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変態の夏休み⑥

夏休み編はこれで終了です

「すげー……」


 俺はハリアブルーの市で買い込んだ食材袋を腕に抱えながら、施設の外観を見てまずそう漏らした。

 学院と同じく白を基調とした外観だが、その様相がまるで違う。

 傍から見れば、まるで城。貴族が住んでいそうな佇まいだ。

 夕日が白い外観に注がれて、なんとも優美な印象を与える。

 大仰に造られた入口の門には、金色のプレートに文字が彫られた形で『ホテル フィレンテル』と記されている。


「ここは…………」


 隣のエレカも感嘆と漏らす。

 ……つーか俺たち、なんで合宿の時気が付かなかったんだ? こんなに大きくて目立ちそうなホテルならすぐに気が付くような……。


「いやー、相変わらず凄いところだけど、都市の端っこにあるのがちょっと難点よねぇ」


 この『ホテル フィレンテル』は、都市の中でも人口密度が一番高い商店街や住宅街のほぼ真反対の位置に建っている。

 そのためか周囲にあまり人の気はなく、はたしてこれで経営が成り立つのかと疑わしいくらいだ。


 ……そうか、俺たち合宿の時はここまで来てなかったっけ。それで気が付かなかったんだな。

 ハリアブルーには、このホテル以外にも大きな重要施設がいくつも建設されている。それがカムフラージュとなって気が付かなかったのもあるだろう。


 中に入ると、大きな玄関口が広がっていた。

 遥か天井にはシャンデリアが飾られていて、正面の左右手には、内側に曲げて造られた半螺旋状の階段がある。

 すると、左手の受付カウンターから一人の男性が出てきた。


「これはこれはサラ様。本日はお越し下さり誠にありがとうございます」


 サラに向かって綺麗なお辞儀をしたこの男性は、短い白髪を後ろに逆撫でさせ、髪と同色の髭を口元に蓄えた老人だった。

 ……いや、老人というのは些か語弊があるかもしれない。

 彼が身に着けているのは、まるで執事が着用するような黒いスーツに白のネクタイ。

 両手には白い手袋を着け、スーツ胸元のポケットには白いスカーフが差し込まれている。


 顔には確かに髭やシワがあるものの、その表情にはまったく衰えを感じない。それどころか、一般的な成人男性よりも活力があるのではないかというくらいだ。

 立ち居姿もどこか貫禄があり、シュッとした細身を少しも曲げることなく立っている。

 見た目だけでは到底年齢の判断はできない。


「お久しぶりね、フレスコール。もうケリスからの連絡は来てるの?」

「はい。午前の内には届きました。相変わらずあの方はお早い」

「ふふ、そうね。……それじゃあ早速部屋に通してもらえるかしら。あたしたち結構疲れてて」

「かしこまりました。お荷物はこちらでお部屋までお持ちいたしますので」


 そして、カウンターの奥から再び現れた数人の男性が俺たちの買い込んだ食材を受け取った。

 彼らは、フレスコールと呼ばれたこの老執事よりも若そうではあるものの、その誰もが立ち居振る舞いにただならぬ貫禄があるように思えた。


「では、こちらへ」


 フレスコールが先頭を切って歩き出す。

 歩く姿ももはやそれだけで絵になる。


「……おいサラ。ここはどういった場所なんだ? なんかあの執事のお爺さんといいこの建物といい、ただのホテルじゃないだろ。それにお前と学院長、何回かここに来たことがあるような風だったし」


 俺はサラの耳元で囁く。


「……あたしと学院長は前に冒険者として動いてた頃に少しお世話になって、それからね。そもそもここは一応名義上ではホテルだけど、ほとんど貴族王族御用達の隠れ家になってるのよ。だからこんな人気のないところでも経営が成り立つの。

 それにここに勤務しているのは、王家から派遣された一流の人間ばかりなのよ」

「…………」


 開いた口が塞がらない。

 まさか、貴族や王族までもが利用する隠れ家的なホテルに泊まる日が来るなんて。

 ……いや待てよ?

