変態と面白い話
翌日、エレカ・アントマーはとりあえずの復帰を果たした。
目を覚ましてからの翌日だというのに、まったくもって彼女のタフネスさは計り知れない。
しかし復帰とは言え、医務室の担当教官も渋々顔での許可だったので流石にすぐさま戦いに出てもらうわけには行かなかった。これはエレカ以外のパーティメンバー全員一致で決まったことだった。
ではエレカの身体が本調子になるまでの間何をするかといえば、ランキング戦の評価対象にもなっている『王都内の一般都民からの依頼』だ。
ハリアブルーでも迷子の猫探しをしたが、大体はあのレベルのもの。基本的に何かと戦うような内容ではなく、前述のように迷子探しや薬草採取、後は指定された場所に荷物を届けたりするようなお使い系だ。
しかしながら依頼の性質上あちこち歩き回ったりはするので、リハビリ中のエレカにはちょうどいい。
そんなわけで、俺たちはしばらく模擬戦を断った。時々向上心のあるパーティが俺たちに模擬戦の誘いをしてきたが、それらは全て丁重にお断りさせていただいた。
これも、エレカ・アントマー完全復活のためである。俺たちが最初に彼女の前で模擬戦の誘いを断った時の顔と言ったら……それはもう、傑作だった。
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「――だから最初から何度も言っているだろう、私はもうとっくに本調子だ! だから模擬戦の誘いをだな……」
空も茜色から段々とその色を暗くしてくる、午後六時過ぎ。学院内にある、学生及び教官専用の食堂にて。
俺、ジェシカ、アレン、ネロ、そしてエレカの五人は、学食の出す美味しい料理に舌鼓を打ちながら談笑していた。
ただ、談笑といっても、一人だけ表情の険しい人物がいる。
「あ、セツヤくん、ちょっとソース取ってもらってもいいかな?」
「おう、ジェシカはカツ定食か。結構ガッツリしたもの食べるんだな」
「あー、セツヤ! 私にもお醤油取って!」
「ああ、醤油か……ってお前はそれミートソースパスタだろ! そんなもんに醤油をかけるんじゃありません!」
「ええー、だってこのパスタ、味薄いんだもん……」
わいわいがやがやと、楽しく食事を進めていく。
やっぱり、誰かと食べるご飯は美味しい。空腹と人は最高の調味料だな。
「だから話を聞けーっ!」
「あはは……」
バン! という音とともに食事中の机が揺れる。
顔を上げれば、顔を赤くし肩で息をするエレカの姿が目に入る。エレカの隣に座っていたアレンは反応に困っているのか苦笑い中である。
彼女が注文した魚を煮つけた定食はほとんど手が付けられておらず、一口か二口程度しか減っていない様子だった。
「エレカ、早く食べないと冷めちま――」
「――お前、わざと私の話を無視しているだろう」
「むぎゅ」
身を乗り出したエレカに片手でむんずと顔を掴まれた。おかげでタコみたいな顔になってしまう。
「もう一度聞く。私の話をわざと、無視しているだろう」
「……ほほへをはなひへふへはいほはへへはいふはは(この手を離してくれないと喋れないんだが)」
「残念だが、私は十分に聞き取れている。このまま聞こうじゃないか」
「へへ~(ええ~)」
「ま、まあまあエレカ。一旦落ち着いて」
エレカによる俺への拷問を見ていられなくなったのか、アレンがエレカをなだめさせた。
アレンに言われ、眉をしかめながらもエレカは素直に席に着いた。同時に俺の顔も解放される。
……はー痛かった。エレカのやつ、握力いくつあるんだよ。もしあのまま10分でも解放されなかったら俺の顔はもれなく海の幸になっていたかもしれない。
「……それじゃあセツヤ、聞かせてもらおうじゃないか」
「いてて……だから、こっちだって何度も言っているようだが、エレカはあと一日だけでも、戦闘は避けるべきだ。医務室のベアトリクス教官にも言われただろ」
エレカは今から四日前に医務室から外出許可をもらった。その際、医務室の担当教官であるベアトリクスから『最低でも五日は戦闘禁止』と告げられていたのだ。
「明日一日我慢すれば俺たちも文句は言わないさ。これはエレカのためを思って……」
「正確には、私がベアトリクス教官から告げられたのは医務室を出る日の朝だ。つまり告げられた日を一日と換算すれば、ちょうど明日になる」
「こんの……屁理屈が……」
俺とエレカでにらみ合う。どちらも譲る気はない。そんな光景を見て、ジェシカ、アレン、ネロの三人は、間に入るタイミングを失って各々の食事の手を進めながら三人で談笑を始めていた。
そんな時、
「なになに? あなたたち、楽しそうなことやってるじゃない?」
「サ、サラ……!」
「サラ教官……!?」
いつものへそ出しファッションに赤い髪と茶色の短いジャケットを靡かせながら俺たちの席に来たのは、ニヤニヤと何かを企んでいそうな笑みを浮かべたサラだった。
「ど、どうしてここにサラ教官がいるのだ?」
「ふふん、ここに来ているんだもの、あなたたちと同じよ」
そう言って、ひとつウィンクをお見舞いしてきた。……それ意味あるの?
