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変態の入学試験

「――試験開始十分前となりました。

 受験者の方々は、館内左手より中央部の広場へとお集まりください」


 俺たちが受付を終えてからすぐのこと。

 館内に受験開始を知らせるアナウンスが流れた。

 それを聞いた受験者たちは皆一斉に席から立ち上がり、館内左奥の中央広場に繋がる出口へと歩いていく。


「なあ、冒険者の試験って何するんだ?」


 知らないので素直にそう聞くと、エレカの碧い瞳がこれでもかというくらいに見開かれた。


「お前……まさか、知らないで来たのか?」

「いや、まあ……」


 本来俺はこの世界の住人じゃないからなあ。

 俺の曖昧な反応にエレカは溜め息を吐きつつも、エレカは丁寧に説明してくれた。


「冒険者の試験は、集まったパーティが複数のエリアに分けられた中で行うバトルロイヤルだ。

 腰に剣を携えているからてっきり知っているものかと思っていたぞ」

「ふうん、やっぱり戦うのか。……ってバトルロイヤルゥ!?」


 ちょっと待て! いままで戦闘経験ゼロの俺がいきなり冒険者を志望するような奴らとバトルロイヤルだと? 

 そ、そんなん無理に決まってんだろ!

 確かにエレカの言う通り俺の腰にはかっこいい剣が差さっているし、身に付けている服だってそれ相応の代物だ。何せ、女神がくれたんだから。

 でも、いくらきちんとした武器防具を身に付けているからといって、そいつが戦えるかどうかなんて分からない。少なくとも俺には、この剣を満足に振るう自信なんてどこにもないぞ。

 すると、俺の顔に不安の色が出ていたのか、エレカは言った。


「どうした、自分の腕に自信がないのか?

 まあ自信がないなら逃げているといい。その姿なら、自分の身を守ることにさえ専念していれば致命傷を負うことは無いだろう」


 そう言って、デンと胸を張るエレカ。

 ……いやいや、その根拠の無い自信とまあまあな胸を張られましても。こちらとしては不安しか残らないし反応にも困る。


「安心しろ、お前にはこのエレカ・アントマーが付いているんだぞ? それに……」


 と言うなりエレカは俺に顔を近づけ…………


「そんな顔をしていたら、せっかくの美形が台無しだ。もっとシャキッとしろ」


 俺の頬を両手でむにっと抓んで横に広げた。


「痛い、痛い!」

「お前には笑顔の方が似合っている」


 エレカはふふ、と笑うと俺の頬から手を離した。抓まれた箇所が赤らみヒリヒリと痛む。

 ……い、痛ってえ~。こいつ、手加減ってもんを知らねえのかよ。


「そろそろ行くぞ」

「あ、おい待てって!」


 エレカはさっと身を翻す。彼女の持つ金色の髪がサラリと揺れた。俺は慌てて後を追う。

 こいつといると、変にペースが乱れるな……。





 左奥の通路を抜けると、そこにはかなりの広さを誇る広場が存在していた。広場の中は、一辺約二百メートルほどもありそうな四角に型取られたエリアが中央の噴水を目印に左右に五対五の割合で区切られていた。

 それぞれのエリアには受験者パーティが集っており、各々で作戦会議などが開かれているようだった。

 

 見る限り、大体三人~五人でパーティを組んでいるみたいだな。

 ……まず数で負けてるのかぁ。


「俺たちはどのグループだ?」


 辺りを見回すと、それぞれのエリアの外に一人ずつ大人が立っているのが分かる。恐らく、この試験を監督する役割の教官だろう。

 そんな中で、やたらと周囲をキョロキョロと見渡す見覚えのある女性教官が目に入った。


「おーい!」


 俺たちが気付いたことが分かると、右手を挙げてをちょいちょいと手招きしてきた。こっちに来い、ということなのか?

 それに従い女性教官――サラの下へ向かうと、両手を広げてウェルカム! みたいなポーズをとられた。


「ようこそ、ケルティック学院へ! いやぁ、今年は良い一年生が入ってきてくれてお姉さん嬉しいわ!」

「いや、俺たちまだ入学したわけじゃないんだが……」


 このエリア内にももちろん受験者たちがあちこちに散らばり、それぞれが武器や作戦の最終チェックを行っているようだった。


「あら、そんなに心配しなくてもいいんじゃない? 彼女、相当ヤレるわよ」


 言って、サラはエレカを見る。


「ほう、まだ大した動きはしていないはずだが。歩き方と目線で分かったのか? さすがクリムガルいちの冒険者育成機関の教官殿、といったところか」

「まあねー」


 クリムゼル大王国。それがこの国の名前だ。ちなみにここはそのクリムゼルの中でも首都としての役割を持ち、ダウナート王城という王家の城が顕在する王都ダウナートだそうだ。黄泉の入口で女神が言っていたのを思い出す。