 俺の頭の中で一つの疑問が浮かんだので、それをサラにぶつけてみる。


「ここが貴族や王族御用達のホテルなら、なんで俺たちが自分で食事を用意しなくちゃいけないんだ?」

「……勿論このホテルには一階に大きな食堂があるわ。でも、貴族の中には自分で料理をしたがる奇特な人もいるのよ。そのために、ここでは各部屋にしっかりとしたキッチンが備わってるの。

 ……冒険者っていうのは、時に自分で食事を確保して摂らなきゃいけない時だってある。そんな時が来てもいいように、今日はここで料理をしてもらうことにしたの」


 ええ……どうせなら一流の料理を味わってみたかった……。

 そうこうしているうちに、前を歩く老執事の足がある部屋の前で止まる。


「皆様のお部屋はこちらの二部屋となります。左が女性方のお部屋、右が男性のお部屋となっております。預からせていただいた食材の方ですが、一括して女性方のお部屋にお通しさせていただきましたので」

「助かるわ。わざわざ案内ありがとうね」

「いえ、これもサラ様とそのご生徒様方のためですので。…………では、わたくしめはこれで」


 言うと、フレスコールは俺たちに一度お辞儀をしてから来た道を戻っていった。


 ……あの老執事、去り際エレカに向かって目配せのようなものをした気がするんだけど、気のせいか?

 しかしエレカをちらりと見ると、ぼうっとしたようにフレスコールが去っていった方を見つめていた。


「……エレカ?」


 俺はエレカに問いかけた。


「ああ、いや……。うん、何でもない」


 何かを確かめるように、俺の問いにエレカはしかと頷いた。





 フレスコールに案内されて入った部屋は、目を疑うほど豪華で広かった。

 まるで、一流ホテルのスイートルームのような空間だ。

 まあ、貴族とか王族が使うようなホテルだから豪華なのは当たり前なんだろうけれど。


 でも、一つだけ言いたいことがある。


「何が悲しくてこんなところに一人で寝なくちゃいけねえんだよっ!?」


 部屋の隅には少し大きめのベッドが一つ。

 ふかふかながらも決して柔らか過ぎず、寝心地は最高そうだ。


 しかし、ベッドは一つ。

 つまりは一人部屋なのである。


 いやいや、今回のメンバーは俺以外全員女性っていう紛うことなきハーレム状態だし、普通に考えれば部屋を男女で分けるのが当たり前で常識なんだけどさ。

 でも、いくら常識って分かってても、いくら当然って分かってたとしても。こんな豪勢な部屋に一人で通されちゃあ悲しくもなるでしょうよ!

 つーかなんでここがそもそも一人部屋として成り立ってるんだよ! 貴族とか王族ってのは一人でもこんな無駄に大きな部屋に泊まりたがるのか?


