変態の出会い
――何処からか子供の声が聞こえる。とても無邪気な子供の声。
薄くなっていた意識が段々と濃くなっていく。子供の声だけじゃなく、他の雑音も耳に入ってくる。
次いで、地に足が着く感覚。
「ん……」
俺は静かに目を開けた。そして目に入ってきたのは……
「これが……異世界!!」
視界いっぱいに広がる、石の絨毯。それが街並みを形成していて、建ち並ぶ家々はほとんど木造で少し古風な感じもする。
目の前を行き交う人々の服装は前の世界で見ていたようなものとはかけ離れていて、それだけでも自分が本当に異世界に来たんだと思わせる。
黄泉の入口で描いていたイメージとは良い意味で違う、口では言い表しきれないけれど……
「ワクワク、してくるねぇ」
俺の顔は、自然とほころんでいた。
夢にまで見たファンタジー世界。ここで俺の第二の人生が進むとなると、ドキがムネムネするのは致し方ないことであろう。
そんな俺は、近くに建っていた酒場っぽい建物のガラスを見て驚愕した。
「うおっ……」
店の窓ガラスに映った男性。顔全体の線が細くて一瞬女性と見間違ったが、男性の色もしっかりと残している。
それに、少しだけハーフっぽい気もするな。こんなんではにかまれでもしたら男の俺でも惚れてしまいそうだ。腰に剣とか付いてるし、レザーマント的なのを付けた服も何かとファンタジーっぽくていいぞ。
しかしこのガラスに映っている男性……俺である。
「想像以上だな」
角度を変えてちょっと表情を作ってみたりする。……お。この角度すげえイケメンに見える。
しかしこのまま変な角度で生活するわけにもいかないので大人しく正面を向いて生活するとしよう。
「さて」
改めて正面を向くと、行き交う人々の殆ど……主に女性が、俺の顔を見るなりヒソヒソと何かを言い合っている。俺のことを指さし、キャーキャー言っている。所謂、黄色い声援という奴だ。
……ああ、これが俺が手に入れた『チートレベルのイケメン』か。普通のイケメン程度ならここまで囁かれることもない。せいぜい少し見られるくらいだろう。
うーん、このまま行けばこの世界でハーレムを作ることなんて余裕かもしれないな……。
だがいまは、世の女性を虜にしている場合ではない。黄泉の入口で言われた通り、まずは自分の身を固めるために冒険者になる必要がある。
「あ、ちょっといいか?」
そんな俺の近くをちょうど通った少女に声をかけた。見た目は……俺と同じくらいだな。
声を掛けられた少女は、顔だけをこちらに振り向かせる。
「なんだ?」
「ここで冒険者になりたいんだけど、
何処に行けばいいか教えてくれないか?」
俺はいま出来る限りのかっこいい顔とかっこいい声で話す。
しかし……この少女、なんつー美人なんだ。
眩しいまでに整った顔立ちに、年若いながらも強い意志を感じさせる碧の双眸。こんなのが現実世界にいたら、間違いなく事務所にスカウトされてるやつだろ。
それに、なんだその綺麗すぎる金髪は。まるで二次元キャラが持つような綺麗なロングだ。
いやしかしだな、いまの俺はこの少女も見惚れてしまうほどの美貌になっているわけで……
「冒険者になりたいのか?」
しかし少女はあっさりと、そして平然と聞き返してきた。
――な、何ィ!? この俺のキメ顔&イケメンボイスが効いていない……!? ど、どういうことだってばよ……
「え? あ、ああ……」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった俺をよそに、少女は品定めでもするかのように俺の全身をじっと見始めた。やめてくれよ、そんなに見られたら恥ずかしいじゃないか。
しかし本当にこの少女、他の奴らと違って俺の顔に全く興味を示さないな……。
チートレベルっていうから、もはや好みとか関係ない次元のイケメンであると思っていたんだが、どうやらそうではないらしい。
一通り眺めたのか、少女はふう、と一つ溜め息を吐くととんでもないことを言い出した。
「装備はしっかりしているようだが、些か筋肉の付き方が残念だな。
顔は良いものを持っているようだし、そこのカフェのウェイターとかになったほうが将来安定するぞ」
少女はクイッと指をさしてみせる。そこには『カフェ ラングリエ』という名の喫茶店が建っていた。
街並みに合わせた古風な外観で、老舗臭がすごい漂う貫禄ある店のようだ。
ほうほう、確かにあの店なら――って、違う!
「だから俺は冒険者になりたいんだって!
