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変態と少女の過去

 それから。

 リーブマルを無事くだした俺は、その足で急いで学院内に内設された教会に走った。

 戦った直後でさらに強化魔術が切れていたため足がうまく動かなかったりしたが、そんなことはもう関係なかった。いまはただ、彼女の顔を見たかった。

 協会に入ると直ぐにシスターたちが俺に気づいて話しかけてきた。

 どうやら、エレカの治療は無事成功して、いまは安静に寝かせられるベッドのある学院の医務室に運ばれたそうだ。ジェシカたちもそこにいるらしい。

 そして俺は、すぐに医務室へと向かい、その扉を開けた。


「セツヤくん……っ!」


 中に入るや否や、気付いたジェシカが俺の方を向き、瞳を潤ませながら駆け寄ってきた。


「やぁ、セツヤ」

「セツヤ……、倒したんだね」


 ジェシカに続いて俺の入室に気づいたアレンとネロがこちらに振り向く。

 アレンは素っ気なさそうに、ネロは俺をまっすぐに見据えながらにまっと笑って言った。

 そして。


「ああ」


 言いながら、俺は歩み寄る。

 ――他の誰でもない。医務室のベッドで上半身を起こし、開いた窓から外の景色を眺めている少女、エレカ・アントマーに。


「エレカ」


 俺はそっと、声を掛ける。

 ――まるで、時の進みが泥の中に埋まった足を動かす時のように、ゆっくりと、ゆっくりと進んでいた気がした。

 少女のすぐ横に歩み寄るその時までが、酷く長いもののように感じた。


 ……でも、少女(エレカ)は確かにそこにいた。近づいた俺の方へゆっくりと振り返り、いまだ燃ゆるその強い眼差しを向けてくる。

 まるで迷いなんてなさそうな、その真っ直ぐな眼差しを。


「……ふぅ」


 エレカが溜め息を吐いた。

 それから肺いっぱいに空気を吸い込むと、再び吐き出す。


「…………すまないな。迷惑を掛けた」


 エレカは、ただ率直に、謝罪を述べた。


「気にすんな」


 だから俺も、率直に返した。


「そうか……」


 それから、エレカは口をつぐんでしまった。

 一度こちらに向けた顔も、すぐに窓の方へと向いてしまった。


「――セツヤ、僕たちは一旦外にいるよ」

「アレン?」


 背後から掛けられた唐突なアレンの提案に、俺は首をかしげた。

 しかし俺がどうこう言う前にジェシカとネロを連れて外に出ていってしまったため、彼の真意を問いただすことができなかった。


 ……まぁ、いいか。


 そう思ってエレカの方に向き直ると、彼女はいまだ外の風景を眺めていた。

 と言ってもここは学院内。窓から見えるのは学院の施設だけで、特段美しい景色が覗いているというわけでもない。


「エレカ……もしかして、悔しいのか?」

「…………」


 俺の問いに、エレカは微動だにせず黙ったままだった。

 しかしすぐに、


「……ふふ、流石だな」


 そう、言葉の中に笑みを含ませながら、言った。

 でもその声はかすかに震えているようで、心なしか、エレカの身体も震えているように見えた。


「ああ、悔しい。出来ることならばこの身をいますぐにでも引き裂いてしまいたいくらいにはな」


 エレカの顔はいまだ外に向けられている。

 それでも彼女の心だけは、外に向けられていない気がした。


「なあ、セツヤ。……私の昔話を、少しだけ聞いてくれるか?」

「……」


 何故突然エレカがそんなことを言いだしたかの検討は、ある程度付く。

 多分、リーブマルの話だろう。

 彼は訓練場での戦いの際、どうやらエレカのことを知っているような口調だった。

 だから、これから話されるのは、恐らく彼とエレカのこと。

 アレンがこのことを読んでいたとは流石に思っていないが、エレカ自身がこのタイミングで話すということは、恐らくあまり聞かれたくないことなのだろう。


 ――そして、聞かれたくないことならば、俺にとっては、聞かなければならないことになる。

 だってそれは、きっと、エレカの強さの秘密につながることだから。

 だから俺は、話を聞くことに決めた。





「――話は大体七、八年前まで遡る。その頃私は、事情があって、偽名を使って王都にある剣の学び舎に行っていたんだ。そこで出会ったのが……」

「……リーブマル、なんだな」


 エレカはこくりと頷いた。


「リーブマル・フロットレンス。彼の家系であるフロットレンスは、かなり階級の高い貴族でな。それに比例してか、彼の態度も他人を見下すかのように明らかに傲慢で、学び舎の誰もが毛嫌っていた」

「なるほどな。その頃から、あの性格だったわけだ」

「ああ。ただ貴族特有のそういった態度は私たちの責任でも……っと、いまは関係ないな。とりあえず、私はそんな彼の態度が気に食わなかった」

「エレカらしい」


 言うと、エレカはふふっと微笑をこぼした。


「いずれな理由があるにしろ、彼の態度は褒められたものではなかった。だから私は挑んだんだ。……彼に、剣の勝負を」


 まあそうだろうな、と俺は心の中で呟く。

 エレカという少女はそういったことを見て見ぬ振りができない。学院入学当初、いきなりクラスメイトと言い合いになるくらいだ。

 ……とは言え、すぐに突っかかるエレカもエレカでどうなのか。

 そんな言葉が喉仏付近まで込み上がっていたが、賢明にも飲み込んだ。


「正直言って、彼の剣の腕はそこまででは無かった。小さい頃から身近な者に建の心得を教わっていた私にとっては、なんら苦戦する相手ではなかった。……まあ、あの学び舎にいた者の中では一番だったらしいが」

