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変態のある日常② ~ネロ編~

ネロの故郷のおはなしとか

 学院に内設する専用食堂。

 一日の授業が終わるとこの食堂には大勢の生徒や教官たちが集い、皆それぞれ思い思いの料理を選んで憩いのひとときを過ごす。

 そんな食堂で、俺は普段から夕飯の食材を調達する。

 学院長の計らいで、食堂に置いてあるものは基本的に無償なのだ。

 とは言えさすがに街にある商店などと比べると品揃えは劣ってしまう。

 だが、そこは俺とジェシカの料理スキルでカバー、というわけだ。

 まあそもそも俺は他の生徒と違って仕送りとかが無いから、どっちにしてもこの食堂で調達する以外に選択肢は無いわけだが……


 食堂に入ると、壁に張り出されたメニュー表と睨めっこする小柄な少女の姿が目に入った。

 袖口などから見える褐色の肌が、幾ばくかの目新しさを感じさせてくる。


「ようネロ、お前食堂に来てたのか」

「……あれー? セツヤ、珍しいねー?」


 ネロは俺の存在に気が付くと、不思議そうに見ながら近寄ってきた。


「俺は夕飯の買い出しに来たんだが……お前はいつもここで食べてるのか?」

「そうだよー。いやー、こないだ来てからここの味を忘れられなくなっちゃって」


 言いながら、メニュー表の前に再び向かうネロ。


「セツヤ、知ってた? 実はここのメニューには、放課後限定の隠れメニューが存在するんだよ!」

「そ、そうなのか?」

「……でも、現実はとても非情なんだ」


 途端、ネロの表情に陰りが出た。

 な、何だ? この食堂にはそんな非道いことがあるって言うのか……?

 俺がそうして身構えていると、


「今日はその限定メニューが同時に三つも出るスペシャルな日なんだよ! それがまさか今日だなんてー……限定メニュー三品から一つを選べなんて、生殺しもいいところだよっ!」


 ネロは拳を固く握り締め、悔恨の表情でそう言った。

 ……はい?


「もう、食堂のおばさんも酷いと思わない? ウチらになーんの言葉も無しに突然だからね? そんな急にいつもは一回一食のペースで出る限定メニューを三つ出されても、選べるわけないよ!」


