変態の夏休み④
一難去ってまた一難
サラ・ジェシカチームの先行ということで始まったビーチバレー対決。
始まる直前、サラがこんなことを言い出していた。
「せっかく分かれて勝負するんだし、何か罰ゲームを設けましょ」
サラの提案してきた罰ゲームは、負けた方のチームが勝った方のチームにお昼を奢る、というものだった。
本来であればケルティックの学生は一カルムも持つことはないが、俺とエレカに関しては、前回の合宿でのことがあるので少しばかり持ち合わせがある。
だが、これを聞いた時、俺は絶対に通らないだろうなと心の中で思った。
何故なら、こんな賭け事のようなことをエレカが許すはずがないと思っていたからだ。
しかし……、
「はぁっ!」
そのエレカはいままさに、お昼を賭けてバレーをしていた。
とっても楽しそうである。
俺は彼女の中の基準が分からなくなった。
賭け事などの風紀を乱すようなことに対してすぐに反応するのに、それが自分の絡む対決事だと分かるや否や、人が変わったようにその勝負を受けてしまう。
これは、以前合宿前にトリスたちから勝負を持ちかけられた時もそうだった。
つまり彼女は、自分が絡んでいるものであれば、構わないということだろうか?
それはすなわち、その勝負事に絶対勝つ自身があるということになりかねないが……。
「ふっ!」
エレカの強烈なスパイクがボールに鋭く入る。
叩き込まれた箇所からまるでバナナのように曲がったボールは、恐ろしい速度で敵コートの中に侵入した。
……まあ、実際エレカが勝負で負けたところなんて見たこと無いしな。自信があってもおかしくないのかも。
「やっ!」
しかし恐ろしい速度で打ち込まれたボールは、地面に着く直前で弾き返された。
弾き返したのは他でもない、サラである。
彼女は確か元冒険者という話だったが、それにしてもエレカに負けず劣らずの身体能力だ。
鮮やかな身のこなし、エレカが打ち込んでくるボールの着地地点を予測する観察眼、そしてこれを既に三十分以上も続けている持久力。
全てにおいて、エレカと同等なのである。
いや、いち生徒と同じと言われてみればそれは大したことないのかもしれないが、相手は入学試験で圧倒的実力を見せつけ、同級生のミレイ率いる五人の女生徒との戦いにも勝利し、さらには合宿先の巨大モンスターを一人で討伐してしまうという実力を持つエレカ・アントマーだ。
そんなエレカにサラは真っ向から戦い、対等の試合を見せている。
「な、何なんだこの試合は……」
二人の打ち合いが凄まじすぎて、周囲には砂埃が立ち込め始めていた。
……ねえ、ビーチバレーで砂埃起きるっておかしくない? 俺聞いたことないんだけど。
もはや試合の渦中に入ろうとしても到底入れるものでもない。
むしろ入ったら俺がボールにされそう。
ふと反対側のコートを見ると、ジェシカも同じように呆然と立ち尽くしていた。
ポカーンとサラの背中を見ている。
「何だ? ……うおっ、すげえ!」
さらに周りには、先ほどの女性ギャラリーに加え、男性も増えてきた。
もちろんその目は、ビーチバレーの皮を被った戦いをしているエレカとサラに向けられていた。
いやしかしよく見てみれば、いままで俺に注目を寄せていた女性ギャラリーたちも、エレカとサラのあまりにも規格外なバレー対決に目を奪われているようだった。
「きゃーっ、すごーい!」
「いけっ、そこだ!」
「目で追えないよー!」
といったように、ギャラリーの目と意識は既に俺から離れてエレカとサラに集中しているわけだ。
……べ、別に女性ギャラリー取られたからってエレカとサラに嫉妬なんかしてないし! マジマジ! ホントないし!
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それからさらにエレカとサラの打ち合いが続いて十五分が経過。
流石に俺やジェシカの方にもボールが飛んでくることがしばしばあり、それをトスする度に腕が折れるかと思うくらいに痛い。もうやだこのビーチバレー。
そしてそろそろ二人のスタミナも限界に達しているだろうと目を向けてみれば……、
「はぁっ! ふっ!」
「ふふっ、それっ!」
『うおーっ、きゃーっ』
二人は全然元気に打ち合いをしていた。
互いにコートのほぼ全体を一人で往復し、激しいラリーを続けている。
元気すぎだろ! どうなってんだあの二人の持久力!