「……目に浮かぶな、その時の光景が」

「しかし彼は、剣こそ並だったが、その頃から魔術の才だけはあったらしくてな。……勝負では禁じられていた魔術の使用を、彼は試みてしまった」

「それは…………」


 確かに剣を学ぶ場所で魔術を使うなど、剣術を放棄していることにほかならないのだろう。

 つまりリーブマルは、それでエレカとの勝負は反則負けになってしまったのだろうか。

 ……しかし、そんな俺の予想は裏切られる形となった。


「彼の魔術を見て、自衛ではあったが、私も咄嗟に魔術を使用してしまった。そして魔術の練度は僅かに私が勝った」


 お前も使ったんかい! 突っ込みたくなったが、ここも賢明にも抑える。


「――だがそれが、私のミスだった。あの頃の私の練度でも、恐らくリーブマルの魔術を"相殺"することができただろう。しかし私は咄嗟のあまり力加減ができず、彼の魔術を上回ってしまった」


 少女は物悲しげな目で、さらに続ける。


「私は彼の剣の道だけでなく、魔術の道をも折ってしまった。貴族というのは総じてプライドが高い者が多い。そんな彼の二つの道を折ってしまったからこそ、いま、私はこうして罰を受けたのだと実感した」

「エレカ……」


 俺は、目の前の少女に言いたかった。

 ――それは違う、と。

 エレカはただ、リーブマルの態度を改めさせようとして、結果そうなってしまっただけだと。

 でも多分、彼女は自分を責めるだろう。

 それが、エレカ・アントマーという少女だから。

 とてつもなく正義感の強い、女の子だから。


「…………っ」


 でも俺は、その言葉すらも、胸の内にとどめた。

 それが賢明だったのか、はたしてそうではないのか。

 いまはまだ、分からない。

 ただ、この瞬間の俺は、言わないことが正しいと思った。


「――試合で禁じ手を使った私たちはすぐに追い出されてしまったが、彼の、リーブマル・フロットレンスの目は、私に対しての憎悪に満ちていた。『必ず復讐してやる』と、そう呟いてもいた」


 プライドの高い貴族であるリーブマルだったからこそ、十年近く経ったいまでもなお、復讐の誓をその心に刻んでいたのだろう。


「そして私はこの学院で、彼の復讐にあった。彼の魔術は恐ろしいまでに上達していて、私も驚いた。……きっと、彼のことなんて忘れていた私の八年間で、彼はずっと私への復讐心を忘れずに、魔術の訓練をし続けたのだろう」

「あ……」


 思わず、声がこぼれていた。

 何故なら、エレカの顔が、哀れんだ笑みをたたえていたから。

 誰を哀れんだなんて、他でもない。

 自分自身だ。


「私は彼の執念に負けた。私が訓練場でのあの戦いで勝てたのは、ほんの運が良かったに過ぎない学び舎で感じたあの差は、八年間で埋められたのだ」


 だから、悔しいのか。俺は思った。

 だから、自分の身を引き裂きたいくらいに後悔しているのだ。


 そんなエレカに、俺は自分の考えを吐露することにした。


「俺は――エレカが後悔する必要はないと思う」

「え……?」


 素っ頓狂な声を上げ、エレカが俺を見上げた。

 ずっと外に向けられていたその瞳が、改めて俺を捉える。


「俺は学院に入学する前のエレカは知らないけど、多分、エレカはエレカなりに訓練は怠らなかったんだろ?」

「そ、それはそうだが……」


 エレカ・アントマーという人物はそういう人物だ。

 桁はずれの正義感で、自らを常に突き動かす。


「ならさ、別に後悔する必要はないと思う。……人ってのは、何かに対して憎しみの感情を抱くとすごいパワーが出るもんだ。そんなすごいパワーで自分を鍛えたリーブマルに、エレカが勝てるなんてそんなことはない」

「セツヤお前……何が言いたい?」


 エレカの言葉には、静かな怒気が含まれていた。

 でもそれは、百も承知のこと。

 だって俺はいま、エレカに対して、「お前はリーブマルに勝てるわけがない」と言っているようなものなのだから。

 でも俺は、自分の考えを改めるつもりもない。

 だから、言う。


「でも、憎しみによって生まれた力っていうのは、本当の力なんかじゃない。そんなもので得た力なんて、長続きしないし、自分を苦しめるだけだ」


 復讐の力は確かに強い。人を本気にさせるのは悪役の存在だと。

 でもそれは、単なるきっかけに過ぎない。

 そこから"本当の力の意味"を見出すことができなければ、それを知るものには決して勝てない。

 復讐の力は、偽りの力だ。


「エレカはリーブマルとの戦いで、自分の弱さを知った。弱さを知った人間は、強いんだ」

「弱さを知った人間は……強い……」


 エレカはぼうっと、虚空を見つめていた。

 彼女にも彼女で、思うところがあるのかもしれない。


「俺はさ、エレカみたいに戦闘で強くはない。でも……世の中を無駄に悟った感じを出すことなら、誰にも負ける気はないぜ」

「セツヤ……」


 にっと、俺は笑ってそう言ってみせる。

 そんな俺の態度をどう取ったか、エレカは少し俯いてから間を置いて――


「――ふふ、お前というやつは……色々な意味で、私の叶わない男だ」




 そう言って、にっと、笑みを浮かべた。

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