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変態と銀狼、決着

 ガキィンッ!


 ケルティック学院の正門前で、金属同士のぶつかり合う音が響く。

 眼前の銀狼――リーブマルは、獰猛に息を吐きながら俺を睨みつける。

 互いに持つのは模擬戦闘用の武器じゃない。

 相手の肉を裂き、骨を砕くために作られた剣だ。


「ククク……アンジョウセツヤ、お前がレミアウスを逃がしたのは、俺にとって嬉しい誤算だ」


 リーブマルはニヤリ、と口角を釣り上げる。


「レミアウスは学院でも一、二を争う治癒魔術の使い手……それを逃がすとは、自ら死地に向かっていると言っても過言ではない」


 確かに、リーブマルの言う通りではあった。

 一年から二年へと上がる際の進級試験では、秀才のトリスをも凌駕するほどの驚くべき速さで応用治癒魔術を使ってみせた。

 守護獣討伐の際も、戦闘に慣れていないはずだが、ジェシカは的確にアレンやネロを回復させていた。

 それらを見れば、彼女が治癒魔術に関して只者ではないことくらい分かる。

 ……でも俺は、それを分かってて、ジェシカをエレカの下へと送った。


 それは、ジェシカがエレカの友達だから?

 それは、俺一人じゃリーブマルからジェシカを守ることができないから?

 それは、エレカを治すためには少しでも多くの人数がいたほうがいいから?


 ……全て、その通りだろう。


 だけど。

 けれども、一番の理由は。



 ――俺が、この目の前の男を、一人で倒したいからだ。



 こんな理由を聞いたら、みんな怒るだろうか。

 当然、怒ると思う。顔を真っ赤にして、ぶたれるかもしれない。


 でも。

 それでも、俺は目の前の男を倒したい。

 他でもない、誰の手も借りず、たった一人で。


 それができれば、きっと、俺は成長できるから。



「クク……どうした? 今更になって怖くなったか? 腕が震えているぞ」


 気付けば、俺の腕は震えていた。

 それは当然目の前の強大な力から受ける圧力によるものもあるが、いまは、それ以上に。

 ――武者震いってやつだ。


「さて、お喋りはここまでだ。……死ね! アンジョウセツヤァ!」


 リーブマルが、魔法陣から出現させた氷の剣を握り締め、渾身の力で地を蹴り飛び込んでくる。

 風を切るように、学院の同学年と比べるとやはり早い。

 しかし、先ほど躱した時とほぼ同速だ。


(ここだっ)


 俺は強化した足でリーブマルの突撃を躱す。


「ちぃ、ちょこまかと……っ!」


 リーブマルは、攻撃を躱し続ける俺を殺意のこもった目で見、そして歯噛みした。

 その目は本当に、視線だけで相手を殺してしまいそうな目をしていた。


(何とか、隙を作れるチャンスが来るまで躱さないと……!)


 彼のように圧倒的な上級魔術を持たず、そしてまた、彼のような身体能力も持ち合わせていない俺がこの勝負に勝つには、方法はただ一つ。

 ――エレカに仕込まれた強化魔術を限界まで用いれば、一時的にだが、彼の身体能力をわずかばかり上回ることができるはず。そして何とかタイミングを見計らって、渾身の右ストレートを顔面にお見舞いさせ、気絶させる。

 それしか、俺の頭じゃ考えつかなかった。


 もしこの場にアレンがいたなら、こんな賭けのような案じゃなく、もっと安定して確実性のある作戦を思いついただろう。

 ジェシカがいれば、どんな傷でも癒してくれただろう。

 ネロがいれば、トリッキーな動きでリーブマルの隙を作ってくれただろう。



 ――でもこれは、"俺の戦いだ"。



「死ねぇ! ……死ねぇ!」


 リーブマルは一度、また一度と、その尖を俺に向けて振るってくる。

 しかしそれは空を切るのみで、俺の体へは紙一つで届かない。


 怪我のせいか、リーブマルにはどこか庇うような動きが見られていた。

 おかげで何とか避けられてはいる。

 いるが……、


(はぁっ……クソッ、もうスタミナが……)


 いくら身体能力を強化したとは言え、本来ある俺のスタミナが増えるわけじゃない。

 避ける速度はあっても、それを成す体力が無ければ避けることができない。

 永久に避け続けることなんて不可能なのだ。


(どこかで勝負を決めないと……)