「はぁ……まあいいや」


 俺はかぶりを振って気を取り直し、部屋を一通り見て回ることにした。


 リビングが広いのは勿論のこと、外のベランダに至っても、もはやここでバーベキューとかできるんじゃないかというくらいには広かった。

 その他もシャワールームやトイレなどを見て回ったが、どこもかしこも煌びやかに彩られている。素人目でも分かる豪華っぷりだ。

 そして、


「おお、ここがキッチンか……!」


 部屋の右端に用意された空間に広がるキッチン。

 食器や調理器具は完備で、寮の各部屋に設置されてるキッチンもそれなりのものだったが、ここのキッチンはそもそも使用している素材が違うように思えた。


 いやー、一応それなりに料理を嗜む者としては見ているだけで面白いな。


 俺が熱心にキッチン周りを観察していると、ガチャ、と部屋のドアが開けられて奥から声が聞こえた。


「セツヤー、言い忘れてたけど、支度終わったらさっさとこっちの部屋に来ちゃいなさい! 作戦会議もあるし、ご飯はこっちで皆で食べるわよ!」


 サラの声だ。彼女はそれだけを一方的に喋ると、ドアを閉めて部屋に戻っていた。


「……とりあえず、シャワー浴びてから行くか」


 俺は海水浴で付いた海の汚れなどを洗い流すため、シャワールームへと足を運んだ。





 シャワーを浴び終えて着替えも済ませて、いざ女子組の部屋へ。

 ドアの前で数回ノックをすると、部屋の奥から足音が聞こえてドアが開かれた。


「来たか」


 部屋から顔を覗かせたのは、部屋着姿のエレカだった。

 ……そういえば俺、こいつの部屋着姿とか初めて見たっけな。同じ寮に住んでいるはずなのに全然会わないし。


「おう、お邪魔するぜ」


 そんなことを考えながら中に入ると、既にサラとジェシカも部屋着でテーブルに待機していた。


「よーし、来たわね? それじゃあ早速なんだけど、今晩の料理当番を決めちゃいましょうか」


 そう言って、サラは俺たちを一度見回す。

 すると、


「サラ教官、料理当番は私にさせてくれないだろうか?」


 エレカがサラをまっすぐに見て、そう提案した。


「あら、あんたって料理できるの?」

「ああ。そんなに自慢するほどのものでもないが」


 そういえば以前休日にエレカと王都内で鉢合わせた時、袋いっぱいの食材を抱えながら「今日は私が料理当番だ」みたいなこと言ってたっけな。

 ……合宿の時の屋根ぶっ壊し事件からあいつに戦闘以外のことに期待するのは怖いけど、何か結構やる気みたいだし任せてみるか。


 すると、少し考えた後でサラも首を縦に振った。


「……分かったわ。それじゃあ、お願いするわね」

「任せてくれ」


 そう言って、キッチンへと消えていくエレカ。その後ろ姿は結構さまになっている気がしないでもない。

 するとサラが、エレカがキッチンへ完全に向かったのを見計らったように、ゆっくりと口を開いた。


「……あの子、自分と仲良くしてくれる同年代の子……特に女の子があまりいないから、落ち込んでるジェシカを元気付けたいのかもね」

「え……?」


 サラの言葉にきょとんとするジェシカ。


「今日ジェシカは気付かなかったかもしれないけど……エレカ(あの子)、ジェシカがカーチスたちに絡まれた時、すっごく怖い顔をしてた。

 多分、ジェシカに悪意を持って近付いた彼らに相当腹が立っていたのでしょうね。自分に親しく接してくれるジェシカを守りたいって想いから」

「エレカちゃん……」


 ……確かにあの時、エレカの目は俺から見ても恐ろしかった。恐怖を感じた。

 喋り方や表情こそ抑えていたものの、目だけは抑え切れなかったのだろう。


 エレカは普段の言動のせいか、クラスの中でもあまり他の生徒と話している姿を見たことがない。

 一番最初の入学試験で見せ付けた圧倒的な強さに近付く者はいなくなり、さらに無駄に高圧的な態度も、恐らく本人は自覚していないのだろうが、それでもまた、生徒を遠ざけてしまう。

 でも……その原因の一つには、少なからず俺も関係しているのかもしれない。


「だから、ジェシカ。どうかエレカと友達でいてあげてちょうだい。あの子、多分、一人だと何もできないし、行き詰まっちゃうと思うから」


 サラは俺とエレカを初めて見た時……そう、入学試験の受付の時にも、同じようなことを言っていた。

 「一人では、生き残って行けない」と。


 サラに言われたジェシカは、強く頷いた。

 ……ジェシカもジェシカで、元々内気な性格からお世辞にもあまり友達が多いとは言えない。

 それに奴らから受けたセクハラのこともあって、多分、人と接するのを極力避けてきたんだろう。


 エレカとジェシカ。性格は真逆な二人だけど、ある意味で似たもの同士。

 そういう者同士ほど、仲良くいくのではないだろうか。

 少なくとも俺はそう思っている。


 すると、


「…………ん?」


 俺はここで、キッチンから流れ出る"異臭"に気が付いた。

 他の二人に視線をやると、どうやらどちらもこの"異臭"に気が付いたようだ。


 これは……。


「……ちょっと見てくる」


 俺は二人に一言残してキッチンへと向かった。

 キッチンに入ると、その異臭は何倍にもなって俺の鼻を襲った。


「うっ!?」


 何かが焦げた臭い? いいや違う、何かが腐敗したようなすっぱい臭いか?

 それも違う? なら……

 いや、とりあえずこの臭いを作り上げた人物を止めよう!


「…………」


 キッチン内で、明らかに慣れていない手付きで魚を捌こうとしているエレカ。

 エレカの目と魚がいまにもくっつきそうな距離である。


「おいエレカ、何やってんだ!」

「…………」


 呼びかけるが、エレカに反応はない。

 魚をもはやゼロ距離で凝視して、プルプルと震えた包丁で魚に一太刀入れようとしている。

 その目はまるで相手の急所を狙う鷲のよう……ってどんだけ集中してんだこいつ!


