変態のある日常➂ ~ジェシカ&エレカ編~
最後の日常編です
「――それでさー、エリックの奴がなー」
「えー、そうなんだぁ。えへへ」
俺はある日の放課後、第一学舎を出た先でばったりジェシカと出会った。
手には今日の夕飯で使うであろう食材が抱えられており、俺はその半分を持つことにした。
その帰り道、ジェシカと今日あった他愛ない会話に花を咲かせていた時のことである。
「いやあああああ――!!!」
「無理だってええええ――!!!」
「きゃあああああ――!!!!」
前方から、甲高い悲鳴を上げながらこちらに向かって走ってくる数人の女生徒を発見した。
それぞれこの世の絶望を見たような蒼白の顔をしており、足をもつれさせながら走ってくる。
そしてそのまま俺たちにぶつかりそうになりながら、学舎方面へと走り去っていってしまった。
明日から進級試験が始まるし、もしかして三人で試験前の追い込み勉強会でもするのか? ……いや、さすがに違うか。
「な、何だったんだいまの……?」
「あの子たち、私のクラスメイトだ……」
「そうなのか?」
「うん……あんまり話したことはないけど」
ジェシカのクラスメイトということは、俺が知る生徒ではないということだ。
一年のクラスは二つ。俺が所属する、魔術教官及びシスターのオズグリフ教官が担任の、一年O組。
そしてジェシカの所属する、炎系魔術を教える魔術教官のレイト教官が担任の、一年R組だ。
いましがた恐ろしい勢いで通り抜けていった彼女たちは、レイト教官のクラスに所属する生徒たちということになる。
「……まあ、気にしてもしょうがないか」
事情を聴くにしても当の彼女たちはもう学舎の中に入ったらしく視界にはいない。
俺たちはそのまま振り返り、再び寮への道を歩んだ。
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寮の入口を開けると、見慣れた、それでももう何日も会っていないせいかどこか懐かしさすら覚える、一人の女生徒の姿があった。
「あれ……エレカじゃないか」
「ああ……セツヤか。それに……」
俺たちとの遭遇に若干驚きつつも、エレカは俺の横に目をやって、
「二人とも、いま帰りか?」
「そうだよー。でもエレカちゃん、その格好、もしかして……」
ジェシカがそう問うと、エレカは何かを思い出したように顔をハッとさせ、
「そうだ、私はこんなところで立ち話をしている場合では無い!」
そう言って、俺たちの横を通り過ぎようとする。
が、
「……エレカちゃん? どうしてエプロンを付けているのか、教えてもらってもいいかな?」
ジェシカががっちりと、エレカの腕を掴んでいた。
その目は決して笑っていない。口元だけが震え、歪んでいる。
「い、いや、その説明をいましている時間は……」
「エレカちゃん、また料理したでしょ?」
「え……」
その言葉を聞いた瞬間、いままで蓋を閉めていた栓が抜けたように、俺の鼻腔を微かな"異臭"が襲った。
「この臭いは……!?」
鼻をつく、腐敗と焦げが混じったような臭い。――間違いない。以前エレカが俺たちに夕飯を作ると豪語した後に漂った、あの"異臭"だ。
それに、臭いの感じは似ているものの、あの時より数倍酷い臭いに感じる。
「う……」
エレカはたじろいだ。
ジェシカの目が相変わらず笑っておらず、エレカただ一人のみを捉えている。
……ジェシカは、俺と同じく料理をする。
腕の差で言えば同じくらいだろうが、彼女は俺と違う。
料理に対する意気込みが違うのだ。
寮生活初日。ジェシカが朝俺にクッキーを作ってくれた時。
あの時ジェシカは、クッキーを作るための材料や器具など一式を、大きめのバッグに入れて持ってきていた。
ある程度は常に持ち歩いているのだと、そうも言ってみせた。
「どうして?」
そんなジェシカが、ゲテモノ料理人のエレカの料理をみすみす逃すわけがなかった。
ジェシカに問い詰められ、逃げられなくなったエレカは、助けを求めるように俺に視線を送ってくる。
……だが、こうなってしまったジェシカはもう止められない。
俺が「諦めろ」と目線だけで訴えると、エレカは諦めたように肩を落とし、俺たちに説明を始めた。
「……二人とも、学舎から来たのなら、途中で三人の女生徒を見なかったか?」
「女生徒? 確かに見たが」
「その女生徒たちは本来、私たちの部屋に来た、私のルームメイトの友人らなのだ」
エレカのルームメイト。そう言えばまだ一回も会ったことがないな。
そもそもエレカ自身を寮で見るのも初めてじゃないか?