ギャラリーのテンションもさっきより上がってるし、もうこれ一つのパフォーマンスとして成り立っちゃってるよ。
しかし先ほども言ったように、試合はこのラリーから始まって十五分が経過している。
そのラリーは一度も途絶えることなく、十五分間続けられていた。
つまりどういうことかというと、この試合、開始から一点もどちらにも入っていないということだった。
二人の身体能力はほぼ互角で、ここに別の要素が何か入らない限りはまだしばらくこの泥沼状態が続くことだろう。
――ここで、俺と同じ考えに至ったのかどうかは知らないが、いままで激しく打ち合いをしていたエレカが、サラから打ち込まれたボールを天高く打ち上げた。
「っ!?」
高く高く打ち上げられたボールは、到底人間のジャンプ力では届かないような遥か上空まで打ち上がる。
……何をする気だ?
「――――」
すると、聞き覚えのある呪文のような言葉が聞こえてきた。
その声の方を見てみれば、エレカの両脚と右腕に魔法陣が展開されている。
「何する気か知らないけど……っ!」
エレカの行動に気付いたのか、サラは慌てたように足を大きく曲げてこれまた天高く飛び上がった。
そして、人間とは到底思えないような跳躍力を見せたサラは、あっという間に空中のボールまで追いついてしまった。
「あんた、それはちょっと……卑怯じゃないっ!?」
言いながら、サラは身体を弓のようにしならせる。
いままでのスパイクとは比較にならない威力のスパイクを遥か上空からこちらのコートに叩き込んだ。
そのボールはコートの右端を正確に狙って――って、そこ俺いる! 俺いるからぁ!
「――安心しろ、そこでじっとしていればいい」
「えっ……」
その声が聞こえたのとほぼ同時に、打ち込まれたボールは何者かによって受け止められた……いや、"そのまま打ち返された"。
はたして、バレーの試合の中で相手が打ってきたスパイクをスパイクで打ち返すなんてことがあるだろうか?
答えは否。そんな状況なんてほとんどあるはずがない。そもそも普通の人間はそんな高くからスパイク打たねーし。
だが、そんなありえないことが、いま俺の目の前で起きたのだ。
遥か上空から打ち込まれたスパイクをスパイクで返す……なんてことが起きてしまったのだ。
そんなことを出来るのは俺が知る限りただ一人……。
エレカ・アントマーだけだ。
「ちょっ、ウソ!?」
さすがのサラもこれには驚いた様子だった。
しかし、当然だが空中で方向転換することなど出来はしない。
そしてそのまま、エレカの打ち込んだボールはサラ・ジェシカチームのコートに叩き込まれた。
『うおおおおおお――――!!』
瞬間、一様に上がる大喝采。
誰も彼もが、この素晴らしいスパイクを決めたエレカを賞賛し、褒め讃えた。
ある夏の昼下がり。鳴り止まない拍手が、この砂浜一帯を覆ったのだった。
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鬼のラリーが続いたビーチバレーも無事終わりを告げ、俺たちは太陽が照りつける砂浜、ビーチパラソルの下で昼食を取った。
勿論、今回のビーチバレー対決で負けたサラ・ジェシカチームが奢ることになったのだが、ジェシカは一カルムも持ち合わせていないため、サラが支払うことに。
「その……ごめんなさい。私までご馳走になっちゃって……」
ジェシカが申し訳なさそうに頭を下げる。
もしジェシカがカルムを持っていたとしても、最初から払わせないつもりでいたのだろう。
あのサラもさすがに教官、といったところか。
「いいのいいの。どうせ後で事務のホーケンスに経費として落としてもらうから!」
……おい、俺のいまの気持ちを返せ。
「サラ教官、経費という言葉の意味をしっかり調べてくるんだな」
エレカの目も鋭く光った。
ジェシカはそのやり取りを見て、苦笑いしていた。
すると、
「――おいおい、随分と楽しそうだねぇ? ジェシカちゃぁん」
「俺たちのお誘いは断っておいて、自分はお友達と楽しく海水浴かなァ?」
「えっ…………」
唐突に、知らない男の声が耳に入ってきた。
同時にジェシカの顔が引き攣る。
声の方を向くと、二人の男性が目に入った。
片方は長身で痩せぎすなスキンヘッドの男。
もう片方は首元まで伸ばした銀髪の男。
その二人が俺たちの方を……いや、ジェシカを見て、ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべていた。
「ねえ、ジェシカちゃぁん。どうして、俺たちの誘いを断って、ここに来てるのぉ?」
スキンヘッドの男が、嫌らしくジェシカに接近する。
顔だけを座っているジェシカに合わせて低くし、身体を曲げながら話しかける。
喋り方はねっとりとしていて気持ち悪いが、どうやらジェシカと知り合いらしい。
まさか、ジェシカの友人だろうか……?
