変態の新たなクラスメイト
名前持ちのキャラが段々増えてきました。
約二ヶ月あった夏期休暇が明けて、通常の授業が再開した。
季節は巡り。葉の色も茶に染まり、吹く風も冷たく、段々と秋気を感じれるようになってきた。
気候の移ろいは前の世界――特に、俺が住んでいた日本と遜色なく変化していく。
「はぁ……」
授業の方も着々と難しくなっている。
夏期休暇前からやってきた種類の多い中級魔術も、ようやく半分を過ぎたといったところか。
「はぁ…………」
魔術の発動は大変だ。
空気中に停滞するマナに意識を集中させ、魔術の完成イメージを想起する。
魔法陣が現れたら、頭に浮かべたイメージをそのままにしつつ、難解な術式を素早く解かなくてはならない。
やり方をパッと教えられて、おいそれと簡単にできるものではない。
だからこそ、この一年の時間をほとんど使って、魔術の発動を身体に刻み込んでいくのだ。
「はぁ………………」
俺には幸い、『解読キャンセル』という能力がある。
人よりも数段階、魔術のイメージを鮮明に膨らませることができる俺は、魔術で苦戦する他の人間よりも多少は一歩前に出ている。
……それでも魔術を知らない俺にとっては、その魔術のイメージがどんなものなのか記憶する必要がある。見たことがない魔術をイメージしようとしたって、そんなものは無理だ。
だから、元から魔術に教養がある奴には、勝てなかったりもする。
「――おい、なに溜め息何か吐いてボーッとしてんだよっ!」
「あだっ!」
バン、と背中を叩かれた。
突然のできごとに振り向くと、横のエリックが俺をにやけた目で見ていた。
「な、何だエリックかよ……脅かすな」
「お前、また――」
エリックが教室の右前辺りを指差す。
教室の一番右前にいるのはアレン。
その二席ほど後ろにはミレイ。
そしてそのさらに二席ほど後ろは……
「――また、エレカちゃんの席。見てたろ?」
俺の顔を覗くように、エリックはそう言った。
「はぁ……?」
な、何を言ってるんだこいつは……。
俺が、エレカの席なんか見るわけ……。
「エレカちゃん、休暇が明けたと思ったら急に謹慎処分だってなもんなぁ。何があったか分からねえが。……そうだ、お前なら何か知ってるんじゃねーのか?」
「…………」
ミレイの席の二つ後ろ。
空白の席。
このクラスで唯一、空白の席。
エレカの席にはいま、誰も座っていない。
「お、おいセツヤ……?」
俺は……エレカがこの教室にいないことが気になるのか?
エレカが俺の近くにいないことが……そんなに怖いのか?
「分からない……」
「へ……?」
分からない。
俺にとってのエレカ・アントマーという存在は、強い意志を持ち、ただひたすらに強い少女だ。
エレカは別にこの学院からいなくなったわけじゃない。
寮の部屋でいまも謹慎しているはずなんだ。
だから、いつでも会えるんだ。
でも……
「――遅れてしまいました、ごめんなさい」
ガラッと、教室右前のドアが開けられた。
謝罪の言葉を交えながら入ってきたのは――担任のオズグリフ教官だった。
「もー、きょーかーん。何やってるんですかー」
教室中が、オズグリフの登場で一気に賑やかになる。
「オズグリフ教官、今日も綺麗だなぁ……な、お前もそう思うだろ?」
エリックが俺の頭をグイっと鷲掴みにしてくる。
「……にしても、何で教官来るの遅かったんだろうな? いつもは時間にキッチリ来るのによ」
そんなエリックの疑問に答えるかのように、オズグリフはこう話し始めた。
「今日は皆さんにお伝えすることが一点あります」
その言葉に、教室中がまたもやざわつき始める。
……嫌なざわめきだ。休暇明け最初のオズグリフ教官の授業で、エレカの謹慎が伝えられた時を思い出す。
「えー、皆さん静かに。……ではどうぞ、入ってください」
「え……?」
オズグリフが教室のドアに向かって合図をすると、ある一人の少女が入ってきた。
真新しい半袖の白の制服に身を包み、真新しい鞄を持って、オズグリフのいる壇上まで歩いてくる。
制服の袖から見える肌は、綺麗なまでに染まった褐色。
黒と茶を合わせたような色の長い髪を後ろで束ねて、ポニーテールのようにしている。
そしてくっきりと開いた金色の瞳を爛々とさせながら、教壇の上から教室を見渡すように一周。
「紹介します。今日からこのクラスに転入することになった……」
「ネロ・クロイメル、十八歳だよ! よろしくね、皆!」
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転入生。
それはあって当然の出来事だし、前の世界でだって高校に通っていたわけだから、何度か経験はある。
そしてその転入生が、俺の席の左隣に来ようとも、それはそれで当然ありうることだ。
しかし……
「うわーすっごーい! キミ、綺麗な黒髪だねぇ。前いたとこじゃウチみたいに黒に近いのはいたけど、こんなに綺麗で純粋な黒髪はキミが初めてだよー!」
如何せんテンションが高すぎる!