 それにしても、エレカってそんなにすごいのか? 確かに自信だけはやたらとあるようだが、俺はもちろんサラだってまだ彼女の戦う姿を見ていないはずだ。


「うう、あたしが技術教官じゃなくて普通の教官だったらあんたたちの担任に意地でもなってやったのに……」


 悔しそうに下唇を噛むサラ。

 そ、それは所謂職権乱用というやつじゃ……


「セツヤ、そろそろ始まるぞ」

「――ん?」


 エレカに言われて見てみれば、広場入口の対角線に設置してあるステージに誰かが上がってきていた。

 他の受験者たちも、ステージに上がってきた人物に注意を惹かれているようだ。


「皆様。此度は我がケルティック学院の入学試験にお越しただき、誠にありがとうございます。

 わたくしはこの学院の長を務めます、ケリス・シュトロールと申します」


 ステージ上でそう話しを始めたのは、見た目中学生程度ではないかというくらいの女性だった。しかしその落ち着きぶりはとても子供には見えず、喋り方一つ取ってみてもむしろこの場にいる誰より大人びて見えた。

 しっかし随分と丁寧な挨拶だな。冒険者って言えばもっとサラみたく砕けているものかと思ったが……。


 それにしても背が小さい。学院長って言われても中学生くらいにしか見えないぞ。ついでに胸もちいs……


「――!?」


 その瞬間、ステージ上で話すケリスの目が俺に向いた気がした。冷たく凍てつくような視線が、俺を射抜いた気がした。

 だがここからステージまでは少なくとも二百メートル以上は離れている。それに彼女と俺は面識なんて無いし、ましてやこの場には大勢の受験者が集っている。

 そのはずなのに、ケリスの目は俺だけを捉えた気がしてならない。

 ……あれ、もしかしていま笑った? 俺の方見て笑った?

 い、いやー……まさかそんなはずは……何か寒気してきた。


「どうした?」


 俺の怯えた様子にエレカが心配そうに声を掛けてくる。

 いやまさか。ここからそっちまで二百メートル以上はあるんだぞ? それに、俺は声になんか出してない。心の中で思っただけだ。

 まさか心を? いや、そんなバカな話が……


「この後の試験についてですが――」


 気付けば、この後行われる入学試験についての説明を進めていくケリスの姿がステージ上にはあった。その姿はつい数秒前俺に凍るような笑みを見せてきた時とは違う。

 な、何だったんださっきのは……





 ケリスから伝えられた試験の内容は、以下の通り。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ・合計十個あるエリア内には、受験者で構成されたパーティがそれぞれ一エリアにつき十パーティ存在する。

 ・エリア内のパーティ同士は開始と同時に武器を使って殴り合い、最後の一パーティになるまで続ける。

 ・試験開始後はそれぞれのエリア枠に沿って魔術を用いた透明の防壁が貼られ、他エリアや第三者からの妨害などが入らないようになる。

 ・パーティが残ることについての判断基準は、パーティ内のメンバーが過半数戦える状態であること。それ以外の細かな判断はエリアの外にそれぞれ待機している教官が下す。

 ・全てのエリアで戦いが終了した時点で試験終了。各エリアで残った合計十パーティがそれぞれ入学決定となる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ちなみに俺たちが受けるこの試験は午前の部らしく、これが終わった後にもまた午後の部を同じ形式で行うらしい。

 つまり、合計入学者数は六十人~百人前後となる。


 どうだろう。特にややこしい条件など無くとりあえず殴り合って最後に立ってた奴らの勝ち、という意味では実にシンプルで分かりやすいのではないだろうか。

 しかしその代わり、中々に厳しい試験と言えるだろう。

 要は、それぞれ武装した三人~五人で構成されたパーティを九つも同時に相手にしなければならないのだ。

 頼れるのは己と数少ない仲間のみ。つまり、俺とエレカのパーティでは俺が戦力にならないため、エレカが全ての人間を相手にしなければならない。

 こんな中で逃げ切れる自信なんて無いし、これはいくらなんでも無茶すぎる……だがそう思ったのは、試験開始直後までだった。


「はぁっ!」


 エリアの中で響く威勢のいい掛け声。それに連動するように、迫り来る受験者たちを目の前でバッタバッタと薙倒す一人の少女。


「す、すげえ……」


 目の前で次々と倒れていく受験者たち。細い身が特徴のレイピアに翻弄され、隙を見せたところで峰打ちによってどんどん気絶させられていく。

 俺はいまエリアの端にいるわけだが、俺を中心とした半径十五メートル範囲の中に誰一人として入って来れていない。

 全てエレカが薙倒してしまっているのだ。


「ふん、もう終わりか?」


 エレカはまだ戦い足りなさそうに挑発する。

 そしてその挑発に乗って、怒りに狂い修羅の如く迫ってくる受験者たち。

 それを一薙、または二薙で難なく倒してしまうエレカ。この光景がもう何度行われたであろう。

 自信に満ち溢れた彼女の背中は、さながら歴戦の女戦士のようであった。


「クソ、いい気になりやがって……!」


 いままさにエレカに薙倒された男が、爆発寸前の怒りを顔に出してエレカを睨み付ける。恐らく彼の目にはもうエレカしか入っていないのだろう。最初は明らかにエレカよりも弱い俺を狙っていたのが、いまでは見向きもしない。


