変態の転生
真っ白な空間。
視界があまりに白要素しかないため、この空間がはたしてどんな形状をしているかどうかすらも分からない。
そんな場所に、俺は一人でポツンと立っていた。
「……?」
ここはどこなんだ? いや待て、俺はそもそも自宅の風呂に入っていたはずで、それから……
そこまで考えたところで、後頭部の鈍い痛みに呻く。
何だこれ……?
「目覚めましたか」
何も無いはずの空間に女性の声響いた。いや、空間に響いたというよりは直接脳内に、と言った方が正しいのだろうか。
俺は抑えていた後頭部から手を離し、顔を上げる。
「ようこそ、黄泉の入口へ。
私はこの場所の『審判』を任されている女神です」
透き通った女性の声。
こんな透明な声を聴いたのは生まれて初めてだ。
この声の主、いったいどんな顔なんだろう? ちょっと見てみたい気もする。
「そうか。ここが黄泉の入口か……」
「……あまり、驚かれないのですね?」
女神、と名乗った女性は不思議そうに言った。
首をかしげている様子が余裕で想像できる。
「だって、黄泉の入口って死んだ奴が来るようなところだろ?
俺には関係ないじゃんかよ」
「……?」
今度は女神の吐息だけが聴こえる。
その吐息から、女神の頭上にハテナマークが出ているのが余裕で想像できる。
「いやだからさ、俺には関係な……」
「あなたはつい先ほど、お亡くなりになられましたよ?」
……
…………え?
「それってどういう……」
「どうもこうも、そのままの意味です。
あなたは十八にして、その生涯を終えました」
えええええええええ――――!?
「そ、それじゃあ俺はもう死んでいるのか!?」
「最初からそう言っています」
呆れられてしまった。
「ど、どうして……」
「覚えていらっしゃらないのですか?
でも、それでしたら知らない方がいいかと……」
何を言うんだこの女は。何故自分の最後の姿を知っちゃいけないんだ。
「いや、教えてくれよ」
「……気は進みませんが」
女性がそう言うと、突然この空間内に寒風が吹いた。
「――さぶっ!」
俺は慌てて両腕を使い、身を固める。
……ん?
「……」
「今の風は、あなたが生きていた世界では少し寒い程度の温度です。
……思い出しましたか?」
俯き固まる俺に、優しく問いかける女性。
――そうだ、俺は……
「風呂場で足滑らせて死んだのか……」
「ええ、だから全裸なんです」
言う通り、俺は葉っぱ一枚すら身につけていない、生まれたての時と何ら変わらない姿だった。
「死因は後頭部を強打したことによる脳内出血、と出ています」
「そうか……俺は、本当に死んだんだな」
「はい」
改めて言われると何も感じないものだな。
本能のどこかで、死んでしまったものはどうしようもないと諦めでもついているのだろうか。
「それで、ここがあの世なのか?」
「いえ、ここはまだその入口です」
「入口?」
「ここは本来、誰もが通れる場所じゃありません。
大抵の人は、ここを通り過ぎてすぐに黄泉の国へと行ってしまいます」
「それじゃあ、なんで俺はここにいるんだ?」
「それは、あなたの死に様があまりに可哀想だったからです」
つまり、俺は情けでここにいるってことか……
「いや、それでも俺みたいな死に方をする奴は少なくないだろう」
「確かにその通りです。
ですが、その足を滑らせた理由が『変態的思考で大好きな義姉のことを考えていたら、その姉が突然風呂場に入って来たので慌てて湯船に飛び込もうとしたから』という方は初めてです。同時に、とても軽蔑します」
後半の方で間違いなく嫌そうな雰囲気出してたなコイツ。
まあ俺は自分の変態的思考についてしっかりと信念を持ってるからな。この程度じゃへこたれないんだからね。
「そういうわけで、完全に私の独断であなたはここにいます」
「それ大丈夫なのか? その、上司的なのに怒られたりしないの?」
「……まあ、多分大丈夫でしょう」
おい、若干頼りない声を出すな。
心配だなぁ……、俺にその責任が飛び火しなきゃいいけど。
「んで、結局お前は何のためにここに俺を呼んだんだ?」
「そうですね。話が色々と脱線してしまいました。
ここは、あなたがこのまま黄泉の国へ行くか、
或いは年齢継続をして記憶を持ったまま別の世界へ転生するかを選べます」
「て、転生だって!」
転生!? 転生って、あの転生か? てんせいでもなければテンセイでもない、あの転生か!?
「転生がいい! 俺、転生する!」
「よ、よろしいのですか? そんな簡単に決めてしまっても」
食い気味過ぎる俺の反応に女神は気圧された様子である。
「いいも何も、転生だろ!?
