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変態の決意

直接的な残酷描写は今回が初めてですね

 一夜明けて。ハリアブルーから学院へと戻ってきた俺たちは、途中でジェシカとサラと別れ、エレカと二人で学院内に残っていた。

 いま学院内には半分ほどの生徒しか残っていない。

 そのため、対象の人物たちを見つけ出すのは容易かった。


「オイオイ、キュレアちゃ~ん。そんなに怯えなくてもいいんじゃぁねぇの?」


 学院の一角。

 木々が影になって誰も通らないようなこの場所に、男生徒の声が響く。


「う……ひくっ……」

「カカ、クシールが少し脅しただけで泣き出しちまったぜこいつ!」


 キュレア、と呼ばれた女生徒は脅された恐怖から小さく肩を震わせる。

 しかし、横にいたもう一人の男生徒がそれを見て嘲笑った。


「くそ、あいつら……!」


 エレカはいまにもあの中へ飛び出していってしまいそうだ。

 クシールとゼルゴ……カーチスの姿は見当たらないが、この二人だけでも十分に危険人物だ。


「待てエレカ。いま飛び出しても、俺たちにあいつらを咎める根拠がない」


 そう、まだ彼らは手を出していない。俺たちの前では。

 ここで捕まえたとしても、シラを切られる可能性がある。


「あいつらがあの生徒に手を出すところを抑えないと……」


 俺がエレカのことを抑えつつ様子を覗っていると、


「へへ……」


 スキンヘッドの男生徒、クシールの手が、とうとうキュレアの身体に伸びて…………


「……どけっ!」

「あ、おいっ!」


 瞬間、エレカは俺の腕を振り解き飛び出した。


「おい、そこまでだ」

「あ……?」


 エレカの声に、クシールとゼルゴは振り向いた。

 そして、俺たちの姿を見て言う。


「お前ら、昨日のっ……!?」

「ったく、そんなに急がなくたって……まあ、そこまでやってくれれば証拠もばっちりだけどな」


 クシールの手はまだ僅かキュレアに触れてはいないものの、もうここまでくれば彼らも言い逃れし辛いだろう。

 取り押さえる証拠としては十分だ。


「な、何しに来やがった! しかもこんな人のいないところに……!」


 銀髪を暴れさせながらゼルゴが興奮したように叫ぶ。

 ここなら誰の目にも留まらないと決めつけていたのだろう。


「お前らの数々の悪行は既に上がっている。……だが、私も鬼ではない。ここでいままでの罪を認め、これからの行動を改めるというのであれば、見逃してやる」

「くそ……、たかが女に何ができるって言うんだ!」

「……その答えは、否定と取って構わないのだな?」


 エレカの周りに、丸型の赤い魔法陣がいくつも出現した。

 ……魔術を発動するつもりだ。


「ならば、これよりお前たちを無力化させてもらう」


 言うと同時に、周りの魔法陣から巨大な炎球がいくつも生成された。

 太陽のように輝く炎球が、暗がりを照らす。


「な、なぁっ……!?」


 あまりの光景に、クシールとゼルゴは言葉を失っていた。

 目の前には、膨大な熱量を誇る火の玉の数々。

 これを一つでもぶつけられれば、たちまち黒焦げになってしまう。


「……もう一度だけ聞く。これまでの行いを悔い、改める気はあるか?」


 エレカは一歩踏み出し、問い詰めるように言った。


 だが、


「こんなところで……捕まってられるか!」


 そう言ったゼルゴは懐から何かを取り出し、地面に投げつけた。


 そして次の瞬間、


「――け、煙玉っ!?」


 視界を覆う白煙。

 モクモクと立ち込める煙のせいで前が全く見えない。


「くそっ……こんなことでっ!」

「ダメだ、エレカ!」


 俺は煙の中に向かって火の玉を撃ち出そうとしたエレカを止める。


「何故止める! 逃げられるぞ!」

「ダメだ! ここで下手にそんなもの撃ったら、どんな被害が出るか分からない!」


 ここはあくまで学院内で、そして学院内での勝手な戦闘はどんな理由があれど禁止されている。