謹慎中で何をしているかと思えば、まさかこんな形で遭遇するとは思ってなかったが。
「でもそれが、どうしてエレカちゃんがエプロンを付けていることに繋がるの?」
ジェシカはまだ一番聞きたいことを教えてもらっていないからか、早く言うように急かす。
「私のルームメイト――リリルカから、あらかじめ今日友人が来ると知らされていたから、サプライズのつもりで料理を作って待っていたんだ。そうしたら……」
「……この臭いで、その友人たちが逃げていったと。つまりそういうことか?」
エレカは俺の確認に頷き、
「一つ訊きたい。――私は料理が下手なのだろうか?」
俺たちをまっすぐに見据えて、エレカはそう問いてきた。
……これまで惨状だけを見れば、エレカは間違いなく料理ベタで、それもそうとうやばいレベルにいる。
でもそれはこれまでであって。
いまのエレカの瞳には、「料理が上手になりたい」という確かな意志が込められているような気がした。
その瞳を見たからか、ジェシカが、
「ならエレカちゃん。いまからでも遅くないよ。私と一緒に料理の特訓、しよう?」
「ジェシカ……」
ジェシカの料理に関する力量は、一番近くで見ている俺がよく知っている。
料理の本質をよく理解しているため、他人に教えるのも俺より適任だろう。
俺はどちらかというと、若干感覚で料理をしている節がある。
俺では、エレカの代わりに料理は出来ても、エレカに料理を教えることは出来ないだろう。
それからエレカは確かに頷いて、
「……分かった。ジェシカ、どうかよろしく頼む」
「ふふ、頼まれました」
ジェシカから料理を教わることとなった。
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「おじゃましまーす」
どうせならと、エレカの料理特訓の場をエレカの部屋とした。
「おかえりなさーい……ってあれ? ミルたちは? それに、あなたたちはどちら様?」
玄関を抜けると、リビングには一人の女生徒がいた。
エレカを一度見てから、俺たちに目をやる。
「ああ、この二人は、私の友人で……」
「セツヤだ」
「ジェシカ・レミアウスです」
俺たちがそれぞれ自己紹介をすると、呆気に取られていた女生徒は我に帰ったように頭を下げてきた。
「ああいえ、こちらこそ……エレカのルームメイトのリリルカ・ミスエリスです」
リリルカ。そう名乗った女生徒は頭を上げると、再びエレカに目をやった。
「それでエレカ。ミルたちはどうしたのよ?」
「いや、それがな……」
エレカはリリルカに弁解し、俺たちがここに来た理由も話した。
「そう……まあ、彼女たちには今度私から謝っておくわ。それで、ジェシカさん……だっけ? あなたがエレカに料理を教えてくれるの?」
「は、はい。そのつもりです」
「それじゃあお願いしたいけど、そう、まさかね……」
「どうしたんだ?」
リリルカの納得いかなげな表情に、俺は問いた。
「いえ……確かにエレカの料理って独創的で本来のレールから外れてはいるけど、私は別に平気なのよね」
「は……?」
衝撃の一言がリリルカから飛び出した。
……よくよく考えてみればこの女生徒、いままでエレカのあの料理を食べ続けてきたんだよな……。
つまり、この女生徒は……、そういうことになるのか?
「とりあえずエレカ、頑張ってね」
「ああ。いまより確実に上手くなってみせるぞ」
「それじゃあエレカちゃん、始めよっか」
エレカはリリルカに向かってしかと頷き、ジェシカとともにキッチンへと消えていった。
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ジェシカとエレカがキッチンへと消え、リビングには俺とリリルカだけが残った。
リリルカは俺に、テーブルの椅子に座るよう促してきたので、それに従う。
改めてリリルカの容姿を見てみる。
女子にしては身長が少々高く、実年齢よりも少しだけ大人びて見える。
髪はセミロングで、よく手入れが行き届いているようだ。
大人びて見えるのは、黒と白が目立つシックな私服に身を包んでいるせいでもあるのだろうか。
「それにしても……」
俺の真向かいに座ったリリルカはそうつぶやいてから、
「エレカにお友達がいるなんてね……それも、男の子が」
「俺は友達というより、パーティメンバーだ」
「あら、そうなの?」
俺の顔をジッと見つめ始めた。
「あの子……こういう顔の男の子が好みなのかしら?」
「何を言ってるんだ……」
俺が呆れていると、
「ふふ、ごめんなさいね。でも私、友達の想い人を奪う趣味はないのよ?」
「だから、そんなんじゃ……!」
「はいはい、分かったって」
リリルカは俺の必死の否定を真面目に受け止めている様子はなく、愉しそうに口元を歪める。
……それにしても、こいつ、エレカのルームメイトで、友達、なんだよな……?
