変態と銀狼、再び
「やっと……戻って来たんだ」
ケルティック学院。
離れていた期間はそう長くは無かったが、何故か妙に懐かしく感じた。
俺は後ろを振り返り、ここまで一緒に付いて来てくれた仲間たちに声を掛ける。
「行くぞ、みんな。エレカを助ける」
「うん、セツヤくん」
「行こうか」
「やっと元気なエレカに会えるネ!」
俺はみんなの反応に頷き、学院の門を潜ろう――としたその時だった。
「――――待て」
後方から、俺たちを呼び止める声がした。
それはつい数週間前も聞いていた声で、"エレカがあんなことになってしまった原因の人物"でもあった。
「リーブ、マル…………!?」
俺たちの目の前に現れたのは、エレカによって倒されたはずの……銀狼、リーブマルだった。
しかし彼の姿は以前のようではなく、全身に包帯を巻きつけ、左目には眼帯を嵌めていて、明らかに万全の状態ではない。
「クク……どうやらあの女を助けるために、色々としていたようだが……それも全て無意味だ」
「……それは、どういう意味かな?」
アレンが、醜悪な笑みを浮かべるリーブマルを睨みつけた。
「どういう意味もなにも――こういうことだ!」
アレンの問いに答えたリーブマルは、地面を蹴り突撃してきた。
右手を地面と水平に振り、魔法陣を展開させる。
ターゲットは――
「セツヤくんっ!」
リーブマルの身体が俺に迫る。
展開された魔法陣から氷の剣が出現し、それを振るってくる。
「ぐっ――!」
間一髪。俺は鞘から剣を引き抜き、リーブマルの振るった氷の剣の一撃を受け止めた。
「リーブマル……お前、その怪我でっ……!?」
「君みたいな戦闘の素人、仮に腕がなくとも……勝てる!」
「ぐぅっ!?」
リーブマルは剣を持った腕の力を強め、俺の剣を弾いた。
くるくると弧を描いた俺の剣は、少し離れた先の地面に突き刺さる。
「終わりだ」
俺の首筋を正確に狙った剣閃が迫る。
その時。
「させないっ!」
ネロが、後方から俺とリーブマルの間に割って入ってきた。
彼女の持つ短剣が、リーブマルの氷剣を弾く。
「邪魔だァ!」
「きゃぁっ!」
リーブマルは渾身の一撃でネロを本人ごと吹き飛ばした。
飛ばされたネロは地面に叩きつけられる。
――だが、今のネロの行動のおかげで、リーブマルに一瞬の隙ができた。
それは、"身体を強化するには十分な隙だ"。
「今度こそ――死ねぇ!」
リーブマルが鬼の形相で俺に再び迫ってくる。
動きが早い。無駄もなければ、隙だってもうない。
普通の人から見れば、リーブマルの動きは一級品にすら見えるだろう。
実際彼の成績は学院でもトップクラスなのだから。
――でも俺は、今まで散々、あのエレカの戦闘風景を見てきたんだ。
それと比べれば……なんてことない。
「遅いっ!」
俺は強化魔術を施した足で地面を踏みける。
速さにすれば一瞬。まるで瞬間移動でもしたかのように、リーブマルから距離を取り、ジェシカたちの下まで一旦飛び退く。
「ジェシカ。これを」
「え……?」
ぽかんとするジェシカに、俺はあるものを渡した。
それは、エレカを助けるための、司祭から頼まれた薬の材料だった。
「セツヤくん……もしかして……」
「勘違いしないでくれ。俺はすぐにあいつを倒して、そっちに行く。だから……今はエレカを頼む」
「……」
俺の願いに、ジェシカは黙りこくったままだったが。
「……分かったよ。エレカちゃんは絶対に助けてみせる。だから……セツヤくん、無事に帰ってきてね」
「任せろ」
ジェシカは俺の言葉を聞き届けると、学院内へと駆け出した。
「させるか――っ!」
材料を持って学院に入っていくジェシカを、リーブマルは逃すまいと追いかけようとする。
――でも、そんなことはさせない。
「おい。相手は俺だ」
俺はリーブマルの進行方向を遮った。
こいつの狙いは、エレカを回復させるあの薬の材料だ。
どこからか俺たちがあの材料を採りに行っていると聞き、ここで待ち伏せていたんだろう。
「どけと言っている!」
「通さねぇって言ってるんだ!」
俺は強化魔術を腕に施す。
パワー:ポイントアーム。
解読キャンセルにより一瞬で強化を終えた俺の腕は、横を通り過ぎようとするリーブマルの脇腹にめり込む。
「ぐふっ……」
その場に倒れこむリーブマル。
「セツヤ! 僕たちも!」
「まだまだ……イケルよ!」
アレンと、リーブマルの攻撃から回復したネロが助太刀をしようとする。
だが――
「アンジョウ……セツヤァ……許さん…………!」
うずくまっていたリーブマルが、俺の名を呼びながら憎悪の篭った声で言った。
「まずは……お前を倒してからだ!!」
立ち上がったリーブマルが再び俺に氷の剣を振るう。
目は血走り、もはや俺以外のあらゆるものが視界に入っていない様子だ。
「くっ……アレン、ネロ! 俺はいい! ジェシカたちの所に行ってくれ!」
俺は連続して繰り出されるリーブマルの攻撃を間一髪で避けつつ、二人に向かって叫ぶ。
「でも! 相手はあの銀狼だ!」
アレンが叫び返してきた。
――そんなことは分かってる。単純な実力や実際の場数で言えば、恐らく彼に叶うのはエレカくらいのものだろう。
それでも。いま彼の注意が俺に注がれているこのチャンスを、逃すわけにはいかない。
「構わない! だから早く!」
俺の必死な叫びに、最初に答えたのはネロだった。
「アレン! 行こう、セツヤが時間稼ぎをしてくれている間に!」
「でもっ……!」
ネロに言われたアレンは少し躊躇ったものの、その後すぐに走り去る二つの足音が聞こえてきた。
(良かった……行ってくれたみたいだ)
俺は内心でホッとする。
……でも、正直手負いとは言え、アレンの言う通り相手はあのリーブマル。
俺が知る限りじゃ、エレカを始めて追い込んだ人物。
そんな相手と、俺は今からタイマンを貼ろうとしている。
……それなのに、何故?
俺はこの状況を楽しんでいるようだ。
圧倒的な力量差があって、俺には解読キャンセルという特別な才能があるけれども、恐らくリーブマルはそんな才能をも上回る実力を持っている。
――分からない。
分からない、けれど。
いまは、リーブマルを倒すだけだ。