「なんだか面白そうな話してたみたいだし、あたしも混ぜなさいよ」
「いや、ちっとも面白い話なんてしてないんだが……」
「いいからいいから。こっちも面白い話があるから、ね?」
そう言うサラの視線は、六人席で一つだけ空いている席に向けられていた。
「……はあ、分かったよ」
「さっすがー! 話がわかるぅ!」
「いでっ!」
俺が渋々承諾するとサラはバンバンと俺の背中を叩き、上機嫌でカウンターへと向かっていった。
……どうしてこうも俺の周りの女性はみな力の加減を知らないのだろうか。
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「へぇ、なるほどねー」
カウンターから料理を受け取って戻ってきたサラは、俺たちの話に相槌を打ちながら食事を進めていた。
「だから言ったろ? 俺とエレカは別に面白い話をしてたわけじゃなくて、意見の食い違いで言い合ってただけなんだよ」
「そういうことだ」
エレカも腕を組みながら首を縦に振った。
「でもさ、話を聞いた限りじゃ別にエレカがもう模擬戦に参加するのはいいんじゃないの?」
「なんで。言われた日数まだちゃんと休んでないんだぞ?」
「いいじゃないの一日くらい。それにエレカの言い分だって間違いじゃないんでしょ?」
「ああ。確かにベアトリクス教官は私が医務室を出る日の朝に『最低でも五日』と言っていた」
俺自身が裏付けを取っていないため、万が一にもどうしても戦いたいエレカが嘘偽りを語っている可能性もゼロじゃないが、最初俺にベアトリクス教官の言葉を言った時彼女に焦りは見られなかったから多分本当のことなのだろう。あと、流石にそんなことでこれからわざわざ医務室まで行きたくない。
「ならいいじゃない。あたしがもしエレカと同じ立場だったら間違いなく模擬戦してるわよ。むしろ退室したその日に戦ってる」
「おお……サラ教官、たまにはいいことを言うじゃないか」
「たまに、は余計よ」
まずい。サラが完全にエレカ側に付いてしまった。俺は目を逸らすふりをしてサッと横の三人を見た。
「う~ん、ごめんねセツヤくん。私もそろそろエレカちゃんが戦ってもいいんじゃないかなぁって思ってて……」
「大体、セツヤはエレカに対して過保護過ぎるよ! エレカがまだ医務室に入室してた時だって、ずっとそわそわしてたし」
「バ、バカ! それは言うなって約束だったろ!」
「あれ? そうだっけ?」
「悪いけどセツヤ、僕も二人とまったく同じ意見だよ。本人じゃない僕が言うのもなんだけど、エレカはもう本調子のはずだ」
俺との模擬戦やリーブマルのパーティと戦った時、守護獣戦でも多大な活躍をしたアレンにそう言われては、俺の口からは何も言い返せなかった。
「ぐぅ……頼れるのは己だけ、か」
「なにカッコつけたこと言ってんのよ」
サラにツッコまれた。心外である。
「分かったよ……それじゃあ明日から、模擬戦やるか」
「そう来なくてはな!」
エレカのテンションが分かりやすすぎるほどに上がった。その勢いのままずっと手を付けていなかった自分の食事を進め始める。
――はぁ、結局許してしまった。やはり自分は、エレカに対して甘いのかもしれない。
そう思いながら俺も残った自分の食事にありつこうとした時、声を上げる者がいた。
「――――ねぇあなたたち。特にエレカ。模擬戦ができるようになったなら、面白い話が一つあるのよ」