 右も左も分からないこんな状況でもし火の玉を撃ち出せば、学院の建物に直撃して痕跡を残してしまうかもしれない。

 それでなくとも、まだ学院に残っている生徒に当たってしまう可能性だってある。

 そうなれば、俺たちだってタダじゃ済まない。

 あの二人を捕まえるどころじゃなくなる。


「ぐっ……」


 俺の必死の説得に、エレカは苦い顔をしつつも魔術の発動を止めた。

 エレカは充満する煙を払うため、改めてから風系魔術を発動した。


「……大丈夫か?」


 煙が晴れ、視界が元に戻ったので、襲われていた女生徒キュレアの下へ駆け寄る。


「あ、ありがとうございます……」


 キュレアはすっかり腰が抜けてしまっているようで、地面にへたりこんでいた。


「立てるか?」

「は、はい……」


 目の前で起きた数々の出来事に呆然としつつも、差し出された俺の手をしっかりと握り立ち上がった。


「あ、ありがとうございました……」


 そう言って、俺に向かってぺこりと頭を下げるキュレア。


「あー、キュレアさん、だっけ? お礼ならこいつに言うといい。あいつらを君から遠ざけたのはこいつなんだから」


 俺は後ろを指差す。

 キュレアはエレカにも深く頭を下げた。


「さて、とりあえずあいつらを追いたいんだが……」


 煙は晴れたものの、既に二人の姿はない。


「……いや、奴らは東の方へ逃げた。逃げた時の足音で分かる」


 エレカは険しい表情を保ったまま言った。

 聴覚どうなってんのこいつ。


「あ、あの……」


 すると、キュレアが申し訳なさそうに話し掛けてきた。


「どうした?」

「あ、あなたのお名前を……」


 ……お、これはまた、例の俺に惚れちゃった子かな?

 仕方ないなー。名前くらいなら……。


 しかしキュレアの視線は、俺ではなくその後ろ、エレカに対して向けられていた。


「わ、私か?」

「はいっ!」


 ……ちょっと待ってよ、何で俺じゃねーの。

 確かに彼女(キュレア)を助けたのはエレカだけどさ、本来ならチートなイケメンボーイである俺に惚れるはずだよね?

 つーか俺、それを見越して座り込んでた彼女に真っ先に声かけたんだけど。


「私はエレカ。一年のエレカ・アントマーだ」

「い、一年……? それじゃあ、私と同じなんだ……!」


 キュレアの顔にほころびが生じる。

 ……おいエレカ、テメーなに好感度上げちゃってくれてんだよ。


「わ、私、一年R組のキュレア・イクスって言うの! 覚えておいてくれると嬉しいな……」

「キュレアか。うむ、しかと覚えたぞ」


 エレカが肯けば、キュレアが頬を紅潮させる。

 ……ナニコレ、百合なの? ユリが始まるの?


「そ、それじゃあ私はこれで……」


 俺たちに別れを告げると、そそくさと立ち去っていくキュレア。

 ……俺って、絶対にハーレムを作れない星の下にでも転生したのかな。


「ふぅ、よく分からない生徒だったな」

「いいじゃねぇかよ、敵意向けてるわけじゃないんだしさ」

「それはそうだが……どうした? そんな不満そうな顔をして」


 誰のせいじゃ、誰の。


「もしかして、あいつらを捕まえられなかったのがそんなに悔しいのか? 安心しろ、いまから急げばそんなに遠くまで行かれないだろう」


 そう言いながら、エレカは再び魔術発動の準備に入った。

 ……鈍いって罪だわ、やっぱ。





「うわあああぁぁぁ――――」


 世に生きる諸君よ、君たちは空を飛んだことがあるだろうか?

 勿論、飛行機や気球、そしてヘリコプターやパラグライダーなど、空を飛ぶための"道具"で飛んだことがある者なら当然たくさんいるだろう。

 だが、それらに頼らず、ましてや"人に抱えられた状態"で空を駆けたことはあるか?


 答えは否。断じて否であろう。


 だってそもそも人は空飛べないし。


「男のくせに情けないぞ、セツヤ」

「お、お前は少しくらい女の子らしくだなっ!?――――って、うわぁっ!?」


 俺を抱き抱えるエレカの腕がぐらつく。

 危ない! 非常に危ない!

 つーか何でお姫様抱っこなんだよ!


