変態の同居人
さて、怒涛の入学試験から明けて次の日。
昨日は試験終了後の入学手続きや入寮手続きとか諸々の事務処理でかなり忙しかった。
いやしかしあれだ。どうやら俺たちは先の入学試験で好成績だったらしく、入学から卒業までに掛かる費用は全て無料になるらしい。
うーん、実際俺は何もしてないから、結構複雑な気分ではあるのだが……。
まあ、貰えるものはとりあえず貰っておこうということなんすよ。
そんなこんなで、本格的な授業は今日からである。
「……」
そんな俺はいま、学院内の寮の中にいる。十階建てで、しかも一階二十部屋もある大きな寮だ。
この寮は学院と呼べる建物内にあるほど特別豪華な寮というわけでもないが、まあ普通に生活する分には差し支えない程度の部屋が用意されている。
家具も最初から一式揃っているし、これは黄泉の入口でも女神が、そして昨日はサラが言っていたが、「この王都では冒険者という職業が優遇されていない」という割には中々立派な設備が整っていると思う。これもあの学院長の手腕によるものなのだろうか。
「…………」
学院長といえば、一昨日俺の心の中を読んだかのような視線を送ってきた人物だが……果たして何者なのだろうか。この学院の長を務めるということは冒険者の中でもそれなりの立ち位置であるということなのか?
それにサラの言葉を借りるなら、冒険者が優遇されていないこの王都において、こういった冒険者育成機関なるものを創り上げてしまうということはそれだけ凄い人物なのかもしれない。
「………………」
さて、昨日は色々走り回って疲れてすぐ寝たため少々早起きになってしまっている。
時刻は……六時半。始業時間は確か九時だからまだ二時間以上時間が余ることになる。
ここが学院内の寮であることから、授業を行う第一学舎までは九時ギリギリに出ても走れば間に合う程度の距離にある。とても便利。
もちろんこの世界の住人である他の奴らの中には実家通いという奴もいるけど。
そういえば、エレカの奴も寮らしい。この王都が地元っぽいし、見た目や雰囲気とかもちょっと高貴なところがあるから、てっきりこの辺のお金持ちのお嬢様で実家通いかと思ったんだが。
ちなみに寮はこの学院にここ一つしかないため、エレカもこの建物の何処かに住んでいることになる。
そして…………エレカも俺と同じようにルームメイトがいるのだろうか。
「……………………お、おはよう」
ベッドに腰を掛けて俯きながら考え事をしていた俺は、ゆっくりと顔を上げて、向かいのベッドで寝ていた人物にぎこちなく朝の挨拶をする。
しかし当の人物から返事はない。つい数秒前までの俺のようにずっと俯いたままその場を動こうとしない。
「え、えっと……」
俺の向かいで、布団を抱き抱えながら体育座りの姿勢で沈黙する一人の人物。名を、ジェシカ・レミアウスという。
――ジェシカ。よく考えてみて欲しい。
……普通さ、ジェシカって言ったら女の子に付ける名前だよな? 男に付ける名前じゃないよな?
俺だって最初は疑ったさ! 寮の管理人に何度も確認したさ! 結果「学院長の意向なので……」って申し訳なさそうに言われたさ! でも信じられなかったんだ。まさか俺と同じ部屋で過ごす人間が「ジェシカ」なんて女の子っぽい名前だなんて。
だが、そんな疑いも実際に会ってしまえば晴れる。……実際に晴れたよ、"女の子だった"という結論で。
昨日の夜、俺がへとへとになって帰ってきた玄関前で、バッタリと鉢合わせたのだ。
「ジェ、ジェシカさん? まだ始業まで結構時間があるけど……」
いくら好きだった姉と一緒に分け隔てなく暮らせてた俺といえど、本当に本当の赤の他人の女の子と突然同じ部屋で暮らすことになったらさすがに動揺するぞ! おっぱい大きいし。
もしこれで動揺しない男がいたらそいつは男の皮を被った何かだ。おっぱい大きいし。
そんな俺が声を掛けるも、ジェシカは布団を抱き抱えたまま俯くだけだった。
こ、困ったなぁ……
「……あ、あの…………」
掠れんばかりの声が、俺の耳に届いた。
ジェシカの声だ。
やったぁ! やっと俺に心を開いてくれたのか!?
桃色のボブヘアーを左右で二つに結わき、おとなしめな淡い薄緑のふわふわとした寝巻きに身を包んだ少女は、恥ずかしさに耐えながら何かを伝えようと頑張って口を開こうとする。
が、
「ど、どうした?」
「い、いえ、その……」
少女は言い淀み、再び黙りこくってしまった。
……うーむ、どうやら心を開いてくれたわけではないらしい。
しかしこれでは中々話が進まないな。嫌々言おうが、少なくとも今日限りはこの子と一緒に過ごすんだ。
幸い……と言ったら失礼だが、どうやら俺と彼女はクラスが違うらしい。つまり一度授業が始まってしまえば夕方まで顔を合わせる可能性は低いということだ。
しかし、このままの空気で授業後また会うのもお互い辛い。
俺が何とか会話の糸口を見つけようとあれこれ思考を巡らせていると、彼女の目元に僅かなクマがあることに気がついた。
これを会話の糸口にするのは何だかおかしい気もするが……まあ、無いよりはマシだろう。
「ジェシカ、もしかして昨日あまり眠れなかったか?」
するとジェシカは、図星を突かれた、というように肩を一瞬震わせて俺を見た。
左右で結いた桃色の髪がビクンと跳ねる。
そして、俯いていた顔を上げて問う。
「どうして分かったの……?」
「いやあ、目のところにクマが出来てたから……寝れなかったのかなってさ」
俺は、あはは、と苦笑いしてごまかすように答えた。
……しまった。これ言ってから気付いたけど、会って一日も経ってない男にいきなり目元の僅かなクマのことを言われたら当然気持ち悪がられるよな。それにジェシカは俯いてたんだ。確かに首と目線がちょっと下向くくらいの俯き加減だったけど、それでもクマに気付くのはおかしいし気持ち悪い! ああ、俺の視力が二.五も無ければこんなことには……。
俺が自分のミスに頭を抱えていると、ジェシカが再び掠れんばかりの声を出した。
「あ、ありがとう……」
「へっ?」
あ、ありがとうだって? 今のどこに俺に礼を言う要素があった? どう考えても完全な変質者だったろ。
出会って数時間程度の女の子に、「目の下にクマできてる」で話を切り出そうとした男が変質者じゃないとでも? いや変態ではあるが。……って、それは俺だって自覚しとるわ!