 そんな時だった。


「――いつまでも……逃げていられると思うなァっ!」


 リーブマルが、目を血走らせ、俺をより強く睨みつけてくる。

 そしてリーブマルの背後に現れたのは、巨大な魔方陣だった。


「お前ごときにこの魔術を解放するつもりはなかったが……」


 リーブマルの後方で描かれた魔方陣から、巨大な氷塊が顔を見せた。

 冷気を放ち、空気を押しつぶしながら、高さ5メートルはあると思われる氷塊が、俺の眼前に迫る。


「……恨むなら、俺の攻撃を避け続けたお前自身を、恨むんだな」

「…………!」


 リーブマルが、出現させた氷塊を確認し、腕を振り下ろす。

 ゆっくりと、魔方陣を起点にして氷塊が迫る。


 その光景を見て、俺は息を呑んだ。

 それは、決して目の前に迫る氷塊にじゃない。

 大怪我をしてもなお、ここまでの強力な魔術を使えるリーブマルに対してでもない。


 ――ずっと狙っていた大きな隙が、今この瞬間、出来ていた。


(やるなら、今しかない……っ!)


 俺は素早く飛び出した。

 身を引くくし、できる限りの空気抵抗を避け、強化した足で地面を駆ける。

 狙うのは――魔術発動中のリーブマル本人だ。


「小癪な……!」


 リーブマルは、俺の走りが氷塊に対抗するものじゃなく、リーブマル自身に対して行われているものだと気付いたようだった。

 顔を歪ませ、振り下ろした腕とは逆の腕を使い、さらに別の魔術を行使しようとする。

 リーブマルの魔方陣に描かれた鎖が解かれていく。

 その様子を見ながら、それでも、俺は足を止めない。

 右手に握った剣をしっかりと確かめ、一歩、そしてまた一歩と、リーブマルとの距離を詰める。


 ――刹那の時間だった。


 剣を振るう瞬間、俺には時間がゆっくりと進むのが見えた。

 人は極限状態に達した時、感じる時の進みが極端に遅くなると聞いたことがある。

 ……そんな状態だからこそ、"剣が届かない瞬間"も見えてしまったのだ。


「残念、だった……なァ…………ッ!」


 リーブマルの顔が歪んだ表情から一転、口角を釣り上げ、高慢な笑みを浮かべた。

 俺の剣は、リーブマルの魔術によって、すんでのところで弾かれた。

 その衝撃で剣は後方に吹き飛び、俺自身の体も仰け反る。


 リーブマルがニヤリとその顔に笑みを浮かべ、仰け反った俺にさらなる追撃を加えようとする。

 もはや頭上に迫った氷塊が、その身を俺に降らせてくる。

 ――それでも。


「とど…………けぇぇぇぇぇ!」


 俺は仰け反った体を渾身の力で踏みとどまらせ、剣を持っていた右腕を力いっぱい後方に引き、その腕に意識を集中させる。

 ……いや、腕じゃない。

 パワー:ポイントライトハンド

 腕なんていう"大きな範囲"じゃない。範囲をごく狭く、そして集中させることで、強化率を最大まで引き上げる。

 最大強化した右手から放たれる右ストレートは、ときに、銃弾よりも重いものとなる。


「ぐべぁっ………………!?」


 強化魔術により最大強化を施した俺の右腕は、相手の攻撃という最大の力を利用して、リーブマルの顔面に……叩き込まれた。

 重苦しい音を響かせながら、リーブマルはその体を水平に浮かした。

 俺は腕を止めない。顔に密着した腕を右回転にねじ回し、スクリューブローの原理でその威力をさらに高める。

 遠くへ。もっと遠くへ。

 "殺す勇気"を持たない俺にできるのは、いまここで、この男をできるだけ遠くへと追いやること。

 ――だから、力を込める。


「はぁっ……、はぁっ…………!」


 そしてリーブマルは、俺の渾身の右ストレートによって、はるか前方に吹き飛ばされていった。

 自分でも驚く程の威力を発した右腕は、制御がきかずに震えていた。


(やった……)


 俺は……リーブマルに、あの銀狼に、勝ったのだ。

 エレカを追い詰めたあの男を、一対一で、倒したのだ。

 俺の体はいま、とてつもない達成感で覆われていた。

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