 目をくわっと見開き、そう俺に熱弁を奮うネロ。

 ……いや知らんし、俺別に限定メニューとやらに興味も無いんだが。


「いいから、さっさとメニュー決めてこいよ」


 促すと、メニュー表に目をやるものの、どうにも決めあぐねている様子である。

 さすがに俺もネロがそこまで迷い決めあぐねている限定メニューというものが気になったので、後ろからメニュー表を見やる。

 メニュー表には、


『羊肉のスープ煮込み』

『ウラカイヨウサケのムニエル』

『ケルティック食堂秘蔵シチュー』


 の三点が記されていた。

 どれも名前だけでも目を引くものばかりで、ネロが簡単に決められないのも多少は頷けた。

 とは言え、俺は別にここい夕飯を食べに来たわけじゃない。ネロなどさっさと置いて、食材を確保してから部屋に戻らねばならないのだ。

 俺は頭を抱えるネロの横を通り過ぎようとする。

 だがそんな俺の心を見透かしでもしたのか、


「セツヤだったら何食べたい?」


 と、俺の方を向かないままネロがそう問いてきた。

 ……腕だけはがっしりと捕らえて。


「俺は別に……」


 言いかけたが、俺としてもここまで話しておいて「それじゃあ」と去れるような淡白な男じゃない。

 ネロ自体には特別な感情を抱くことはないだろうが、仮にもこれからパーティメンバーとして一緒に行動する人間だ。

 そんな人物とせっかく二人きりで会話ができるチャンスをみすみす逃していいものなのか。


 だが俺がそんなことを逡巡している間に、ネロは三つのメニューから一つを選び出したようで、


「…………よし、決めた! 行くよセツヤ!」

「お、おい! そんなに引っ張らなくてもっ」


 俺の腕を強引に引きながら、食堂の受付カウンターに向かうのだった。





 食材全ては受付カウンターの横に区切られている特別エリアというところ取り扱われている。

 つまりは俺も受付カウンターには行かなければならなかったということだ。


 二人がけのテーブルにネロと向かい合わせるようにして座った俺は、彼女が選び出した料理に目をやった。

 ハリアブルー周辺海域で捕れる『ウラカイヨウサケ』を使ったムニエルだそうだ。


「んん~、美味しそうだねー」

「まあ、確かに美味そうではあるな」


 新鮮な魚の引き締まった身が、目で見るだけでも分かるほどだ。

 脂もよく乗っていそうで、幾回の荒波を乗り越えてきたたくましい魚であることが窺える。


「さてと……それじゃあ、いただきます」


 ネロは礼儀正しく手を合わせてから、魚を口へと運ぶ。

 その顔が、崩れるように綻んだ。


「んん~~、やっぱりウチ、お魚さんがイチバン好きだな~」

「ここの限定メニューって、全部食べたことあるのか?」


 俺が問うと、ネロは十分に魚の味を楽しんでから答えた。


「……もっちろん! ちなみにウチが確認しただけでも、ここには限定メニューが十品以上はあるっぽいねー」

「へぇ、そんなにあるのか」


 いつも通常メニューを二十品近く出してるのに、限定メニューだけで十品もあるなんて。

 下手したら、通常より限定の方がメニュー数多かったりしそうだな。


 俺が相槌を打っていると、ネロが俺のその姿をじっと見て、


「セツヤ……食べたいの?」


 と言った。


「え? いや別に……」


 一度は否定してみるものの、やはり少しは気にもなる。

 俺が料理をそれなりに嗜むというのもあるが、やはりただ単純に、人は美味しそうなものに目がない。

 「美味しいものなんて絶対に食べたくない!」なんて奴はいないだろう。


「食べてもいいよ?」


 ネロは何の気なしに、そう言ってみせた。


「い、いいのか?」

「うん!」


 おお……くれる、と言うのならありがたく頂戴しよう。

 食べることで、もしかしたら俺の料理レパートリーがまた一つ増えるかも知れない。

 俺が自分で使うための食器を取りに行こうと席を立ち上がると、


「ちょっと、どこ行くの?」

「え? いや、フォークとか取りにだが……」

「そんなのいらないよ! ……えいっ!」

「むぐっ!?」


 俺の口の中に、フォークごと何かが強引に放り込まれる。

 驚きのあまり慌てて口の中に入ったものを噛む。

 瞬間、溢れ出てくる魚の脂が口いっぱいに広がる。

 それに、何かの香辛料だろうか? 香りの高い匂いが鼻を通り抜ける。


「どう、美味しい?」


 俺の口からフォークを抜き取り、笑顔でそう問いてくるネロ。


「んぐっ……んっ」


 俺はむせ返りそうになるのを必死にこらえてムニエルを飲み込む。


「美味しい?」


 再びそう聞いてくるネロ。

 俺の感想がそんなに待ち遠しいのか、気が付けばかなり身を乗り出していた。


「……、いや、確かに美味いが……フォークをいきなり口に突っ込んで来るのは危ないだろうが!」

「えへへ、でも美味しかったでしょ?」


 確かに味はかなりのものだった。

 以前貴族御用達のホテルに泊まったが、もしあそこで料理を食べられていたなら、こういうものが出されたのだろう。そう思えるくらいには美味しいと感じた。


「美味かったが、それとこれとは話が別だろ」


 こいつには恥じらいとかデリカシーとかその辺りのおおよそ人として必要なものが欠けているのか?