別にウェイターになりたいわけじゃねえよ!」
全く、いきなり何を言い出すんだこの女は。勝手に俺の将来を決めないで欲しい。
つーか顔に対しても「良いもの」って。ちょっとオブラートに包み過ぎじゃないですかね? こちとら『チートレベルの』イケメンですよって。
しかし目の前の少女は俺の訴えなど知らんといった風に言った。
「厳しく言わないと分からないか? ――お前に冒険者は不向きだ」
……こいつ、初対面の人間に随分と失礼な奴だな。いくら美人だからって言って良いことと悪いことくらいあるぞ。
散々変態だのなんだのと蔑まれ続けてきた俺のメンタルじゃなきゃ、いま頃泣き喚いてここからいなくなってたところだぞ。
「そんなの実際になってみなくちゃ分からないだろ」
「……そんなに冒険者になりたいのか?
どうやら、この辺りでは見ない顔だが」
「まあな、そのためにここまで来たんだし」
「……ふむ、やはり他の地域では冒険者に対する憧れは根強いようだな……」
わざわざ異世界に来てまで普通の生活を送る趣味は俺にはない。
それにせっかくイケメンとして生まれ変わったんだ、ならファンタジー世界の主人公みたいに戦って女の子にチヤホヤされてハーレムくらい作ってやるとも。
少女は俺の反応を受け取ると、何かを考えるように一人でにぼそりと呟いてから顔を上げた。
「――それならば反対はしない。付いてこい」
そう言って、少女は身を翻して歩き出した。
あ、あれ? 何か知らんが意外とあっさり諦めてくれたな。物分りは良い奴なのかもしれない。
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三十分後。俺はある建造物の前に来ていた。
ところどころアクセントの赤が目立つ白を基調とした建物が、入口の門の奥で広がる敷地内に建っている。
しかし、ここは……
「これ、学校……だよな?」
門の奥に建つ建物はファンタジー物などでよく出てくる学園のような建物に非常に似ている。俺は「冒険者になりたい」と言いはしたが、「学校に行きたい」なんて一言も言ってないぞ。
「ここはケルティック学院。
冒険者になりたいならまずここで三年間学ぶ必要がある」
え、わざわざ異世界に来てまで机でお勉強しなくちゃならんの? しかも三年間も? マジで?
「学院に通う以外で冒険者になる方法とか無いのかよ」
「……この国には、偉大な冒険者が三人ほどいる。
彼らに直談判し、実際に試験で実力を認めてもらえたならば、冒険者としての資格発行は容易いだろう」
「その試験ってどんなのなんだ?」
「恐らく、実際にその偉大な冒険者と戦う実技試験だろうな。
冒険者は常に死と隣り合わせの職業だ。国から伝達を受けて危険な場所へ出向いたり、裏で暗躍するような組織に武力介入したりとな。故に、己の戦闘技術が生死を分ける。
勿論それ以外として依頼処理能力や合理的判断力も必要だが、命がなくてはそれらも意味を成さない。
……いまのお前には、そんな危険な職において"偉大"とされている冒険者たちに敵う自信があるのか?」
「うっ……」
少女が俺を見る。その視線はどことなく睨んでいるように思えて、威圧感を感じざるを得ない。
しかし、言っていることは正しいんだよな。
よくよく考えても俺は別にチート級の能力を持っているわけでもないし、このまま何も知らずに冒険者になったところで何もできない木偶の坊になるだけ……。それならおとなしくケルティック学院に入ったほうがっ無難に思えてくる。でも、勉強か……はぁ。
俺が憂鬱混じりの溜め息を吐いていると、横の少女はさっさと建物内に入っていく。
慌てて後を付いて建物の中に入ると、大勢の人々がこちらを振り向く。
内部は、左右に細長のソファが十列ほど並んでいて、それに年齢様々な人々がずらっと座っている。
しっかし随分と多いな……。これ全員冒険者志望の奴らなのか?
少女はそんな周りの目を気にすることなく、つかつかと歩を進める。
「ようこそ、ケルティック学院へ。
入学試験受験者の方々ですか?」
建物内部の中央奥で受付を担当している様子の女性が、横長のカウンター越しに俺たちに話しかけてきた。
お、結構可愛いなこの受付の人。……あ、目が合った。
「ああ。手続きを頼む」
「は、はい。では、こちらに記入を……」
少女が慣れたように返事をすると、受付の女性はカウンターの下から羽のついたペンとインク、それから何かの記入用紙を取り出した。
よく見ればそこには『入学試験受付用紙』の文字が。
なるほど、これに名前やら何やらを書いて登録するってわけだな。
しかしいざそれに書こうとした時、あることに気が付いた。
「あれ? 同じ用紙に書くんですか?」
差し出された一枚の用紙には名前や身分などを記入する欄が六つほど用意されていて、そこには『パーティメンバー記入欄』の文字。
……んー、パーティ。いい響きだねえ。ますます異世界に来た感じがするぜ。
「はい。記入欄の中でしたらどこでも構いませんが、
相方様同士隣接してお名前の記入をお願いしています」
ん、相方? 何の話?