学院内でのエレカの他生徒からの目を見るに、いくらルームメイトとは言え自ら"友達"と名乗る奴がいるとは信じられない。
俺がリリルカのことを知らなかったということから、彼女はレイト教官の生徒だ。
とは言え、エレカの存在は学院中に知れ渡っている。
「……リリルカは、どうしてエレカと普通に接しているんだ?」
俺は思わず、そんなことを訊いてしまっていた。
問われたリリルカの目が見開かれていくのを見ながら、俺はしまった、と口元を押さえた。
「す、すまん……そういうつもりで言ったわけじゃ」
すると見開かれていたリリルカの目が元に戻り、
「ふふ、別に気にしてないわよ」
俺の反応を楽しむように、目元を緩めた。
「い、いや。ほんとすまん」
「いいって。私も、エレカが学院であまり良く思われてないのはよく知ってるし」
リリルカはそう言って、キッチンの方へ目をやりながら口を開いた。
「……私にとっては、エレカが皆からどう思われていようが、そんなことは関係ない。私のルームメイトで、友達で、同年代の女の子。ただそれだけよ」
「そう、か……」
「逆に私は、そんなエレカとパーティを組んでいるあなたの方が気になるわ」
「え……?」
過去に一度だけ、エリックからも問われたその疑問。
何故、エレカとパーティを組むのか。
最初に問いてきたエリックは、単に俺とエレカの関係を知りたがっていたようだが、リリルカは違った。
もう既に、学院での月日は一年を経過しようとしている。
最初期のみパーティを組んでいたならともかく、俺はいまでもエレカとパーティを組んでいる。
そこまで続けるのは何故か。リリルカの瞳は、俺にそう問いて来ていた。
「俺は……あいつの、強い意志の秘密を知りたいんだ」
エレカ・アントマーという俺とほぼ同い年の少女は、底知れない強い意志で、自らを前に前に突き動かしている。
その動力源を、俺は知りたい。
「強い、意志……」
リリルカは目を瞑ると、微笑した。
「ふふ……何だかその気持ち、少しだけ分かる気がするわ」
「分かるのか?」
「ええ。この学院に入ってから、彼女と同じ時間を一番に過ごしているのはあなたではなくて、私なのよ?」
「ああ……」
そうだ。同じパーティメンバーの俺なんかより、ずっとリリルカの方がエレカを見ている。
それどころか、俺はつい今日、寮内でのエレカを初めて見た。
リリルカならばもう幾度も見たであろう、そのエレカの姿を。
「でも、私はあなたたちが少し羨ましいわ」
「え?」
首をかしげる俺に、リリルカは続ける。
「だってエレカ、いつも帰ってくると自分のパーティの話ばかりするんだもの。それも、とっても楽しそうに」
そう言うリリルカは、どこか遠いものを見る目をしていた。
「……謹慎処分を受けてからエレカ、やっぱりどこか暗かった。それを私に見せないようにはしていたのだろうけど、私には分かった。でも……今日あなたたちを連れてきた時のエレカの顔には、少しだけ光が戻っていた気がしたの」
エレカは、一人で何でも抱え込んでしまう癖がある。
戦闘に関すること以外全てにおいて疎いというのに、生来の性格なのか、誰にも相談することなく一人で解決しようとしてしまう。
「だから……これからも、エレカのパーティメンバーで……お友達でいてあげてね」
「……ああ」
言われなくても分かっている。
あいつは不器用で、常識知らずで、一人では生きていけないのだから。
「――あーっ、だからエレカちゃん! それお塩とお醤油間違えてるよー!」
「――む? どちらもしょっぱいのだから、差して違いはあるまい?」
「――違うよ、大違いだよ! もう~」
そんなやり取りがキッチンから聞こえてきて、
「……はぁ、こりゃあ俺も行ったほうがいいかな」
「ふふ……そうね。お願いするわ」
リリルカの言葉を背に受けながら、俺はキッチンへと向かうのだった。