「おい、動くな。危ないだろう」

「し、仕方ねぇだろ!」


 ダウナートの市内上空を、颯爽と駆け抜ける少女。

 屋根から屋根へと飛び移り、その姿はまるで空を飛ぶよう。


 すると、


「……見つけた」

「え……?」


 エレカは俺の耳元で囁くように言った。


 いや、見つけたとか言われましても。

 俺はそれどころじゃないんだが。


「降りるぞ」

「あ、ああ……――っ!?」


 瞬間、俺の身体が宙に放り出される。

 そしてエレカは先に下へと落下していく。


「お、落ち…………っ!?」


 俺は死を覚悟した。

 ここから地上まではおよそ五、六十メートルはある。

 エレカのように身体能力が高いわけじゃないから受身も取れない。

 いやそもそも受身を取って生き残れるのかという疑問も湧いてくる。


 重力に従って落下する感覚が俺を襲う。


「――あ、あれ?」


 しかし俺の身体は、接地の直前で"何か"に受け止められた。

 腰の辺りを局所的な風が渦巻く感覚。

 これは……魔術?


「行くぞ」

「あだっ!?」


 エレカの声が聞こえた途端、俺の身体を支えていた風の魔術が消えた。

 地面に腰を打ち付ける。


「――お、お前たち一体どこから……!? それよりも、どうして逃げた方向が分かって……!?」


 聞き覚えのある声に顔を上げてみれば、前方には驚愕の眼差しで俺たちを見るクシールとゼルゴの姿があった。


「そんなこと、どうでもいいだろう? ……さて、逃げ道はなくなったな」


 クシールとゼルゴの背中は行き止まり。

 ここはどうやら、ダウナートにある路地裏の一角らしい。

 左右には石造りの壁がそびえ、ここを人が二人以上同時に通ることは難しいだろう。


「くっそ……こうなりゃぁ……!」


 そう言って、クシールが得物を取り出した。

 横のゼルゴもそれに倣う。


「ふん、どこまでも往生際の悪い……!」


 エレカも腰の鞘に手を掛ける。


「セツヤ、お前は下がっていろ。この狭い空間だと邪魔だ」


 エレカは武器を構えながら、背中越しに言い放つ。

 俺とエレカの武器はどちらも前衛向き。彼女の選択は正しいと言えるだろう。


 だが、


「へへっ、この狭い中で一人、しかも二人相手で勝てると思ってんのかよ……!」


 クシールの後ろに隠れるようにしてゼルゴが言った。

 ……二人の武器は、クシールが棍棒。そしてゼルゴが弓。

 こちらとは違い、前衛後衛がはっきりとしている。


 すると、


「……むしろ、お前らの方こそ二人程度の人数で勝てると思っているのか?」


 少女(エレカ)は、不敵に笑った。

 背中しか見えないが、その声音から表情が覗える。


 ……ぜってー挑発すると思った。


 挑発を受けたクシールとゼルゴは、苛立ちに顔を歪めた。


「このアマ……! 後悔するんじゃねぇぞ!」





「……ふん、所詮こんなものか」


 数分後、決着は付いていた。

 ――戦いはほんの一瞬だった。

 エレカが高速でクシールの武器をへし折って無力化すると、焦って矢を飛ばしてくるゼルゴに素手で一撃。

 いやぁ、見事なボディブローだった。


「ぐ……! クソがぁ……っ」

「もう無駄だ。抵抗はやめろ」


 地面に座り込む二人を見下ろすように、エレカは静かに言った。


 すると、


「……これだから、これだから冒険者ってのは嫌われるんだ!」

「なに……!?」


 ゼルゴが放ったその言葉に、エレカがぴくりと反応した。


「野蛮で、乱暴で、常識知らず! どうしても騎士になりたくなくて学院に入ったが、周りは魔術すらまともに発動できないようなゴミばかり! そんなのが卒業して冒険者になるから、騎士団と揉める!」


