変態の進級試験
一話で終わります
今日から、俺たちが二年に上がるための大事なイベント……進級試験が始まる。
心なしか学院全体がピリピリとした張り詰めた空気に支配され、自然と友人たちとの口数も少なくなっている。
それもそうだ。
この試験に合格できなければ即退学。
もう一度入学することは可能だが、それには再びあの厳しい入学試験を潜らなくてはならない。
もう一度パーティを組み、もう一度あのバトルロイヤルを制さなければならない。
特に俺は、この世界での知り合いはほぼこの学院に集中している。
そんな俺がこの試験を落としでもしたら……考えるだけで身震いする。
しかし、やるしかないのだ。
幸い魔術に関しては自信があるし、試験の前半であるこの世界の歴史についての筆記試験はこの間アレンに見てもらいながら勉強をした。
……まさか、異世界に来てまであんな必死に勉強するとは思ってもみなかったが。
だがそれのおかげで、いまの俺には多少心の余裕が出来ている。
俺は心の中で必死に言い聞かせた。
前半の歴史の試験さえ落とさなければ、後は得意の魔術試験が残るばかり。
前半の歴史の試験さえ落とさなければ、俺に退学の二文字は無い。
前半の歴史の試験さえ落とさなければ、間違いなく二年に上がれる。
前半の歴史の試験さえ落とさなければ、落とさなければ、落とさなければ――――――
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この学院の筆記試験では、術式を埋め込んだ特注の機械に通すことで、ものの数分で結果を示してくれる仕組みを取っている。
「な、何でだああああああああああ――――!!!!!!」
クラスのほぼ全員が自分の解答を機械に通し、結果を受け止めていた頃。
緊張していた教室内の空気が弛緩し始めたところに、俺の絶叫が木霊した。
「お、落ち着けセツヤ!」
「そうだよ、落ち着いてもう一度確認すれば……」
「セ、セツヤ! 食堂のおばさんにもらったお菓子あるよ! ほら、食べて落ち着こう!」
「セツヤ君! わ、私もお菓子作ってきたから、食べて! 試験大丈夫だよ!」
俺の周囲に集まった人間が、皆一様に俺に落着き払うように言う。
しかし……
「ど……どこで間違った……!? 何で、どうして!?」
だが、俺の解答用紙にはしっかりと赤く「12点」の文字が刻み込まれている。
俺にその現実を受け入れろと言わんばかりに、血のような赤い文字が視界にしかと映る。
……確かに、たった二問だけいくら考えても分からなかった箇所はあった。
でも、それ以外は埋めた。
それ以外については絶対の自信がある。
アレンの教えてくれたポイントは、気持ち悪いくらいに当たっていた。
だから、間違えようもないはずなんだ。
だが、機械が弾き出した点数は無情にも「12点」。
最低合格ラインは「65点」。
どうあがいたって、「12点」は「65点」になれはしない。
「……あれ? お前の解答さ……」
そんな時。
クラスで一番最後に機械に解答用紙を通したエリックが戻ってくるや否や俺の解答用紙を横から取り上げ、
「…………やっぱり。お前これ、解答欄ずれてるよ」
ひとりでに納得したように頷いた。
「は……?」
俺はエリックから解答用紙を取り上げて、もう一度目を通す。
言う通り、解答用紙には、全ての解答が解答欄を一つずれて書き記されていた。
「最初の方の問題を間違えたことで、解答欄ずれが起きてしまったようだね……」
アレンが横から俺の解答用紙を覗き込み言った。
「ちょっとあんたたち、何してんのよ」
そんな時、ある女性の声が聞こえた。
振り向くと、腰に手を当てて俺たち全員を困ったような顔で見るサラの姿があった。
「もう、魔術試験始まるわよ」
教室内にはもう生徒はいなかった。
筆記試験が終わった後は、魔術の試験のために訓練場へと向かう手筈となっている。
「あ、ああ……」
俺は生返事で返しながら、筆記の解答用紙を鞄にしまった。
「……ああ、そうだ」
サラは教室を出る直前で足を止めるとこちらに振り向いて、
「あんたたちの中にいるとは思わないけど、筆記試験で合格点に達さなくても魔術試験でどうにかなるかもしれないわよ。ま、筆記の点数しだいだけどね」
と言って去っていった。
すると俺の方を見て、
「……なら、魔術試験で取り返すしかないね」
アレンが言った。
「……ああ」
俺はそれに強く頷き、訓練場へと急いだ。
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「これから魔術試験の概要を説明するわ。皆、しっかりと聞いておきなさい」
訓練場のドアを開けると、直後にそんな声が聞こえた。
声の方――訓練場中央部へと目を向けると、生徒の集団とサラの姿が見えた。
どうやらこの試験の監督はサラらしい。
「試験は二人ずつ前に出てきて、それぞれ魔術の発動をしてもらうわ。発動してもらう魔術は、これまでに習った全ての魔術。合格基準は、属性魔術の各初級魔術全てと中級魔術の七割を発動すること。加えて、治癒魔術は基本応用ともに全て発動すること」
これまでに習った全ての魔術を発動するとなると、かなり時間を食いそうだな。
それにしても、筆記試験とは比べ物にならないくらい厳しい条件の数々である。
やはり、実践で生死を分ける魔術の試験なだけあるということか。
「じゃ、R組の生徒から順番に呼んでいくわ。それ以外の生徒は適当に見学するなり、魔術の発動練習でもしておきなさい」
そう言って、R組の生徒二人が呼ばれ、試験は開始した。
試験は順調に進んでいく。
見ている限りでは、ほとんどの生徒が難なく全ての魔術を披露している。
初級魔術で苦戦する者など誰一人としていない。
