変態の目覚め
決着したあと
「……――――……――…………――」
遠くから、複数人の呟く声が聞こえる。
俺は朦朧とする意識の中、声らに耳を傾けた。
――声の中に、聞き覚えのある声が混じっていた。
この声は……。
身体を、暖かな何かが包み込む。
それはまるで人のぬくもりに触れているようで。
凍えきっていた全身を溶かしてゆく。
「――てください! 起きて――!」
今度は耳のそばでその声が聞こえた。
聞き覚えのある、母性溢れる女性の声。
俺はうっすらと目を開け、声の主を確認した。
「オズグリフ……教官……?」
目を開けた先にいたのは、倒れた俺のことを必死な表情で見下ろすオズグリフ教官の姿があった。
「ああ……目を、覚ましたのですね…………!」
「ぶっ…………!?」
オズグリフは何を思ったか、目を開けた俺の顔を自らのそのたゆましい胸に埋めた。
グリグリと、柔らかい部分が俺の顔に押し付けられる。
「良かった……本当に……良かった……!」
オズグリフ教官の声は震えていた。
それは涙をこらえているような震え方で、抵抗していた俺は自然とその力を弱めた。
すると、
「――セツヤ! ……良かった、起きたのね」
地面をかける音とともに別の声が聞こえた。
オズグリフの胸に埋められて顔は上げられないが、恐らくこの声はサラだろう。
「助かったわ、レトローチカ教官。あなたがいなかったら、ここの教官だけではここまでできなかったわ」
「いいえ、クリスメイス教官。私はただ、修道女として当然の義務を果たしただけです。……それに、本当ならこのレベルの氷系魔術を受ければ生きていること自体が珍しいのです。今回は、この子たちを褒めてあげるべきです」
「……そうね」
オズグリフ教官のすぐそばまで来たらしいサラは納得したようにそう言った。
……あのー、ていうかそろそろこの顔を解放してくれませんかね?
感触は非常に気持ちが良いのですが、如何せん、息……が……。
「レトローチカ教官。そろそろ彼を離してやってくれないかしら」
「……ああ! ごめんなさい、ついうっかり……」
驚きながら謝罪したレトローチカ教官は俺の顔から胸を離した。
「――ぷはっ! はぁ……死ぬかと思った……」
「さっきまで死にかけてたんだから、これくらい逆にご褒美でしょうよ」
「それはそ……んなことより、何で教官たちがここに……」
俺は言いかけた一言を何とか飲み干すと、さっと周囲を見渡した。
すると、訓練場には二十人ばかりの教官の姿が見え、それぞれ治癒魔術を発動している様子が見受けられた。
「……地下からすごい冷気が漂ってきてね。何かと思って一度来てみればひどい有様だったから、あたしが教官たちを集めてやってきたのよ」
サラは簡潔に説明してくれた。
よく見れば、ジェシカやアレンやネロ、それにエリックたちや、果てはリーブマルのパーティメンバーであった男性徒たちまでも、その場に倒れふした状態だった。
「あなたが一番最初に目を覚ましたのよ。……あのゴーサスっていうこの中じゃ一番ガタイのいい生徒がまだ目を覚まさないっていうのに、何故かあなたが最初なのかは謎だけど」
「あー……」
恐らく、エレカから教わった強化魔術のおかげだろう。
身体能力を向上させることは、同時に肉体の耐久力を上げることにも繋がるのだろう。
と、ここで。
「そうだ、エレカは…………」
俺は再び周囲を見渡す。
しかし倒れているのはジェシカたちやエリックたち、それからリーブマルのパーティメンバーだった者らだけだ。
エレカの姿も見えなければ、リーブマルの姿も見えない。
するとサラが、俺にゆっくりとこう告げてきた。
「リーブマルは、気を失ったまま全く目を覚まさないから、一度医務室へと運んだわ。――エレカは重症を負って、いまは協会の方で司祭から治癒魔術を施されているはずよ」
「…………っ!」
俺はサラのその言葉を聞いて、座っていた身体を立ち上がらせた。
まだ身体のいたるところが言うことを利かずふらつくが、何とか二本の足で支える。
「セツヤ君、まだ動いてはいけません! 治癒したばかりで、身体が敏感な状態です! いま激しく動いたら……」
いますぐにでも走り出そうとする俺を、オズグリフ教官は必死に止めた。
腕を掴み、離そうとしない。
――だが。
「……レトローチカ教官。行かせてあげてちょうだい」
サラが俺の腕を掴むオズグリフ教官の腕に手を掛けた。
「で、ですが……!」
「……お願いします」
「…………」
オズグリフ教官の腕から力が抜けた。
するりと、俺の腕が束縛から解放される。
「……医務室は一階に上がった廊下の、教官室とは真反対の位置にあります」
「…………ありがとうございます」
俺はこちらに背を向けながらそう言うオズグリフ教官に一言お礼を言い、訓練場を出た。