 ゼルゴはひたすらに叫ぶ。

 ……野蛮で乱暴で常識知らずって……お前らにも当てはまるだろそれ。


「だから……そんなんだから、"騎士のなりそこない"なんて言われるんだよ!!」


 そしてゼルゴは、半ば絶叫に近い声で言い放った。

 狭い路地裏に、ゼルゴの声が響き渡る。


「………………」


 沈黙が流れる。

 路地裏という狭い空間に、何倍にも圧縮された空気が充満しているようだ。


「な、何とか言えよ!」


 ゼルゴが再び叫ぶ。

 その姿に余裕はない。


「エレ、カ……?」


 俺は彼女(エレカ)に声をかけることが恐ろしくてたまらなかった。

 肩を震わせ、拳を握り締めている。

 ――そして、エレカの周りを強烈な防風が吹き荒れた。


「な、何だ――ひっ!?」


 ゼルゴとクシールはエレカの顔を見たのか、身を震わせた。

 俺の位置からではどんな顔をしているのか分からない。

 ただ、これだけは分かった。


 ――間違いない。エレカは、いままでで一番怒っている。


「お、お前……何を……!?」


 エレカはレイピアを振り上げた。

 すると、そのレイピアに周囲の風が集まる。

 ほどなくして、吹き荒れていた暴風は全て彼女(エレカ)のレイピアに集まった。


 そして――


「ぎやぁっ!?」


 風を纏ったその剣で……ゼルゴの左足を貫いた。

 完璧に貫通し、貫かれた箇所から大量の血が溢れ出る。


「足が……足がぁ!」

「こいつっ!」


 ゼルゴが痛みに呻く中、クシールが棍棒を持って向かってきた。

 しかしエレカは突撃してくるクシールを見ることなく、ただ手のみを掲げた。


 そして、ほぼ解読するような素振りを見せることなく魔術を発動し、撃ち放った。

 ――それは、学院内で彼らに威嚇のつもりで発動したあの魔術であった。


「ぼがぁ――!?」


 容赦なく放たれた炎に包まれるクシール。

 焼ける匂いが路地裏に充満していく。


「ちき、しょう…………!」


 痛みに呻いていたゼルゴは、いつの間にか魔術の発動を試みていた。

 そしてゼルゴから打ち出されたのは、大量の水球。

 水系中級魔術のウォートルだ。

 放たれたそれらはクシールに直撃し、炎を鎮火した。


 だが、その行動がエレカに更なる怒りを与えた。


「貴様……!」


 ゼルゴに突き刺した、風を纏ったエレカのレイピア。

 それは引き抜かれることなくゼルゴの足を抉り続けている。

 そして――エレカは纏ったその竜巻を、肥大化させた。


「――っ!?」


 一瞬だけ、破裂するように肥大化した竜巻。

 それと同時に、何かが吹き飛ぶ音も聞こえた。


 そして俺は、目の前のことに驚愕した。


「嘘だろ……!?」


 いままで貫かれていたゼルゴの左足。

 それがいま、完全に無くなっていた。

 太ももから下全て、おおよそ左足と呼べる部位が消失していた。


「あ……が…………」


 左足を消し飛ばされたゼルゴは、痛みから気を失っていた。

 黒焦げで倒れるクシール、そして左足を失って気絶するゼルゴ。


 だれが見ても、勝敗は一目瞭然だった。


 いや、もはや勝敗はどうでもいい。

 勝敗なんて、既に最初から決していた。

 このままじゃ……


「う……」


 そんな時。

 倒れていたクシールの身体が動いた。


「貴様……! まだやると……っ!?」


 その姿を見たエレカは、再び魔術の発動を始めようと構える。


 このままじゃ……本当に殺しかねない!