 おいおいあいつ、おでこに血管浮き出てるぞ。そんなに怒ってたら高血圧で体に悪いって。


 すると、


「フフフ……」

「どうした。何がおかしい」


 エレカを睨み付けていた男が突然笑いだした。彼のパーティメンバーは既にほとんど戦闘不能状態にあり、決して笑っていられるほど有利などではないはずだ。

 どうしたどうした。いよいよ脳の血管切れたか? 全く笑える状況じゃないと思うが。


「お前がそんなに余裕なのが滑稽で仕方ないんだよ……!」


 ……あーあ、これ完全に頭イカレちゃってるよ。

 エレカに倒されてきた他の奴らは峰打ちでうまく気絶させられているが、はたしてコイツらはどうだろう。もしかしたら死ぬまで突っ込んでくるかもしれない。入学試験で死人が出たらどうするんだよ。


「ふん、威勢だけはいいが、いまのこの状況を見ても言えるか?」


 エレカの言う通りだ。こんな状況で笑う奴なんて、本当に頭のおかしくなった奴か、それとも……

 ふと、俺が何気なく男から目を離すと、エレカの左後ろから少しずつ近づいて来る狩人のような目をした男の存在に気が付いた。

 男は口角を釣り上げ、ニヤリと嗤う。

 その手には、鋭く光る一本の短剣。

 俺はその男に危険を感じ、エレカに向かって叫んだ。


「エレカ、後ろ!」

「――遅えっ!」


 背後まで来た男が短剣を振りかざしエレカに迫る。

 まずい、これじゃあ間に合わない……!


「……やはりお前たちは、いまの状況が分かっていないようだな」


 瞬間、エレカの背中を覆うように、黄色く光る円形の魔法陣のようなものが突如現れた。

 その魔法陣には、外側から内側に向かって螺旋状に何やら記号とアルファベットが織り交ざったような文字の羅列が記されており、それらは鎖に繋がれているようだが、みるみるうちにその鎖が外側から解かれていく。


「死ねぇっ!」

「エレカぁっ!」


 自らの短剣の間合いに入り込んだ男は、そのエレカの背中目掛けて短剣を振り下ろした。

 その瞬間、


「爆ぜろ――雑魚が」


 エレカの背中に描かれた魔法陣から、極太の電流が迸った。

 落雷にも似た音が、鼓膜を破らん勢いでエリア内に響き渡る。

 そして、空気を焦がすようなその超電流は、エレカの背後を取った短剣を持つ男に直撃した。


「ぎゃあああ!!!」


 電撃を受け悲鳴を上げながら地面に倒れこむ男。振りかざしたはずの短剣が黒焦げになり、乾いた音を立てて地面に落ちる。


「安心しろ、威力は弱めてある。

 すぐにここの司教の下へ連れて行ってやれば命くらいは助かる」

「テ……テメェ! これが人間のやることかよ!」


 いまの一通りの出来ごとに呆然としていた男が、大声を上げながら突進してきた。

 しかしもう俺にも分かる。この男の攻撃は、"エレカには届かない"と。

 エレカは呆れたように一つ溜め息を吐くと、怒りに身を任せて剣を振るう男に向かって言い放つ。


「――まだ、やりたいのか?」


 ……俺の位置からではエレカの表情は判らない。ただ、これだけは言える。

 ――間違いなく、人を殺す目をしていたと。


「ひ、ひぃぃぃっ!」


 エレカに睨まれ情けない声を上げた男は、持っていた剣を投げ捨て尻餅を付いた。

 静まり返る広場。既に他のグループの戦闘は終了しており、しばらく前からエリアの外にはギャラリーが増えていた。


「早く! 受験者を教会に!」


 その声で、ハッと我に帰った。声のした方を見ると、サラが近くの教官たちに指示を出している。


 お、終わったのか……。

 極度の緊張より解放されたからか、俺はその場にへたり込んでしまった。


 正直俺は何もしていないし、もっと言えば俺がもっと動けていたならエレカを一定の場所に留めなくてよくなっていたはずだ。

 ――エレカ・アントマー。総勢三十名強の受験者たちを尽く薙ぎ倒してしまった少女。

 

「セツヤ、大丈夫だったか?」


 ザッと、広場の芝を踏みしめる足音。

 ふと顔を見上げてみれば、何気なく、そして柔らかい笑みを浮かべながら俺に手を差し出す少女がいる。

 その姿に、先ほどまで見せていた悪鬼のような面影は一切残っていなかった。

 ――俺は、とんでもない奴と知り合ってしまったのかもしれない。

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