちらからも来るものだった。

 男からは冷たい嫉妬の目線、女からは憧れの男性を見るような恍惚な目線を頂戴している。


 ……ククク、羨ましいか? 男どもよ。

 すまんなぁ、俺は望んでこの顔に生まれ変われてしまったのだ……。


 まるでやられるフラグをビンビンに立たせた魔王のような表情で俺が席に座ると、横のエリックが笑いながら再び耳打ちしてきた。


「お前、随分と丁寧な自己紹介だったな? こうやって喋ってる時とは大違いだぜ。

 やっぱりあれか? これも女の子を落とす作戦の一つってやつか?」


 からかい混じりに聞いてくるエリック。

 俺は顔を元に戻してその発言を否定する。


「そんなわけないだろ。普通に自己紹介しただけだ」

「でもほら」


 そうエリックに顎で示されて見てみれば、俺が座った後もまだ恍惚の表情でこちらを見てくる女生徒がちらほら。


 げへへ。この学院でハーレムを作るのは近い未来のようだぜ……。


「……?」


 エリックはそんな俺を見て、首を傾げるばかりだった。

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