「――エレカッ!」


 俺は咄嗟に飛び出し、エレカを羽交い絞めにした。

 急な体重移動により魔術の発動はキャンセルされる。


 どうやらクシールの方は一瞬動く体力があっただけのようで、いまは動く気配が無い。


「放せっ……! 放してくれぇっ!」


 エレカは羽交い絞めにされてもなお暴れる。

 ――だが、本来なら俺程度の力に負けようはずも無いエレカは、俺の腕から逃れるまで至らなかった。


「エレカ……お前、もしかして……?」


 俺はそんな彼女の顔を覗いて驚愕した。

 少女(エレカ)の頬を伝う、一粒の雫。


 ――エレカは、泣いていた。


「放せ! 放せぇっ!」

「エレカ、落ち着け! もうあいつらは動かない!」


 俺はエレカの耳元で叫んだ。

 こうでもしないと、いまのこいつには届かない。


「っ……」


 声が届いたのか、エレカの身体から力が抜ける。

 だらりと、うなだれるようにしてその場にへたりこんだ。


「……とりあえずあいつらを運ぶ。手伝え」


 俺は、うなだれたエレカを立ち上がらせる。

 とにかくいまは、あの二人を急いで教会に連れて行かなくてはならない。





「……それじゃあ、よろしくお願いします」


 俺は司教に頭を下げ、教会を後にした。

 外に出ると、既に空は茜色に染まっていた。

 緩やかに吹く風に乗って、少し黒ずんだ雲が空を流れる。


「……どうだ、少しは落ち着いたか?」


 俺は、外で待機していたエレカに声をかける。


「……」


 エレカは口を開かない。

 教会に来る前からずっとこの調子だ。


「……なぁ、セツヤ」


 すると、エレカがぼそりと呟いた。

 その声音はとてもいつものエレカとは思えない、か弱い少女の声だ。


「……何だ?」


 俺は静かに問い返す。


「……私は、はたして"冒険者"になれるのだろうか? 立派な"冒険者"になって……市民の力になれるのだろうか?」


 少女の口から零れ出た、その疑問。

 それは、確かな迷いからくるものだ。


「私は弱いのだ。未だあんな言葉に惑わされ、己を失ってしまうほどに」


 少女は続ける。


「私は冒険者という職業に誇りを持って生きてきた。でも、私の周りは決してそうではなかった。……ただ一人、母上だけが私を肯定してくれた」


 エレカの母親。

 写真でしか見たことはないが、とても美しい人物だった。

 エレカによく似ている。


「母上がいた時は、冒険者を貶すような言葉を口にする者などほとんどいなかった。それだけ母上の力が強かったからだ」


 でも、その母親はもういない。

 十年前に他界したと、以前彼女から聞かされた。


「……だが今日、改めて気付かされた。私は冒険者という職業を誇るあまり、自分を見失う時があると。感情に身を任せ、周りを顧みず行動してしまう時があると」


 俺はそう呟く彼女(エレカ)の背を見て思った。

 今日と似たことが、過去にもあったのかもしれないと。

 今日と過去の出来事が全て、その華奢な肩にのしかかっているのだろう。

 明らかにふさわしくない大きさの重荷が、その小さな肩に負担をかけているのだろう。


「だから私は、どうしようもなく迷っているのだ。このままの私で、はたして冒険者になれるのか。なったところで、いままで冒険者を貶し、否定してきた者らを見返すことができるのかと……」


 背を向けていたエレカが振り向く。

 その顔はエレカ・アントマーそのもの。

 夕日に照らされて、凛々しい顔つきが映えて見える。

 ……ただそれは、一人の少女の顔でもある。


「……俺には冒険者がどれだけ凄いとかどれだけ嫌われてるとか全然分からないし、お前がちゃんとした冒険者になれるかどうかなんてのも、断言できない。でもさ……」


 少女は、少女らしからぬ迷いを、たった一人で解決で解決しようとしている。

 その華奢な身体一つで、目の前の無謀な戦いに挑もうとしている。

 でも、どうして一人で立ち向かう必要があるんだろう?


「……お前はもう、一人じゃない」

「…………!」


 エレカの唯一に理解者だった母親は、十年前に他界した。

 それまで唯一の味方だったであろう母親が。


「俺は家族が死んだこととか無いから偉そうには言えないけど……」


 俺にはエレカの辛さを分かってやることはできないし、分かち合えるとも思わない。

 ――でも、


「傍には、いてやれるから。一緒に泣いたり笑ったり、怒ったり。そうやってお前が吐き出す感情を、受け止めてやることはできるから」

「セツ……ヤ…………」


 少女の頬を、一粒の雫が伝った。

 でもその雫はもう、悲しみで出来てなどない。


「力を合わせれば、一人じゃ無理なところにも手は必ず届く。少なくとも、俺はそう信じている」


 一人が二人に、二人が三人に、三人が四人に。或いはそれ以上。

 力を合わせれば、人は強くいられる。強く在れる。

 他人から見れば綺麗事かもしれないけれど、いくら優れた人間でも、所詮は人間だ。


 人は誰しもミスをする。後悔をする。挫折をする。

 でもそれも二人以上の人間が集まれば。

 ミスが少なくなるかもしれないし、後悔する前に気付くかもしれない。

 はたまた、挫折しても何度だって立ち上がれるかもしれない。

 可能性だらけだけど、人はその可能性に賭けて、必死に生き抜いている。


「ふふ、ふふふふっ……」


 少女の顔から、笑顔がこぼれた。

 頬を伝う涙を拭いながら、頬を赤く染めて、少女は笑う。

 ……ようやく、笑ってくれた。


「……やはり私はお前と出会えて、本当に良かった」

「素直に褒めるなんて、エレカらしくないな」


 俺が皮肉交じりにそう言っても、彼女の顔はほころんだままだ。

 無邪気に笑う、女の子の顔。

 その顔を見ながら俺は思ったんだ。


 ……エレカの笑顔を取り戻せて、本当に良かったって。

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