 まさか、エレカ(あいつ)以外にこんな奴が存在するとは思いもしなかったぞ。


「まあまあそんなに怒らないでよー。ほら、もう一口どう?」

「もういらん」


 俺は小さく溜め息を吐きながら席に座り直した。

 ネロは俺が座ったのを確認すると、再び食を進め始める。

 せっかく二人きりなので、俺はネロに質問してみることにした。


「なぁ、そう言えば前に、お前の故郷はヘイストスの外れにある村だって言ってたよな」

「んー? そうだよ、それがどうかしたの?」

「いやな、その話を聞いた時は流れちまったけど、お前がいままでどういうところで暮らしてきたのかってのが単純に気になってな」

「あー……」


 ネロは俺の言葉を聞くなり、食べる手を止めて遠くを見た。

 そして昔を思い出すようにして話し出した。


「……ウチの故郷は、ヘイストスの北の外れにあるヴェルエヌって言う小さな村で、村の人もそんなに多くなくて、二十人くらい。でも皆家族みたいな存在だよ」

「へぇ、やっぱり村に住んでる人たちって仲良いんだな」


 この国の主要都市のような大きなところだと難しいが、村などの小さな範囲に住む人々が皆仲が良いというのはよく聞くことだ。


「ウチが学院(ここ)に行くことになるって知った時、村の皆大騒ぎだったなぁ……」


 故郷の村のことを思い出しているのだろう。

 ネロは目を細めた。


「ネロはどうやってこの学院に来ることになったんだ?」

「ここの学院長……ケリスさん、だっけ? その人がウチに声をかけてくれたんだー」

「ケリスが? お前の村に行ったってことか?」

「そうだよー」


 まさか、わざわざ冒険者になれそうな優秀な奴を探して他国まで行ったのか?

 相変わらず学院長(ケリス)の考えることは分からんな。


「でも、確かウチの村に来たのは偶然だって言ってたなー」

「偶然……」


 ……ああいかん。これ以上考えてたらまたケリス本人に見透かされそうで怖い。話を変えよう。

 俺はかぶりを振って、話を変えるべく再び口を開いた。


「ヘイストスって、冒険者の認識とかどうなってるんだ?」


 クリムゼル大王国(この国)では、王都のダウナートを除いた他の地域での冒険者の認識は基本的に悪くないらしい。

 何故ダウナートで冒険者があまりいい評判を聞かないのかとかはエレカが詳しく知っていそうだが、まあ、それを訊くのは無理だろう。


「んー……首都とかの方になると分かんないけど、少なくともウチの村ではスゴイ立派な職業だって言われてるよ。何でも、ウチが生まれるずっと前に村をモンスターから救った恩人の冒険者がいたんだって」

「へぇ……」


 恩人の冒険者ねぇ。

 あれか? もしかして、この国にいいるっていう偉大な冒険者の一人だったりするのか。


「ウチね、その恩人さんくらいスゴイ冒険者になるのが夢なんだー」


 瞳ををキラキラと輝かせながらネロはそう言った。


「いい目標じゃないか」


 ネロにしてはまともな夢だなとつい思ってしまった。


「……ウチの村ね、確かに皆仲が良くて優しくてとってもいいところなんだけど、ご飯とかは自分たちで育てた野菜とか野生の動物とかを狩って確保しなくちゃいけなくて、結構大変なんだ」


 小さな村。それも国の外れにあるともなれば、そう言った現実が浮き彫りになるのは仕方ないのかもしれない。


「だから、ウチはここで立派な冒険者になって、村の皆に恩返しするんだ。ウチがいままで元気にやってこられて、この学院にいるのも全部村の皆のおかげだから。これはもう皆に約束して出てきたから、絶対だよ」


 へへん、と自信有りげに胸を張るネロ。

 ……こいつ、見た目とか言動に似合わず、意外とちゃんとしてるのかもな。

 すると、


「だから」


 ネロは人差し指を俺に向けて、


「セツヤも、ウチに付き合ってね!」


 満面の笑顔で、そう言った。

 曇り一つない、純粋無垢な笑み。


「……まあ、出来るだけな」


 俺は本気半分、冗談半分でそう答えてみせた。

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