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変態と銀狼 8

この区分け長くてすみません。あと少しだけ、あと少しだけなのでお付き合いいただけると幸いです。

<エレカ視点>



 急激に訓練場内の温度が下がった。

 それは肌寒い程度の生易しい下がり方ではなく、まるで北極に身ぐるみを剥がされて放り出されているような寒さだ。

 現に、アレンの援護をしていたジェシカやこの試合の監督役である教官も、この寒さに気を失っている。


「……クク……さすがは雷の王女といったところか。一体どんな手段を使っているかは知らないが、やはりこの程度ではなんともないようだね」

「リーブマル……これは一体どういうつもりだ?」


 私は、眼前で龍のような形をした氷の鎧を纏っているリーブマルを強く睨みつけた。

 彼は広角を釣り上げ不敵な笑みを浮かべていて、私の感情を知っているだろうにも関わらず、その態度を改めようとしていない。


「どういうつもりだ、と言われてもね。さっき言った通りだ。僕はキミを倒すことしか考えていない」

「自分の仲間が犠牲になっているんだぞっ!?」

「それがどうしたんだい? 僕は最初から彼らのことを仲間だと思ってなんかいない」

「お前……!」


 リーブマルが平然とそう言ってみせたことに、私はさらなる怒りを覚えた。

 仲間……いや、友人や家族、自分に何らかで関わってくれている人々がどれだけ自分に力を与えてくれるか、恐らくこの男は知らないのだ。

 知らないからこそ、そんな彼でも付いて来てくれる人間たちのことですらも粗雑に扱う。


「それよりさぁ……早く本気を見せてくれないかなぁ? 早くしないと…………!」


 リーブマルは右手を高らかと掲げる。

 するとその手に蒼色の瘴気が集中し始めた。

 同時に、場内の温度がさらに低下する。


「リーブマル! これ以上は他の者の命に関わる! お前もタダでは済まないぞ!」


 叫ぶが、彼は掲げた右手を下げようとしない。

 それどころか、手に集めた瘴気をさらに肥大化させるつもりのようだ。


「くそっ――!」


 もはや彼にこれ以上口で言っても無意味だ。

 私は意識をこの極低温の中でも漂い続けるマナに集中させる。

 ピリピリと、頬が痺れるような感覚が私を襲う。


 ――イメージするのは瞬速の雷撃。

 掲げられたリーブマルの右手に対して標的を絞る。


「貫け――赤の雷撃!」


 私は左の手のひらを前に押し出した。

 瞬間、その先から赤い電流が迸る。

 それはまさに光速とも言うべき速さで空気を穿ち、リーブマルの右手に到達した。

 直後、眩い閃光とともに鼓膜を破らんほどの強烈な爆砕音。

 次いで、空気を焦がした鼻を突く匂いと灰色の煙が周囲に立ち込めた。

 ――だが。


「……クク…………ようやくその力を見せてきたか……エレカ・アントマー!」

「ちっ……」


 煙を打ち払いながらその姿を再びこちらに見せたリーブマルは、あの攻撃を受けても何ともなさそうな表情をしていた。

 直撃したはずの右腕には傷一つ付いていなかった。もしかしたら、当たってすらいなかったのかもしれない。


「もっとだ! 僕をもっと楽しませてくれっ!」


 リーブマルは叫ぶと同時に両手を左右に拡げた。

 すると、彼の背後に先の尖ったつららのような物体が複数出現した。

 それらは空中を漂い、数秒の溜めの後、私に向かって勢いよく飛来してくる。


「こんな攻撃!」


 一本、そしてまた一本と飛来するつららを体重移動だけで避ける。

 飛来してくる速度はかなり早く、強化魔術で身体を強化していなければ避けきることは難しかっただろう。

 しかし、漂っていたつららを全て避け切った後、リーブマルは不敵な笑みを浮かべた。


「クク……安心していていいのかい?」


 リーブマルの背後に、再びつららが浮遊し始めた。

 ――その数は、先ほどの倍以上。


「さぁ……避けられるかいっ!?」


 合図と同時に、無数の氷の矛が私に牙を剥く。

 向かってくる。宙を滑り、明らかな殺意とともに私の身体を穿たんとする。


「……くっ…………!」


 一本、頬を掠めた。

 抉れた部分からつーっと、紅い雫が伝い地面に落ちる。

 ――避けきれない。

 眼前まで迫った無数の氷の槍を、いまの私では避けきれない。

 直感的に、そう感じた。

 ……だから。


 ザクッ! ザクザクザクッ!


 腕、肩。脚や膝に、腹部や胸部。

 私の身体の至るところ……いや、もはや全身とでも言うべき範囲に、大量のつららが突き刺さった。

 制服の内側からにじむように全身から出血する。口の中に鉄の味が広がる。飲み込んでも飲み込んでも、喉の奥から血が溢れてくる。

 傷口が燃え盛るように熱い。強化魔術で全身の身体能力を上げているとはいえ、痛覚が無くなるわけではない。ここまでの傷を負えば、もはや強化魔術の恩恵も感じられづらい。


「…………ク……クククク…………! やった、やったんだ……! 僕はとうとう倒したんだ! あの憎き王の后の娘をっ!!!」


 リーブマルは、その場でただただ立ち尽くすエレカに近づく。

 一歩、そしてまた一歩と、血まみれになった少女へと足を伸ばす。

 そして、


「……僕が、この場にいる君以外の人間を眠らせた理由が分かるかい?」


 物言わぬエレカに、リーブマルは淡々と語りかけた。


「それはね、キミを倒すためじゃない。……殺すためだよ」


 リーブマルの背後に現れる、二対の翼を持った龍。

 それはまるで氷で出来ているようで、身体は透き通り、場内の灯りに照らされて幾方向にも光を乱射させている。

 強靭な爪で地面を掻き、翼を横に拡げて長い首を持ち上げ天を仰ぐ様は、まるで一種の芸術品のようでもあった。


「……それじゃあさよならだ、雷の王女よ。恨むなら、あの世で再開する母親に言ってやってくれ」


 そしてリーブマルが腕を振り下ろすのを合図に、氷の龍はエレカにその爪を振りかざした。

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