強いて言えば、種類が多く、発動自体も初級より数段上の中級魔術で躓く者が少しいる程度だろうか。
しかし試験の合格基準では、中級魔術は七割成功すれば合格となっている。
一つや二つ発動できなかったからと言って、不合格とはならない。
「それじゃあ次――」
サラが名簿を片手に生徒の名前を読み上げる。
いまは隣のR組の番なので、知らない生徒の名ばかりが呼ばれていた。
だがここで、聞き覚えのある名前が飛び出した。
「――トリス・イークル、ジェシカ・レミアウス。前に」
トリス、そしてジェシカの名前が呼ばれた。
二人はサラの前に向かう。
「ではまず――」
サラが発動する魔術の名前を読み上げ、すぐさま二人は魔術の発動に入る。
「……そう言えば俺、どっちの魔術も見るのは初めてだな」
トリスに関しては学院長室で会ったきりだし、ジェシカは普段クラスが違うため魔術を発動したところを見たことがない。
さて、二人の魔術の腕はどんなものか……
「……ふっ!」
トリスは腕を前に掲げ、水の中級魔術、アクアウィップを発動した。
その横では、ジェシカが若干遅れながらも同じ魔術を発動している。
(トリスの魔術……発動が早いな)
これまで試験を受けてきたR組の生徒の中で、いまのところ一番の早さだろう。
ジェシカも、トリスが横にいるせいで遅く感じられるが、全体的に見れば平均以上だと見える。
サラは二人の発動がしっかりと確認できてから、次の魔術、次の魔術へと試験を進めていった。
「それじゃあ次――」
次にサラから言い渡されたのは、治癒魔術のリキッドヒールだ。
この魔術はその名の通り、傷を癒すヒールと病を治すリキッドの両方の効力を持った応用魔術だ。
それだけに、発動もかなり難しく、この前にもリキッドヒールを失敗してしまっていた生徒が結構いた。
だが……、
「――やぁっ!」
いままでトリスに先を越されていたジェシカが今度は先に発動した。
それに……
「……いまの発動、すごいな」
いつの間にか横にやってきていたエレカが呟いた。
彼女の言う通り、いまのジェシカの発動は早かった。
それこそ、いままでの生徒の誰よりも。
……いや、下手したら、この学院の全生徒よりも早いかもしれない。
「レミアウスさんはどうやら治癒魔術が得意みたいだね。さっきまでの属性魔術の時は少しだけ自身がなさそうに見えたけど、治癒魔術になってからとても落ち着いてる」
これまたいつの間にか俺の横にやってきていたアレンがそう分析した。
「ふふ、頼もしいじゃないか」
エレカがふっと笑った。
ジェシカが治癒魔術が得意となれば、パーティの戦略も大幅に広がり、非常に戦いやすくなる。
近接は俺とエレカ。闇討ちや連携はアレンとネロ。そして、回復はジェシカ。
パーティの人数も五人。これなら、二年の学内ランキング戦も乗り切れそうだ。
「――R組は終了よ! 次、O組準備しなさい」
そうこうしているうちにR組の試験は終了し、俺たちO組の番となった。
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――同日、夜。
「……ええ、分かっていますよ――」
広く大きなこの部屋とは対照的に、窓から夜空を見上げる小柄な女性。
月明かりに照らされて、その美しい水色の長い髪が煌く。
人はそれを、どう見るだろうか。
やはり美しいと見るか、それとも、恐ろしいと見るか。
「……失礼するわよ」
部屋の入口が開かれる。
入ってきたのは、赤髪の妙齢な人物。
腹部を曝け出した派手な服装で、茶色の上着を軽く羽織っている。
「ああ、サラ教官。いいところに来ましたね」
夜空を見上げていた小柄な女性は、いましがた入ってきた女性の名を呼びながら振り返った。
「どうですか? 試験は無事終了しましたか?」
「ええ、滞りなくね」
サラは微笑気味に答えた。
「アンジョウ君の筆記試験の結果が危ないと聞いていましたが、あなたの顔を見る限り平気なようですね」
「まあ、こんなところで落第されても困るわよ。……と言っても、どうせケリスは心配してなかったんでしょ?」
サラはからかうように、小柄な女性――ケリスに向かってそう言った。
するとケリスは再び夜空を見上げながら、
「……ふふ、私は全ての生徒を心配していますよ」
意味ありげにそう言った。
「相変わらずね」
ケリスは、昔からそうだった。
いつも全てを見ている。見過ぎているほどに。
だから彼女を狙う者は全て、どんな策を講じようが全てあしらわれた。
そしてそれは――サラだって同じだった。
「……どうやら、プラハーメンの一族がまた動き出したようです」
ケリスは不意に振り向いて、そんなことを言った。
プラハーメン。どこかで聞き覚えのある名だと思い、記憶の中を掘り返す。
「プラハーメンって……あの闇の商売一族の?」
その名は、かつてサラたちが冒険者の現役だった頃に対峙した一族の名だった。
しかしその一族は、ケリスの手によって壊滅させられたはずだ。
「ええ。いまグレイワース支部にいるクーレットから連絡がありまして。プラハーメン一族らしき人物が街中を歩いていたと」
また、何かをしでかそうとしているのか。
しかしそれにしても復活が早すぎる。
あの一族が壊滅してから五年と経っていない。
「……それで、どうするの? グレイワースに向かう?」
サラが問うと、ケリスは首を横に振った。
「いいえ、私にはあの時と違って学院長という役目があります。それに……」
ケリスはひと呼吸おいて、
「今すぐ行かなくても、あの一族が消えるのはもう時間の問題ですよ」
月がケリスの背後で輝く。
髪が煌き、影が伸びる。
サラはまだ、彼女の言葉の意味を理解できなかった。
次話から戦闘メインになってくる二年生編になります。
よろしくお願いします。