そんなファンタジーじゃなきゃありえないことが出来るんだ。もちろんやるさ!」
「で、では、この中から行きたい世界をお選びください……」
何だ、俺がそんなに食いつくのがおかしいのか? 男子なら誰でも漫画やアニメの世界に憧れを持つだろ。いや、男だけとは限らない。作品の方向性次第では女子だって興味を持つだろう。
姿の見えない女神は若干引きながら、俺に選択肢を提示した。
▼
▼
▼
数十分後、俺はひとつの答えを導き出した。
「こちらの世界でよろしいのですね?」
「ああ、問題ない」
俺が選んだのは『魔術が蔓延るファンタジー世界』。名は、テルカ・リミアーレンス。ちなみにこの世界にはファンタジーにありがちな"ドワーフ"や"エルフ"などの特殊な種族は一切住んでいないらしい。知能を持ち、話すことが出来るのは、俺と同じ人間だけだという。
そしてこの世界では、"魔術"と呼ばれる所謂通常のファンタジー世界における魔法に準ずる概念が存在し、さらにはファンタジーにはツキモノの冒険者と呼ばれる職業まで存在する。オタクである俺にとってこれは選ばざるを得ない世界である、といったところだろう。
この世界には、"マナ"と呼ばれる生命の源があらゆるところで発生していて、それらは空気中に浮遊している。魔術はそのマナを使い、発動する。
そして、このマナが局所的に発生してしまう箇所が"マナ溜まり"と呼ばれる。ここからモンスターと呼ばれる凶暴な生物が生まれてしまうため、冒険者はそれらを退治したり、市民からの依頼を請け負ったりするのだ。
それと、これから転生する予定の国は、俺がいままで生きていた世界で言うところの中世に似ているらしい。その証拠に、そこでは国を護る王国騎士なるものが存在している。
しかしながら、何故か冒険者と王国騎士は長年折り合いが悪いらしい。その辺は女神でも分からないお国の事情というものがあるそうだ。
でもまあ、せっかく異世界に飛ぶんだし冒険者になるよね。騎士様と折り合いが悪いとかそんなん知らんし。
ちなみに、読み書きする言語とかその辺は俺や相手が認識できるよう勝手に変換されるらしい。便利。
「では次に、この中からポイント上限をしっかり守って能力をお選びください」
今度はデータベースのようなものがウィンドウとして現れた。
スクロールできるそのウィンドウには、様々な種類の『能力名』が表示されている。
「能力なんてのも選べるのか」
「はい。
しかし、あなたは今そのような格好……別の世界に行った時、服装は基本的に今のままの服装が引き継がれてしまいます。それでは困りますよね?」
「そ、そうなのか、確かにそれは困るな……」
さすがの俺でも、公衆の面前でこのあられもない姿を見せびらかすほど愚かじゃない。
「ですから、本来は選択肢にないのですが、指定された世界で着る服をこちらで用意させていただきました。
……その代わり、使える残りのポイントは二ポイントとなりますが」
「おう、そりゃ有難い……って、二ポイント?」
ウィンドウにすぐさま目をやる。
表示されている選択肢に必要なポイントはどれも十ポイントを超えていて、一部に至っては百ポイント以上ともなる。……『最初から筋力パラメータ及び知力パラメータMAX』、『所持カルム百兆』ってなんじゃこりゃ。これがチートってやつか。
「どれも大体二桁なんだが……」
「よく見てください。下の方にありますよ」
言われてスクロールしてみると確かにあった……が
「えっと……『チートレベルのイケメンになれる』? ってしかもこれしかないじゃん」
ちょうど二ポイントで、その能力はあった。
しかしチートとは言えどもイケメンかぁ……。興味ないわけじゃないけど、せっかくファンタジーな世界に行くんだから、なんかそれっぽいのが欲しい。これじゃ恋愛シミュレーションの世界にでも行かないとあんまり意味ないぞ。
「嫌でしたら服をキャンセルすることで……二十一ポイントまで増やせますが」
「……なんで三桁の選択肢あるのにそんな低いんだ」
「あなたのこれまでの人生経験値を数値化した結果です」
悲しいかな。俺の十八年間はポイント換算すると二十一しかないらしい。
「どうされますか?」
「…………イケメンください」
裸で微妙な能力持つくらいなら、しっかりとした服着てイケメンになった方がマシだ。
それに、俺はいままで瀬奈という一人の女性しか本気の恋愛対象にしたことがなかった。
一人の女性を愛することは、俺はもう恐らく瀬奈以外にはしてやれないだろう。
――だからこそ。
異世界にイケメンとして転生するいま、創作物で何度も見てきた『ハーレム』を作り上げるべきではないだろうか。
俺だってたくさんの女の子に囲まれてみたい!
「かしこまりました。服についてですが、あちらの世界に降り立った時には既に身に着いているかと思います」
「思いますじゃなくて確実にやってくれよ。こっちは色々諦めてんだから」
そう俺が釘を刺すと、まるでそれが肯定の意であるかのように、白い空間に茶色で木造りの巨大な扉が現れた。俺の身長の倍くらいはある。
これが、異世界への入口ってわけか。
「では、これからあなたを二度目の人生へとご案内します。
行く先ではあなたは何ものにも縛られない、自由な生活を送ることが可能です。しかしそれは逆に、自分の身は自分で守らなくてはならないということ。
まずは無理せず、身を固めるところから初めては如何でしょう」
「ご忠告、感謝するぜ」
その辺は問題ない。何せ俺が選んだ世界では、異世界よろしく『冒険者』とかいう職業があるらしいからな。その辺適当にやればなんとかなるだろ。
そして俺は揚々と扉への道を一歩踏み出した。
焦げ茶色で艶やかな木製の取っ手に手を掛ける。
「――――いってらっしゃいませ。あなたが歩む二度目の人生にどうか幸あらんことを!」