俺の知ってる転入生って、もっと地味で、もっと口数少なくて、もっと大人しいイメージなんだ!
女の子で言えば、清楚で、お淑やかで、礼儀正しくて……
え? 意味なんてほとんど一緒だろって? うるせぇ。
とにかく、こんなテンション高いのは女の子っぽくねぇんだよっ!
女の子っぽくない……そう、まるで…………
「あれー? どうしたの? そんなにムツカシイ顔しちゃってさ!」
少女――ネロが、俺の顔を不思議そうに覗き見る。
小さな顔が、俺の視界いっぱいに映り込んだ。
「別に、なんでもねぇよ」
と、俺は軽く顔を背けてあしらう。
……が、ネロの興味心はそれだけじゃ拭えない。
「なんだいなんだい? ……もしかして、カワイイ女の子のことでも考えちゃってるのかな?」
「は……はぁ!?」
何なんだこいつは!
やけにテンションが高いと思えば今度はエリックみたいなことを言い出しやがって!
「……セツヤ君? いまは授業中ですよ」
教壇に立って授業をしていたオズグリフの目が俺を軽く睨んだ。
「す、すいません……」
くそっ、こいつのせいで怒られちまったじゃねぇか。
教室の一番前まで聞こえる声だったのか……。
俺は睨むつもりで、キッとネロを見た。
「ふふ……キミ、結構カワイイ顔してるのに、そんな目もするんだねぇ。言葉使いもちょっと荒っぽいし、見た目とのギャップがまたたまらないのかもね!」
そんなことを言いながら、ネロは魔術の本をペラペラと捲る。
こいつ……まさか俺を舐めてるのか?
なら男として、舐められたまま黙ってるわけにはいかねぇ!
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「ネロちゃん……だっけ? よかったら一緒にお昼食べに行こうぜ」
午前の授業が終了した後、エリックがそんなことを言いだした。
「お、おい。本気で言ってるのか?」
俺は止めてみるが、エリックは聞く耳を持たない。
「ねぇ~、どう? こいつも一緒に連れて行くからさ!」
エリックは俺を指差す。
「そうだね、一緒にご飯を食べるのに人が多いに越した事はないと僕も思うよ」
俺たちの席の近くに来ていたアレンも、エリックの提案に賛成のようだった。
彼も、エリックや俺とともに、夏期休暇に入る少し前辺りから一緒に食堂で昼食を取るようになっていた。
「そうだなー……うん、是非行きたいな! だって、キミも来るんでしょ?」
そう言って、ネロは俺を目線で示す。
「そりゃまぁ、いつも食堂で食べてるからな……それと、俺は"キミ"じゃなくて"セツヤ"だ」
「ほいほい、わーかってるよってー」
「よし、それじゃあ決まりだな。んじゃ、早速食堂に――」
「――あ、あの!」
俺もエリックに続いて席を立とうとした、その時。
教室後方のドアから聞き覚えのある少女の声が聞こえた。
「アンジョウ・セツヤ君、いますか!?」
その声は、ジェシカのものだった。
教室の入口であるドアの前で、おどおどしながらも視線を教室中に回している。
なので、ここだぞー、と手を振って合図してみた。
「あっ!」
俺に気付き、腕を後ろで組みながら駆け寄ってくるジェシカ。
「セツヤ君、良かったらお昼一緒に食べない?」
「ああ、お昼か……」
言われて、俺はちらりとネロを見やった。
その瞬間、ジェシカの顔に陰りが出た。(気がしたと思いたい)
「……セツヤ君、この子は?」
「えっと、今日このクラスに転入してきた……」
「ネロだよ! ネロ・クロイメル!」
自分でそう自己紹介をすると、ネロは目を輝かせてジェシカに飛び寄った。
「この子……! カワイイ! 小動物みたいで、ぎゅぅ~っと抱きしめたくなっちゃうね!」
いやもう抱きしめてんだろ。
「……それでセツヤ君。どうして転入生の子がセツヤ君の周りにいるの?」
ネロに抱きしめられながら、ジェシカは表情一つ変えずに俺に問いてきた。
……この顔、前にも見たことがある。
休日に、ジェシカとエレカが初めて会った時だ。
「何でって言われてもなぁ……」
ジェシカの視線から逃げるように、今度はエリックを見やってみる。
「ネロちゃん、席がセツヤの隣なんだ。……っつーか、俺からしちゃ君は誰なんだ? ってなるけどな」
「席が……隣……」
ジェシカはしばし思考を巡らせた後、口を開いた。
「なら、まだ私の勝ちみたい」
勝ち!?
今日転入してきた奴と一体何の競い合いしてんの!?
「それより、早く食堂に行っちゃおうよ。人で埋まっちゃうかもよ? そうだ、良ければレミアウスさんもどうかな?」
「え、お昼?」
「ああ、俺たちこれから食堂にお昼を食べに行くんだ。ジェシカなら俺は全然歓迎だけど……」
「……行く! 一緒にお昼食べる!」
ジェシカはやけにムキになった様子でそう言った。
「なら、決まりだな。んじゃ改めて、食堂に行こうぜ」