俺が心の中で一人ノリツッコミを披露していると、
「その、あなたが唯一私の別のところを気に掛けてくれたから……」
ジェシカが恥ずかしそうに言った。
別のところ? クマがか?
「私に会う人みんな……その…………おっぱいしか見てくれないから……」
ジェシカは、まるでトマトのように頬を赤らめて首を埋めながら恥ずかしそうに言う。
……ごめんなさい、俺も最初おっぱいに目が行きました。
「そ、そうなんだ……」
俺は平静を装って当たり障りのない返事をする。
しかしよく見てみれば、おっぱいがでかいのも事実だが顔だってかなり可愛いのも事実。
背が若干小さいのは少々頂けないが、幼さが残る童顔と合わせてみれば相当レベルが高い。
この世界の男どもはよっぽど胸を重視しているようだな。……一度対談を願いたい。
そんなくだらないことを考えていると、今度はジェシカから話を振ってきた。
「朝ごはんって、もう食べちゃった……?」
朝ごはん、と言われてみれば確かに食べていない。
同時に、意識したからか急な空腹感が俺の胃を襲う。
「そう言えば食べてないな」
「それなら、お菓子だけど……作ってもいいかな?」
実を言うと俺は、料理ベタな姉に代わって殆ど毎日料理を作る役目を背負っていたので料理には少し自信がある。
しかしここで「いや、俺が作るよ」とか言い出したら、せっかくの彼女の好意が無駄になってしまう。
彼女がこういった提案をしてきてくれたということは、少しだが俺に心を許してくれたということではないだろうか。
ここは断る事などせず、彼女の好意を甘んじて受け入れよう。
「ああ、お願いするよ」
「……うん!」
お菓子を作れるのがそんなに嬉しいのか、ジェシカの顔はみるみるうちにほころんだ。
そして、ジェシカ自身が持ってきたのであろう大きめのカバンの中から、いそいそと何かを取り出した。
「お菓子の材料、いつも持ち歩いてるのか?」
「う、うん。いつでも食べたくなったら作れるようにって……変かな?」
「いや、女の子ならいいんじゃないか?」
「……それじゃあ、作るねっ」
一瞬だけ呆けたような顔になっていたが……大丈夫だろうか。やはり寝不足で無理をしているんじゃないか?
とまあそんなことを考えたが、まるでそれが杞憂だったかのように彼女のお菓子を作る手際は目を見張るものがあった。
大きなカバンから取り出された材料たちは、ジェシカの腕と調理器具によって段々とその姿をお菓子に変化させていく。
――この世界には火や水こそあるものの、所謂現実世界にあった電気やガスなどはなく、それの代わりに『魔術』と呼ばれるものがある。
魔術はこの世界の生活をより豊かにしているようで、いまジェシカが使っているオーブンのような四角い機械は、魔術を行使するための術式が埋め込まれた特製の熱機械だ。
外部に取り付けられたスイッチなどを押すことで、それこそオーブンと何ら変わり無い性能を発揮する。
部屋にはこれの他にも同じく魔術を生かした電球はもちろん、冷蔵庫やコンロ、はたまた洗濯機に似たものなども設置されていて、いつでも料理や洗濯などの家事ができる状態にもある。
「出来た……っと」
そうこうしているうちに、ジェシカのお菓子作りは無事終了したようだ。
最後に持参した小皿に取り分けて、完成。
見事なバタークッキーである。
「さ、どうぞ」
「いただきます」
ジェシカは笑顔でクッキーの乗った皿を差し出してくる。
差し出されたそれを、俺はゆっくりと口に運んだ。
忽ち口の中には、クッキーに練りこまれたバターのほのかな香りが広がる。
……
…………
………………
「……美味いな」
俺がそうぼそっと呟けば、ジェシカの顔はほころび、自らの口にもクッキーを運んだ。
「……うん、よかったぁ。上手に出来てる!」
「よく作るんじゃないのか?」
「そ、それはそうなんだけど……口に合うか判らなくて」
「ああ、なるほど」
しかしタダでこんな美味しいクッキーをご馳走になるのも悪いし、何かお返しをしなくては。
「……そうだ、夜は俺が何か作るよ」
「えっ?」
「クッキーのお返し」
「でも私、料理ができないわけじゃ……」
「このままじゃ俺の気持ちが収まらないからさ、何か作らせてくれよ」
ジェシカはそれでも抵抗しようとしていたが、次第に了解してくれた。
「……じゃあ、夜ご飯楽しみにしてるね」
「おう、任せとけ」
にっこりと笑うジェシカ。
さて、調理器具はあるし、後は夜までに材料だけ確保すれば何とかなるか。
……この笑顔を夜また見るために、ちょっと頑張るとしますかね。