「あ……う…………!」
しかしジェシカは、まるで言葉を失ったように口をパクパクとさせていた。
それに、若干怯えているようにも思える。
……これは、明らかに何かがおかしい。
「ちょっと待て」と俺が二人の間に挟まるために腰をあげようとした時、それよりも早く立ち上がった者がいた。
「――何だ、お前たちは?」
エレカは、ジェシカと男たちの間に割って入りそう言った。
彼女のその雰囲気には若干の威圧が含まれていて、エレカもこの男たちを良くは思っていなさそうだ。
「あァん?」
スキンヘッドの男は、横槍を入れられた不機嫌さを隠すことなくありありと顔に出してエレカを睨んだ。
「俺らはいま、こいつに用があんの。お前にはねぇんだよ」
人差し指でジェシカを何度も差し、エレカを睨んだ。
「……ジェシカが嫌がっている。もう少し優しく問いかけることはできないのか?」
「優しく問いかける、ねぇ……?」
スキンヘッドの男は小さく溜め息を吐くと、ゆらりと身体を起こす。
そこから一歩踏み込んでエレカとほぼ密着状態まで近づくと、一層強く睨みつ付けた。
「お前にそんなことを言われる筋合いはねぇ。引っ込んでろ」
強くキツく睨み付け、スキンヘッドの男はそう言った。
しかし、
「……それだと私の質問の答えになっていないぞ? 私は、「もう少し優しく問いかけることはできないのか」と聞いたはずだ」
明らかにエレカに対して敵意を向けているスキンヘッドの男に対して、エレカはなんてことないというように挑発で返してみせた。
エレカのその態度に、男の顔はさらに険しいものとなる。
「このアマ……、調子に乗りやがって……!」
「アマ……か。久しぶりに聞いたな、その呼び名。それを言うのはもはや三流の悪役がいいところだというのに」
エレカは口角を釣り上げながらさらに挑発。挑発に次ぐ挑発で、スキンヘッドの男の怒りボルテージが最高潮まで達していそうだ。
……やっぱこいつ怖えーよ。メンタルなにで出来てんだよ。
一触即発。まさに一本の糸が触れた瞬間戦いが勃発しそうなこの空気の中、今度は別の男の声がした。
「――オイ。こんなところで何ヤってやがる……?」
現れたのは、身の丈二メートルほどもありそうな筋肉質の大男。
両耳に銀の四角いアクセサリが付いたピアスをして、鼻の左にも一つピアスを開けている。
赤に黒のメッシュが入った髪を逆立てるように短く切り込んでおり、その表情は明らかに不機嫌そうだ。
風貌は真逆だが、身長と体格だけで言えばゴーサスと同等くらいかもしれない。
するとこの男の登場により、いままで俺たちに喧嘩を売るような目付きをしていたスキンヘッドの男と銀髪の男が、まるで自分たちのボスが現れたかのように萎縮した。
「カ……カーチスさん!」
「お、お疲れさまですッ!」
カーチス、と呼ばれた大男は頭を下げる二人を無視して俺たちに近付く。
そしてジェシカの目の前まで来ると、口を開いた。
「ジェシカ。どうしてここにいやがる……?」
「あ…………」
見上げるジェシカの目には涙が浮かんでいた。
到底話せる状態ではないことはもはや明らかだ。
だが、そんなカーチスの様子など知らんといったように、
「――おい、お前がこいつらのリーダーか?」
エレカはジェシカに近付いた大男にさえも怯むことなく言った。
その声に、カーチスはゆっくりとした動作で首だけをエレカに振り向かせる。
「だったら、どうした……?」
「お前の部下どもがジェシカがどうこうとうるさいんだ。早く引き取ってくれ」
エレカは、皮肉げに口の端を持ち上げて言った。
……こいつ、また挑発かよ! 懲りねぇのな!
すると、
「クク……ククククク……!」
エレカの挑発を受けたカーチスは、息を殺すようにして嗤い始めた。
「何がおかしい?」
「クク……久しぶりに面白い奴と出会えた。いいぜ、ジェシカ、この女に免じて今回ばかりは見逃してやる。だがな……」
そしてカーチスはジェシカに背を向け、横顔だけをこちらに見せながら、こう言った。
「俺たちが学院に戻る明日以降。……覚えておくんだな」
その時のカーチスの目は本気だった。
直接向けられていない俺でさえも分かる。あの目は、まるで獣のような、獰猛な目だ。
見つけた獲物を逃がさず捕らえ、骨の髄まで捕食せんとする目。
――危険過ぎる目だ。