俺が戸惑っていると、少女が受付にこう言った。
「すまないが、私たちは別にパーティではない。
今回の入学試験には、別々で受けるつもりなんだ」
「こ、これは申し訳ございません。しかし……」
慌てて頭を下げた受付の女性は、その後何故かバツの悪そうな顔をしている。
「当試験は二人以上のパーティでないといけないという規則がありまして……」
「それは分かっている。だが、何も百人単位で出ようというんじゃないんだ。
一人である以上こちらが不利なのだから、そちらとて何も問題はあるまい?」
ふむ、なるほど。確かに受験者側が不利なら、試験を行う側が断るメリットはないな。この少女、相当に受かる自信があるということか。
しかし、それでも受付の女性の表情は晴れきらない。
「恐らく大丈夫だとは思いますが……
他の受験者様はパーティを組んでおられますしあまりオススメはできません。
それに、念のため上の者に確認をしてみないと……」
「――ま、いいんじゃないかしら?」
そう受付の女性が言い終わる直前、背後の入口付近から若い女性の声が聞こえてきた。
振り向くと、腹部を露出させたデザインの服に赤い上着を羽織った、豊満な胸を持つ妙齢の人物が立っていた。
こちらが気付いたことを確認すると、女性はつかつかと歩いてやってきた。
「サラさん! で、ですが……」
「ああ、別にセイラに言っているわけじゃないわよ。
そこの二人組に言ってるの」
サラ、と呼ばれた妙齢の人物はこちらに目配せをしてくる。
え? 俺たちなの?
「サラ、といったな。どうやらこの学院の教官であるように見えるが……」
「ええ、サラ・クリスメイスよ。ここで教官をやっているわ。
それで早速提案なんだけど、あんたたちさ、いっそのこと組んじゃいなさいよ」
サラは試すような視線をこちらに送ってきた。
……いやあ、おっぱいでかいなあ。そっちにしか注意が行きませんよ、もう。
「基本的に一人で受けるメリットはないんだし、どうせなら組んだほうがどっちも受かる可能性があってお得よ? それに……」
そう言った、サラの目付きが一瞬だけ鋭くなった気がした。本当に一瞬だけだが、俺の横の少女を見る目が変わった気がする。彼女の赤い髪と同じ色の二つの瞳が、金髪の少女を射抜く。
「あんたは例え一人で入学しても、この先絶対に生き残っていけない。そういう意味でも、隣の彼とパーティを組むことをオススメするわ」
「……!」
自分を否定された少女は、サラをきつく睨んだ。
サラの言ったことは事実かもしれないが、もうちょっと言葉を選んでもいいと思う。
普通の人ならさらに怒りをあらわにしてもおかしくない状況だが……しかし少女は先ほどと変わらない声音で言った。
「……確かに、貴女の言う通りかも知れないな。
少年、私と組むのは構わないか?」
「え? あ、ああ……」
急に話を振られたせいで、考える間もなく答えてしまった……まあいいか、入学できれば。
俺の返事を聞いたサラは満足そうな表情を浮かべると、受付のセイラに後を頼んで建物から出て行った。
「そ、それでは改めて登録の方をお願いしても……」
「ああ」
俺と少女は揃って紙に名前を書く。
そう言えばまだお互い名乗ってなかったな。名前は……えっと、エレカ・アントマーっていうのか。
「ん? お前名前は東の字を使うのか」
と、俺の書いた名前を見たエレカが指をさしながら問いてきた。
もしかして、こっちの奴らの名前は全部カタカナ表記が一般的なのか? でも漢字も使われてるみたいだし。
それにしても、いま出てきた東って何だろうか。
「書き直したほうがいいのか?」
「いえ、この国にも東の方の字は渡ってきていますので別に問題はありませんよ。
ですが、もし入学されたら、後で少し困る事があるかもしれませんが……」
何それ。何かちょっと怖いんですけど。
「別にそんな手間でもないし書き直しますよ」
横の少女の名前を見る限り、どうやらこっちの名前表記はカタカナが一般的らしいからな。
俺は素早く名前をカタカナに書き直した。
「アンジョウ・セツヤというのか。
しかし、アンジョウとはこれまた珍しい名前だな」
「ああいや、名前はセツヤ、の方な」
「そうなのか……?
まあ東の勝手は分からないことばかりだからな……。だがそれならセツヤと呼べば問題無さそうだ」
う、うーん。いまいち会話が噛み合ってなかった気もするけど、まあいいか。本人は何か納得してるみたいだし。
「……はい。ではこれで試験の登録は完了です。
しばらくすると内部放送が掛かると思いますので、それまでお待ち下さい」
そんなこんなで転生してきて早々、俺はこの金髪美少女エレカとパーティを組むこととなった。