「おい、危ないからやめろって……!」


 俺は慌ててエレカの背中に回り、覆いかぶさるようにしてエレカの手から包丁を取り上げようとした。


 ――その時。


「ひゃぁっ――!?」


 俺の手が触れたのに驚いたのか、エレカは悲鳴を上げて包丁を手から滑り落とした。

 重力に従って、包丁は刃を下に向けながら、エレカの足に向かって落下を始める。


「――っ!」


 包丁がエレカの足に突き刺さる――直前で、俺の手が包丁の持ち手をキャッチした。


「あ、あっぶねぇ…………」

「あ……」


 間一髪。

 包丁を掴み上げると、そこには目元を赤くし涙を浮かべてこちらを見ているエレカの姿があった。


「……気を付けろよ。包丁は慣れてないと危ないんだ」


 俺はエレカの泣き顔から顔を逸らすようにして包丁を渡す。


「す、すまない……」


 エレカは反省したのか、包丁を両手で静かに受け取りながら小さな声で謝ってきた。

 ……ふぅ。とりあえず、この惨状を訊くことにするか。


「んでエレカ、これは何だ」


 俺は横で火にかけられている大きめの鍋を指差した。

 そこには、もはや人が食べるものとは思えないほど濁った紫色のスープが鍋いっぱいに入っているのが見える。

 どうやら異臭は主にこの鍋からするようだ。


「あ、ああ……それはこれから作る夕飯に付けようと思ってるスープだ。

 ハリアブルーの市では美味しそうな魚がたくさん揚がっていたからな、これはその魚介のスープだ」


 目元を赤くした泣き顔からすっかり元の顔に戻ったエレカは、さも当然といったように言った。


 ……は? これが魚介のスープ?

 いやいやいや、普通スープってこんな色も臭いもしねぇから。


「……じゃあこれは?」


 俺が次に指差したのは、金属でできたボウルだ。

 その中にも、やはりこの世のものとは思えないような色をした"何か"が入っていた。


「それはサラダだ。これからチーズを上に振りまく予定の」

「サ……サラダ…………!?」


 ここでようやく俺の疑心は確信に変化した。



 こいつ……料理できねぇじゃねぇかぁ――――!!!



 なに? それじゃあ俺があの休日に聞いた「料理当番をしている」ってのは幻聴だったのか!?

 こんなダークマターを生み出すような奴が料理当番できるわけねぇだろ!


 つまりはこいつのルームメイト、料理当番がエレカになる度にダークマター食わされてたのか……。

 いや、さすがに注意しろよ。どんなゲテモノ食いだよ。


 俺が驚愕に目を見開いていると、エレカはきょとんと首を傾げる。


 ああ……もう!


「いい。後は俺がやる!」

「待て、もう少しで出来上がるぞ?」

「もう任せてられるかっ!」


 俺は再びキッチンに立とうとしたエレカをリビングに追い返し、全てのダークマターをしっかりと処理してから、改めて料理を始めるのだった。


 幸いにして、サラが「経費経費♪」と口ずさみながら四人じゃ食べきれない量の食材を買い込んでいたため、残り物で作るという羽目にだけはならなかった。





「な、中々やるわね……」


 サラは部屋のテーブルに並べられた俺の料理を眺めながら、溜め息を吐くようにして言った。

 俺が作ったのは、主食のパンに、カボチャで作った冷製スープをかけた副菜であるジャガイモのニョッキ。

 そして、市で買ったミルクをふんだんに使用したホワイトソースで作ったメインのシチュー。この三点だ。

 ……うむ、我ながらに良い出来である。


「これらは、本当にお前が作ったのか……?」


 エレカが並べられた料理の数々を見て、疑わしそうに俺に問いてきた。


「当たり前だろ。作ったの俺しかいないんだし」

「あ、ありえん……世の中にシェフ以外でここまでのものを作れる人間がいるとは……」


 いや、ゲテモノ料理人のお前の基準で測るなよ。


「セツヤ君、いつも料理当番の時に作ってくれる料理も凄いけど、今回の料理は特に美味しそう!」


 そう言って、嬉しそうに俺を見るジェシカ。

 うん、可愛い。


「…………よし、それじゃあ食おうぜ」

「し、信じられん……これを本当にセツヤが……?」

「ほらエレカちゃん、食べよう?」


 各々食器を手に取り料理を口へ運ぶ。


 ――こうして、ハリアブルーでの夜は更けていった。

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