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変態と少年 再び

「……どういうことだ、サラ。説明してもらおうか?」


 二百人前後の一学年分の生徒全員が入りそうなほどの大きさを誇る巨大な施設。

 足元には人工的に入れた砂が敷かれ、周囲を円形に囲むのは階段式に並ぶ観客席。

 つまりここは、学院の中にある訓練場だった。


「説明もなにも、この場所に来て、この子が武装して、あなたたちがいて、そしてあたしがその間にいる……それだけで他に説明なんている?」


 俺たちはあれからサラに「面白い話がある」と言われた直後、何の説明もされずこの訓練場へと連れてこられた。

 サラの言う通り、ある程度は今後の展開は予想できる。

 まずこの訓練場という場所に呼ばれた時点で、何かしらの試合があるのは間違いないだろう。特に俺たち二年はランキング戦真っ只中だし、サラも俺たちが食堂で話していた内容に興味を持って話しかけてきたのだ。

 そしていざこの場に来てみて、待ち構えていたのは既に模擬武器を展開した青髪の少年。俺たちの誰よりも背が低く、彼の服は一年が着る制服のそれだ。まごう事なき一年生だろう。


「いるもなにも……確かにここに来た時点で模擬戦をするというのは分かる。ただ、何でその相手が一年なんだよ!? それに俺たちはまだ初対面で……」

「ご……ごめんなさい! 僕のわがままなんですっ! 僕が、先輩たちと一度でいいからどうしても戦ってみたくて……」


 俺の講義を遮るように、訓練場内に少年の声が響き渡った。

 声変わりもしていない高い声から発されるイメージは、普通に喋ればおそらくか弱いのだろう。だが、今叫んだ少年の声は、どこまでも透き通るようだった。


「セツヤ……! あの子、もしかして……」


 何かに気付いた様子のアレンが俺に耳打ちしてくる。


(あの子、多分……僕たちが前に階段で会った子だ)


 階段で会った子……? 俺は記憶を掘り起こしてみる。

 階段は毎日のように使うが、その中でも印象に残るような人との遭遇は少ない。

 ……というか、一つしか思い当たらなかった。


(まさか、リーブマルとの模擬戦に向かう途中で俺にぶつかってきた一年生か……?)


 俺は再び少年に目を向ける。

 去年俺たちも着ていた一年生の制服。肩に学年の色である緑色のラインが入っていて、ひと目で一年生だと分かるようになっている。

 そして、まだ声変わりもしていないようなハスキーボイスに、パーティ内で百四十センチという最低身長のネロよりもさらに一回り小さいその小柄な身体……。

 間違いない、以前リーブマルとの模擬戦を受け訓練場へと向かう途中に階段でぶつかったあの少年だ。ふと横を見ると、どうやらネロとジェシカも気付いたようだった。口元に手を当て、驚愕している。


「ごめんなさい……迷惑、ですよね」


 シュン、と悲しげな音を立てて少年の右手に持たれた先端の丸い杖が仕舞われる。

 少年はそれを隣にいたサラに手渡すと、とぼとぼと俺たちの横を通り抜けていく。


「ちょ、ちょっと!? 戦わなくていいのっ!?」

「いいんです。……僕だって分かってます。先輩たち二年生は今、ランキング戦の最中だっていうこと。そんな状況で、ランキングに反映されない僕みたいな一年と戦ったって何の意味もない。だから先輩たちの反論はもっともなんです。……僕のわがままに付き合わせてしまって、ごめんなさい」

「ちょっと! ラント!」

「…………待て、少年」


 サラの呼び止めを振り切り、少年が訓練場を後にしようとした、その時。

 少女が、エレカが、彼の足を止めさせた。


「少年。本当に私たちと、戦いたいのか?」


 エレカが投げかけたその質問。訓練場に沈黙が落ちる。

 少年は肩を震わせ、言った。


「…………実を言うと僕は、去年ここの入学試験を受けようと思っていました。でもその日の朝、急なアクシデントで午後の部の試験受付時間にギリギリで間に合いませんでした。でも諦めきれなかった僕は、受付の人に無理を言って試験の風景だけ見学させてもらったんです」


 これは俺が去年の入学試験が終わった後で聞いたことだが、実は毎年、数人は入学試験のバトルロイヤルを見学に来る人がいるそうだ。

 その人らは大抵、いずれケルティック学院への入学を希望している人や、後はたまにOBの冒険者なんかも来るらしい。

 つまり彼はその中の一人で、俺たち二年生の入学試験を見学していたということになる。


「そこで僕は見たんです。チームで固まってのバトルロイヤルなのに、全く臆することなく、圧倒的な剣術と魔術で襲いかかってくる試験者たちを打ちのめしていく女の人の姿が……」


 肩を震わせて戦っていた少年は、ゆっくりと振り向く。出ようとしてノブにもう掛けていたその手を離して。


「エレカ・アントマー先輩……! 僕はあなたと戦いたいっ!」

「…………!」


 少年の瞳には、涙が滲んでいた。

 顔をくしゃくしゃにして、エレカに対する思いの丈を解き放つ。


「どうかこの僕……ラント・アルグリスとお手合せをお願いしますッ!!!」


 頭を下げ、絶叫とも取れるような少年の悲痛な願いが、再び訓練場に響き渡った。

 もはやこの場にいる誰もが、少年に釘付けだった。

 ……ここまで、エレカとの戦いを所望した人間が、他にいただろうか。

 学年が違いながらも、二年である俺たちがランキング戦の真っ只中であるのを承知の上でも、断られる可能性なんてほぼ100%に近いのに、それでも。

 涙を流すほどまで、戦いを願った人物など、そうそういるだろうか。

 いや、いない。


 一年と二年では通常ならもちろん技術的にも経験的にも差がある。

 時期的に考えてもう合宿は終わっているだろうから彼にも所属しているパーティがあるはずだが、訓練場には最初から彼一人しかいなかった。彼の真剣な態度を鑑みるに、どこかにメンバーが潜んでいるようなこともないだろう。

 それなのに。

 彼は勝負を挑んできた。


「ふふ……ははははははははっ!」

「アントマー……先輩……?」


 今まで黙っていたエレカが突如笑い始めた。それも単なる笑いではなく高笑いだ。

 頭を下げていた少年もこれには驚き、涙で赤くなった眼でエレカを見やっていた。

 それから暫く笑い続けていたエレカは、ふぅ、と一つため息を吐いて、


「……いいだろう。実力は問わない。私は、少年のような人間が大好きだ。さあ、掛かってきたまえ!」


 事前にサラに渡されていた模擬武器を出すと同時に展開し、少年に向かって叫んだ。

 その時のエレカの顔は――純粋無垢に戦いを求め続ける戦士の顔だった。

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